第二話
大通りから外れた暗い路地の隅。いかにも浮浪者やネズミがいそうな場所に逃げ込んだ俺は、両ひざを抱えて荒い息を吐いていた。
「はぁはぁ、疲れたー。」
「お疲れさま。それにしてもあたしのペースについてこれるとかヤマトは凄いな。何か体でも鍛えてるのか?」
言われて考えてみるが、生前の記憶は靄がかかったみたいで詳しく思い出すことができない。もちろん自分のことや家族のことなどの重要なことはすぐに思い出せるのだが・・・。
まあ、とりあえず今はそんなことはどうでもいい。まずは目の前にあぐらをかいて座っている、俺と違って息も全く上がっていないこの少女に対して問い詰めることがたくさんある。
「ルナはさっき自分のことを王族って言ってたよな? なんでそんなお嬢様が追われているんだ?」
「それがさぁ、父上が勝手に人間との婚姻の話を持ってきやがったんだ。私達獣人の社会的位置を上げる第1歩だーとか言ってさ。」
「それで、勝手に婚約者を決められるのが嫌で逃げだしてきたと?」
「いや、あたしは仮にも王族だからな。政略結婚に使われることぐらいは覚悟しているつもりだ。でも、あの国にだけは絶対に行きたくない。まだ舌を噛み切って死んだほうがマシだ。」
そう言うルナの顔には抑えきれない怒りがあふれ出している。それだけ嫌な理由があるということだろう。
「そんなにひどい国なのか?」
「聖都コルッシオ。亜人差別が最もひどい国の内の一つとして知られている国だ。そこの馬鹿王子が何を思ったのかあたしに一目ぼれしたらしくてな。コルッシオでの亜人差別の撤廃とうちの国との国交を結ぶことを条件に婚約を持ちかけて来たって訳だ。」
確かに亜人差別が強い国に嫁ぐのは嫌だってのは分かる。でも、話を聞いている分には条件はそこまで悪くない気もするのだが。
「亜人差別が撤廃されるなら、そんなに話としては悪くないんじゃないのか?」
「うん、確かに話としては悪くないかもしれない。むしろデメリットなしで、人間の国でもトップクラスに国力がある国と国交を結べるんだ。父上からしたらこんな美味い話はない。」
だが、とルナは続ける。
「あいつらはお母さんの敵なんだ。だから、あの国に嫁ぐのだけは絶対に嫌だ。」
「それってどういう。」
そこまで言ったところでルナに突然口を塞がれる。よく聞くと周囲から数人の足音が聞こえる。
「おい、なんかこっちで物音が聞こえなかったか?」
「確かに聞こえたな。とにかく明後日の結婚式までには姫様を見つけ出さなければいけないんだ。気を引き締めて探せ!」
「さっきレオ王が見つけた者に報奨金を出すってお布施を出したらしいぜ。そんな一生懸命探さなくても見つかるのは時間の問題だろ。」
声と共に足音がこちらへどんどん近づいて来る。このままでは確実に見つかってしまう!
「いつもは城から逃げ出したって特に怒らない父上も今回はご立腹って訳か。仕方ない、この国にいたらそのうち見つかっちまうから別の国まで逃げるぞ。」
「え、もしかしてそれに俺も含まれるの?」
「当たり前だ。一緒に居るところも見られてるからきっとヤマトも指名手配なりされてるぞ。もしかしたらあたしを逃がすのに協力したとかで指名手配されてるかもな。」
まあ、とにかく逃げるしかないってことは理解した。体力が全然回復していないため、これ以上走ったら吐きそうだが、捕まって牢獄に入れられることを想像すると不思議とまだ走れるような気もしてくる。
「それで、逃げるって言ってもどこに行くんだ? まさか結婚式の会場をぶっ壊しに行くとか言わないだろうな?」
地名を聞いても全く分からないが、最低限どれぐらいの距離を移動するのかだけは先に聞いておきたい。
俺の発言を聞いてからルナの顔が苛立ちから笑顔へと変わる。その瞬間、何か言ってはいけないことを言ってしまったのだと強く実感した。
「ヤマト、ナイスアイデアだ! そうだ結婚式場を壊してしまえば、向こうが怒って婚姻の話もなしになるかもしれない。それに、最低でも式を挙げる日を遅らせることができる!」
「いや、でもそんなんで戦争にでもなったりしたらどうするつもりだ!」
少し前の何も考えずに発言した自分を恨みながら俺は言う。
「まあ、その時はその時だ。うちの軍は腕っぷしがかなり立つ。戦っても負けることはないだろ。」
ああ、これは何を言っても駄目なやつだ。そう感じた俺は反論を止め、黙々とルナの後ろを走り始めた。