第二章 10
目の前に立っている黒い小さな人間らしき者から漏れ出てくる迫力に、銀虎は一瞬身をすくませたが、僅かに抱いた畏れは、そのボロボロの身体を確認してすぐに霧散した。
どんな小さき者でも、目の前の生にしがみつく時には、その命を一時的に燃え上がらせることがあることも、経験的に知っており、今回の獲物の命も、もはや風前の灯で最後の足掻きだと確信した。
それゆえ、その黒き小さき者が小さな短剣を左手に持ち、フラフラと進んでくるのを見て、より絶望を味合わせてやろうと、ナイフを持つ左手に喰らいついてやり、喰い千切って貪り食ってやると、その黒き小さき者はニヤリと笑ったように見えた。
「掛かった……ペテロノドキシン解放」
そう言った後、リュートは自分の前にマシンガンを並べると乱射し始めた。
[ジェシカ……もうすぐだから…もうすぐ会えるから…]
[……!]
この時のリュートには、もうジェシカがなんと言っているのか聞き取れるような力は残っていなかった。
銀虎にとっては大して攻撃力を持たないものであったが、さすがに鬱陶しく数歩下がると、更にリュートは地対地ミサイルを並べ、次にはそれを連射し始めた。
銀虎にとっては平手で殴られる位のものであり、怪我をするわけではないが、無視するわけにもいかず、数歩下がると、そのミサイルは更に数を増やして設置され、弾幕のような攻撃が始まった。
できれば、これだけ手間を掛けさせた獲物であるので、銀虎は自らの手で引き裂いて終わらせようと思っていたが、あれだけ弱らせ、大量の出血が続いていれば、遅くないうちに死ぬだろうと考え、あせることなく銀虎は少し距離を開けて、その黒き小さき者の様子を確認することにした。
それが銀虎にとっての不幸の始まりだった。
銀虎は自分の身体の中にピリピリするような違和感を覚えた。それはやがて痺れるような感覚となり、大地を踏みしめて立っているはずの足が、自分の物でないような状態となり、閉じていた口がいつの間にかだらんと開き、そこからヨダレがダラダラと流れ始めていた。
[……大丈夫…安心して……もう…終わる]
[……!]
暫くすると、そのヨダレが流れる感覚も消え失せ、頭がボーッとして重くなり、締め付けるような痛みが頭の中を襲い、更に激しくなっていった。全身の筋肉のギシギシするような痛みや、腹の中が捻じ切れるような痛みまでもが起こってきた時には、まともに動くこともできなくなり、立っていることもできずに知らずに横たわり、倒れて横になったまま大量に嘔吐してしまっていた。
息を吸おうとするだけでもかなりの努力を必要とし、今や四肢には全く力が入らず、目は霞み、自分の身体が自分の物で失くなってしまったような初めての感覚に死への恐怖を覚えていた時、その黒き小さき者が近づいてきた。
「……生成、ガラスケース…」
[……勝てたよ]
その声に合わせるように、銀虎の頭の部分を分厚いガラスが覆ったが、今の銀虎にはそれを払いのける力さえも残っていなかった。
「……飲料水…解放」
[……これで終わりだ…]
[……!]
するとガラスケース内に入っていたリングから大量の水が溢れ出て、直にガラスケース内は水で満たされ、そこには銀虎が必要とする空気は存在せず。まもなく、銀虎は意識を失い、そのまま命を失い、ダンジョンへと吸収され、宝箱と大きな銀色の魔石と銀色の毛皮を残して散った。
[……先に…上へ…]
[……!]
リュートはそれを確認すると、何とかそれらをリングへと収納して、そこに現れた転移陣へと、残った右手を伸ばした。




