第二章 7
「うぉぉぉぉぉぉ!」
素早さなら負ける筈がないと、二本の村正を両手に持ち、真っ正面から突進したリュートの刀を、特に何の防御もせずに、銀虎は跳ね返し、その勢いで右前肢を軽く振るった。
唸り飛んでくる前肢を交わし、他の部位と比較して防御力が弱いであろう顔の部分に、今 度は刀を突き刺すように攻撃するも、それに対しても何の防御行動も取らない銀虎に、リュートは掠り傷一つ負わせることができなかった。
リュートは手にしていた村正擬きの日本刀をリングへと収納し、中からは鬼斬り丸という昔の大太刀のような巨大な刀を取り出した。
「これならどうだ!斬れ味は村正に劣るかもしれないが、破壊力は抜群だぞ!」
と言いながら、ダンジョンの壁を駆け上がり、向かってきた銀虎の頭上から真一文字に、その大太刀を振り下ろすと、パキンという音と共に、その鬼斬り丸は刀の中程で真っ二つに折れてしまった。
素早さは、リュートの方が圧倒的に勝っている為に、銀虎の攻撃を受けることはなかったが、いくら黒鎧を全身に纏ってはいても、中の人間が紙装甲であることに変わりはなく、一つでもマトモに攻撃を受ければ、その瞬間に勝負が決まってしまうというリスクのプレッシャーが、彼を追い詰めていった。
「こうなったら、以前使ったカウンター攻撃で決めてやる!」
壁際で真っ赤なゲイボルグ風の槍を構え、リュートが小馬鹿にしたように銀虎を挑発すると、やはり知力はあまり高くないのか、まっすぐに大口を開けて突進してきたので、槍のお尻を壁に当て、先が口の中に入るように誘導するのは、リュートにとっては容易いことだった。
しかし、先程の鬼斬り丸と同様に、そのゲイボルグ風の槍も、銀虎の突進の勢いに負けて砕け散った。
すかさず距離をとり、銀虎の後方で更に太く大きい槍を生成し、それを使って同じような作戦を決行したが、結果は先程と変わりなかった。
「刀も槍もダメとなると、やっぱり近代兵器に頼るしかないよな。」
そう言いながら取り出した銃は、ペイロード風の対物ライフルだった。
大きく後ろへと再び回り込み、その巨大な胴体に数発撃ち込んではみたが、やはり厚い毛皮の装甲を破ることはできなかった。
その後もいろいろと手段を講じてみた。
サブマシンガンMP9で牽制しながら、口の中に数発の手榴弾を放り込んでも、対物ライフルで眼球を狙っても、その全てが跳ね返されていた。僅かに効果があったのが、対戦車誘導弾や地対空ミサイルを使って攻撃した時だったが、倒すには程遠く、全くの手詰まりに陥っていた。
圧倒しているのに、全く手に負えない。そんな状況に変化が生じたのは、全くの偶然だった。
銀虎の振るった左前肢がたまたま草原に転がっていた大きめの石を弾き飛ばし、その飛ばされた石がダンジョンの壁に当たって跳ね返り、たまたまそこにいたリュートの後頭部に直撃した。
「カハッ!」
一瞬意識が飛び、バランスを崩したリュートを、今度は右前肢が直接に弾き飛ばした。彼は凄まじいまでの勢いで吹き飛び、ダンジョンの壁に激突して弾き飛ばされ、更に床の上を何度か跳ねるように転がった。装甲は無傷といっても過言でないほど、外見上は全く問題なかったが、内側はリュートの血液でヌルヌルになるほど血まみれていた。
すぐにポーションを飲もうとしたが、フェイスガードが邪魔で飲むことができず、外せば外したで防御力が極端に低下し、顔面に一発貰えば即死に至ることを考えればその選択は選べなかった。
唯一の素早さをダメージにより失い、銀虎に張り飛ばされ、蹴り飛ばされ、その度にダンジョンの壁に打ち付けられ、脳震盪を起こしたみたいに目の前がクラクラし、マトモに立つことができず、フラフラしている所に更に体当たりをかまされる。そんな悪循環に陥ったリュートの頭の中には、最悪の展開が浮かんでいた。
[神ちゃま!神ちゃま!大丈夫なの?返事して!]
自分を心配してくれている幼女の姿が頭に浮かんだ。泣きまくりながら、必死に自分に呼び掛けるジェシカを、また一人にしてしまうのか?
そんな未来は来てほしくない。彼女を一人残しては逝けない。
そんな事になったら、必ず彼女は壊れてしまう。
今は、彼女を護るエイルはまだ宝珠のままで、復活させることもできてはいない。
自分は一体何をしてきたんだ。周りの人達を助けられていると思ってたけど、ホントに身近な人達に甘えてるばかりじゃん。
オレ頑張れよ!頑張るしかないよ!
[ジェシカ!もう少し待ってろ!心配ないからな!]
[神ちゃま!神ちゃま!待ってる!待ってるから!わたち、大人しく待ってるから!]
リュートは覚悟を決めた。五体無事に生き残ることを諦めれば、他にも選べる道はある。
「おい!銀虎!お前も覚悟を決めろよ!」




