第2話 最強のストーカー少女
厚いカーテンによって光の侵入を防がれて薄暗い室内。
ほんの少しだけ開けられた隙間に殺到した光がフードを目深にかぶった少女と思しき人物を部分的に照らし出している。
椅子の上で膝を抱えて座り込むその人物の視線の先は、はるか遠くの窓。
常人では点にしか見えないであろう、そこから見える室内の人間に向けられていた。
(……子ども用の絵本なんて読んで……やっぱり転移者だからかな。あ、放り投げて、ふて寝し始めた…… ! 面白くなかったのかな…… ? )
フードの下の口元が少しゆるむ。
人類を守護するため、女神の恩寵によって強化された「瞳の勇者」による悪質なストーキングが平然と行われていた。
(……窓に背を向けて寝てたら顔が見えないよ……。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。こっち向いて。……向いた ! )
ベッドに横になっていた黒い髪の青年の体が不自然に回転して窓の方を向いた。
いや、「瞳の勇者」の固有スキルである「念動力」を発動させて、《《向けた》》のだ。
おまけに足元に丸められていた毛布が動き出して、きれいに体にかけられる。
(ふふ、これで良し。風邪ひいちゃうかもしれないしね)
不意に、横たわる青年の脚の先にある部屋のドアが開いた。
侵入者だ。
そいつは軽やかに室内に身を滑り込ませた。
この距離では「念動力」の効果は先ほど行ったこと以上のことは難しい。
「ユ、ユーリア ! 」
「どうしました ? アレナ様」
後ろのテーブルで紅茶を用意していたユーリアが微笑みながら応えた。
「大変だよ ! トカゲの部屋に不審者が !! 」
まるで自らは不審者ではないかのように、勇者アレナは言い放つ。
「大丈夫ですよ。今から『聖女』を向かわせますから、安心してください。アレナ様はこのままトカゲを舐めるように見ていて結構ですよ」
「そ、そんなイヤらしい目で見てないよ !!」
勇者の抗議を微笑みで躱して、燃えるような赤い髪に少しだけつり上がった翡翠色の瞳を優しげに細めてから、ユーリアは室外へと向かった。
「あの野郎!!また誰か部屋に連れ込みやがったなぁぁあああ!!クソがぁぁぁあああああ!!」
聖女の怒号と駆ける足音が。普段は静かな教会の廊下に響く。
「……ご苦労なことだな」
その走りっぷりを見て、がっしりとした体を軽鎧に詰め込んだカルロが小さく息をはいた。
「ここから3キロくらいだろ ? トカゲの部屋は。全力疾走じゃしんどいだろうな」
カルロとは対照的に、細身で背の高いベイルが軽い調子で返す。
「それにしても俺たちが教会についてから毎日だ。……もしかして意図的にやっているのかもしれんな」
カルロは腕を組み、右手の先を顎に当てて、名探偵よろしく推理を披露し始める。
「なんでわざわざ『聖女』を部屋に怒鳴りこませるようなことをするんだよ。煩わしいだけじゃねえか」
ベイルが理解できない、という風に両手を広げてみせた。
カルロは礼拝堂を見渡しながら続ける。
「教会の中では序列が絶対だ。この教会でも「司教」がトップだし、中央へ行けば「枢機卿」がさらに上だ。それに最高位の「教皇」もいる。だがそれは職業じゃない。教会内で決めた順序にすぎない。教皇だろうが助祭だろうが職業としては同一の「僧侶」だ。しかしただ一つ例外がある。それが『聖女』だ。『聖女』は女神様から与えられた職業だし、唯一女神様や英霊の託宣を受けることができる特別な存在だ」
「……俺はまだ信じられないぜ。あんなガラの悪い女が『聖女』だなんてよ ! 俺たちへの態度も酷いもんだぜ ! きっとトカゲもあの女にはムカついてるだろうよ ! 」
辟易した顔になるベイル。
この世界では女神の恩寵である「職業」が、その人間のランクを決めていると言っても過言ではない。
「王族」を頂点とする封建的なヒエラルキーが厳然として、あったし『聖女』であるリアがそれに従って振舞うことも、当然であった。
「この教会でも誰も彼女に口出しできない。『聖女』からすれば『僧侶』はおろか俺たちみたいな『剣士』や『戦士』は、はるか格下に見えるんだろう。ただ一人、勇者様を除いてな。勇者様に命じられれば『聖女』は従わざるを得ない。それが毎日トカゲの部屋まで数キロの全力マラソンでもな。恐らくトカゲは勇者様が部屋を覗いているのを理解した上でワザと問題を起こして、ムカつく『聖女』に労苦を課しているんだ ! 」
「……なんて狡猾な奴だ…… ! だが少しスッキリしたぜ ! 」
二人は良い笑顔で笑い合った。
「……相変わらず呑気ね。あんたたちは」
後ろから呆れたような声が聞こえた。
「ユーリア、今度の不審者は何者だ ? 昨日は飯屋の配達の姉ちゃん、一昨日は小火で、一昨昨日は『聖女』の妹の幼女だったな ! 」
ベイルが笑いながら、声の主に振り返った。
「……さあね。でも誰かが確認に行かなかったら、この距離でもアレナ様は興奮して魔法を撃つからね。その場合、侵入者は確実に死んじゃうから、ただの客人だった場合は取り返しがつかないでしょ ? だから一番暇そうな『聖女』に行ってもらってるのよ」
ユーリアは肩をすくめた。
「……もしかして『聖女』を指名してるのは勇者様じゃなくて……」
「私もほんのちょっとだけ、あの『聖女』の態度にイラついてるの」
顔の前で人差し指と親指を丸め、触れるか触れないかのほんの少し隙間を作って、ユーリアは微笑んだ。
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