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「ザルツよ、国民の避難は進んでいるか?」
「辺縁地区の住民の避難は、ほぼ完了しておりますが、特に高齢の住民達は土地に愛着が強く、知らない所で死ぬより、自分の愛してきた土地と共にしたいと、避難を拒否しております。これを無理に移動させるのは難しいと考えます。」
皇帝の問いに、傍らに控える宰相のザルツが答えた。
「年寄り連中は頑固だからな。戦わずして敗れるのは国の恥だとも言ってたからな。仕方ないな。しかし、千人程の国民が半年前に鬼の王の元への移住を希望したのは、不幸中の幸いだったのかもと思うこともある。それがなければ、我ら種族はこの地で滅ぶしかなかったかもしれん。普段は憎らしいケンカ相手だが、今は本当に僅かだが感謝しているかもしれん……」
「でもね、たかだか千にも満たない住人の移住を引き受けるだけなのに、他人の弱みにつけこんで、国宝の神刀雷神を要求するなんて、あいつは相も変わらずのゲス野郎です。」
そんなミリア皇后の言葉に、困ったように眉を寄せ、頭に手をやる男の名前はシャルト五世、ユクトリア魔皇国の現皇帝だった。
ユクトリア魔皇国は、人口一万人程の小さな国であるが、魔族の平均年齢が五百歳もあり、ハイエルフについで寿命の長い種族だったこともあり、その知恵の蓄積は半端なものではなく、それが人族には脅威に映っていた。
長寿命故に子供の数は非常に少なく、一年に産まれる子供の数が十に満たない年もあった。それが魔皇国の弱点でもあった。
「子供達の避難はどうなっている?」
「ハイ、魔法学校に通う十歳以下の子供達ですが、五歳以下の子供達は乳飲み子も含めて母親と一緒に、それ以外の子供達は単独で、シスターセレニアに引率されて、始まりの神殿へと避難が完了しております。総勢で五十三名となりますが、ただ、高学年の子達の中には戦うことを選択し、城に残っているものもおりますので正確な人数は判明しておりません。難しいものです……」
その言葉を聞く皇帝と皇后の顔には、同じ悩みを抱えた親の表情もあった。彼らの二人の子供ルリ皇女とリト皇太子は、やはり城に残って一緒に戦うことを主張し、つい先程に、『ここで私達が倒れたら誰が魔族を護るのですか!皇族としての使命を果たしなさい!』という皇后の言葉に折れて、城の抜け穴から騎士団長に引率されて出ていったばかりだった。
そんな会話をのんびりと交わしていると、夜空に真っ赤な魔方陣が出現し、一つ、二つと数を増やしていった。
「……メテオか、あの程度なら問題ないな。国民を避難させる必要はなかったかな。」
「何を甘いことを言っているのですか!相手の軍勢は、騎兵、歩兵、魔法兵など合わせて十万も居るのですよ。仮に正面で衝突することになれば、少ないながらもこちらにも被害は出ます。侮れるものではありません。」
勝って当たり前という皇后の言葉には、いかに少ない被害で勝つかという、傲慢とも思えるニュアンスが含まれていた。
その言葉を裏打ちするかのように、百に近い赤い魔方陣から放たれた隕石は、城を護る結界に阻まれて、城下に傷の一つもつけることはできなかった。
「やはり、要らぬ心配であったか、伝承にあった『空に紅き巨大な月が現れた翌の年におぞましい禍が訪れる。その時、天は割け、大地は割れ、栄華は一瞬のうちに滅びる』は、単なる世迷いの予言の一つなのか……」
シャルト五世がそう呟いたその瞬間に、夜空を覆い尽くす程の巨大な金色の魔方陣が出現した。
「気を付けろ!各自結界を張る準備をしろ!…ん?…あれは召喚陣か?あれ程巨大な陣とは、バハムートでも召喚するつもりか?」
「ふん!例えバハムートと言えど、我らの軍にかかれば赤子と同じです!」
皇帝と皇后がそんな会話を続けているうちに、その巨大な召喚陣は、真ん中からパカリと割れ、中からギラギラとした無数の光に包まれた巨大な金属製の砲身が顔を覗かせてきた。
「な、なんだ?あれは?」
「古代兵器だ!大結界の範囲を城に収束し、出力を最大にまで上げろ!城下に人はいない。街は諦めろ!個人でも結界魔法を使えるものは、周りの人間も含めて守護するんだ!急げ!」
皇帝の言葉に周囲は騒然となり、ホールの至る所で半球状の結界が展開された。
「あれ程の大きさの巨大兵器を召喚するとは、星を割るつもりか!何を考えているんだ?」
そんなことを叫ぶ皇帝の腕にソッと手を添え、
「十年程前に、人族の女神が異世界より勇者を召喚したという話を聞いたことがあります。ハイエルフや魔族も含め、これまでにこれだけ巨大な召喚を行ったという記録は残っておりません。おそらくは、その者の仕業かと……」
と皇后が語ると、その言葉を聞いた皇帝が、その兵器から目を離すことなく、納得したかのように返事を返した。
「我々の祖先は、数千年の昔にこの地に招かれたという伝承がある。おそらくは元々この地の命ではなかったのであろうな。それを面白くないと考えた女神が、異世界より勇者を召喚し、異世界人の手で我々を滅ぼすというシナリオか……性質の悪い話だな……」
「そうですね。性悪ババァですね……」
皇后のその言葉に合わせたかのように、その兵器から巨大な光の塊が射出され、あっという間に城を護る結界を破壊し、城と城下街、そこに存在していた全てのものを、生物や物体に関わらず消滅させた。
巨大なキノコ雲が消えた後には、そこには文明と呼ばれたものは毛ほども残っておらず、巨大なクレーターだけが、その大地に残されていた。




