魔法使いのヒロイズム
プロローグ
プロローグ
「はぁ・・・はぁ・・・」
「待てやクソガキが!!」
細く薄暗い路地を怒号が日々く中、少年は走る。
追いつかれればどうなるか、少なくとも無事では済まないだろう
少年がなぜ追われなければならないのか、そんなのは簡単だ。
ただ少年を追いかけている大人が、そういう人種だったというだけだ
何故それがまかり通るのか、力が無い人間は力のある人間に従うしかない
それがここ、ロックベル第13区通称「スラム街」といわれる地域だからだ
「このクソガキ!!ぜってえぶっ殺してやる」
「はぁ…はぁ…ぐっ…はぁ!」
追いかけてる本人がそう宣言してるのだ、待つわけがない
ただそれでも大人と子供、露骨に体力の差が出てくる
小柄な体躯を活かし、懸命に走った。
「もう…少し!」
ここを走り抜ければ大通りだ、商業区に出て人ごみに紛れられれば
パァン!
「!!??!」
少年の足に、言葉にならない激痛が走る
「‥‥ッツ…ア…」
「てこずらせやがって」
男の右手には煙を吐いた筒のようなものが見えた
銃だ。現代式の魔法銃には見えない。そんなものをスラム街の人間が所持しているはずがない
ではなぜ?何に撃たれた??
「てめえの足止めるのにはもったいねえ代物だがな~~」
男が持っていたのは、一昔前の火薬を爆発させ鉛球を打ち出す骨董品だ
暴発の危険性と、原材料が流通しなくなり、めっきり姿を見なくなった
少年はせいぜい15.6歳程。魔法銃より前の銃の存在など、知りもしなかっただろう
「……ア…」
「(魔導試験にも落ちて…僕は…こんなスラムの奥で死ぬのか…誰にも知られないまま…こんなところで!!)」
「じゃあなクソガキ。てめえみたいなのでも、臓器でも売っぱらえば少しは金になるだろうよ」
死。確実な死が、少年の前に突き付けられる。
「人の家の前で……物騒な物振りかざさないでくださるかしら」
「あぁ??」
この老婆が現れるまでは‥‥
「なんだババア??てめえも死にてえのか???」
「あら、聞こえなかったのかしら。人の家の前でその物騒なものを振りかざすなと言ったのだけれど」
「ぶっころすぞてめえ!!!」
銃口が少年から老婆に代わる
「だめ・・・逃げて!!!」
少年が声にならない声を絞り出す。
自分がこの男を連れてきた。
関係ない他人を巻き込むわけに行かない、だが自分にはそれを止める力がない。
自身の無力を痛感し、さらに他人が自分のせいで死ぬかもしれない。
少年はそれが耐えられなかった。
「てめえは黙ってろ!!」
「ガッ…ハツ…」
男の蹴りが少年の腹部をえぐる
ぼろ雑巾のように吹っ飛んでいった。
「あら…」
老婆が少年のもとに歩み寄る
突き付けられた銃口には見向きもせずに
「に・・・げ・・」
「(この子は)」
「ありがとう坊や。でも大丈夫よ。安心なさいな」
老婆は少年に手をかざすと緑色の光に包まれた
「てめえ何してんだ!!!!」
「から・・だが・・」
「応急処置よ。そこで大人しくしてなさいな。」
「治癒魔術だと!!ババアてめえ何もんだ!!!」
「ただのしがない老婆よ。さてもういいかしら。この坊やの身柄は私が預かることにするわ
今なら見逃してあげる。どこえなりと消えなさい」
「ふっざけんなああああ!!!!」
男の引き金にかけた指に力が籠る
殺意を老婆に向け引き金を引き絞った
パァン!
鉛の殺意が老婆に向かって放たれる。
二人の距離は1メートルにも満たない
銃とは、元来人の命を奪いとることに特化した武器だ。型式が古いものとはいえ、初老の老婆の命など簡単に奪いされる。そこの優位性は揺るがない
当たりさえすればだが
「どうなってやがる…」
放たれた弾丸は老婆に届くことは無かった。
もちろん老婆が超人的な動きで弾丸を避けた訳ではない。
男の銃口の照準も、老婆の頭を正確に捉えていた。
なら弾丸はどうなった?止まったのだ。老婆に当たる直前で
弾かれたならわかる。本来ならありえないことだがそれでもまだわかる
当たりすらせず止まったのだ。止まった弾丸は、老婆の目の前に未だに浮いている
「何なんだお前!!!!!」
5発、6発、7発と次々に発砲する。しかし届かない
ことごとく老婆の目の前の空間に阻まれる。
「クソ!!クソッ!!!くっそがーーー!!!」
男の叫び声が路地に虚しく響き渡る
「これで終わりかしら?」
老婆の目の前にあった弾丸達は、まるで思い出したかのように地面に落ちていった
その弾丸を老婆は一つ一つ拾っていく。町中のゴミを拾うかのよう丁寧に
「絶対殺す!!てめえら全員地獄いきだ!!!」
男は懐に隠してあったナイフを引き抜く。銃すら通じない相手に何故ナイフが通じると思ったのか
男の頭はただ[自分が見下されている事][自分の思い通りにならない事]の二つで激高し頭がいっぱいになっていた。
怒りに身を任せた人間の行動は単純だ。
男はただがむしゃらにナイフを構え老婆に突進していく
「おいたが過ぎるわね。貴方」
「な!?」
老婆が男の視界から消えた
どこにいった?答えは直ぐに分かった
気づいた時には老婆に組み伏せられていた
「すこし、反省なさいな」
その瞬間ゴキっと鈍い音が響いた
「ぎゃあああああああああああああ」
男の絶叫が響き渡る
男の腕は、人間が本来曲がらない方向にへし曲げられていた。
そして
「貴方がいると、お話もままならないわね。」
そういって右手を翳す
「吹き飛びなさいな」
「腕、俺の腕!!、ええ!???ああああああああああああぁぁぁぁぁ‥‥」
男は吹き飛んでいった。文字通り、あの巨漢が宙を舞い路地の遥か先まで
「さて・・・」
老婆は少年に視線を写し、話しかける
「これで静かになったわね。少しは話せるようになったかしら?」
「なんで・・・僕なんか助けたの?」
当然の疑問だ、少年はこの老婆と面識がない。
そしてこの老婆は明らかに只者ではない。
助けられたとは言え、少年の警戒心は、先ほど吹き飛んでいった巨漢の男と同じぐらい
この老婆にも向けていた。
このスラム街において、いや、スラム街だけではない。
この世界において、無償の善意など存在しない事を少年はよく知っていた。
そして、老婆は口を紡ぐ
「私がそうしたいと思い、私にはそれを為すだけの力があった。
そして私のやりたいように貴方を助けた。それだけの事よ」
「答えになってない…!僕は…あなたに返せるものが何もない…魔導士としての才能もなかった!!ただの落ちこぼれだ!!!!あんな男にも対抗できない…ただの弱者だ!!そんな僕を助けて…いったい何が望みなんだ!!魔導士!!!」
「本当にいい目をしているわ坊や」
老婆の手が少年に触れる
その瞬間少年の表情が苦悶にゆがんだ
「がっ!…何を…」
「(!?このばあさん…若返って…)」
「坊や。今の貴方の生殺与奪は私が握っている事を理解して、それでも貴方まだ、自分が生き残る事を諦めてない。いいわ~~本当にあなたいいわ~!!そこらの木偶とは違う!!坊や!!私の元で魔法を学びなさい!!」
「ま、魔法・・?」
「そう!!私は魔導士ではない!!この世で数人しかいない魔法使いの一人!!魔導なんて仮初の力ではない世界の理を知る力!!それが魔法!!魔導士としての才能が無くても関係がないわ。あなたには魔法使いとしての才能がある!!!それともここで死ぬかしら!!??」
「ふざけ…るな!!僕は…死ねない!!!助けたい人がいるんだ!!…何もかも奪われたまま…死んでたまるもんか!!!あんたが何者だっていい!!大切な人を守れる力が得られるなら!!魔法だってなんだって覚えてやる!!!」
「いいわ坊や。名乗りなさいな」
「僕はシン。シン・クサカベ!!」
「いいわシン、貴方には、魔法使いとしてのすべてを叩き込んであげる。まずはそのマナの乱れの制御。乗り切ってみなさい」
この二人の出会いが、のちに世界の運命を大きく変えていくことになる
最後まで読んでいただきありがとうございます。