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午前中の畑仕事は完全にサボり、ほぼ昼食の遅い朝食を一人と二匹で、グダグタしながら取り終えると、龍人は大きくため息をついて、気合いを入れるように両手で自分の頬をパシンと勢いよく叩いた。
「白!黒!気分転換に温泉行くよ!」
「「ウォン!」」
この頃の二匹は体長が既に五メートルを超えており、匹と表現する程小さくなく、魔狼とか神狼と呼ばれる程の存在感を周囲に与えていた。
背中に龍人を乗せるのも、全く気にすることのない二頭は、それぞれが好んで彼を背中に乗せようとしたが、『牝である白の背中に乗るのは、男としてどうかと思う。』という変な理論で、もっぱら黒の背中に乗っていた。最初の頃は、納得していなかった白だったが、終いには折れたようだった。
白と黒は、周りの景色の流れる速さから考えると、車と遜色ないスピードで走ることができていた。初めのうちは慣れていない龍人に合わせて、かなり速度を抑えていたようだったが、今では余裕で猪を追い越せる程の速さで野を駆けることが可能になっていた。
小一時間程で川原へと到着し、目的の温泉へと向かう途中で、突然白が立ち止まり、耳をピクピクさせて気配を探り始めた。
「えっ?何?白、どうしたの?」
その龍人の言葉を聞き終わらぬうちに、これまでの速さが全くの冗談であったかのような速さで、白が川原をかけ始めた。直ぐに白を追うように黒が駆け始め、温泉の所から五百メートル程上流まで、川原を駆けていくと、前方で白が何かを水から引き揚げているのが見えた。
「……何?」
そう口に出してから、龍人は言葉に詰まった。白が川から引き揚げたのは灰色の長い髪の女の子だった。
龍人は黒から飛び降り、急いで白の元へ駆け寄ると、その女の子のバイタルを確認した。胸は浅く呼吸をしていることが伺えたが、顔は真っ白で、唇に血の気は全くと言ってよいほどなかった。全身から力という力が全て抜け落ちたように力は全くなく、抱き上げると細く長い両手はダラリと垂れ下がった。
一見して外傷らしいものはなく、溺れたというよりも冷たい川の水によるショックと低体温と前向きに考えた龍人は、その子を抱き上げて黒に乗ると、急いで自分達の温泉へと向かった。
まだ小学校にも入っていないような小さな子供だったので、抵抗なく服を脱がすこともでき、脱がせた服を白が持ってきた流木を使って干し、最初から高い温度だと問題があるかもしれないと考えて流入する川の水の量を調整し、少し身体が温かくなったら、水の量を減らすということを繰り返していると、だんだんと身体に血の色が戻り始め、顔色や唇の色もだんだんと色を取り戻してきたようだった。
二、三時間かけて身体が温まっても、子供の意識は戻らず、固く目を閉じたままだったが、窮地は一旦乗り越えられたと龍人は判断した。
服はまだ乾いていないだろうと考えていると、黒が器用に口から温風を吹き出していたようで、ほぼ乾いた状態だった。
この春頃より、白は口から冷風を、黒は温風を出せるようになっており、外での熱い作業や寒い作業の時は、非常に役に立っていた。おそらく、経験を積めば、黒は口から炎を噴き出すことが出きるようになるだろうし、白は吹雪を噴き出すことが出きるんだろうなと龍人は考えていたが、どう経験を積ませて上げれば良いのかが全く判らなかったので、申し訳ないなと思ってはいたが放置していた。
女の子に服を着せ、急いでトンネルへと戻り
熊の化け物の毛皮と綿花から採った綿を豊富に使用したふかふかベッドに寝かせて、幼女(少女?)が起きた時に食べれるように、雉の卵と大根を使用したさっぱりとしたお粥を作ることにして、番を白に任せて、龍人は竈へと向かった。
暫くして、もう少しでお粥が完成するという時になって、奥から少女の絶叫が聞こえてきた。




