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そんなこんなをしている間に年は明け(おそらく)、キャベツや白菜、大根や人参、玉ねぎの苗を植えたり、ジャガイモの種イモを埋めたり、秋に作った畑に蒔いた小麦の麦踏みをしたり、午後に捕えた牛達の世話をしていると、あっという間に短い昼は終わり、後はトンネルに戻って寝るだけという毎日が続いていた。
龍人達の土地に侵入してくる野生動物や魔物の処理は、 全て白と黒が対応してくれており、夜間などは侵入者があると、二匹のうち一匹がこっそりと抜け出して獲物を処理すると、頸動脈部分を噛み千切って、血抜きのようなことをしてからトンネル前へと放置していた。いつの間にか、彼らだけでトンネル内外を自由に出入りできる能力を身に付けたようだった。
更に驚くことに、普段は体長が三メートル以上もあるのに、少しトンネルが狭いな、これからは白と黒も外に寝床を作った方が良いかなと龍人が思い始めた頃、彼らは突然、自らの身体を幼年時代のサイズに戻す能力を身につけてしまった。それはもうビックリしたけど、最初見たときは、お前ら子供できたの?姉弟でも大丈夫なの?と誤解してしまい、ご機嫌を取るのにひどく苦労したのは、今では笑い話である。
雪はそれほど多くはなかったが、時には積る時もあり、水路が凍りついている時などもあったので、それなりの畑の防寒対策は必要だったが、トンネル内の温度はほぼ一定に保たれており、寒さの為に薪を増やす必要などは全くなかった。暖を取るために必要だと考えて、山のように薪を集めた龍人にとっては的はずれな結果だったが、残ったものは料理にも応用できるので、嬉しい誤算とも言えた。
畑の空いたスペースに雑草が顔を覗かせる程に暖かくなった頃に、龍人が久しぶりに川の様子を見に行くことにすると、白と黒は喜んで付いてきた。
「本来なら、一頭はお留守番してくれると有り難いんだけど、こればっかりはね……」
夏の終わりに作った湯舟は、欠片も壊れていなかったが、周囲には小型の動物の足跡が無数に確認できた。
「……猿とか、カピバラかなぁ?この世界にいるのか判らないけど、前の世界だったら、それを想像しちゃうなぁ……熊とかも…あっ!毛皮……」
秋に倒した熊の化け物の皮を剥いで、温泉に浸けたことを、龍人は、この時までキレイさっぱり忘れていた。入浴を終え、服を身に付けると、龍人達は、毛皮を沈めた温泉溜まりに向かった。
「……えっ?これ、あの時の皮だよね……」
お湯の中に沈ませてあった真っ黒な剛毛に覆われた皮は、真っ白に変色し、針金のように固かった毛は、お湯の中でユラユラと揺れていた。
「漂白されたってことかなぁ?取りあえず一枚引き揚げてみようかな。」
温泉をたっぷりとすくんだ皮は無茶苦茶重たくなっており、温泉の熱さに辟易しながら、何とか一枚を引きずり出し、そのままではオンせん成分を皮に残してしまうので川へと運び、水に沈めた。本来なら水の中に入り、丁寧にブラッシングしながら洗浄すれば良いのであろうが、雪解け水と思われる川の水の温度は限りなく冷たく、洗浄は川に任せることにして、石を重りにして放置した。端から観察すると、川の流れに白い毛が水草のように揺れていた。
一週間程放置して、その日は朝早くから川へと向かい、沈めてあった皮を近くの大きな石へと引き揚げて、それをじっくりと観察してみると、皮剥ぎした際に残っていた脂肪や皮膚の一部はキレイに取り除かれており、裏から見れば、それは一枚の真っ白な革と変わり果てていた。
「スゲェ!前の世界だったら、かなりの高値が付くような気がする!それに鞣した後の革は硬いって聞いてたけど、これは無茶苦茶柔らかそうなんだよね。温泉成分になんか良いものが含まれていたのかなぁ?」
その後、五日間程天日干しすると、フワフワの毛先の長い毛に覆われた、高級絨毯のような毛皮が完成した。
「これなら、上着とかも作れそうじゃん。他のも全部回収していこう。」
それから半日かけて、全ての温泉に浸かっていた毛皮を川へと移した。頭の部分のものも含めて、全ての皮を一週間川へと沈め、その後で引き揚げて五日から一週間大きな石の上で天日干しをして乾かし、順番にトンネル内へと運び込んだ。雨が降らなかったことが幸いだった。
他にも靴の底に出きるように、手や足の指とか、武器に出きるように爪とか牙とか、色々なものを棄てずに確保した。時間をかけて、この毛皮を使った服や靴を作ろうと、龍人は心に決めていた。
春が来てからの龍人には全く暇がなかった。色々な野菜や穀物の作付けをしなければならなかったのに加えて、連れてきた牛の一頭が子牛を出産し、PCの資料にはかなりお世話になった。
他にも、米作りを大々的に行い、塩や砂糖ばかりではなく、味噌や醤油、胡椒にもチャレンジしたし、ヨーグルトやチーズにも手を伸ばした。更には緑茶や麦茶、コーヒーや紅茶などの飲料の再現まで試みていた。そのお陰もあり、龍人の料理のレパートリーは、ファミリーレストラン顔負けの品揃えを果たした。
うどんやそばに留まらず、ラーメンやすき焼き、カツ丼や天丼、残すファミレスメニューはカレーのみだった。
白と黒は、そんな龍人の作る食事は、一切残すことなく食していったので、二匹の舌は日本人並みの肥えた舌へと変わっていた。
龍人の現代文化の再現は、食だけには留まらなかった。綿花を森に向かう途中で見つけると、すかさず採集して、トンネル内にある不用品を再利用して糸車もどきを作り上げ、小さいながらも木綿の手拭いを作り上げたり、落木や木切れを利用して椅子や机を作ったり、粘土を見つけてきては、陶器にまで手を出していた。
龍人の作った陶器は、平皿、深皿、お椀、湯飲み、鍋など、本当に幅広く、数多く作られ、自身の作った棚に並べられていた。




