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バルマ騎士団長に先導されたルリ皇女とリト皇太子が、その音と振動を察知したのは、城から十キロほども離れた所で、左手には森が広がり、右手は数十メートルの崖になっており、下には大きな川が流れていた。思わず振り返った二人に見えたのは、巨大な赤黒い色に染まったキノコ雲だった。
「な、何ですかあれは?」
その言葉に、バルマ騎士団長は足を止めて振り返り、落ち着いた口調で返事を返した。
「おそらくは、人族の勇者が召喚した究極兵器でしょうね。城にある結界では防ぎきれなかったと思いますよ。」
その落ち着き払った騎士団長の言葉に、二人は強い違和感を抱いた。
「バルマ!私達はあなたに『城に残って、一緒に戦わせて下さいと、お父様やお母様に言えば喜んで貰えますよ』と言われ、それを受け入れて宣言した所、お二人を強く失望させてしまいました。結果として、あなたに先導されて、今ここにいます。率直に伺います。これは、あなたの策謀ですか?」
そのルリ皇女の言葉に、少し驚いたような顔をして、口元をニヤリと歪めてから、バルマは返事を返した。
「よくお気づきになられましたね。その通りですよ。あの城から堂々と抜け出すために、お前らを利用させて貰ったんだよ!」
途中から、バルマの口調が砕けた下品なものへと変わった。
「この魔皇国にはな、人族の連中が喜びそうなものが無数に溢れてんだよ。それを一つ流してやるだけで、俺達みたいな奴が一生楽に遊んでいける金が手に入るんだよ。それをお前のクソ親父が、争いを拡散する道具になるとか綺麗事をぬかしてよ、全面的に禁止してたわけ。俺達が流した武器で、人がどんだけ死のうが、そんなこと知ったこっちゃないんだよ。金の方がはるかに大事なんだよ!」
バルマの品のない言葉と嫌らしい顔に、ルリ皇女とリト皇太子は、揃って眉をひそめた。
「あなたのようなゲスが、よくも騎士団長になれたものですね。お城の人事を疑いますわ!」
「はっ!お前らみたいな坊っちゃん、嬢ちゃんには理解できないかもしれんがな、魔皇国の大人みんなが聖人君子だとは思わんことだな。どこの国でも、金や女や脅しで動く連中は掃いて捨てるほどいるもんだよ!」
「では、もう城を抜け出すことができたんだから、私達は用済みですよね。さっさと私達の前から消えなさい!不愉快です!」
そう怒ったルリ皇女に対して、ニヤニヤした笑いを浮かべ続けるバルマが、更に言葉を続けた。
「それが、こちらの用はまだまだ全く終わっていないんですよ。人族の間でエルフの子供が高値で取り引きされてるのは、常識として判ってると思いやすが、魔族の子供もそれに近い値段で売れるんですよ。特に貴族の子供となると白金貨百枚近い値段がつくらしいんですね。どうです?良い話だと思いやせんか?」
そう言って、バルマが指をパチンと鳴らすと、森を掻き分けて、ゾロゾロと数十人の盗賊のような男達が姿を現した。
「バルマさんよぅ、約束の場所は、もうちっと先だったと思ったんだがなぁ!これは割り増し対象だぜ、判ってんのかなぁ?」
「あぁ、問題ないぜ!こいつらならかなりの額が引き出せるからな。弾むぜ!」
そんな会話を人間の盗賊達と交わすバルマを、ゴミを見るような目付きでルリとリトが睨み付けていると、
「バルマさんよ!こいつら躾がなってないんじゃないか?俺らがちぃっと可愛がってやろうか?」
そんなことを言ったか言わないうちに、その中の一人がスッと姿を消したかと思うと、リトを後ろから羽交い締めし、首もとにナイフを突き付けていた。
「あっ!バカっ、止めろっ!」
「なんでぇ!なんでぇ!やっぱり王子様ってか!ガハハハ!」
盗賊の首領がバカ笑いしている時に、突然ボンッと爆発音が響き渡った。
「ギャァァァァァァ!」
先程、リト皇太子にナイフを突き付けていた男の、ナイフを持っていた方の腕の肘から先が無くなって、そこから真っ赤な血が噴水のように噴き出していた。
「フン!クズが!臭い腕を近づけるんじゃない!姉さん!いつまで我慢してるのさ。こんな奴らは皆殺しで結構だよ!」
「ちっ!クソガキがっ!野郎共!」
その場にいた盗賊全員が武器を抜き、バルマはその集団に加わった。
「ガキかもしれんが、仮にも皇族だ。ガキの方は火魔法、特に爆裂系の魔法が神童クラスだ。メスガキは、オールラウンダーだ。特に回復系、結界術は大人顔負けだ。ゴリ押しで何とかなる相手じゃない。」
そんな会話をしているうちに翔んできたリトのエクスプロージョンは、バルマのシールドで相殺されていた。
「おい、頼んであったもんは仕入れてあるんだろ?ケガしないうちに出しな。かなりの額を前払いしたんだからな。」
バルマの言葉に、盗賊の頭領は渋々と言った感じで頷き、下っ端の一人に顎をクイッと動かして、合図を送った。
すると、子供達と族との間の空間に直径五メートル程の召喚陣が出現し、中から真っ黒な金属製ゴーレムが出現した。
「な、なんだあれ?片腕しかないじゃないか!しかも、全身傷だらけだろ!白金貨10枚払って、こんなポンコツ買いやがって!」
「仕方ないだろ!魔皇国との戦争で対魔族用の戦闘兵器は軒並み高騰してんだよ!こんなでも白金貨十五枚もしてて、こっちの持ち出しなんだよ!必要ないなら、俺らは撤退するから、一人でやれよ。違約金は確実に払って貰うからな!」
二人が揉めている間にも、ゴーレムに数本のアイスジャベリンが放たれ、その装甲に触れた途端に消滅していた。
「ほら見てただろ!間違いなく魔法無効タイプのゴーレムだろが、それにあんなガキ相手なら、片腕一本もあれば足りるだろが!」
そんなことを力説しながら、盗賊の頭領は冷や汗を流していた。
王都の武器屋には、白金貨五枚程でもっとスマートな新品の様々なタイプのゴーレムが、かなり品揃え豊富に並べられていたが、たかがガキ相手にそんな高価なゴーレムは必要ないと判断した頭領は、王都の外れにあるジャンク屋のガラクタの中から適当なものを見繕っていた。正直言えば、魔法無効の確認もしていなかったし、確かめたのは稼動可能で、命令に従うかどうかの二点のみだった。
実際、燃費は極端に悪く、中魔石を使っても一日程しか稼動せず、力はかなりあったが動きは極端に悪く、遅いという表現では物足りない程だった。お値段もかなりお安くなっており、白金貨を使用する必要もなく、大金貨八枚で買えていた。
ルリ皇女やリト皇太子から放たれる各属性の魔法は、全てが無効化され、後方にいる盗賊達には全く損害を与えることはできなかった。
こうなると盗賊達にも余裕が生まれる。
「良いか!怪我は回復魔法やポーションで綺麗に治る。四肢欠損や失明させると傷物になって価値が極端に下がるからな!」
二人は徐々に後方へと追い込まれ、後ろは崖に阻まれ、行き場は微塵も残っておらず、バルマや盗賊達の嫌らしい笑いが、二人をより不安にさせ、追い込んで行くのにさほど時間は必要とされなかった。
「そろそろ諦めな。良い買い手を見つけてやるからよ。そこでペットみたいに飼われて、主人のご機嫌取りを繰り返す毎日も楽しいかもよ。」
「うるさい!ゲス野郎!」
「おー、こわいこわい!可愛いお顔が台無しでちゅよ~!」
「「「ガハハハ!」」」
この時まで、真っ青な表情をして、口を固く結んでいたリトが口を開いた。
「姉さん、俺は皇太子として生き、皇太子として死ぬことに決めた…………だからっ!姉さんは生きろっ!」
そう言って、リトは爆裂魔法を応用して、ルリを後方へと翔ばすと、体内に残っていた魔力を大量に練り上げていき、急速に膨れ上がった魔力に、リトの身体は内側から光を発し始めていた。
「や、ヤバイ!自爆魔法だ!おい!クソゴーレム!何とかしろ!」
しかし、動作の遅いゴーレムがリトに辿り着けるはずもなく、
「クソったれが!姉ちゃんだけでも、俺が護るっ!」
リトがそう言い終わるか終わらないうちに爆裂魔法が炸裂し、直径五十メートルの半円状に周囲に存在する生命あるもの全てを喰らった。
ーーー
「えっ?」
リトに翔ばされたルリは、崖から放り出され、魔法を使う余裕もない状態で、重力に従い落下していくなかで、崖の上で強大な火柱が立ち上がり、小さな竜巻が巻き起こるのを目にした。
「じ、自爆魔法……リ…ト」
崖の上はどんどん遠ざかり、自動展開による防御魔法により、川面に落ちた衝撃は吸収できたが、ショックとあまりの水温に、ルリは意識を失い、水中に沈んでいった。




