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狼は体長が三メートル程もあり、体毛は漆黒と言える程真っ黒だった。額のちょうど真ん中辺りには鮮紅色の宝石のようなものが埋まっており、眼球も深紅と呼べる程真っ赤な色をしていた。


前脚の太さは龍人の胴回り程もあり、後ろ脚はその倍近い太さをしていた。改めてよく観察してみると、倒せたことがあり得ないほど現実味のないことだったように思えた。


『ゲームなら、こいつは素材の宝庫だろうな。額の宝石や魔石だけでなく、毛皮や骨、牙や爪、どれも高い値段がつきそうだ……明らかに棄てるのはもったいないよな……』


そう考えた龍人は、解体することに決め、猪と狼をトンネルの奥の方へと運び天井高が三メートル以上ある場所を探しだし、兎の脂を使って作ったランプを設置して、解体を開始した。


この時にも、最初に見つけたレールや枕木、木材や鉄パイプ、滑車やロープは非常に役にたった。


近くに竈を作り、湯を沸かしながら、芋をふかし、それを食べながら、猪肉を燻製にしてベーコンのような物を作ったり、背脂を利用してラードもどきを作ったりしていった。


案の定、狼の皮膚は異常に固く、刃が殆ど通らなかった為に、肉を解体することは諦め、どうにか内蔵と魔石、額の宝石を取り出し、無いとは考えたが、万が一グールやゾンビになった時に対処しやすいように、四脚の膝、肘、手首足首に当たる部分の腱を切断しておき、更に死体をあとで有効活用できることも考えて、トンネルのもっと深い所まで運び、半分凍っているような湧水溜まりに重しをくくりつけて沈めておいた。


更に奥の方に入った所にある氷を大量に確保し、トンネル出口の方まで運び、スコップで掘った穴に干し草を敷き詰め、氷を組み立て、土壁との間に更に干し草を詰め、簡単な氷室を作り、その中に作った燻製肉や未処理の肉を並べて保存した。


全てを終えるのに三日程かかったが、狼を倒したことで自信もつき、ここでの生活にメドがついたと考えても良いと言え、その日の夜は、龍人は疲れもあり干し草に持たれて泥のように眠った。


ーーー

「クゥーン……クゥーン」


龍人は子犬の泣くような声にハッと目を覚ました。


ガバッと跳ね起き、トンネル出口を見ると、岩肌をガリガリと掻いているのであろう、体長三十センチ程の真っ黒な子犬のような生き物を見つけた。


「もしかして、この前の狼の子供か?」


先日倒した真っ黒な狼は雌で、解体中に母乳が漏れてきていたこともあり、子育て中の成体だと判断していた。


漏れてきた母乳は、何かに使えるかもしれないと考えて、絞れるだけ絞ったのだが、さすがに狼の母乳を飲もうとは思えず、氷の器に移して、母狼を沈めた湧水溜まりの傍の小さな凍りきった湧水溜まりに残してきた。


例え自分を殺して喰おうとした狼でさえ、この狼の子供達には悪いことをしてしまったなと考える龍人は、まだまだ前の世界の常識から抜け出せていなかったのだろう。


龍人がそんなことを考えていると、空き地となっていた広場の奥の草むらが再びガサガサと揺れ、そこから今度は真っ白な子狼が姿を現した。


『そうだよな……普通は一匹だけっていうのはないよな……』


その白いのは、黒いのと比較すると一回り程小さく、体力も残っていないようだった。それでもどうにか黒いのの隣までヨロヨロと歩いてくると、そこで力尽きたかのようにバタリと倒れた。


「ウォン!ウォン!」


黒いのが必死になって呼び掛けると白いのはうっすらと目を開け、


「ミューン……ミューン」


と母を呼ぶように泣いていたが、やがて力尽きたかのように再び目を閉じて静かになり、もう黒いのの呼ぶ声にも応えることはできないようだった。


ダメだった。もう我慢などできなかった龍人は、トンネル内から手を伸ばし、白いのを抱え上げ、竈に追加の薪をくべ、その前に藁を敷くと。白いのをそこに寝かし、自分のジャージの上着を掛けてから、トンネルの奥へと走った。


氷で作った容器に入れた狼の母乳は、カチコチに凍っており、運搬用のネコに積み、急いで出口の方まで戻ると、アルマイトのカップに削った母乳を入れ、カップごと湯煎するように暖めた。


人肌程度に温めることは容易だったが、問題はどうやって飲ませるかだった。哺乳瓶などという現代器具はあるはずもなく、以前にネットで見つけたカップフィーディングも、意識のない狼が飲むはずもなく、行き着いた結論は、『人間でも狼でも意識がなければ口移しだろ』だった。


龍人は一飲み分の狼の母乳を口に含むと、白狼と上向きに抱っこし、その口元に接吻するように口付けし、ゆっくりと母乳を流し込んだ。


「飲めよ…飲んでくれよ…」


祈るように龍人が狼の喉を見つめていると、その喉がゴクンと動いた。


「よっしゃあ!」


その後も何度も夢中で繰り返し、カップ一杯分の母乳を無事に与え終わり、ホッとして子狼の顔を見ると、その白いのはうっすらと目を開けて、龍人をジッと見つめていた。


少し照れ臭くなり、顔を赤らめた龍人が、照れを誤魔化すために、


「やぁ!」


と声を掛けると、白いのは首を傾げるようなポーズで、小さな声で


「……ウォン」


と応えた。まるで返事を返してくれたように思えた龍人は、満面の笑顔になり、白いのをワシャワシャしてから干し草の上に寝かせ、更にもう一カップの母乳を与えてみると、それは用心しながらもピチャピチャと母乳を嘗め始めた。それに安心した龍人は、


「じゃあ、お前の兄ちゃんも連れてくるな。」


と言うと、トンネル出口へと向かった。


しかし、そこに居るはずの黒いのの姿は見えず、慌てて周囲を見回すと、草むらの中に横たわっているのを見つけることができた。


「そりゃ、そうだよな。同じくらい食べてないんだから、あいつだって限界だったんだよな……」


龍人は、慌ててロープを腰に巻いてトンネルから出ると、黒いのを抱き上げてトンネル内へと戻った。


先程と同じ様にカップで温めた母乳を黒いのに口移しで飲ませていると、それを見た白いのが、自分もと催促するかのように、龍人の口元に顔を寄せてきた。


「え~っ!お前、もう自分で飲めるじゃん!これは黒の!」


そう言いながら、黒いのに口移しで飲ませようとしても、それは私のと主張するかのように、横から黒いのの身体を踏みつけて、強引に入ってこようとする。


そんなこんなでジタバタしてれば黒いのも目を覚ますわけで、初めはサッと身を交わした黒いのだったが、その隙を見て、白いのが龍人から口移しで母乳を飲むのを見ていると、僕も僕もと龍人の口元に口を寄せてくる。


「こらっ!やめろぉぉぉぉぉ!」


この世界に来て、龍人は初めて心から笑い、自分でないものと会話していた。


「お前ら、さっきまで死にかけてたんじゃないのかぁぁ?元気一杯じゃないかぁぁ!」


そんなドタバタしたじゃれ合いを小一時間程続けた一人と二匹は、もう既に仲の良い仲間、同胞となったように見えた。


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