第二章 24
それから更に五百年程が過ぎた。
「ねぇ、ジェシカ。少し気になることがあるんだけど。」
この頃トンネル内の邸に居るのは、殆ど私とエイルで、フレイヤはたまに帰って来ては、自分の部屋でこそこそして、泊まることもせずにすぐに出ていくような生活が続いていた。
「もしかしてフレイヤのこと?」
「それもその一つなんだけど、一番気になってるのは、最近のトンネル外の文明開化のスピードがあり得ないほど早くなっていることなんだ。」
「なんか見つけたの?」
「うん!これ見てくれる?」
エイルが取り出した魔道具をテーブルにセットして作動させると、部屋の壁に彼女がかなりの上空から撮影したと思われる映像が映し出された。
「な、なにこれ!」
そこには高層ビルが建ち並んだ都市と、ビルの間に網の目のように張り巡らされた移動用の通路らしきものを確認することができた。
「……フレイヤ、何やってんのよ……」
そう言って、私は深い溜め息をついた。
「もしフレイヤが関わってなかったとしても、あの時の赤ん坊が関わっているのは間違いないわね。」
「どうするの?この文明そのままにはしておけないわよ。」
「そうね。破壊するしかないと思うわ。他の種族が滅亡する可能性が高過ぎる。でも、その前にフレイヤに事情を聞きたいわね。できれば穏便に済ませたいからね。」
フレイヤが帰ってきたのは、それから半年程が過ぎた雪の降る日のことだった。
「フレイヤ、話があるのだけど。」
「残念ね、私はそんな気分では無いわ!」
そういうフレイヤの喉元に私は剣を突きつけ、彼女はタラリと冷や汗を流した。
「そんな悠長な暇はないんだよ。」
「その通りです!今の外の文明開化の速さは異常過ぎます。あれはこの世界のバランスを壊し、崩壊の引き金になりかねません。あなたには事情を説明する義務があると思います。」
二人の容赦のない追求に、フレイヤは事の詳細を説明し始めた。やはり、切っ掛けとなったのはあの時の赤ん坊だった。
アルフと名付けられたその赤子は、幼少期よりフレイヤの英才教育を受け、十歳頃には自作の魔道具を作れる程の知力と、神級魔法の幾つかを使いこなすようになり、幾つかの部族を纏めあげて初代国王となった。
彼が最も力を入れたのは、義務教育制度の徹底であった。教育により論理的に魔力を学んだ子供達は、大人達を凌駕し、その発言力を高め、その力の誇示により支配力を強めた。
そんな世界では、昔からの倫理観、道徳観による社会統制は不可能で、力こそ正義の暴力的な社会へと変わろうとした為に、それを制御する手段としてより厳しい法制度が施行されていた。
そこでフレイヤも介入することを止めておけばまだ良かったのだが、その後もアルフから請われるままに、私達が所有するマスターの知識と技術を提供し続けたことが、それに輪をかけることに繋がっていた。
「フレイヤ、あなたができないなら。私がやる。」
その私の言葉に、フレイヤの顔は真っ白になった。私達三人の中では、戦闘担当は私であり、他の二人との戦闘力にはかなりの開きがあった。
「ど、どういうことなの?まさか滅ぼすというの?」
「種族を殲滅したりはしない。マスターから私達が学んだ技術は全て破壊する。それはあの人達の物じゃない。」
「止めて!彼らから文明を取り上げないで!」
「フレイヤ、私達はあなたに何度も忠告をしてきた。マスターの教えを思い出してと。」
「そう、それに聞く耳を持たなかったのはフレイヤ!」
「私にもう少しだけ時間を頂戴。必ず何とかするから!」
それだけ言い残して、フレイヤは私達の元から飛び出していった。それが、私達三人組の崩壊した瞬間だった。
その後、私達はそれでもフレイヤの言葉を信じて三年待ったが、三年など私達の間では、取るに足らない僅かな時間だった。
「変わらないね。なんか前にも増して、禍々しさが増してきたような気がする。」
「壊すしかないね。」
「取り敢えず、私がフレイヤに最後通牒をしてくるね。ジェシカだと、相手も警戒すると思うから。」
「そんなの念話で十分じゃん。」
「最近、あの子全く応答しなくなったんだよ。一方的な通告もなんか嫌だしね。そうそう、これをジェシカの宝珠の隣にセットしてくれるかな?」
そう言って、エイルは私に小さな小さな宝珠を渡してきた。
「これは何?」
「秘密。私はいつでもあなたの隣にいるよっていう御守りかな。」
「……変なの。」
そんな会話を交わした後で、エイルもトンネルを出ていった。




