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数歩も進まぬうちに違和感に襲われた。


龍人達が地震に巻き込まれたのは、午後八時過ぎの暗闇の世界の筈だった。


停電が発生していれば、せいぜい非常灯が点灯する程度の明るさしかない世界の筈だった。


しかし、トンネル出口は、まるで真昼のように光に満ちており、入り口で待っている筈の二人の後輩の姿も、どこにも見当たらなかった。


龍人は、それから想像される一つの事象が頭から離れなかった。


あり得ない、あり得る筈がない、そう思い込もうとしても、目の前の光景がその思いを打ちのめしていた。


トンネル出口の前は、野球場程の平地が広がり、背丈程の草が風になびいていた。前方には樹齢千年以上と思われるような巨木が生い茂る森林が見え、両サイドは数十メートルはあるであろう絶壁とも呼べるような切り立った崖に囲まれていた。まるですり鉢の底のような風景が拡がる広場を覆う空は蒼く澄み渡り、綿菓子のような白い雲がプカプカと浮かんでいた。


あまりの癒しの光景に引き込まれるように、龍人が一歩足を踏み出そうとした瞬間に、目の前の草むらが突然ガサガサと揺れたと思うと、そこから見たこともない生き物が姿を現した。


見たこともないあり得ないその姿に、驚いた龍人は、思わず腰が引けて尻餅をついてしまった。


それは小学校低学年程の身長で、大きめのウォンバットが二本足で立ち上がり、簡素な衣服を身につけたような姿をしていた。


目には土偶のようなゴーグルみたいなものをかけており、背中には小さなバッグを背負い、手には五十センチ程の剣を油断なく構えており、まるで獲物を探すかのように周りをキョロキョロと注意深く観察していた。


背中にどっと冷や汗が溢れ出た龍人は、危機感から近くに転がる手頃な石を掴み、これから起こるであろう戦闘に備えようとしたが、身体は小刻みに震えることを止めず、石を持つ右手を左手でおもいっきり地面に押し付けた。


龍人がその生物から目を離せないでいると、そいつはトンネルの出口付近まで近寄っては来たが、そのまま入ってくることもなく、鼻をひくひくさせて周りの匂いを嗅ぎ、出口の前から去って行った。


「……見えてないのか?」


そう考えても、直ぐには身体を動かすこともできず、暫くは目の前の状況を窺うことしかできなかった。


ようやく身体を起こし、周囲の気配を探りながら、見える範囲に動くものや草がないことを確認して、やっと龍人は大きくため息をついた。


「……マジかぁ。異世界転移本当にあったのか……先に出た二人がいないのが、転移されなかったということなら、感謝しかないんだけど……」


状況から考えても、二人が転移に巻き込まれていない可能性は低いと思われ、自分のことより心配になる龍人だった。


「まぁ、悩んでいても誰も解決してくれる訳ではないから、真剣に考えざるを得ないな。しかし、異世界転生とか転移だったら、やっぱりチートスキルとか、チートな職業、恩恵が定番だと思うんだが……特に白い部屋とか神様とかいなかったし……」


そんな事をぶつぶつ呟きながら、行動を開始

した龍人が、まず最初に向かったのは洞窟の奥だった。


奥に転がっていたヤカンや鍋、お玉や食器、スコップやシャベルなどを一揃え洞窟入り口まで運ぶと、持ってきたツルハシで壁を加工し、壁を伝ってくる湧水が一ヶ所に纏まるように細工し、その下に数個の鍋とヤカンを並べた。


『ここに居れば、外敵に襲撃される可能性は極めて低く、水は岩肌からの流れ落ちる湧き水を加熱処理すれば問題なく使用できる。しかし、生き抜く為の食糧がない。このトンネルの出口から食糧を手に入れる為に出ていくことは可能であろうが、再び戻ってこれるかは判らない。さっきのウォンバットみたいな奴には、このトンネルが全く見えていなかった。あちら側から見た場合、このトンネルは存在しないものと考えた方が失敗はないと考えるべきだ……』


龍人が頭の中でそんなことを考えていると、トンネルの出口の方から、草むらをかき分けるような音が聞こえてきた。


「……なんだ?さっきの奴が帰ってきたのか?」


そう呟いて、龍人が出口の方へと足を向けたのと、悲鳴のような絶叫が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。


「あぎゃぁぁぉぁ!」


その声に一瞬身体がすくんだが、生き残る為の情報を逃すわけにもいかず、龍人がそっと様子を窺うと、出口前の所で、さっきのウォンバット人と頭に三十センチ程の角を生やした体長一メートル程の兎のような動物がバトルを繰り広げていた。


兎の背には一本の矢が突き刺さっており、ウォンバット人の背中には、兎の角で貫かれたような大きな穴が開いて、そこから大量の血液が溢れ出ていた。


兎が更にウォンバット人に頭から突撃すると、その角は再びその胸から背中を貫き、


「うがぁぁぁぁぁ!」


絶叫をあげた彼は、右手に持っていた剣を逆手に持ち替え、両手でしっかりと握ると、そのまま自分の顔の下にある兎の背におもいっきり突き立てた。


「ギャァァァァ!」


剣を突き立てられた兎は、身体を大きくビクッと震わせると、急にダランと全身の力が抜け、ピクリとも動かなくなり、それを確認したウォンバット人は、口元をニヤリと吊り上げると、同じようにダランと力が抜け、その場に兎と共に倒れていった。


「……相討ち?」


彼の背中とお腹からは大量の血液が流れ続け、最初ピクピクと小さく痙攣していた身体もいつしか全く動かなくなった。


それをトンネルから観察し続けていた龍人は、先ほど見つけたロープを投げ縄のように加工し、目の前にいる兎とウォンバット人へと投げ始めた。


何度か試行錯誤しながらそれを繰り返すと、やっとロープがウォンバット人の腕と剣に絡みつき、トンネル内から引っ張ることが可能になった。


「これで、このトンネル内に戻ることができるか確認できる。」


そう独り言を口にしながら、龍人がまるで綱引きをしているかのようにロープを必死になって引っ張ると、ズルズルと音をたてながら!その一匹と一人は、トンネル内へと引きずりこまれてきた。


「よっしゃあ!これでロープが外まで出てたら、それを伝ってトンネル内に戻ることが可能だと証明できた。これで、ここを拠点にすることが可能になったぞ!」


そんな龍人の歓喜の声が、無人のトンネル内で反響していた。

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