1
「おい、龍人。一緒に行こうぜ。折角の夏合宿の打ち上げなんだからさ、行かないっていうのは、後輩に示しつかないだろ。ゲーム同好会であっても、実際の体験は大事だろ。部屋にこもってパソコンの前に座っているだけじゃ、恋愛スキル上がらないぞ。副部長だろ、責務を果たせよ。」
やれやれ、それが目的かと察しがつき、向かい合っていたPCの画面から目を離し、初めて部長の顔を見た。
俺を見つめて、両手を合わせて懇願する幼稚園からの同級生である部長の姿に、仕方なくノートPCをそっと閉じ、彼はその恋愛事情に協力することにした。
最近は、ゲーム同好会といっても、オタクのムサイ男連中ばかりではなく、少しヤンデレも入ったような細身の少女とか、三次元を棄てて二次元に飛び込んできた残念美少女とかもちらほら見かけるようになっているのは令和の常識である。
それはうちの同好会も一緒で、学年一、二を争う美少女と評判の高い金髪ハーフの蒼マリナと夜宮雫の二人も、メンバーの一員であり、部長のターゲットはおそらくそのどちらかだろう。
俺の名前は、深海龍人。十四歳の中学生である。
特技はゲームで、学校ではゲーム同好会に所属して副部長を務めている。
昨年のeスポーツの全国大会の対戦シューター部門に特設された新作ゲームに、様々なゲームランキング上位者の中から選ばれた俺は、かなりの着ぶくれと厚底シューズを履き、メガネと毛糸の帽子で顔を隠して出場した。
幼少の頃より自宅でゲームに明け暮れていた経験を生かし、その大会では、なんとか個人の部で準優勝の結果を残すことができたが、正体は隠しているため、ゲーム同好会の仲間にもバレてはいないと思う。いや、バレていないはずだ。
ゲームだけでなく、雑学オタクであることも周囲にはよく知られており、合宿にも、数台の個人用ノートPCを持ち込んで、充電器ばかりか、携帯用の発電機やソーラーパネルも持参し、さすが副部長と尊敬されている。
同じく個人PCを持ち込んだ夜宮も、俺の用意周到な周辺グッズに肩を落とし、敗けを認めていた。
PCには、俺が興味を持った知識が、分野別に保存され、2TBのメモリーは、既にほぼ満タンになっているため、外付けの1TBのSSDを詰めたボックスには、既に五個のSSDが並んでいる。
今のPCの処理速度には全く満足していないので、そろそろ買い換えを考えているが、部活動が終わった秋なら、自作もありだと考えている。
「判ったよ。行けば良いんだろ。でも、こいつは持参させて貰うぞ。当然、充電器具一式も詰めたケースごとだ。それで良いなら、参加してやる。」
その言葉に抱きついてきた部長を、思いっきり蹴飛ばして、PCをその他の機材と一緒に専用のバックパックに詰め込み、龍人はしぶしぶ仕度を始めた。
ーーー
「ねぇ、雫は打ち上げ参加しないの?」
同室の蒼マリナに尋ねられた夜宮雫は、面倒臭さを前面に押し出して、嫌そうな表情で返答した。
「参加するメリットがない。それに参加しても私の技術が向上する理由もないし、知識も増えることはない。時間の無駄。以上!」
「そうか、残念だなぁ。龍人副部長も参加するんだけどな。仕方ないから、私一人で行ってくるよ。」
その言葉に、雫の肩がぴくっと反応したのが判り、マリナはニヤリと微笑んだ。
本当に判りやすい子だなぁ。だから、大好きなんだけど。
「な、な、な、何も行かないとは言ってない。こ、この合宿に参加している以上、団体活動も大事。」
しどろもどろになりながらも、いそいそとPCを片付け始める雫に、
「判ってたよ。雫、大好き!」
と満面の笑顔で、後ろから抱きつくマリナだった。
ーーー
「よぉし、みんな揃ったな!楽しかった合宿も今日で打ち上げだ!今夜は総決算として、地元の人達に『還らずのトンネル』と呼ばれているこのトンネルを、肝試し代わりに利用する。トンネルを抜けた向こう側にある、道の駅のレストランで、解散パーティーを行うから、楽しみにしてろ!オタクの仲間達よ、意義はないかぁ!?」
「「意義なぁし!」」
ムサイ男の部員達が、拳を高く突き上げて、部長の檄に応えた。
「それでは、方法を説明する。最初に俺が一人でトンネルを抜けて、出口からスポットライトをトンネルの中へと照射する。それを目掛けてトンネルの中を進むわけだが、それぞれ二人ずつでコンビを組んで、進んで欲しい。早く来た順に、レストランの席を確保して、バイキングの料理を取り始めて構わないから、たくさん食べたい奴、良い席を希望する奴は、さっさとトンネルを抜けること!判ったかぁ!?」
「「おぉぉぉぉぉぉ!」」
その部長の言葉が終わらぬうちに、部員の何人かは駆け出していた。
一人が走り出すと、集団心理とは恐ろしいもので、一斉にトンネルに向かって、部員達が我も我もと群がるように駆け出していた。
「龍人、お前は殿を頼むな。」
そう言い残して、部長もそいつらに負けないように駆け出していた。その場に残っていたのは、マリナと雫の美少女コンビと龍人の三人だけだった。
「はぁ!」
龍人は軽くタメ息をつくと、残っていた二人に声を掛けた。
「もしかして、お化け怖いです……とかの属性ではないよね。」
「お化けは、闇を恐れる人間の恐怖が作り出した……「実は怖いんです!夜は怖くて一人でトイレにも行けないんです!」……えっ?」
恐怖と無縁のマリナの言葉とも思えず、雫がマリナの顔を見ると、彼女は意味深なウインクで応え、それで雫は全てを察した。
「わ、私も夜は苦手で、合宿中は毎晩布団で震えて、おしっこを我慢してた。」
いやいやそれは、あんまりじゃないかという表情をしたマリナの隣で、やれやれと龍人は軽くタメ息をつき、
「じゃあ、俺と一緒に行くということで構わないか?」
と応えると、待ってましたとばかりに、マリナが右腕に抱きつくように捕まり、雫は龍人の左手の裾をそっと掴んだ。
その仕草に、二人の性格が良く出ていた。
(部長よ。殿は、お前の役目だったな)
そう思いながら、龍人は二人を連れてトンネルへと入っていった。