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「ルリっ!」
リュートがそう叫ぶのと、前方で火球が爆発するのはほぼ同時だった。
「ジェシカ!ジェシカ!大丈夫?私なんかの為に何やってんの!あなたが護るのはリュートでしょ!私じゃないでしょ!」
豪々と燃え盛る火球の中からルリの声が聞こえてきたことに、少しリュートはホッとしたが、ルリのあまりの動転ぶりに、大丈夫かなとは思ったが、ジェシカのことが少し気になった。
「……ルリ?もしかして、ルリ皇女ですか?」
燃え盛っていた炎を、水魔法のウォーターボールで消し去り、振り返ったルリが大声で怒鳴った。
「皇女だったら何なのよ!私の大事な大事な友達に何してくれてんのよ……」
最後の方は、怒鳴った相手を直視して、尻萎みになっていた。
「……セ、セレニア先生?先生なの?」
その言葉を聞いて、ルリは走り出し、焼け焦げた右腕をダランと下げ、残った左腕をドアの方へと伸ばしていた二十歳位の女性に飛び付いていった。
「先生!せ、先生!」
「姫様!申し訳ないございません。間違いとはいえ、あなた様の大事なお友達に怪我を負わせてしまいました。この命に変えても償わせて頂きます!」
「気にしなくて大丈夫でちゅ!ジェシカはあの程度の魔法では、焦げ目一つつきましぇん。服でさえも燃えまちぇん!」
と、頭を下げるセレニアの前に、無い胸を大きく反らして、幼女が傲岸不遜に立っていた。
「しかもでちゅ!今のわたちには神ちゃまが付いてるでちゅ!例え欠片となろうとも、神ちゃまがじえったい復活させてくれるでちゅ!」
その姿を見たセレニアは、あんぐりと口を開けて幼女を見ていた。なぜなら、先程の大火球は、今の彼女が持っていた全ての魔法を練り上げたものであり、魔皇国で大魔導師と称賛された彼女には、目の前の幼女の存在が信回復魔法ではじられなかった。
「先生、この子のことを真剣に考えない方が良いよ。本当に理不尽なお子ちゃまだから。それに、今の私の周りには、もっと理解できない摩訶不思議な人がいるから……」
「ん?呼んだか?」
そう言いながら、リュートが三人の所にやって来た。
「奥に居る人達や子供達を診てきたけど、大きな怪我もないし、脱水も起こしていない。ただ、かなり栄養が不足して衰弱してるから、今から食事を準備するよ。ん?ヒドイ火傷ですね。治療はどうしてますか?回復魔法での治療は難しいですか?」
「えっ?はい。受傷直後であれば、最上級の回復魔法でなんとかなったかもしれませんが、周りにはおりませんでしたので、今では固まってしまい、回復は難しいですね。」
誰かは判らなかったが、皇女が安心して同行しており、子供達の世話を手助けしてくれていることも考えると、悪い人には思えず、素直に彼女は現況を語った。
彼女のその諦めたような顔を見て、ルリの先生だから仕方ないかと、リュートは自分を納得させて、収納リングから一本の小瓶を取り出した。
「もし良ければ、これを使ってみてくれないかな。」
「……それは?」
「う~ん。はっきり言うと、お前の弟の為に作ってみたリムリタという再生薬なんだけど、虫や動物を使った実験ではうまく作用してるけど、まだ人体では試してないんだ。身体に毒な物は含まれてないから……」
「リュート!リトの為に作ってくれたの!」
「あぁ、あの時の状況では、五体無事ということはあり得ないってことになったよね。だったら、必要になるかもしれないと思って、色々試しているうちにできた薬なんだ。素材が無茶苦茶稀なヤツだから、まだこれしかできてないんだけど、飲んだら後で治療効果を確認させて貰うから。」
そう言うと、リュートは部屋の角に備え付けてあるテーブルの方へと向かい、 幾つかの魔道コンロを並べて、さっそく料理を始めた。数人の大人と三十人程の子供達の分を作るとなると、悠長にはしていられなかった。暫くすると、部屋中に良い匂いが立ち込めてきた。
「姫様……ヨダレが…」
「えっ?ハッ!」
ルリは、開いていた口を慌てて閉じ、中に溜まっていたヨダレをジュルルっと飲み込んだ。それを見て、セレニアが何気なく聞いた言葉への、彼女の反応は凄まじかったし、そこには驚愕の事実があった。
「そんなに美味しいのですか?」
「それはもう神様の食事かと思うようなものが次から次へと現れるわ!宮廷料理人の人達には申し訳ないのだけど、全く比較にならないの!」
「……あの者達も、料理スキルはほぼカンストに近い者達でしたが、それでもですか?」
「レベルというか、もうクラスさえ掛離れていると思うわ。この後、先生も食べてみると判ると思うよ。それに、今リュートが取り出している食器!似たような物を見たことない?」
「ハッ!もしかして宝物庫にあった食器ですか?」
「そう。リュートに言わせるとあれは磁器というもので、私達が普段使っている陶器とは素材も焼き方も違うんだって、スゴく薄くて、透き通っていて、叩くとカンとかキンとかチンとか音がするの、あれもリュートが作ったの。それに、果汁水を注いでいるカップを見て……」
「……透き通っています。」
「そう。あれはガラスを使って作られてるの。それに良く見てみて、柄が刻まれていて、色が付いてるでしょ。あれは切子って言うらしいんだけど、あれも宝物庫で見たことあるの。」
セレニアは絶句していた。宝物庫にあるものは、そのどれもが失われた文明の時代に作られたもので、その製法は今に伝わっておらず、古代文明の遺産と呼ばれていた。
「……何者なのですか?一見人族のように見えますが……」
「……判らないの。本人はこことは違う世界から来たって言うから、鑑定させて貰ったことがあるの。」
「……どうだったのですか?」
「人種は『迷い人』と表示されたわ。職業は無職。体力、魔力共に二、三歳の魔族と同程度。魔法スキルは一切なし。その代わりにポンポン、ポンポンスキルが生えてくるの。それをあっという間に使いこなして、直ぐにカンストしていくのよ。あり得ないわよね。そして、最後には『生成師』なんていう聞いたこともない職業を得て、それからの彼の成すことは、当に神の御技と呼んでも差し支えない程のもので、お陰でこっちは驚きっ放しよ。」




