魔導師
大変長らくお待たせいたしました。
それでは続きをどうぞ。
今後にも関わってくるだろう服装の問題について思考を巡らせていると、微かではあるが後ろの方から草を踏みしめる音が聞こえた。
(誰かいる!?)
振り向きざまに、手に尖った石を握っていつでも逃げられるよう体勢を整えて構える。
気を抜いていたわけではない。この森では、気を抜けば一瞬にして他の生き物の餌になるのは嫌という程わかっている。故に、常に気を張っていたのだが、これだけ近づかれるとは……。
(鈍ったか……)
そんなことを考えながら、いつでも反応できるよう茂みの向こう見据えている。すると、視線を向けていたそこから一人の男が現れた。
年はだいたい20代中頃あたりといったところだろうか。白銀のショートウルフに切れ長の目。瞳の色は紺桔梗色で、その珍しくも美しい色に思わず見惚れてしまいそうになるが、それより僕の目を引いた物は、自分とよく似た格好の上に着用された黒のローブと黒手袋だった。
(よりにもよって――)
魔術師ならば、まだ隙をつけたかもしれないが、運が悪いことに相手は魔導師だった。下手を打てば一瞬にして殺られてしまう。
相手の出方を見つつ、逃げる方法を模索していた僕に、男は首を傾げて聞いてきた。
「何で、こんなところに人がいるんだ?」
それはこちらの台詞だろう。
「あなたこそ、何でこんなところにいるんですか?」
質問に質問で返すのは反則だと思う人もいるかもしれないが、今の僕にとってそんなものは知ったこっちゃない。こちらは(たぶん)命がかかっているんだ。反則技だろうが何だろうが、使った者勝ちである。
僕の問いに、男は「それもそうか」と口元に手を当てて頷いた。
「では、聞き方を変えよう。俺はこの森に生息しているというある薬草を採取しに来たんだが、おまえは?」
なるほど、先にこの森にいる理由を言うことで質問返しを避けたか。別に、男の言葉を無視してもいいが、先に理由を言われてしまっている手前、答えないのは心苦しい。
「『来た』んじゃない。……色々と事情があって、この森にある知り合いの家に『住んでる』んです」
嘘は一言も言っていない。ここに住んでいる理由はまず上手く言い換えることが難しいので簡単に誤魔化だけだし、「知り合いの家」とは言ったが、あの家は『私』の家であって僕の家じゃないので嘘にはならない。
男は僕の「住んでる」という言葉に興味が惹かれたのか、一瞬目を見開き何かを考える素振りを見せる。しかし、それはほんの数秒間だけで、その後ゆっくりと視線を僕へ戻した。
「ならば、おまえはこの森について詳しいのか?」
これは、どう捉えたものか。この森を移動するのに道案内として「詳しいのか?」と聞いているのか、それともこの森自体に対して「詳しいのか?」と問うているのか……。言葉だけで考えるならば前者だろう。
しかし、しつこいようで悪いが相手は魔道士である。ありとあらゆる可能性を想定しなければ、何が起こるかわかったものではない。
僕は言葉を選び、慎重に口を開く。
「道案内がほしいんですか?」
その問いに対し、男は「それもある」と何処か含みのある返しをしてきた。
「探している薬草は珍しい物なんでな、生息場所を知っているなら教えてほしい」
珍しい薬草。森に生息している薬草を覚えているだけ頭に思い浮かべる。珍しいというからには、この森特有の物なのだろう。
先程の様子は気になるものの、できれば早くこの男から離れたい。そのためにも、男の探している薬草をさっさと見つけた方がいいだろう。
「薬草の名前や特徴はわかりますか?」
「名前はモンクスフード。鶏の鶏冠に似た型の、紫色の花を咲かせる植物だ。鎮痛薬や強心薬の原料になる」
モンクスフード。男はそんなカッコ良く言っているが、要はトリカブトである。
(……まあ、漢方でも使われてるし)
僕は生息地へ案内するべく男に背を向けた。
「こっちです」
特に振り向くことなく足を進めているが、気配で男は大人しく僕の後ろをつい来ているのがわかる。
少し進んだところで手持ち無沙汰なのか、男の声が後ろから聞こえてきた。
「そういえば、おまえのその格好。俺たちの服とよく似ているが、この国の魔導師が増えたという話は聞いたことがないし、可能性があるとすれば魔術師の方だが……、どうなんだ?」
やはりきたか。聞かれるだろうとは思っていたが、思ったよりも遅い質問だな。
「いいえ。確かに似ていますが違います。それに、僕は魔法が使えないのでどちらにもなれませんよ」
「魔法が使えない?」
男の声から、怪訝そうな顔をしているのが容易に想像できる。
しかし、男がそんな様子になるのも仕方がないだろう。この世界では、みんな大なり小なり(殆どが小だが)魔法が使えるのだ。そんな場所で魔法を使えないなど、珍しい存在以外の何ものでもない。
そんなことで男に興味を持たれても困るので、すぐに補足を付け足した。
「正確にいうと、使ったとこがないので使えるかわからないんです」
それも珍しいことなのだが、男は納得したようで「なるほど」という呟きが聞こえた。
「なので、この格好は魔導師や魔術師とは全く関係ないんです。動きやすさを追求した結果、コレになっただけです」
「ああ、そういえば確かにこのタイプの型は動く安いな」
男の言葉に、僕は「そうでしょう」と肯定を返す。これで、もうこの服装については何もツッコまれないだろう。
僕は、男に見えないよう前を向いたままにんまりと口角を上げた。
そんな僕に気づいた様子もなく、男は「そういえば……」と口を開く。
「今更だが、おまえの名前は何だ? 俺はアマーレン・アルトという」
本当に今更な質問だ。聞かれてしまったし、何より先に名乗られてしまったので教えないわけにはいかない。
僕は小さく溜息をついてから「テル・カイドウです」と視線を男に向けて名乗る。
「テル・カイドー、か。かわった名前だな」
その言葉に、僕は「そうですね」とだけ返した。それはそうだろう。この世界の人間の名前ではないのだ。
最初は『私』のファミリーネームである「モンド」を名乗ろうと思ったのだが、『私』に兄弟はいなかったし、両親はいたような気もするが覚えていない。親戚もいるのかどうか不明。そんな人間のファミリーネームを使ったところで何もないとは思うが、嫌な予感がしたので念のため使うのをやめた。
「そんなことよりも、もうすぐ着きますよ」
歩き始めて十分程、木の笠により太陽が遮られ少し湿った空気がその場を満たしている。そんな中、木々の間に背の高い草が生い茂る場所がいくつも目に映った。
「ほう、こんな場所があったのか」
アマーレンが目を見開いて驚く。立ち止まって辺りを見渡す彼をそのままに、僕は茂みの中へ足を踏み入れる。
「モンクスフード……、これで合ってますよね?」
そう言って僕がアマーレンに見せたのは、トナカイの角に似た型の葉を持つ植物で、高さが腰程まであるそれは、毒々しくも美しい紫色の花を咲かせていた。
「ああ、それだ。間違いない。」
アマーレンはソレを確認すると根元から掘り起こす。
「それだけで足りますか?」
いくら背の高い植物とはいえ、1つから作られる薬には限りがある。念のために聞いてみると、やはり足りないらしく、その後も僕が見つけてアマーレンが採取するというのを5回程繰り返したところで彼から満足そうな声がかけられた。
「これだけあれば十分だ。ありがとう」
表情は変わらないものの、何処か嬉しそうな雰囲気を醸し出す彼に、僕は「どういたしまして」と返す。
「それでは、僕の役目も終わったことですし――」
「そうだ、ここまで手伝ってもらったんだ。何かお礼をしたいと思うのだが、何がいい?」
別れを告げよう開いた口は、しかしアマーレンによってその役目を全うすることができなかった。
突然「何がいい?」と聞かれても、そんなすぐに思い浮かぶものではない。
一瞬、彼に会う前の目的であるお金を要求しようかとも思ったが、お金があったところでこの服装によって引き起こされるであろう問題が解決するわけでもない。
少し考えたすえに、彼の服装を見てあることが思い浮かんだ。
「それでは、僕に魔法を教えてくれませんか?」
「魔法を?」
僕の要求したものが意外だったのか、彼は確認するように聞き返してくる。
「はい。ダメですか?」
「いや、ダメではない。少々予想していたものと違ったので驚いただけだ」
アマーレンはすぐに表情を引き締めると、口元に手をあてて何かを考え込む。
「俺は構わないが、仕事もあるからな。毎日稽古をつけてやることはできない。それでもいいか?」
「それで大丈夫です」
やることは他にもあるので、数日に一度のペースの方がこちらとしてもありがたい。僕はすぐに頷いた。
「それじゃあ、決まりだ。すまないが、何か普段から身につけている物を貸してくれないか?」
何のためかは知らないが、アマーレンの言葉に素直に頭を悩ませる。
「普段から身につけている物」と突然言われてもそんなすぐには思い浮かばず、少し考えてからある物を差し出した。
「これでどうですか?」
そう言って僕が彼に見せたのは2種類のピアスだ。
「これは……、耳から外していたがイヤリングではないな」
「ピアスです。イヤリングとは違い、耳たぶに穴を開けてつける装飾品ですよ。挟んでいるのではなく、耳を針が貫通しているので激しく動き回っても落ないんです。」
僕はピアスが好きで、常につけているから彼の言った条件に合うだろう。これは片耳に2つずつ付けるタイプの物で、リングピアスとスタッドピアスがセットになっているものだ。
リングピアスはシルバーリングで正面に琥珀石で作られた小さなクロスが嵌められている。スタッドピアスはそれの対となっており、シンプルにダイヤモンドカットされた琥珀石がシルバーの台座に嵌められているだけのものだ。これは二つで一つのピアスとなっていて、どちらか片方でもなくなればその魅力を損なってしまうかわったピアスだ。
そして、このピアスの最大の特徴といえる琥珀はそれぞれ種類の違うものとなっており、クロスの方はコニャックゴールドアンバー、スタッドピアスにはピュアグリーンアンバーをと、二種類の琥珀を使うことでそれぞれの石の美しさを引き立てているのだ。
このピアスは店頭で見た時に、何故か気になって買ったもので、これといって好きな色でも型でもなかったが、付けていると安心感が生まれ今ではお気に入りの代物となっている。
アマーレンは、手の中で4つのピアスを転がしマジマジと観察した後、「良い代物だ」と言ってほのかに笑みを浮かべた。
「これで大丈夫だ。すまないが、今からこれに移転魔法の目印を付けたい。構わないだろうか?」
移転魔法。かなり高等な魔法だ、さすが魔導師。しかし、気に入っている物なだけに型を変えられるのは嫌だ。
目印について詳しく聞いてみたところ、それは目に見えるものではないらしく、目印を付けた人間には感覚として場所を伝え、その感覚を頼りに移転魔法を使って移動してくるためのものだそうだ。
本来、目印は地面や壁など移動しない物に付けるらしいが、アマーレンがこの森に来た時に僕が近くにいないのでは魔法を教えようにも捜すのに時間がかかり教えられないなどといった無駄を省くために、今回は僕が身に付けている物に記したいらしい。
(確かに、それはいやだなぁ)
僕はそういうことならとアマーレンに目印をお願いした。
アマーレンは懐から洋紙を取り出すと、自分の指先を切り血で何かを書き出した。それはあまりにも複雑で、今の僕にはサッパリわからないが目印のための陣か何かなのだろう。
小さな陣が4つ、それぞれの真ん中にピアスを一つずつ置き手をかざす。すると、陣が光だし書かれていた文字が浮かび上がる。文字は生き物のように動き出すと、ピアスの中に吸い込まれていった。
「できた」
そう言ってアマーレンはピアスを僕に渡してくる。ぱっと見では確かに貸す前とかわったところは1つもなかった。
「実際にその場面を見ていなければ、これにアルトさんの印がついてるなんてわからないでしょうね」
一通り確認をしてから耳に付けなおす。
「アマーレンでいい。敬称はいらん。敬語も外せ」
「はあ。それじゃあ、お言葉に甘えて。アマーレン……、は長いからアレンって呼んでもいい?」
「ああ」
あだ名呼び決定。明らかに彼の方が年上なのだが、本人の許可はもらったので遠慮なく呼ばせてもらうことにする。
「印は、目に見えてしまうとその場に待ち伏せをされてしまったりして、移転してすぐ襲撃にあうというおそれもあるからな。そういうのを避けるためにも不可視の印の方が使い勝手がいい」
魔道士にもいろいろとあるのだろう。宮仕えをするのも大変である。
「それよりも、1つ聞きたいのだがそのピアスというのは何処に売っているんだ?」
僕の耳を見て聞いてくるアマーレンに、「異世界です」と答えるわけにもいかずどうしようかと内心で頭を抱える。
「……欲しいの?」
どれだけ考えても、いい誤魔化し方が思い浮かばず、最終口にしたのはそんな思いとは正反対の内容だった。
(話続けてどうすんだよ!)
僕が自分へ盛大なツッコミを入れているなど露知らず、アマーレンは肯定するように頷く。
「ああ。見目が良いし、魔法具作りにも使えそうだしな。なにより、動き回っても落ないというのが良い」
あまりにも期待した目で見てくる彼に、「うッ」と言葉を詰まらせる。
どうにかして切り抜けられないかと考えた結果、あることを思いついた。
「ごめん。僕もこれを手に入れたのはもうだいぶ昔のことだから、詳しく覚えてないんだ」
嘘ではない。このピアスを買ったのは高校入ってすぐの頃で、もう2年以上も昔のことだし、何より買った店が家族との旅行先であったため正確な場所など覚えていないのだ。
アマーレンはそれに「なら仕方ないな」とどこか悲しそうに笑った。
あまりにも気落ちする彼に、何だかだんだんと罪悪感が湧いてきてしまう。
(そんなに欲しかったのか……)
ここまで落ち込まれてしまうと、どうにかしてやりたくなるのだが、残念なことに目的の物であるピアスの作り方は知らないのでどうしようもない。
そんなことを考えていると、ふとあることを思い出した。
(ああ、あるじゃないか)
僕はズボンのポケットに手を入れると、ソレがあることを確認して1つ頷く。
「ねえ……、僕が使ってないのでいいならいる?」
そう言った瞬間、彼はパッとこちらを振り向いて目を見開き詰めよってきた。
「いいのか?」
「う、うん。あ、でも使うなら耳に穴を開けないんだった……。アレン的にそれは大丈夫なの?」
アマーレンの勢いに押され、無意識のうちに一歩足を引ききつつ、ピアスホールのことを思い出す。この世界にはイヤリングはあれど、ピアスはない。なので、耳に穴を開けるなんて自傷行為といってもいいような行動に対してはどうなのかと心配すれば、彼は「問題ない」とすぐに返してきた。
「穴といっても、見たところ裁縫の針が通るくらいの大きさだろう。それくらいなら大して目立ちもしないから大丈夫だ」
そこまで言われてしまえば、僕が心配する程のことでもないのだろう。確認もできたことだし、ズボンから目的の物を取り出す。
ポケットから出して見せたのは黒いレザー生地に覆われた手のひらにすっぽりと収まるサイズのジュエリーボックス。それを開けると、中には一対のスタッドピアスが鎮座していた。
シルバーの台座の中心に直径5ミリサイズにカットされたアンダラクリスタルがおかれ、その周りをローマ数字の1から12が掘られている。側面には2ミリサイズのアメジストが4つ、それぞれ四方に埋め込まれているという、なかなかに細かい細工のされた一品だ。
これは、友人がピアスホールを開けた記念にプレゼントしようと用意していた物で、本来なら今頃友人の手元に渡っていたはずなのである。それなのに、何故かそのまま僕と一緒にこちらへ来てしまったようで、せっかくのプレゼントを自分で使うのもどうかと思い、ずっとポケットに入れっぱなしにしていたのだ。
「ほう、なかなか美しいものだな」
アマーレンがソレをケースからそっと取り出す。すると丁度、木々の間から溢れた陽の光が中心の石にあたり、深い青とも紫ともつかない不思議な色の輝きを放った。
(なんか、彼のために作られたような代物だな)
そう思ってしまうのも仕方がないだろう。なにかの偶然なのか、中心の石はアマーレンの目と同じ色をしていたのだ。
石の反射した光がアマーレンの目にあたる。彼の瞳が石に負けない程のキラキラとした美しい輝きを見せた。
「本当にこれを貰ってもいいのか?」
一通り観察して満足したのだろう。手にとった時と同じように、ピアスをそっとケースに戻しつつ確認してくる。
「うん。僕にはこれがあるからね、もしよかったら使ってよ」
そう言って、自分の耳を見せつつ彼の手にケースを持たせた。アマーレンは心持ち嬉しそうな顔でお礼を言い、ケースをローブの中へしまい込む。
「それでは、そろそろ失礼しようと思う」
随分長い時間を共に過ごしていたようで、気がつけばもう空が赤らみ始めていた。
「そうだね。僕ももう夕食の支度をしなきゃ、夜になると見えなくなるから急がないと」
空に向けていた視線をアマーレンへ戻す。最後に、魔法を教えてもらうため彼に今後の予定を聞くと、早ければ3日後にこちらへ来られるとのことだった。
「それじゃあ、次は3日後だね」
「ああ」
アマーレンは短く返事をすると、彼の周りを光が包み音もなく消えた。
誰もいなくなった空間を見て溜息をつく。
「……なんか、すっごい疲れた」
午後からの目的を達成することもできず、アマーレンに付き合うだけで今日という日が終わってしまった。が、しかし大きな収穫もあったので良しとしよう。
もう、お金については後回しにしようと開き直る。アマーレンは魔導師だ。そんな彼から魔法を習えば、今の格好をしていてもおかしくはなくなるだろうし、どれだけかかるかわからないがそれまでの辛抱だ。
家については、枝で穴が開いている場所を避ければどうということはない。護身用のナイフと包丁がないのは辛いが、生きていけないわけではないので大丈夫だろう。
(まずは、水浴びか)
昼食前に一度洗い流したとはいえ、まだうさぎを狩った時についた獣と血の匂いが体中から臭っている気がする。できれば体に染み付いて欲しくない部類の匂いなので、僕は早く洗い流そうと川の方へ足を向けた。
ちなみにではあるが、その日の夕食は売ろうと思って狩ったうさぎを尖った石で捌いて(上手く切れずに少々ひどい有様になった)焼肉にした。
ちょいちょい訂正を入れております。読まなくとも支障はございませんが、良ければお目通しください。
今後も思いつきで投稿したり、訂正したりを繰り返すと思います。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。