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「……ん?ここはどこ?天井は……岩?何?これはどうなってるの?もしかして、私、死んだの?ここは地獄?」
そう思いながら、自分の寝ていたベッドを見ると、これまでに経験したことのないようなフカフカのベッドで、シーツには素晴らしく毛先の長い真っ白な毛皮が使用されていた。
「何、これ?天井の岩と全く不一致じゃん。それにこんな毛皮使ったら、ヨダレ垂れちゃったらどうすんのよ……」
と言いながら、自分がヨダレを垂らしていなかったか確認したルリだった。
「それに、私はどうしてこんな所に居るのよ。お母様やお父様はどこにいるの?それにリトはどうしたのよ……」
等と呟いているうちに、記憶の混乱から徐々に抜け出し、不条理な理由で国を襲った無慈悲なまでの惨劇、信じていた人間に裏切られた逃亡中の悲劇、そして、その命を燃やし尽くして自分を救ってくれた生意気な弟、そのどれもが簡単には耐えれるものではなく、ルリは絶叫をあげて、再び気を失った。
鼻腔からの甘い匂いに気がついた。ミルクをたっぷり使って、バターで焼いたパンケーキみたいなお菓子作りをしている時のママの匂い。ハチミツとかメープルシロップも微かに混ざっている。ママの手の甘く優しい匂い。
私を抱き締めていてくれるのはママなの?でも、ママみたいにフワフワでポヨポヨじゃなくて、柔らかいけど少し硬い。でも、パパみたいにガチガチでマッチョでもない。一体誰なんだろう?
もしかしてリトなの?でも、あいつはチビっちゃくて、もっと骨がゴツゴツしてたの思う。しかも、絶対に私をこんなに優しく抱きしめてくれたりしないはずだ。
そんな気持ちに追いかけられるようにルリはウッスラと目を開けた。そこには黒い髪の優しい顔をした私より少し年長の少年がいた。
「□$&●■#□§?(おっ!起きたか?)」
「なっ?何?だ、誰なの?」
私は、彼の手を振りほどいてズザザザと壁まで下がった。
「#△□◎●★§♯@◆(ダメだ!全く理解できない。)△θΦ%■*Π◎△!(あっ!良い方法がある!)」
少し困ったような表情を浮かべた彼は、急にニカッと笑うと左の掌を右の拳でポンと叩き、急いで私のいる部屋から出ていくと、数分で手にボードのようなものを持って戻ってきて、私の前に立つと自信ありげな顔をしてニコッと笑った。それはもう全然敵意のない屈託のない笑顔で、私の胸はキュンとした。
彼はそれを自身の前に掲げると、突然部屋がピカッと光り、そのボードを私に向けると、
「■*§Ψ(龍人)」
と言った。そのボードには満面の笑みを浮かべた少年が映っていた。
「……ルート?」
私が自信なさげに小声で答えると、彼は人差し指を伸ばした右手を、顔の横で振りながら、チッチッチッと呟き、
「■*§Ψ(龍人)」
と、もう一度繰り返した。
「……リュート?」
すると、彼は満面の笑みを浮かべて、右手の人差し指と親指で輪っかを作って、OKと発音した。たぶんOKは正解とか大丈夫という意味なんだろう。
私が彼を指差し
「リュート!」
と自信満々に大きな声で呼ぶと、彼は自分を指差しながら、
「オーケー、リュート!オーケー?」
と言いながら、突然ハグしてくれた。あまりに突然で避けることもできなかったけど、彼はやっぱり甘くて優しい匂いがした。
次に彼は私にボードを向け、先程と同じ様な動作を繰り返すと、目の前がピカッと輝き、そのボードには困ったような、目を見開いた戸惑う私が残されていたが、私はそのボードにその顔が残るのがイヤだった。さっきの彼みたいに自信満々の満面の笑みとまではいかなくても、少なくとも笑顔で映りたい。
そう思った私が、通じるかは判らなかったけど、もう一回という身振りを何度も繰り返すと、理解して貰えたようで、彼はもう一度ボードを私の前で構え、cheeseと言った。
「チー?」
と私がその音を真似をすると、その瞬間に彼はボードを操作し、その画面を見てニコッと笑い、画面を私に見せてくれた。そこには照れたようにホニャラと笑う、あまりみんなに見せたことのない私がいた。
「ルリ!」
自分を指差しながらそう言うと、彼はそれを直ぐに理解してくれた。
「オーケィ、ルリ!オーケー!」
そう言って、彼はまた私をハグしてくれたが、その時のルリは、それがもう全く嫌ではなかった。
その後、リュートは魔皇国と魔の森を隔てているクリスタ川の画像(写真というらしい)を見せ、そこにペンのような形をした棒で、その画像に自分を発見した経緯を説明してくれた。
一人と二匹でたまたま川原の温泉に行った時に、白と呼ばれるリュートの友人(写真を見たら、スゴく可愛らしい真っ白な子狼だった。後で、絶対にモフらせてほしい)が、私を発見したらしい。
しかし、マジカルペンでリュートが画像に書き加えていく推理は、あまりに的を得ていて非常に判りやすかったので、それに乗せられて、そこに至った経緯を身ぶり手振りで説明すると、リュートがその時の画像を見せてくれて、私がそれを見て、ひきつりながらも頷くと、
「……§ΦΨ(クズが)…」
そう一言呟いて、スゴく怖い顔になったのにはビックリした。でも私達の国の為に真剣に怒ってくれているリュートの顔を見て、私は少しだけホッとしていた。私達の国が悪かったんじゃないと思うことができていた。
自爆魔法を使用したリトが助かっているとは思えなかったけど、お花を持って弟のお参りに行きたいと言うと、リュートは微笑みながら、大きく頷いてくれた。
安心した私は、ここで大きなへまをした。お腹が盛大に、
<グル、グルルルルルゥ>
と鳴っていた。ルリは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になったが、リュートはニッコリ笑って、私をお姫様抱っこすると、食堂と思われる部屋へとそのまま連れて行ってくれた。




