第二章 38
「原因の幾つかは解析できたから、今よりはずっと良くなると思うけど、試してみるかい?僕としても初めての試みだから、もし不安があるなら、それがある間は止めておいた方が良いと思うけど……」
「お願いします!僕は自分が何者か判らないのが不安なのです。それが少しでも解消するなら、どんなことでも我慢します!」
リュートが言い終わらぬうちに、リトが言葉を返し、ルリは口をギュッと結んで小さく頷いた。
「じゃあ、このデザートタイムが終了したら、少し落ち着いた部屋で診させてもらうね。」
そうリトに伝えると、リュートは手をパンパンと叩いた。
「楽しい一時を中断させてしまったお返しに、今晩の夕飯は、私が担当させて頂きます。この集落の方全員が参加して頂いても充分な量の食事を用意させて頂きます。皆様、お楽しみにしてください!」
「「「「ウォォォォォ!」」」」
リュートのメンバーも含めて、そこに居る全員が雄叫びを上げていた。もちろん、エルドリッジも上げていた。
ーーー
まずは、脳血管と脳神経を完全に復元する所から治療を開始した。
「復元、脳血管。」
リュートは椅子に座ったリトの前に立て膝となり、彼の両手を握って、その身体に自分の魔力を流した。急ぐと血管を破裂させたり、神経を興奮させる可能性も考慮し、ゆっくりゆっくりと浸透させていった。
一時間程、その治療を続けた頃には、リュートの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「神ちゃま、神ちゃまならできりゅ。」
そう言いながら、ジェシカが彼の額の汗を拭いた。その言葉にリュートはニヤリと笑みを返し、次の治療に取りかかった。
「復元、脳神経。」
先程と同じ様な魔力を流す治療を続けていたが、異なるのは時折、リトの身体の一部の筋肉がピクリピクリと小さく痙攣するように動くことだけだった。
これも一時間程で終了したが、次の治療はこれまでとは少し趣が異なった。
椅子が向かい合って二脚、その間に直角にもう一脚が置かれ、向かい合った状態でリトとルリが座り、残った一脚にはリュートが座った。
リトとルリが、右手と右手、左手と左手を繋ぎ、それを上下からリュートが包むように握った。
「良いかい。今のリトの記憶は残ってはいるけど繋がってはいないから思い出せない状態にある。それをルリの共通する記憶を使って繋いでいくから、これから過去の記憶を走馬灯のように思い出すことになる。驚かないでね。じゃあ、行くよ。同調、記憶回路。」
リュートの魔力が、二つに分かれそれぞれの身体へと入っていき、それぞれの身体から出て、相手の身体へと入っていった。
「素晴らしい魔力コントロールだ。こんな緻密で繊細な魔法は見たことがない。」
それを見ていたエルドリッジが声を上げた。
「時に大きく、時に小さく、まるで感情に合わせるかのように、魔力が揺れておる。これほどにも優しい魔力を見るのは初めてじゃ!」
その魔力の揺らめきに合わせるように、部屋の中を淡い赤色と淡い水色の光が寄せては返す波のように揺らめいていた。
その揺らめきに合わせるように、二人は微笑み、涙を流し、笑っていた。
そんな時が一時間ほど続き、光は空中に溶けるように消えていった。
「終わったよ。二人は、かなり長大でリアルな夢を見たような状態になってるから、スゴく体力奪われている筈です。できれば横にして休ませてあげてください。」
そう言って、リュートは立ち上がると、後ろに控えたジェシカとシュテンに声を掛けた。
「夕食の支度をするから、手伝ってくれるかな?」
「「了解!」」
「ちょっ、ちょっと待て!お主は休まんで良いのか?」
「あれは、殆どが二人の魔力を使ったものだから、僕のはたいして消費してないんだ。だから、問題ないよ。」
「し、しかし、あれ程の精密な魔力コントロールは精神的にかなり負担になるのではないのか?」
「大丈夫です。いつもあんなことをしてるから慣れてます。慣れですよ、慣れ。」
エルドリッジにそう返答すると、リュートは二人を連れて部屋を出ていった。
「エルドリッジよ。我らは魔法の破壊力にのみ目を向けておったが、それは間違いだったかもしれん。奴のそれは、我らの手には届かぬほどの高みにあった。」
リュートの魔力に酔って、両頬を染めていたアリアナが、己れのあり方を振り返る言葉を発せば、
「私は自分の魔力が、同胞に劣ることを苦にして、武術にのみ力を注いできました。しかし、あの素晴らしい魔法を見せられて、それが間違いだった可能性に気づけました。魔力はその大きさだけでなく、制御が緻密であればあるほど可能性の道が開けるのだと……その世界を見せてくれた彼には、感謝しかありません。」
と、エルドリッジが憧れの対象を語るような言葉で思いを語った。
この瞬間に、二人はリュートに魅せられていた。




