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二人が、まだ夜も明けていない荒れ地を走り、丘を登りきった時、その眼下に見えた辺境都市ミトリアは都市全体が紅蓮の炎に包まれていた。


「な、なんだ!どうなってる?」


あまりの出来事に気が動転し、アクトル神父は仲間の魔族と共に、まだあまり火が回っていない教会付近へと転移した。


その場には多くの市民が倒れており、その殆どは顔が赤黒く変色しており、喉を掻ききるような姿のままで息絶えていた。


「ど、毒か!?だ、誰か、無事な奴はいないのか!」


二人がまだ炎上していない教会の中へと向かうと、その扉への階段には、解毒魔法や解毒薬、回復魔法や回復薬を求めて教会へと向かい、途中で力尽きたと思われる市民達の姿が隙間無く転がっていた。中には、まだ微かに息の有るものもあり、教会へと向かう神父に気づき、その裾に必死の形相ですがり付き、救いを求める者もいた。


「た……たす…けて」


赤黒い顔の中にある、その窪んだ目からは血のような赤い汁がボタボタと溢れ落ちていたが、暫くするとその目も閉じられ、すがっていた腕もパタンと地に落ちた。


「ウォ!ウォォォ!」


そのあまりの悲惨さに神父は吠えた。その両目から流れる涙も血に染まっていた。


「奴等か!奴等が裏切ったのか!」


神父は、僅かに生き残っていた者達に、必死で回復魔法や解毒魔法をかけていったが、何れもあまり効果はなく、そのどうにか生き残っていた者達も、やがては力尽き、その命の火を消していった。


「あ……あり…が……」


その僅かな命の残り火の中で紡ぎだされる言葉は、感謝の言葉ばかりで、怨嗟の声などは全く聞くことはなかった。そのことが更に神父の精神(こころ)を深く抉っていった。


そんな所に先に教会の中へと入った仲間の魔族が戻ってきた。


「中は、中はどうだった?」


その言葉に、その魔族は申し訳なさそうに首を振った。


「ただ、教会のシスターが書いたと思われるものが、神父様の机の上に置いてあった。」


そう言って、彼は神父に一冊の日記のような物を手渡した。神父は、それを受け取ると、もう一度燃えている街を名残惜しそうに見回してから、二人で先程の街を見渡せる丘へと転移してその日記を開いた。


ーーー

昨日、神父様達が始まりの神殿に残る仲間達を説得するために、王国軍と一緒に街を出ていった。同じ魔族として、できれば力を合わせるべきだと思うが、この状況では難しいだろう。


ーーー

最近、街中に鼠の姿を見ることが多くなったという苦情が増えてきた。これまで見かけた物よりも体格も大きく、獰猛だということだが、人の姿を見かけると直ぐに姿を消すらしく、駆除は容易ではないだろう。


ーーー

教会に、高熱や頭痛、筋肉痛、咳、痰を訴え、回復を求める者が少し増えてきていると思う。回復薬を渡すが、あまり効果はなく、身体に打撲したような跡が見られることから、他に理由があるのかもしれない。


ーーー

突然、吐血し、全身に出血したような痣を認め、手足が腐ったように真っ黒くなった病人が、教会に運び込まれた。貧民地区に最近住み着いた獣使いの人間らしいが、何らかの病気だとすると、魔族の仲間達への感染が心配だ。


ーーー

日に日に身体が真っ黒になって、死んでいく人間が急速に増加している。発生状況からすると、何らかの感染症の可能性が高い。念のために発病者の多い区画を閉鎖し、治療のために出入りするものしか立ち入りできぬようにしたが、今度はその者達が病に倒れている。街の封鎖を考えるべきなのだろうか……


ーーー

神父様達が出掛けられて既に二週間が経つ、早く戻してくれるよう、王国軍へと窮状を訴えるがなかなか対応してくれない。最近、少し身体が重く、熱っぽい。私も感染したのだろうか……神よ、神父様を早く帰してください。


ーーー

頭が痛い、身体がまともに動かない。身体には至る所に赤黒い痣ができてきた。ボーッとすることが増え、まともに考えることができない。食事も喉を通らず、僅かな水を取ることだけで精一杯だ……他の元気だったシスター達も、私と同じ様に熱を出し始めている……この街は大丈夫なのだろうか…


ーーー

最近の私は、ボーッとしていることが多い。ただ何をするでもなく、窓の外を眺めていると、昔のことが頭を巡る。懐かしい顔が次から次へと浮かんでくるが、彼や彼女達はもういない。王都と共に消えてしまった。私達は正しかったのだろうか……この街ももうすぐ…


ーーー

一日の半分以上を寝て過ごしている。食事も水も喉を通らない……おそらく私は助からないだろう…王都で過ごした時間が懐かしい……帰りたい……あの頃に戻りたい……


ーーー

ごめんなさい……ごめんなさい……私は…


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


泣いた。神父は人目も憚らず大声で泣きわめいた。良かれと思っていた。世界に覇権を唱えることこそ魔族の為になると、心の底から思っていた。その為に尊敬し、心より慕う皇帝の信頼を裏切り、勇者へ、人族へ力を貸した。


結果として、そのことが今回の魔族の滅亡への引き金を引いた。自分の愚かで浅はかな欲望が、同胞を死へと追いやった。その事実に、神父な心は張り裂けんばかりに締め付けれていた。


「だ、誰!あがぁぁぁぁぁ!」


泣き崩れて地面に這いつくばって神父は、仲間の悲鳴が聞こえて、涙と涎にまみれた顔を上げた。


「あれぇ?アクトル神父、酷い顔だねぇ。」

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