第二章 6
「神ちゃま!神ちゃま!」
ジェシカが入り口の扉を破壊する程の勢いで攻撃を繰り広げていた。
それは中に居るリュートにもはっきり感じとることができていたが、声は全く通らなかった為、試しに念話を使用してみると、
[ジェシカ、落ち着け!僕は無事だ!]
[神ちゃま!神ちゃま!もう一人になるのはヤダ!神ちゃま!神ちゃま!わたちをもう捨てないで!うぉぉぉぉぉぉ!]
ジェシカのそんな言葉の後に、ダンジョンが揺れるほどの衝撃があった。おそらくパニックに陥って、全身の力を使って体当たりしたのだろう。
彼女にとって、リュートを求めてたった一人で彷徨い続けた一万年以上の探索行は、筆舌に尽くし難い悲惨な苦痛に満ちた旅路であったことが、この一瞬だけでも容易に想像がついた。
[あがぁぁぁぁ!壊れろ!壊れてしまえ!うぉぉぉぉぉぉ!]
ジェシカの破壊活動は、更に輪をかけて激しくなっていき、扉よりもジェシカの方が破損してしまうことが心配になり、何度も念話で声をかけるリュートだったが、その言葉は全く届かなかった。
どうしようと不安になったリュートは、自分が物を生成している傍で、いつも甘えてゴロゴロしていたジェシカが口ずさんでいた歌を思い出した。
それは歌詞もマトモに覚えていない、いい加減な鼻歌だったが、彼が生成に夢中になると結構な頻度で、無意識のうちに口ずさんでいる鼻歌らしかった。
[らん、らんらららんらんらん、らんらぁらららぁ、ふん、ふんふふふふふ、ふふふふっふっふぅ……]
リュートが何とか念話でそのいつもの歌を送っていくと、いつしか興奮するジェシカの叫びが消えていた。
[ジェシカ。落ち着いたか?僕はここにいるよ。]
[グシュッ!聞こえてりゅ、心配かけてごめんなちゃい……]
[ジェシカが謝る必要はないよ。どんな理由があったにせよ、昔にジェシカを一人にしてしまったのは僕の責任だ。ジェシカは何も悪いことなんかしていない]
[……ありかと。神ちゃま、大ちゅき……]
[あぁ、僕もジェシカが大好きだよ。だから、落ち着いて。たぶん中に居るボスを倒せばジェシカも入れるようになると思うから、ちゃっちゃっと倒してくるよ]
[判った!神ちゃま、待ってるから]
どうにか、ジェシカを落ち着かせることができ、やっと中の様子を確認することが可能になったリュートだったが、そこはサッカーコート程の広さがある草原だった。
姿を隠せるような場所などどこにもないのに、ボスらしき存在はどこにも見あたらなかった。
[ジェシカ、聞こえる?少し時間がかかるかもしれない。見渡す範囲にボスらしき存在がいない]
[それはおちょらく、中にある何かに触れたらボスが出現するパターンだと思う。探してみて……]
[判った……]
暫く、その空間を探っていくと、奥に神棚のような祭壇があり、そこにソフトボール大の透明な水晶が設置されていた。
[神棚の前に水晶があったんだけど、それに触れれば良いのかな?]
[ちょう!ちょれで良いと思う]
言われるままに、リュートがその水晶に触れると、それは銀色に強く光り出し、ボスの間に機械的な音声が響いた。
【今回のボス戦のテーマは、試練。あなたの底力が試される】
念話で、その事をジェシカに伝えると、少し戸惑うのが判った。
[おかしい……ダンジョンの十層のボス部屋で出てくるような罠じゃない!変!神ちゃま!気をつけて!]
そんなジェシカの言葉が終わる前に、フィールドの中央に出現してきたのは、巨大化した黒と同じくらいの身体をした銀色の虎だった。
それも、彼女に伝えると、
[やっぱりおかしい!巨大な虎の魔物は三十層位のボスでしか出てこにゃい!しきゃも、銀色は、物理的攻撃があまり効果ない深層の魔物の色。神ちゃま!]
再びパニックに陥りそうなジェシカを制して、心配させないようなるべく落ち着いた声で、リュートは先に声をかけた。
[ジェシカ!心配するな!僕は強い!すぐに扉を開けるから待っててね]
リュートは、まずは二本の刀を両手に持ち、まっすぐに銀虎に向かって突進していった。




