晴れた日の彼女を思い出すということ
「飛んでいる鳥ってなんだか悪い十字架みたいだね」
そう言ったのは誰だったっけ。
学生生活も終わろうとしている3月の、晴れた日。
お城の公園のベンチに座って、僕は一人で空を見上げていた。
僕はこう答えたはずだ。渡り鳥はどうやって目的地までの正しい道がわかるんだろう――。
ふふっと笑って彼女が答える。悪戯っぽく、邪気がない笑顔がフラッシュバックする。
「正しい道なんてないよ。一本道じゃないんだよ、きっと」
そうだ、あれはまだ大学に入学したての頃だった。
「私たちの目の前にあるのはいつも十字路だから」
講義で隣に座った女の子と連絡先を交換して、デートをしたんだ。
「間違えると地獄が待ってる、悪い十字架みたいな十字路?」
4月の晴れて気持ちのいい日曜日だった。
僕らは親元を離れ、はじめての一人暮らしに浮かれていた。
彼女はまた、ふふっと笑ってこう言った。
「そうだよ、どっちに進んでも間違えてるかもしれない、悪い十字路」
「どっちに進んでももの凄い幸福が待ってるかもしれない」
楽観的な方が気が楽だ。
「――くんは、天の邪鬼だねえ」と彼女が真顔で言う。
どっちが、と僕は思ったけど、口にしない。
彼女と大学の外で会ったのは、その時きりだった。
「社会」は彼女が言うように、どちらに進んでも間違えている迷い道なんだろうか。
右に進んでも左に進んでも変わらない景色。元の木阿弥。
そんなルーチンワークの毎日を想像すると気が滅入る。
「だけどさ、どっちに進んでも間違ってるなら、いっそ来た道を戻ればいい」
と僕は彼女に言う。
「戻れば少なくとも、幸福な日があったことを思い出せる。君とお城の公園で話した、晴れた日みたいな」
天の邪鬼だねえ、と彼女が笑う。




