第二章 9
「神ちゃまが……神ちゃまが……」
「判ってるよ!リュートに何かあったのね!私達にも教えて!一緒に考えよ!」
その言葉に澱んだ瞳をルリに向け、ジェシカはポツリポツリと話し始めた。
「わたちが悪いの…ヒック……始め、神ちゃまはボスに挑むか迷ってたの……でも、わたちがわたちも居るんだから全然問題ないよって言って…ヒック…背中を押したの……そしたら神ちゃまだけボス部屋に閉じ込められて……スン…わたちは、放り出されたの…… 」
ジェシカがポロポロ涙をこぼしながら語った内容に、ルリは首を捻った。
「どうして、リュートだけがボス部屋に入ることになったの?」
「わたちも判らない……手を繋いで入ったのに…わたちだけ放り出された……」
聞いたこともないような事象だった。正にダンジョンの悪意と言われるようなことで、正に神の仕業と言われても仕方がないようなできごとだった。
「中には、どんなボスが出たの?」
「十メートル位の虎系の魔物……」
「でも、それくらいならリュートは瞬殺するんじゃないの?」
「わたちも、そう思ってた……でも、出てきたのは、おそらく銀虎……」
「えっ?銀虎って、物理攻撃無効のあの銀虎?ええっ!」
「十層のボスで出てくる奴ではないじゃん!八十層以上の深層で出てくるようなボスだよ!」
「・わからにゃい……でも、神ちゃまの武器は
、どれも全く無効だった……」
「……」
ジェシカが言っていることが事実なら、ここにいるメンバーで勝てるのは彼女くらいしかいないと考えられる程の強い魔物だった。魔法攻撃は無効化されないが今のルリや白と黒の魔法では、最大級の魔法を放っても、一撃必殺とは到底ならず、一人と二頭でも苦戦は必死の相手だった。
[ジェシカ……もうすぐだから…もうすぐ会えるから…]
その時、ジェシカの所にリュートからの弱々しい念話が入った。
「[神ちゃま!神ちゃま!大丈夫だったの?]」
「どうしたの?リュートから連絡があったの?」
突然のリュートからの念話に、ジェシカが興奮して念話を送るが、それには全く反応しない。
「ダメ……じぇんじぇん返事がにゃい。」
ジェシカが木製の扉をドンドンドンドン叩き続けるが、中からの反応はない。少しずつ叩く力が強くなり、殴る拳の装甲が吹っ飛び、ルリが慌てて彼女を止めた。
「離ちて!わたちは、もう一人には戻りたくにゃい!」
そうジェシカが叫ぶのと同時に、更にリュートの念話が入る。
[……大丈夫…安心して……もう…終わる]
「[えっ?神ちゃま!返事して!お願い返事して!]」
リュートの醒めたような覇気の無いような念話に怯えながらも、ジェシカは何度も何度も繰り返し呼び掛け続けるが、それに対するリュートからの答えはない。
「神ちゃまぁ……お願い……」
「ジェシカ……」
ルリは、ジェシカの小さな身体を後ろから抱き締めた。その小さな肩は小刻みに震え、あの強くて頼りになる勇ましい幼女は、彼女の腕の中にはおらず、不安と寂しさと怖さに怯える見た目相応の幼女だけがそこにいた。
白や黒にもその不安は伝わり、親を呼ぶ遠吠えがダンジョン内に響き渡っていた。
「リュート、絶対に戻ってきなさいよ!帰って来なかったら、許さないからね!」
そう言うルリの眦からも大粒の涙がポロポロ溢れ落ちていた。
[……勝てたよ]
「[神ちゃま!終わったの?戻ってこれるの?またジェシカの所に帰ってきてくれるの?ジェシカは一人でいなくて良いの?]」
矢継ぎ早の念話がリュートに送られるも、相変わらず、それに対する彼の返答はなかった。
「[神ちゃま!神ちゃま!返事してよぉ!]」
もうまともに立つこともできず、地べたに座り込み、一人と二匹に寄り添われる幼女は、遂に堪えきれずに、大声を上げて泣き始めていた。
「ウェッ、ウェッ!うぇーん!神ちゃまぁ!」
[……これで終わりだ…]
「[!]」
ジェシカは、開いたらすぐに飛び込めるように、ボス部屋前の扉にしがみついた。
「早く!早く!開いて!」
ルリも待ちきれぬように、両手で扉をガンガンと叩き続けていた。そんな彼女達に待ちわびた念話が届けられた。
[……先に…上へ…]
その言葉を受け取った途端、ジェシカは飛び立ち、もと来たルートを全速力で飛行していった。
ルリと白と黒は、戻るよりも再出現するボスを倒して転移陣から戻る方が早いと判断して、開いた扉に駆け込んでいった。




