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第3話 賢者と演技派女給とセクハラと



 石造りでありながら5階建ての建築物。


 長方形のそれはいわゆる中世風でありながら、洗練された雰囲気を(かも)し出していた。


 その一室にエムは忍び込む。


 開錠魔法「ピッキング」によって鍵穴は蹂躙(じゅうりん)され、回された。


 室内は殺風景(さっぷうけい)で、大きな窓が印象的だった。


 そこから教会が見える。


 エムは一瞬、窓の外に目をやった。


 どこからか視線を感じたのだが、気のせいだったようだ。


 そして彼女は目的の人物に声をかける。


「……昼間から昼寝とはいいご身分(みぶん)ですね」


「……夜に昼寝はできないからな。仕方ないだろ」


 十影(とかげ)気怠(けだる)そうにベッドの上から(こた)えた。


 そして彼は起き上がり、来客の隣を過ぎてのろのろとドアに向かう。


「どこに行くんですか ? せっかく『賢者』の私が訪ねてきてあげてるんですから、もてなしてくれてもいいと思いますけど」


 エムがおちょくるように軽い口調で言う。


 そして小柄な身を白いローブに包み、紫色のショートカットの髪を可愛らしく、かしげてみせた。


「……ここには後数分で『聖女』が怒鳴りこんでくるぞ。ややこしいことになりたくなければ出た方がいい」。


 そう言い残しては部屋を出た。


 エムは無言でついていく。


 二つドアを通り過ぎて、廊下の突き当りに階段がある。


 5階から4階に移動した時、下からすさまじい勢いで階段を駆け上る音が聞こえてきた。


 十影(とかげ)は階段から廊下に移動し、壁にピタリと身を張り付かせ、エムもそれに(なら)う。


 ドドドドドドドドドドドド !!!!!!


 雷のように足音が上に通り過ぎていく。


 そしてドアが蹴り破られる音とともに、もはや言語となっていない激しい怒声が聞こえた時、二人はすでに屋外へと脱出していた。


 彼と彼女は無言で進む。


 やがて二人は少し開けた場所に出た。


 そこは飲食店街のようで、良い匂いが漂っている。


 今現在は昼食には遅く、夕食には早い時間だからか、人影はそれほど多くなかった。


 軽食と飲み物を提供するカフェのような店が往来にありもしない地権を主張するかのように簡易的なテーブルと椅子を無許可で並べており、その一つに十影は座り、エムもそれに続いた。


 すぐに若い女性の給仕人(きゅうじにん)が不機嫌に注文をとりにきて、十影が硬貨を手渡してお茶を二つ注文すると、給仕人はジロリをエムを見て店の奥へと消えていった。


「もうこの街になじんだようですね」


 エムが女給(じょきゅう)の背中を目で追いかけながら、言った。


「……まだここに来て四日だが、よく散歩して出歩いてるからな。あの部屋は監視されてるみたいだし、誰かを招き入れると全力疾走の『聖女』が派遣されてくるから、どうにも落ち着かない」


 苦笑で(こた)える十影。


「ところで、先日あなたにオファーした依頼は受けてくれるんですか ? 今日はその返事を聞きにきたのですがね」


「……それについては後だ。これからおもしろいことが始まるぞ」。


「おもしろいこと…… ? 」


 視線を上げたエムは周りを見渡し、先ほどとは様変(さまが)わりした状況に気づく。


 自分たち以外にも数人、客が増えていた。


 しかしその客たちには、どうにも違和感がある。


 モンスターを数十匹ほどブチ殺してきた帰りのような血なまぐさい男。


 勤務が終わってすぐ来たのか、ピカピカの鎧姿の若い警備兵。


 どこか陰のある魔法使いといった風貌(ふうぼう)の男。


 それぞれが一人で来店し、別々のテーブルに男一人で座っている。


 酒場ならともかく、オープンカフェを思わせる店には不似合いな客たちだった。


「ウェンディちゃん ! 注文を頼むよ ! 」


 冒険者風の男が女給(じょきゅう)に声をかけた。


「はぁ~い ! 」


 (つく)(ごえ)であることが丸わかりの胸が焼けそうな甘い響き。


 そしてその声の製作者は注文者にしなだれかかり、前払いの代金を男の手を両手で包み込むようにして受け取り、耳元で何事かをささやいた。


 途端、男の顔はゆるみきり、女給(じょきゅう)はその(すき)にするりと手をほどいて別の客の注文をとりにいく。


 同じような光景がくり返され、濃い目の化粧と少しだけ露出多めな服の女給は店の奥に注文を伝えに消えていった。


「……ここって、ひょっとして、いかがわしいお店なんですか ? 」


 若干(じゃっかん)、温度の下がった瞳が彼女の正面に座る男を見つめた。


「そんなことはない。恐らく転移者が広めたカツサンドが名物の普通のカフェだ。……少なくとも奥にいる店主はそのつもりだ」


 「カツサンド」という単語にピクリと反応するエム。


「……気になるなら注文してみるか?」。


 エムは内心の興奮を悟られないよう十影の提案に、こくりと小さく(うなづ)いた。


 気づかなかったのか、あるいは気づかないふりをしてくれたのか、彼は素知(そし)らぬ顔で女給を呼ぶと、彼女は先ほどの他の客たちに対する態度が嘘だったかのように、不愛想(ぶあいそう)に応じる。


 十影がお茶のおかわりとカツサンドを二人前注文して硬貨を数枚、女給に手渡すと彼女はそれをごく普通に受け取り、軽く彼の手を()()いてから、改めてエムを化粧によっていくらか威力の増した眼力で睨み、去っていく。


 エムはおそらく女子やカップルをメインターゲットにしたであろうこの店において、逆に自分こそが異物であるかのような奇妙な錯覚に陥った。


「ふふっ。常連客へのウェンディちゃんの嫉妬の演技は最高だろ?男女連れの場合はもうワンパターンあってな。これは初めて来店したカップル用なんだが、さっきの他の客たちへの対応をさらに甘くしたような接客をするんだ。それに男がデレデレすると女が怒って喧嘩になって二度と男女連れでは(・・)来なくなるんだ」


 十影は心底楽しそうに肩をいからせて歩く女給の背中を見た。


「……全部……演技……なんですか ? 」


「ああ、そうだ。彼女は女給であり女優だ。舞台はこの店で、共演者はそれぞれの客だ。彼女が共演者の手を握り、甘い言葉をささやくと、そこに物語が生まれる。客は彼女の行為に『意味』を感じて、それに(とら)われていくんだ。自分が唯一、真の共演者だと信じて。なんと(はかな)く、(むな)しい演劇だろうか。俺たちは今、その劇の観客なんだ…… ! 」


 自らを観客としながらも、十影は芝居がかった動きで両手を広げて、言った。


 何かよくわからない迫力に圧倒されながらも、エムは反論を試みる。


「……手を握っただけで、そこに意味が生まれ、物語が生まれるですって ? おたがいの手が触れ合うなんて、ただ肉の(かたまり)同士が触れただけで、そこには何の意味もな……な、な、何を…… !? 」


 虚ろな瞳で無表情だった少女が急に狼狽(ろうばい)し始めた。


 男の両の手が優しく少女の手を包んでいたからだ。


 犯罪とは刑法に違反した行為のことを言う。


 地球では余裕で青少年保護育成条例違反となり得る男の行為も、そんな法律の存在しないこの異世界では合法であり、そのこと情けなくも少しだけ彼を大胆にさせていた。


 もちろん倫理的には、まるでよろしくない行為ではあるのだが。


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