彼女は社交的だから
彼女はゆたかな胸をもっている。
僕はその胸をいつも眺めてる。僕と彼女の関係はそういった「見る側」と「見られる側」の関係だろう。
まわりの人は皆、彼女のことを僕に「彼女か?」と聞く。その度に僕は(曖昧にではあるが)否定している。辞書を引くと「彼女」は愛人・恋人である女性、の意味だ。僕にとって彼女は愛人でもなければ恋人でもない。だから僕が否定するのは正しいことだ。そこにおける曖昧さは僕の煮えきらない性格によるものだろう。
退社時間も間近だというのに彼女はちょっと、と手のひらを仔猫のように振って僕を外に連れ出した。退社前には社内及び会社の建物の周りを社員全員で清掃することになっている。そんな時間に彼女が僕を呼んだということは今日の彼女は清掃をする気分ではないのだろう。彼女は普段はこの時間、誰よりも熱心に掃除をした。彼女はそれをさぼるような女性ではない。だけど月に何度か、1〜2回だと思うんだけど、彼女が清掃をする気分になれない日がある。彼女がそういう気分になれないのなら仕方ないことだ。普段は誰よりも熱心にやっているのだから。誰が彼女に文句を言えるだろう。僕は彼女の少し後ろを付いて歩いて会社から少しだけ離れた。
彼女は迷わずカフェに入り席に座った。やがて愛想のない店員或いはオーナーの女性が出てきて注文を聞くでもなく彼女と世間話をはじめた。最近来た客が店内に飾ってある美術品や家具などに傷をつけたといった内容だった。コートの袖のボタンが当たったんだとその女性は言っている。その程度で傷がついて文句を言うのならそこに置かなければいいのにと僕はおもうが。彼女はこうして誰の話も聞いてあげる。そうなの、大変ね、と言って。そしてタイミングを見計らって彼女がコーヒーを二つ注文した。僕はアイスコーヒーが良かったのだけど言わないで我慢した。
いかにもこだわりのコーヒーを淹れていますといったお店だったのでコーヒーが出てくるまでしばらく時間がかかりそうだとおもい僕はカフェのテーブルに内職の包装箱を置いて中身を出そうとした。
すると彼女が「ちょっと」と僕を制しバックヤードの方にいったん視線を送った。
「マズい?」と僕は聞いた。彼女はダメね、という顔をした。僕はそそくさと内職の品物を箱に戻した。すべては彼女の言う通りに。傲慢なところもあるのだけれど彼女に上からものを言われることは気にならなかった。むしろ欲しがっているところもあるかもしれない。
彼女は僕が店内の美術品や家具に傷をつけるかもしれないと心配したのか別の理由かで席を店の外のテラス席に移動した。僕をテラス席に移動させ座らせると彼女は移動したことを女性に伝えるためかもう一度店内に入った。去り際に、ちょっと待ってて、みたいな顔をした。職場近くのカフェだったし退社時間にほど近かったので通りにはうちの社員らしき人がちらほらと歩いていた。なかには知った顔もいた。ある人はまだ作業着のままの僕をみつけ「サボり?」と聞いた。僕は彼女がなかなか戻ってこないことを理由にしてテラス席のテーブルの下に隠して膝の上で内職作業を始めた。一人の男がやってきて彼女の座る予定の席に腰掛けて彼女の唇を舐めるみたいにいやらしく彼女の名前を口にした。僕は店内にいる、と答えた。男はそのまま座って待っていた。うちの会社の社員のようだ。
しばらくすると店の女性と彼女は二人でテラス席に出てきた。女性がコーヒーを二つテーブルに置いた。ソーサーに乗せたコーヒーカップ、一口飲むとそれは冷やしたコーヒーだった。氷は入っていないがきんきんに冷えていた。アイスコーヒーを飲みたかった僕はすこし喜んだ。もしかしたら彼女がそれに気づいて冷たくするように言ってくれたのかもしれない。
彼女は座る席を奪われ立ったままだった。彼女の席に座っていた男が彼女の腕をつかんで引っ張って彼女を膝の上に座らせた。そしておしぼりで手を拭くみたいに当然のように彼女の胸をさわった。それを見てもう一人男が近づいてきた。その男も彼女の胸をさわりにきたのだ。
彼女は社交的だからいろんな男に胸を揉まれている。彼女は男の膝の上に座りその男は彼女の胸の輪郭をマッサージするように揉み、もう一人の男がその背後から腕を回し制服の上から二つの乳首あたりを両手で円を描くようにさわった。彼女はにこやかに笑っていた。周りの男たちはそれを羨ましそうに眺めていた。或いは今度自分もやってみようと思っていた。僕は向かいの席に座りそれを見ていた。内職作業をしながら。テラス席に彼女が座っているのを見つけるとみんなが次々に寄ってきて彼女に声をかけていった。ある人は僕に「デート?」と茶化した。彼女は二人の男に胸を揉まれながら「からだが硬くなってる」と色っぽく言った。胸を揉まれているからじゃなくて僕といやらしいことをしてそうなったようなことを言っていた。恐らくは筋肉痛だと言っているのだ。秘密の言葉を交わすみたいに。
社交的な彼女は誰かれ構わず男と寝るのだろう。誰かれ構わずというのは彼女の侮辱になるかな。ある一定の条件を満たせばもれなくといった方がいい。キャンペーンでビールを6缶買うとついてくるおまけみたいに。おまけだけを無料で配るような真似はしない。だからキャンペーンにつられて男たちが寄ってきてカフェのテラス席でことを始めるわけにはいかないからそのゆたかな胸を揉ませてあげてるのだろう。彼女は社交的だからにこやかに笑いながら胸を揉まれるのだろう。僕は彼女が嫌がるから目の前で内職作業をするのを中断し彼女が胸を揉まれている姿を眺めた。二つの乳首をさわられているのを眺めた。彼女は腰を微かに揺らし喜んでいるようだった。
さっき一人の男からデートかと茶化されて否定しながらも僕は内心優越感に浸っていたけど、実はその男も目の前で胸を揉む男もすでに彼女と寝たのかもしれない。だから目の前の二人の男はその夜(または昼、朝もあるか)のことを思い出しながら注意深く念入りに彼女の胸を揉んでいるのだ。制服の下にあるものを根拠に基づいて具体的に捉えながら堪能しているのだ。そして僕はそれを眺めているのだ。
もう退社時間は過ぎている。多くの社員は家路についている。
カフェのテラス席で彼女は胸を揉まれてる。彼女は社交的だから。
(物語はここで終わり)
これはわかってもらえるか自信がない。いやらしい表現が中心となっているけれど、それは本位じゃない。いやらしい話を書きたかったわけじゃない。だから追加の話をしたい。
僕の仕事仲間に胸のおおきな女性がいた。ほんとにゆたかな胸だった。
彼女は彼氏にそのゆたかな胸を揉まれているのだろう。そしてその彼氏にかぎらず、これまで付き合ってきた何人かの男性や付き合うまでに至らなかった男性にも彼女は胸を揉まれてきたのだろう。もしかしたらだけどワンナイトラブ的にその日初めて会った男性にも揉まれたかもしれない。そう考えるとかなりの男性が彼女の胸を揉んだことになる。
僕は彼女と仕事上で2年くらいの付き合いになる。2年間の付き合いがあるからといっても僕は彼女の胸をさわれない。
さらに僕は彼女に恋愛感情は持っていない。だから真正面からも彼女の胸をさわることはない。でもなんでだろう?彼女の胸をさわってみたい。それで思う。なんでさわらせてもらえないんだろう?
男と女を入れ替えて考えてみる。
筋肉ムキムキの男が胸の筋肉をぴくぴく動かしている。
女性「さわっていいですか?」
筋肉男性「どうぞ」
女性「わあ、かた〜い、感動」
ということだ。
この女性は男性に恋愛感情はないし性的な対象としているわけでもない。ただ純粋に筋肉をさわりたくてそうしたのだ。
上記の例を男女を入れ替えて考えてほしい。そのことを僕は話している。
男と女の形状的な違いから「かた〜い」を「やわらか〜い」に替えてもらいたい。
ただ純粋に彼女の胸をさわってみたい。そういうことなんだ。
僕の仕事仲間の彼女がそのゆたかな胸を「どうぞ」と言って差し出してきたら僕は最終的にはさわるんだろうけど、それに至るまでに様々な葛藤をすると思う。彼女とも瞬時に無言のやり取りをするんだと思う。それってなんか面白いなって。それで僕が彼女の胸をさわって揉んだとしても、その先に性的な何かを求めることはない。彼女にしたってその気はない。
そんな発想から書いた物語でした。
ちなみに物語のなかの「僕」は彼女の胸を揉んだこともないし、彼女と寝たこともない。いつでも「それをしていい」状況がただあるだけだ。
物語にするとやっぱり面白いなと思ってしまったが(自画自賛)、わかってもらえるかは自信がない。
自信がないからといって、こうして説明っぽく語っているのもやるせないが。
まあ気楽に読んでもらえたらありがたい。説明もまた読み物として。
『社交的な彼女』阿倍カステラ




