薄紅色の裏切り 〜舞い散る桜の下に〜
以前こちらに投稿していた小説を書き直しただけです。多少読みやすくなっていると思います。
桜が舞っている。
はらはら舞うそれは音もなく静かに私を包んでくれている。
幻想的な場面で思わず感傷にひたるのすら忘れてしまうほどだった。
頬を伝う一条の涙は少しだけ赤みをおびている。
私は目の前の穴を見て呟いた。
「じゃあ私は隆志と一緒に行くから。お別れだね……バイバイ…美紀――」
私にはとても大切な友達が二人いた。一人目は隣の家に住む隆志。もう一人は美紀だ。
美紀と出会ったのは中学3年生の春、テニス部の交流試合だった。
「ありがとうございました」
その日のスケジュールをすべて終え、水を飲もうと蛇口をひねっている時だった。
「さっきの試合惜しかったわね」
後ろから不意に声が聞こえたので驚きながら振り返るとさっき対戦したショートヘアーの女生徒がそこにいた。
「えと、そ、そうですね……」
私は人と話すのがそれほど得意じゃない。そんな私のぎこちない笑顔を見て女生徒は笑った。
「ぷっ。そんなに緊張しなくていいって。あたしは白鳥美紀。貴女は羽篠さんだっけ?」
「は、はい。羽篠紫です。今年で中学3年生になります」
白鳥さんは私の名前を聞くとぶつぶつ独り言を言い始め、こちらを向いた。
「ゆかりか……うん、そっちがしっくりくる。ゆかりって呼んでいい?」
「え? いいですけど、私は何て呼べばいいですか?」
「そんなの美紀でいいに決まってるじゃない。あと、あたしも中3だから敬語はやめてくれない? 何だか恥ずかしいから」
彼女は会ったばかりの私に対して裏表のない純粋な笑顔を見せてくれている。
私もそれに応えないとダメだよね。
「う、うん。ヨロシクね。美紀」
今の私にできる笑顔を美紀に向けた。
「うーん……まだ硬いな。こうなったら実力行使!」
「えっ? ちょっ――!?」
美紀は私の身体をくすぐってきた。私は我慢できず身をよじった。
「ちょっと、や!」
「どうだ! 参ったか!」
「ま、参ったからもうやめてー!」
降参しても美紀は私を解放してくれず、私の笑い声だけが響いていた。
試合後というコトもあって、開放されたにも関わらずしばらくは私は動けなかった。
「はぁ……はぁ…」
「つ、疲れた……」
それは美紀も一緒だったみたいで、美紀は試合の時よりも息を荒くしていた。
気がつくと私の視線の先には見知った男子生徒がいた。名前は谷崎隆志。私の幼なじみだ。
「お前、何やってるんだ?」
「た、隆志……」
彼の姿を見て私は素早くほこりをはたいて立ち上がった。
「何でもない! ただ美紀と話してただけ!」
「久しぶりにゆかりのばか笑いが聞こえたから何だと思って来てみたらそんだけか」
必死に首を縦に振る。そんな私の姿を美紀はキョトンとした表情で見ていた。
「じゃ、今日は現地解散みたいだから先に帰ってるぞ」
「うん。また明日」
手を振って隆志を見送ると大きなため息を吐いた。
「あ〜あんな姿を見せちゃうなんて……」
「今のってゆかりの彼氏?」
「えっ!?」
そうだった。美紀がいたんだった。
「違うよ! 隆志はただの幼なじみで――」
「じゃああたしが付き合っていい?」
その言葉を聞いて頭が真っ白になった。
「だって彼けっこうイケメンだし練習見てたらテニスも上手かったもの。実はモテるのよ。彼」
美紀の言葉を理解するのにだいぶ時間がかかり、すべて理解し終わると自然と涙が頬を伝っていた。
「ちょっと!? 冗談だから泣かないでよ」
「……だって、そんなに人気あるって知らなくて……私じゃどうしようもない……から」
止めようと思っても涙は止まらなかった。
「冗談だってば。や、モテてるのはホントだけど告白した子全部断ってるらしいのよ」
「そうなんだ……」
それなら私にもチャンスないかも――。
「ね、付き合えるようにお互い頑張ってみない?」
美紀から思ってもみない提案がなされて私は本気で驚いた。
「どういう意味?」
「たぶん断っているのは他に好きな人がいるからだと思うのよね。だったらその子を忘れられるぐらいアタックすればいいのよ」
「そう……なのかな」
「そうよ。あたしも頑張るからゆかりも頑張ろうよ」
「そうだね。頑張ろう! 美紀」
「そうこなくっちゃ。でも約束して。隠し事は一切なし。あと、抜け駆けもダメだからね」
「もちろんだよ。友達を騙すわけないよ」
私は美紀に感謝した。一緒に頑張ろうって言ってくれて、勇気をもらった気がしたから。
「――これで彼に近づく口実ができた」
「えっ? 今なんて言ったの?」
「ううん。彼と付き合えたらいいねって言ったの。それより携帯のアド――」
この日は連絡先を交換して美紀と別れた。それから美紀と定期的に連絡を取り合うようになった。
もちろん隆志に紹介して一緒に遊んだりもした。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気がつくと季節は秋になっていて学校ではどこの高校を受験するのかといった話をよく聞くようになっていた。
私は……隆志がいるならどこでもいいかな。そう考えながら廊下を歩いていたとき、いきなり隆志に話しかけられた。
「よっ。ゆかり」
あまりに突然で心臓が高鳴り声が裏返った。
「ど、どうしたの? 隆志」
私は心臓を落ち着けながら訊いた。
「あのさ、どこの高校受けるのか決めたか?」
「うーん。まだ考え中」
「そっか、てっきり俺と同じ所を受けるのかと思ってた」
隆志は県立の高校を受けるらしく、それを聞いた私は耳を疑った。
そこは普段から勉強を怠っていない人が受ける高校で相当勉強しないと無理だと思ったから。
「隆志……本気なの?」
「当たり前だろ。あそこのテニス部はかなり強いからな」
「でも……」
隆志が傷つくかもしれないから私は言うのをためらった。でも言わなくちゃ隆志のためだもの。
「でも?」
「今の学力じゃぜったいに無理だよ」
それなりに勉強してる私でもたぶんムリなのに授業中ずっと寝てる隆志が受かるわけがなかった。
「ははっ。それ担任にも言われた。『もっと自分のレベルに合った所に行け』ってな。そこで本題だ」
一度咳払いをして隆志は言う。
「その……前みたいに勉強を教えてくれないか? もちろん何かお礼はするから。な、頼むよ」
「……どうして私なの? 頭がいい友達なら他にもいるでしょ? それに男の子同士なら気を使わなくていいじゃない」
私がそう言うと、隆志はそっぽ向いて答えた。
「それは……お前の教え方上手だし、それに家が近いからすぐに会えるだろ? ――もしかして嫌なのか?」
「ううん。そんなコトない。……私でよければいつでも力になるよ」
「サンキュー。じゃあ放課後校門で待ってるぞ」
隆志は嬉しそうにその場を立ち去った。そういう私もとても楽しみなんだけどね。
その日の放課後、隆志の家へ向かった。
おばさんに挨拶して部屋へ上がると前来たときと同じで戦艦とか戦闘機とかが飾ってあった。
隆志みたいな人をたしか『ミリタリーオタク』って言うんだっけ。
「さぁ、さっそく始めよう」
私は自分用に買っておいた入試対策の問題集をコピーした物を隆志に渡した。
二人で同じ問題を解きはじめると部屋がしんと静まり返った。
私の耳には時計の音と隆志の息遣いがはっきり聞こえて緊張が高まる。
そんなドキドキした時間はあっという間に過ぎていき、時間ギリギリまで解かせて答え合わせをしてみると隆志の答案はとんでもないコトになっていた。
「うわ。まさかここまで酷いとは思わなかったな。あはは……」
「笑い事じゃないよ。このままじゃ県立どころか他の高校にすら入れないかも」
「……やっぱり酷いか? コレ」
隆志のプリントは正解がほとんどなく真っ赤に訂正しつくされていた。
「せめて1年生の内容ぐらい解けてほしかったな〜」
「中学入ったときから推薦で行くつもりだったからさ」
「授業中寝てる人が推薦なんてもらえるはず無いでしょ」
「まぁなったもんはしょうがないさ。そのためのゆかり先生なわけだし」
「開き直らないでよ……どうしようかな」
「え? やっぱ教えるの無しとか困るぞ」
「そうじゃなくて、私、理系なら教えてあげられるけど文系はちょっとだけ苦手なんだ……」
一応分かるんだけど、教えるとなると少しだけ難しい。
二人で頭をひねっていると突然私の携帯にメールがきた。
それは美紀からで、名前を見た瞬間あるアイデアが思い浮かんだ。
「――そうだ! 美紀に頼んでみるね」
「美紀? ああ、白鳥か。でもなんで?」
「美紀は文系が得意だから私が理系を教えて、美紀が文系を教える。それしか県立に受かる方法は無いよ」
「そうか……じゃあ仕方ないな…さっそく頼んでくれ」
心なしか落ち込んでるように見えるのは気のせいだよね。
私はメールを送り、美紀にお願いするコトにした。
それから私たちの合同授業が始まった。ちなみに美紀も県立の話をすると受ける気になったらしい。
教える教科は1日1教科を集中して覚えさせる方法を採用して、その甲斐あってか隆志の学力はどんどん上がっていった。
そして12月も終わりに近づいてきてクリスマス・イヴになった。
今日も美紀は来る予定だったんだけど何故か居なかった。不思議に思ったけど前にも何回か急用で来れない日があったから連絡はせず私だけで勉強を見ていた。
「――うん。これならギリギリ合格できると思う」
私が言うと隆志はガッツポーズをして喜んだ。
「よっしゃー!」
「ホントに頑張ったよね」
「そりゃゆかりに教わってるんだから当然だろ」
隆志は照れながら言った。そんなコト言われたら私も照れるよ。
「それじゃ私帰るから……」
「え!? もうちょっとゆっくりしていけよ」
「だってもう遅いし」
時計を見ると時刻は9時を過ぎていた。早く帰らないとお母さんが心配すると思う。
「それに関しては大丈夫だ。俺が連絡しておいたから」
「どういうコト?」
「『今日は付きっきりで勉強を教えてもらうからゆかりの帰りが遅くなっても怒らないで下さい』ってな」
「どうして?」
「だって今日はクリスマス・イヴだからさ……」
隆志は引き出しから1つの箱を取り出した。
「メリー・クリスマス。ゆかり」
箱の中身は一本のナイフ。
「E37S-Kっていってな米海軍特殊部隊の装備品として制式採用された凄いナイフなんだ」
「ふふ。私がこんなのもらって喜ぶと思ってる?」
それがあまりに隆志らしくて私はクスクス笑いながら言った。
「やっぱり喜んでくれないか……じゃあ――」
突然隆志の顔が近くに迫ってきて、唇に柔らかい何かが触れた。
目の前には隆志の顔がある。それは一瞬の出来事で隆志はすぐに離れる。
数秒がとても長く感じてお互い顔を合わさず沈黙がこの場を支配していた。
「え……と」
「め、メリークリスマス……」
今のってキス……だよね…。隆志とキス……した。
「…………」
私は何も言わず隆志からのプレゼントを手に取り部屋を出た。
高鳴る心臓を押さえながら急いで隆志の家を飛び出して自分の家へ入っていった。
彼女がずっと外にいたのも知らず――。
次の日、隆志は何事もなかったかのように接してきたので私も考えないようにして勉強に力を入れた。
隆志はもう一人で勉強しても特に問題はなかったけど最後まで私たちに教わりたいと言ったから私たちも協力した。
そうしていると時間は経っていき、ついにその日がやってきた。
「隆志。頑張ってね」
隆志に最後のエールを送り、私たちは試験に臨んだ。
受けてみての印象としては私と美紀はそこそこいい点数を取れたと思うんだけどなぜか隆志はものすごく落ち込んでいた。
「やばい。もしかしたら落ちるかも……」
「どうしたの?」
「他の教科は大丈夫だったんだけど数学がよくわからなかったんだ」
「隆志なら大丈夫だって。他の教科は完璧だったんでしょ?」
「でも、せっかく二人が教えてくれたのに……」
「そのときは私のせいだよね。私がもっとうまく教えていたら……」
そうなったら私が隆志の入試をダメにしたコトになる。
「いや、俺が悪いんだ。俺がもっと勉強してたら――」
「そんな落ち込んでてもダメよ! もっと自信を持たないと合格できるものもできなくなるわ!」
いつまでも落ち込んでいる隆志に対し美紀が厳しく叱責する。隆志はその言葉を聞いて吹っ切ったみたい。
「――そう……だな。今更言ったってしょうがないか。気晴らしに遊びいくか」
半ば無理やり明るく振舞う隆志に連れられ色んなところへ行った。
隆志は楽しそうにしていたけど、私は隆志が落ちていたときのコトを考えてしまい心から楽しめなかった。
卒業式も無事に終わり、ついに公立の合否発表が張り出された。
私と隆志、それに美紀はそれを一緒に見に行った。
私と美紀のはすぐに見つかった。でも隆志の番号はなかなか見つからない。
「隆志。絶対に大丈夫だよ」
私は無意識のうちに隆志の手を握って、励ましていた。
「あった……」
隆志は最初は呟くように、次は近くにいる人全員に聞こえるぐらいの声で言った。
「あったーっ!」
「お――」
「おめでとう! 谷崎くん」
私の声は美紀の声でかき消されてしまった。
「ありがとう。それじゃ今からパーティでもやるか!」
「そうね。あ、あたしゆかりに話があるからちょっとアッチで待っててくれない?」
隆志は不思議そうな顔をしながら移動した。
美紀が話? 何だろう……少しだけいやな感じがした。
「ねぇ。ゆかり。彼に告白しないの?」
「突然どうしたの?」
「こういうのはキッカケがあったほうが言いやすいじゃない」
「それはそうだけど……」
そんなコトいきなり言われても何にも考えてないよ。
「だいたいイヴの日に済ませるコトは済ませてるんでしょ? 問題ないわ」
「えっ――」
美紀の声は突然低く、私を責め立てるような口調になった。
「あたし、その日も谷崎くんの家にいったんだよね。『今日の勉強会は中止』ってメールきたんだけどせっかくだから一緒に過ごしたいなって」
全然知らなかった。てっきり用事ができたのかと思ってたから。
「それで待ってたら何故か彼の家からゆかりが出てきた。何でかな?」
「…………」
まともに美紀の顔を見るコトができない。私は美紀の口から紡がれる言葉に何も言えなかった。
「うそつき」
その言葉を聞いて私の身体は震えた。血の気が引いていくのがわかる。
謝らないと……抜け駆けはしないって約束してたんだから。
「あの――」
「――なんてね」
またも口調が変わったのを不思議に思い、美紀の顔を見ると笑顔だった。
「冗談よ。これはあたしの負けってコト。谷崎くんがゆかりを選んだだけって話だしね」
「ごめんね……ずっと黙ってて…」
「気にしなくていいわよ。そうだ! あたしがシチュエーションをセッティングしてあげる」
「う、うん」
違う……いつもの美紀と同じようで何かが違う。それに戸惑いながら私は会話を続ける。
「じゃあ場所とかは後から言うからゆかりは何を言うか考えていてよね」
「わかった。ホントにごめんね……」
「そんなに何度も謝らなくていいわ。さぁ隆志を待たせちゃ悪いわ。行きましょう」
このときはまだ気づいていなかった。美紀が変わってしまったコトに――。
後日、美紀は『4月1日の正午に○○公園の中央にある桜の木の下に来て』というメールを送ってきた。
私は逸る気持ちを抑えつつ約束の30分前に着くように家を出発した。
「ちょっと早いかな」
苦笑しながら私は約束の場所へ向かっている。足取りは軽く心臓はドキドキしていた。
何て言おうかな。隆志は『うん』って言ってくれるかな。
そう考えながら歩いていると美紀が公園のほうへ歩いているのが見えた。
(今日は私と隆志の2人きりにさせるって言ってたのに……)
それでも心配性の美紀のコトだ。きっと気になって見に来たに違いない。私は驚かそうと後ろからこっそりついていった。
美紀はそのまま私に言った場所へ向かっているみたい。そのときは探偵ごっこみたいで楽しかった。
そこで隆志の姿を見るまでは。
「あ、白鳥。こんな時間に俺を呼び出してどうしたんだ?」
「うん。ちょっと言いたいコトがあって」
その様子のおかしさに何だか胸騒ぎがした。止めなきゃいけない気がする。
「み――」
「あたし、隆志が大好き!」
美紀は突然叫んだかと思うとそのまま隆志と唇を重ねた。
声にならない悲鳴をあげながら私は地面に座り込んだ。
え? 冗談だよね? 美紀……。
「うそ……だよね? きっと幻を見てるんだ……うん。そうに違いない」
自分に言い聞かせ頭で否定しようとしても目の前の光景は焼きついて離れない。
数秒後、互いの唇が離れた。
「なに……を」
「あたしの気持ち。それで隆志の答えは?」
「待って!!」
我慢できずに私は二人の前に飛び出した。
「ゆかり……」
隆志は私に近づきながら私の名前を呼んだ。
隆志? どうしてそんな顔をするの? そんな、嫌そうな顔で私を見ないでよ。
「いや……来ないで」
隆志に近寄られ足が自然と後ろに下がる。
「ゆかり。あたし、やっぱり彼と付き合うコトにしたわ。貴女だけ幸せなんて許せないから」
その言葉を聞いて涙が出てきた。踵を返し、楽しく歩いてきた道を戻り始める。
「ゆかり!」
隆志の制止を無視して私は走り出した。涙が止まらず前がよく見えない。
人とぶつかっても赤信号でも私は止まらず走った。肺が潰れそうなくらい苦しい。でもそれ以上に心が痛んだ。
家に帰っても涙は止まらない。私はベッドに倒れこんだ。
「どうして……どうしてなの…美紀」
協力してくれるって言ったのに。私の応援をしてくれるって言ってたのに……。
その日は眠るコトができず私は一晩中考えた。
美紀は最初から私を騙すつもりだったのかな。そういえば最近美紀の様子がおかしかったような気がする……。
色々な考えが頭を廻るが答えは出ずに時間だけが過ぎていく。
「もう朝……」
徹夜なんて初めてだからもっと眠くなると思ってたけど、昨日より頭が冴えている。
そして日が完全に昇ったとき私の中の何かが切れた。そして誰かが囁く。
「モウ……コワシテシマオウ――」
その日の夜。私は隆志と美紀を昨日の桜の木のところへ呼び出した。
ただし、2人の待ち合わせ時間を少しだけずらしたから絶対に鉢合わせにはならない。
「話って昨日のコトよね?」
美紀が喋りながら歩いてきた。美紀の顔に昔の面影はない。私をあざ笑うかのような表情でこちらを見ていた。
「そう。ちょっとだけ話がしたくて」
ポケットに入れている手に力が入る。グリップが手になじむ感触が心地よかった。
「あれはウソよ。ウソ」
その言葉を聞いて私の中で誰かの声が聞こえ始める。
――ナニヲイッテルノ? ウソ吐イちゃダメだヨ。
「だって昨日はエイプリルフールだったでしょ? だからゆかりを驚かそうと思って」
ウソツキはドロボウノハジまリなんダヨ。シらナイの?
「ま、昨日みたいなコトになりたくなかったらさっさと告白しなさい。応援してるんだから」
モウ…イイヤ。
「ねぇ、美紀。桜の花びらの色が違う理由って知ってる?」
ハやクムカしノミキにモドッて。オネガいダカら。
「どうしたのよ急に? 理由なんて知らないわ」
「しラナイならオシえテアゲル――」
私の周りに鮮血がほとばしる。私の手にはイヴの夜に隆志にもらったナイフがあった。
「紅い花びらの木の下にはたくさんの死体が埋まってて、その血を吸い取ってるからなんだって。わかった?」
私は足元を見ながら言った。そこには裂かれた首を手で必死に押さえている美紀の姿があった。
「口をパクパクさせて魚みたいだね。ねぇ美紀。私たちってトモダチだよね?」
美紀は何も答えない。
「違うの? 早く答えてよ!」
私が美紀のお腹を蹴ると美紀は血を吐いてこちらを見てきた。
「なによ……なんでそんな目で私を見るのよ」
美紀はバケモノを見るような目だった。
「そんな目で私を見るな!」
私は再び美紀を思い切り蹴った。血を吐いても苦しそうに呻いても蹴り続けた。
……昔の美紀に、元に戻ってほしかった。昔みたいに友達でいてほしかった。
でも、無理なんだね。
「元に戻らないなら壊すしかないよね……」
身体を仰向けにして私はその上に乗った。
「――サヨナラ」
ナイフを両手で持ち、美紀の胸に突き刺すと身体がビクンと跳ね、血を吐いた。
美紀の身体はだんだん動きが鈍くなっていきついに動かなくなってしまった。
「ふぅ……」
私はナイフを引き抜き立ち上がったとき、ようやく気がついた。
「隆志……」
私の後ろには隆志が座り込んでいた。よくわからないけど何かに怯えているみたい。
「あ、あ……」
「あのね、隆志。私、隆志のコトがずっと好きだったの。ずっとずっと前から……美紀よりも前から……好きだった」
隆志をこの場所へ呼んだのは告白をしたかったからだった。
ちょっと待ち合わせの時間より早くて驚いたけどちゃんと言えてよかった……。
私は隆志の答えを近くで聞きたくて近づいていった。
「来るな……」
すると隆志は手足をバタつかせながら後ろへ下がろうとする。なぜか声も震えていた。
「え? どうしたの隆志?」
「来るな! この人殺し!」
「人殺し? 違うよ。私はただ――」
「だ、黙れ! こっちへ来るな!」
隆志の目は美紀と同じ色を帯びていた。
……そっか。美紀がおかしくなってたみたいに隆志もおかしくなっちゃったんだね。
私の頭には隆志が美紀とキスをしていたシーンが思い浮かんだ。
「あのときの美紀はおかしくなってた……きっと隆志もそのときに毒されちゃったんだね……可哀想な隆志」
隆志はまだ間に合うはず。今すぐ助けてあげたい。私はその思いでいっぱいになった。
「ひっ!?」
私は手に持ったナイフで隆志を――。
その後、私は桜の下に深い穴を掘った。夜は人が全然通らないから誰かに見られる心配もない。
1時間ぐらい掘り続けると結構な大きさの穴になった。
「隆志は救ったから……ちゃんと幸せになるから」
赤い涙を流しながら2人の身体を穴へ落として、それを埋めた。
「それじゃ、バイバイ美紀……さぁ帰ろうね。隆志」
その数日後、朝のニュースで2人の男女が謎の失踪をしたというのが報道されていた。
そういう事件ってよくあるな。と、思いながら学校へ行く準備を始める。
今日から新学期。新しく友達が出来るか少しだけ心配だけど私には隆志がいるから平気だ。
「じゃあ学校が終わるまで大人しく待っててね。隆志」
隆志と登校できないのは悲しいけど家に帰ったら待っててくれる。それだけで充分だった。
私はゆっくりとした足取りで家を出た。
その途中、公園を通るとき何となく桜の木を見上げると綺麗な薄紅色の花びらが舞っていた。