第6話 授けられた能力
「あれ ? そもそもなんで俺はここにいるんだ…… ? なんかものすごい暴力的な力で無慈悲に引きずりまわされた覚えはあるんだが……」
体を起こしながら十影は問う。
「し、仕方なかったんだよ ! 昨日だってトカゲがまるで無関係な人間に襲われてたでしょ ? そう思うと広場にいる人間がみんな急にトカゲに襲い掛かってくるんじゃないかって心配になって……早く安全なところに移動させなきゃって思って…… ! 」
焦った声が暗闇の中から聞こえてくる。
勇者アレナが無根拠に想定した仮想の脅威からの緊急避難によって、十影はかなりの重傷を負っていたのだが、それはすでにアレナが手ずから、最高級回復薬二瓶を彼の身体に塗り込んだことで、うやむやになっていた。
「……あれはアレナの能力だったのか ? 」
「そうだよ ! 『瞳の勇者』の固有スキル『念動力』だよ。目に見えるモノを念じるだけで動かせるの。遠距離になるほど出せる力は弱くなるけどね」
その言葉を実証するかのように、ふわりと十影の体が宙に浮いた。
「おお !? すごいな ! 」
無邪気に喜ぶ男を見て、思わずアレナも微笑んだ。
「……街道でもそうだったけど……トカゲって喜んでる時も表情が変わんないね」
「……よく言われるんけど……自分では笑ってるつもりなんだがな……。でもアレナはちゃんとわかるんだろ ? 」
「うん。すごくはしゃいでる。子どもみたいにね」
先ほど子ども扱いされた意趣返しか、アレナは固有スキル「読心」で見た彼の感情をそう表現した。
空中の男は少しだけ憮然としたが、そのまま空中を移動させられて、椅子の上に腰掛ける形に、すとんと着地させられる。
「アレナが側にいればどんな暗闇でも怖くないな」
「……そうだよ。『瞳の勇者』に見えないものはないんだから……。だから、いざというときは私がトカゲの目になってあげるから…… ! 」
闇の中、思ったより近くで聞こえた声に十影は、ちょっとだけ驚いた。
(……なんだか距離が近いな)
「カップはここだからね。熱いから気を付けて」
そう囁いて、アレナがトカゲの右手を取り、ティーカップの持ち手に誘導してあげる。
「勇者にお茶を入れてもらえるなんて光栄だな」
トカゲはゆっくりとカップを傾けると、それに従って熱い液体が口に流れ込んで来た。。
視覚が効かないせいか、より鮮明にお茶の味と香りを感じる。
(……紅茶に近いな。昨日のカフェのお茶とは段違いだ……)
「味は……どうかな ? 」
「すごく美味いよ。ありがとう」
「……良かった ! 」
(ユーリアにお茶の淹れ方を付け焼刃でも習ってて良かった…… ! )
十影は再び、カップを傾け、喉まで出かかってる言葉もお茶と一緒に飲み下した。
(……エムが言ってたな。「勇者」はそのスキルを最大限に発揮するために最適な身体となるから、少しばかり普通の人間と外見が違う、と。アレナは街道でも鎧を脱ぐことはなかったし、鎧を脱いでる今は暗闇を纏ってる……。実際、俺は彼女の素顔すら見たことがない……)
「どうかした ? なんだか……不安を感じてるみたいだけど……」
暗闇からの声に、十影は意識を戻した。
「あ、いや、この世界に転移してきて色々あったからな……。昨日はチンピラとアバズレの愛憎劇に巻き込まれたしな……」
「瞳の勇者」の固有スキル「読心」は視界におさめた相手の感情を常時見ることになる。
このスキルは「瞳の勇者」が自分に害意を持つ者を見抜くためのものだが、もし恋人がこんなスキルを持っていれば、私といるのに楽しくないの ? とか、私が選んだプレゼントがあんまり気に入らなかったんだね、とかいうセリフを誘発することは間違いない恐ろしいスキルであった。
「そうだよね……。トカゲはこの世界にはない能力を持っているみたいだけど……全然戦闘向きじゃないし……昨日も危なかったもんね。……でも今は私が側にいるんだから……大丈夫だよ」
(うまく誤魔化せたようだな……)
十影の安堵を見たアレナは、それを別の意味で解釈して、そっと両手を伸ばして、後ろから彼を抱きしめるように交差させた。
「ふふ、今日は私が朝まで護衛してあげるね ! ねえトカゲ ! 街道でやってくれた、あれをもう一度やってよ ! 」
「ん ? あれか ? 」
十影は暗闇の中、人差し指を立てる。
するとその指先から淡い光が生まれ、ゆっくりと指から飛び立ち、部屋の中をゆらゆらと浮遊していく。
その白い光は二つになり、二つが四つになり、次々と増えていき、さまざまに色を変えて瞬く。
たくさんの蛍が暗闇に舞っているような、幻想的な光景が生み出された。
「……綺麗…… ! 」
十影の耳元で小さな嘆息の音がした。
(……この世界に転移する途中、地球の……日本の八百万の神々の一柱から餞別代わりに授けてもらった、この能力だが……今のところ女の子を喜ばせるか、大道芸人として小銭を稼ぐくらいしか役に立ってないんだよな……)
十影は一週間ほど前のことを思い出していた。
朝のホームルームの時間、担任教師が頻発する女子生徒の体操服盗難問題と国家を斉唱する時に不起立だった教師に処分が下った件について金切り声をあげていた時だった。
副担任として教室にいた彼と、担任教師、クラスの生徒達は突如として光に包まれ、目を開けると、どこまでも白が続く空間にいた。
全員が戸惑う中、何人かの前に人影が現れる。
それは歴史の教科書の挿絵で見るような古代日本の装束を纏った男女数人で、それぞれ目当ての人間の前に立ち、何事か囁いた後、撫でるように手をその人間の頭に載せた。
そんな不可思議な空間で、十影の前に現れたのは巨大な二枚貝であった。
その貝がゆっくりと開くと、中には十二単を重厚に纏った平安貴族を思わせる女性がいて、その手招きに応じて、彼が貝の中に入った瞬間、すごい勢いで二枚の貝は再び合わさる。
トカゲ先生が食べられた ! と貝殻ごしに生徒達の悲鳴を聞きながら、彼は中に鎮座していた神から、じっくりと能力を授けられていた。
その神から聞いたのは、これから彼らは異世界と言っていいほど、まるで地球と異なる惑星に転移しなければならないこと、それは地球の神々でも防げないこと、だからせめて神々への信仰心をもった者には手向けとして、その信仰の対象だった神が能力を授けること、それは二つあって、一つは基本的な「全言語翻訳」で、もう一つはその神々に応じた能力であること、自分は十影が大学生時代の通学路にあった神社に祀られていた神で、たまに手を合わせたり、お供えをする彼をとても気に入っていたこと、等々。
そして貝が再び開いた時、すでに他の者達は転移しており、彼は一人でこの惑星へと行くこととなる。
蜃気楼を神格化した神から授けられた能力「幻術」をもって。
「……練習して、こんなこともできるようになった」
十影がそう言って、軽く指を振るとその瞬間、部屋の天井が消えた。
そして、そこには星の綺羅めきが満ちた天があった。