第二章 8
「ヤダヤダヤダ!どうちて?どうちて念話が通じないの!」
第十層のボス部屋の前で、ジェシカの心は張り裂けそうだった。やっと待ち焦がれていた神様に会えたのに、やっと大好きだった主に会えたのに、どうしてまた引き離されなければいけないのか!
あの時、渋る神様の背中を押さなければこんなことにはならなかった。原因を作ったのは私だという思いが、更にその焦りを強くしていった。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
両手を硬化させて、フルチャージの拳を叩きつけても木製のように見える扉はびくともしなかった。
背中に背負った電磁ブレードをフルチャージして斬り付けても、僅かに表面が抉れるのみで、それもすぐにフィルムを逆再生するかのように修復されていった。
[神ちゃま!神ちゃま!]
できる限りの距離をとって、自分の出しうる最高のスピードで特攻を仕掛けても、ダンジョンが悲鳴をあげるような音を出すだけで、扉が開く気配はなかった。
[神ちゃま!神ちゃま!]
「あがぁぁぁぁぁ!」
何度も何度も扉に特攻をかける度に、身体がミシミシと音を立てた。例え、この身が壊れても扉を壊すことが出きれば、神様と会えるなら選択すべきことは決まっていた。
ーーー
「「ウォン!!」」
第三十八層の魔物を狩っていた白と黒が、そのダンジョンの微かな揺れを関知した。そして、それと同時に頭の中に聞きなれた後輩の声が微かに響いてきた。
[……神ちゃま!…神ちゃま!……]
その声を聞いた途端、白と黒は目の前の魔物達にそれぞれ我が身の持つ最大級の攻撃魔法を放ち、左半分は凍りついて砕け散り、右半分はあっという間に灰塵に帰した。
黒はそのまま上層へと続く階段を目指して走りだし、白はその背にルリを乗せたまま、その後ろを追うように走り出した。
「ど、どうしたのよ!何なのよ!こんなのチビっちゃう位怖いんだけど!」
そう言いながらも、ルリは必死に白の鬣を握りしめ、その背中にしがみついていた。
その理由は三十層のボス部屋まで昇ってきた時に理解できた。
ダンジョンが自分が感知できるほどに揺れ、天井から小さな岩の欠片がパラパラと落ちてきていた。
「な、何なのよ!ダンジョンで地震が起こること……」
[……神…ちゃま…神ちゃま……ヤダ…ヤダ……ヤダ……わたちを置いて……]
頭の中にジェシカの悲鳴が聞こえてきた。それは、時が立てば立つ程悲愴なものへと変わっていき、ダンジョンの揺れは大きくなっていった。
しかし、三十層のボス部屋に入ることができず、その手前の階段の踊り場で右往左往するしかなかった一人と二頭は、その悲鳴を聞いていることしかできなかった。ジェシカの必死の絶叫は、もう聞いていることができないくらい追い詰められており、計り知れない哀しみに満ち、普段の明るい彼女からは到底想像できるものではなかった。
「白、黒、戻るわよ!四十階層のボスを倒して一層に戻って降りた方が早い!」
その言葉に即座に反応した白と黒と一緒に、ルリはその後僅か十五分程で、第四十層のボス部屋へと達し、五分も掛からぬ時間で、ボスであるオーガキングを倒すと、転移陣を使って第一層へと戻り、すかさず下層への進軍を始めた。
「ジェシカ!」
僅か数分で第十層のボス部屋に辿り着いたルリの前には、全身の装甲がボロボロになっても体当たりを続けるジェシカがいた。
そのあまりに変わり果てた姿に、ルリは居ても立ってもいられずしがみついた。普段ならば簡単に振り払われるであろう状況なのに、扉前で再び特攻を仕掛けようとフラフラと立ち上がる彼女は、消えてしまいそうな程弱々しく、目は光を失くして虚ろな状態で、ブツブツぶつぶつと神様と口にするばかりだった。
しがみつくルリと白と黒を振り払おうとするジェシカに、ルリは全力の平手打ちをかまし、小気味良い音がダンジョンに響いた。
「ジェシカ!しっかりしなさい!」
その声に暗く濁っていたジェシカの瞳に、僅かに光が戻った。




