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スピードがあるわけではなかった。せいぜい一般兵程度の速さであったが、子供相手では、それは十分なアドバンテージになっており、火魔法を附与された剣を魔術障壁で防いではいても、徐々にルリは押され始め、攻撃魔法を撃てる余裕は少なくなっていった。


そして、何度目かの大振りの剣を受けた時に、彼女はその衝撃を上手に逃がすことができずに、大きく後ろに撥ね飛ばされた。


その直後に放たれたファイアジャベリンは、魔術障壁でどうにか防ぐことができたが、ルリはその反動で態勢を崩してしまい、そこにちょび髭はすぐさま剣を振りかぶって襲いかかってきた。


周りで待機していたリュートは、アッと声をあげ、助ける為の指示を出そうとしたが、ジェシカが止めた。


「大丈夫……ルリには余裕がある。あれは彼女の作戦…」


その言葉の通り、あと数歩でルリに到達する瞬間に、彼女の今回初めて使用した土魔法が発動し、ちょび髭が踏み出した右足の下にポッカリと三十センチ程の小さな穴を開け、そこにちょび髭は足を突っ込んでしまい、大きくバランスを崩した。


すかさず、ルリは倒れかかるちょび髭の足元に踏み込み、腰から抜いた小さな短刀で、彼の喉を切り裂いた。


その一撃は深くはなかったが、ちょび髭の気道を裂いたようで、彼はカヒューカヒューと荒い息を繰り返すのがやっととなり、始めのうちは剣を振り回して、ルリの接近を防御していたが、暫くすると、どうにかその場に立っていることしかできなくなった。


詠唱が必要な人間の魔術師など、声が出なくなれば、ただの三流兵士と変わらず、その後放たれたルリの三本のアイスジャベリンは、何にも邪魔されることなく、ちょび髭の頭に一本、体幹に二本突き刺さり、戦闘が終結した。


「よく頑張ったな。」


その言葉にどうにか頷き返したルリを、ジェシカの方へと誘導すると、ジェシカも理解したのか、水筒の果実水を飲ませ、白と黒のところに連れていき休ませていた。


国全てを滅ぼされた復讐だったとしても、人一人を殺すということは、まだ少女のルリにはかなりの負担があったと思う。まだ幼い精神が壊れないように気を付けるのも、彼女を保護したリュート自身の役目だと考えていた。


リュートは、二人と二匹に背を向け、倒れている装甲歩兵の所へと行くと、その装甲を練金スキルを用いて原料へと変え始めた。この頃の彼は、鍛冶や彫金、錬金や錬成、いろいろなスキルが上がり始めており、そのスキル上げにも丁度良い経験となっていた。


殆どの歩兵の装甲は鋼製だったが、上級歩兵と思われる者の中には、聖銀製の装甲を装着している者もいた。鎗や剣も同様で、かなりの金属素材を集めることができ、ちょび髭が手にしていた剣の素材は、聖銀の中でも更に魔力の通りが良いといわれる白聖銀だったことも大きな収穫だった。


しかし、リュートもまた人を殺すことに関しては素人だということに変わりはなかった。


背中には脂汗が流れ、心臓は強く脈打っているにも関わらず、手足は冷たくなり、顔面は蒼白となって、作業する手足はブルブルと震え、何度も何度も胃の内容物が込み上げてきていた。


真っ二つに分かれた身体からは内蔵が零れ落ち、大量の血液が大地へと染み込むように流れ出ており、時には胃の内容物が溢れて地面を汚していた。その独特な酸っぱい臭いが鼻をつき、その度に嗚咽に襲われ、何度かはそのまま我慢できずに嘔吐してしまい、背後の二人に悟られぬよう必死で呑み込んでいた。


リュートはそれでもどうにか、全ての兵士の鎧を分解して素材に変え終わると、少し落ち着いたルリとジェシカに黒と一緒に周辺の探索をするように指示し、自分は死体の処理の為にここに残ることを伝え、死体を埋めるための穴を掘り始めた。


二人がその空き地から姿が見えなくなるのを確認すると同時に、彼は吐いた。掘った穴に吐き出された大量の吐物の臭いに刺激されて、更に吐くということを繰り返した。


口や鼻からだけでなく、鼻や目からも涙が大量に流れ、心配した白が彼の傍にそっと身体を寄せ、その頬を舐めた。


「……ハハッ、情けないよ。自分は一人も殺してさえいないのに、死体を目にするだけで吐物が込み上げてくる……ホントに情けないよ……」


そんな弱音を吐くリュートの頬を、白が優しく慰めるように舐めていた。


「この世界で生きていく覚悟が一番足りないのは、きっと俺自身なんだろうね。殺らなきゃ、殺られる。そんなことが当たり前の世界では、きっと俺は一番の劣等生なんだろうな……誰よりも努力しないといけないんだと思う……もっと強くならないと…」


そう言って白の首に抱きつき、その温かな身体に身を埋めていたが、暫くすると覚悟を決めたように身を起こした。


「白、俺は頑張る。頑張らなくちゃダメだと思う。必ずこの世界で生き抜いて見せる。強くなるよ!」


リュートは大きく深呼吸すると白から離れ、地面に最近生えてきた土木スキルを使って穴を開け、木工スキルを使って近くの倒木から作った手押し棒のようなもので、死体を穴の中へと落とし、再び土木スキルを用いて、穴を埋めた。


更に栽培スキルを利用して、空き地となっていた戦闘場所に草を増殖させ、おそらくリトが自爆した際に生じたと思われる窪地も含めて、戦闘の痕跡を消去した。


ジェシカとルリと黒が、周辺の探索を終えて帰って来た時には、先程の空き地の面影はきれいさっぱり消去されていた。

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