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トンネルの中は、夏だというのに少しひんやりと涼しく、三百メートル程先の出口には、部長が照らしているのであろうライトの光源が見えていた。


「怖いよう(棒)」


と言いながら、がっしり腕を掴むマリナと、持参してきた携帯用ライトで、周囲の壁を観察しながら進む雫も、いつしかその手で龍人の左手を掴んでおり、龍人の両腕はしっかりと固定されていた。


右腕に触れる柔らかな感触と、左手を掴む小さな柔らかな感触に、裂けよとばかりにドキドキと拍動する心音が、二人に気づかれぬよう、懸命に心の中で不動明王の火界咒(かかいしゅ)を唱え、平静を心がける龍人であった。


「このトンネルって、昔は汽車が走ってたらしいよ。今は廃線になったから、人や自転車や軽トラックなんかが走るみたいだけど、大きいトンネルができてからは、場所が不便だし、誰も使わなくなったんだって。」


そんなことを喋りながら、三人がトンネルの中程まで来た時に、それは突然に発生した。


最初に地面に震えるような振動を感じ、なんだと思う間もなく、まるで大地が裂けるような轟音が、ジェットコースターに乗っているかのような振動と共に三人を襲った。


「「きゃあ!」」


「伏せろ!両手で頭を抱えて、なるべく小さくなって伏せるんだ!」


指示に従い蹲った二人の頭を抱え込むように龍人もしゃがみこみ、自分の頭は背負ったバックパックでガードした。


揺れは暫く続いたが、幸いにも壁が崩れるとか、天井が崩壊することはなく、永遠に続くのではないかと思われた揺れは、二分程で治まった。


「震度五はあったよね?」


とマリナが言えば、


「いいえ、立っていることも不可能でしたから、震度六はあったと思います。」


と雫が応えた。


二人がそんな会話を交わしながら、龍人を見ると、背中に背負ったバックパックを開けて、真剣な表情で中に入っているPC一式を確認する姿が目に入った。


「副部長……普通の人は、まず連れている人の安全を確認しますよね。」


そんなマリナの言葉も聞こえない程に集中している龍人を見て、


「雫……ホントにこんなので良いの?」


とマリナが雫を振り返ると、やはり、自分のリュックの中のPCをゴソゴソと確認している彼女の姿が目に入り、マリナの言葉に


「ん?」


と、キョトンとした顔で返事する雫を見ながら、彼女は軽くタメ息をついた。


「似た者同士だから、問題ないのか……」


と呆れるマリナだった。


暫く確認作業が続いて一息つくと、思い出したように二人に龍人が声を掛けた。


「また来るかもしれないから、さっさとトンネルを抜けようか。」


その言葉に二人が頷き、出口を見ると、あったはずのスポットライトの光源が無くなっていた。


「部長め、地震が怖くて逃げたな。」


「ちょっと待ってください!」


龍人の言葉を遮るように、雫が壁を探りながら声を上げた。


「壁の材質が変わっています。これまでは人工的なコンクリートの壁でしたが、今は自然のままの岩肌になっています。」


その言葉に、龍人も持っていたスポットライトで天井や壁を照らすと、目に入ったのはゴツゴツした岩肌と、鍾乳洞でよく見られるような天井から垂れ下がる無数の石柱だった。足元もゴツゴツしており、以前に使用されていたと思われるレールが至る所に転がっており、鍋とかやかんとか、作業に使っていたと思われるつるはしとかスコップとかの鉄屑も所々に放置されたままになっていた。


壁沿いには出口の方から流れてきたのか、二十センチ程の幅の水の流れが確認できた。


「……えっ?マジですか?これって洞窟ですよね。」


混乱する三人の中で、まず正気に戻ったのは龍人だった。


「状況は全く理解できないけど、取りあえず急いで出るぞ。ここにいたら、またさっきのような事が起こらないとも限らない。」


その言葉に残りの二人も正気を取り戻し、岩肌が剥き出しになった洞窟を、手を取りあって駆け出した。


岩山を走るような凸凹な通路に加えて、至る所に転がっているゴミが邪魔をして、かなり走りにくい状況だったが、何とか転ぶことなく五分程走ると、眼前に出口と思われる明かりが見えてきた。


「出口だ!あと少しだ!頑張るぞ!」


龍人の言葉に励まされるように、ひたすら足を動かす三人の背後から、


「……ミャア…」


猫のような鳴き声が聞こえてきた。


「猫ちゃんです!」


雫が急に立ち止まり、思わず転び掛けた二人は、かろうじて転ぶことなく踏みとどまった。


「雫!今は猫より安全の確保だよ!」


マリナの叱責に、縮こまってしまった雫だったが、


「……でも、ケガしてるかもしれないから……二人は先に出てて、私もすぐに行くから。」


そんな言葉を残して、龍人の手を振り切り、洞窟を戻ろうとする雫の手を、改めて龍人が捕まえた。


「俺が行く。ここから出口まではあと三十メートル位しかない。俺の足ならすぐに追いつく、二人は先に出るんだ!」


「でもっ!」


「雫!我が儘言わないの!龍人君の言ってる事が正論だよ。もし、龍人君が間に合わなくて、この後地震が来て洞窟が崩れても、外に私達が出ていれば、助けを求めることも出きる。この一瞬の判断が大事なんだよ!」


まだ完全には納得していないようだったが、


「龍人副部長!猫ちゃんをよろしくお願いします!」


と、彼に頭を下げ、溢れる涙を拭いながら、マリナに手を引かれて雫とマリナは出口に向かって走り出した。


「やれやれ、あんな前フリみたいなセリフ言われる方が、気になるっちゅうの。」


出口を抜けた二人が、こちらを振り返っているのを確認すると、周囲をスポットライトで照らしながら洞窟内を探索すると、崩れ落ちたと思われる大きめの石に囲まれた隙間に、猫らしき動物の尻尾が見えた。


「尻尾が二つ?二匹いるのか?」


落石でケガをしているかもしれないし、変に驚かせて逃げられたら元も子もないし等と考えながら、龍人は猫?をなるべく驚かせないようにゆっくりと近づいていくと、猫?は龍人に気付き、彼に顔を向けて警戒の唸り声をあげ始めた。


「ヤバイな、かなり警戒してるな。なんか良い方法は……そうだ!」


龍人が、バックパックの中から、キーボードの掃除用の、小型のハンディモップを取り出して、ゆっくりと右へ左へとリズムを取って振り始めると、警戒していた猫?は、暫くするとモップの動きに合わせて顔を左右に振り始め、いつしか唸り声も止み、両腕をそのモップを捕まえようとするかのように動かし始めた。


「やっぱり、猫にはこれが一番だよね……でも、不思議な猫だなぁ?」


体格は小型犬並みで、体毛はフサフサで、白色の中に所々に銀色の毛が混じっているように見えた。耳は大きくピンと立ち、鼻は小さく髭は長く、肩口から後ろに向かって長く太い毛のように見える何かが生えていた。


目は大きく光っていたが、その色はマゼンダ色と呼べるような紅い色だった。


二匹いると思わせた尻尾はかなり長く、ゆらゆらと並んで揺れていた。


目の前に来たモップを両腕で掴み、満足そうな鳴き声をあげた瞬間、龍人はモップを手放し、猫?を両手で抱き抱えた。


「フミャア!」


抱き抱えられた瞬間、猫?は身体を硬直させ、鳴き声をあげ、それと同時に大地がグラッと揺れた。


龍人は慌てて猫を護るように抱えたまま蹲ると、揺れはそれから続くことなく、数秒で治まり、抱えられた猫は、不思議そうな表情(かお)をしながら、龍人の腕からスルリと抜け出し、名残惜しそうに、そのまま洞窟の外へと姿を消した。


逃げられたけど、ケガもしてないみたいだし、出口にはあの二人もいるから、なんかあったら対応してくれるだろと思いながら、汚れを払い、龍人も出口に向けて足を進めた。


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