サバイバル
今回は、前回のラストに出した魔法の簡単な説明とこの世界の服装事情についてです。
さて、ここで魔法について説明しておこう。
この世界の魔法は幅広く、言いだしたらキリがないくらいにいくつもの魔法が存在しているが、ここでは1番基礎と言える魔法の説明をしよう。それは大まかに分けて7種類あり、その中でも多く使われている魔法が5つ。火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、雷魔法だ。この世界の人間は、基本どの魔法も訓練さえすれば使えるようになる。が、それは本当にごく小さなモノで、日常生活の中で暖炉に火を灯したり、カップ1杯分の水を出せたらいいといった程度のモノ。
なかには魔法を極めて魔術師や魔導師になり、王宮に務める者もいるが、それはほんのひと握りの優秀の者だけである。
そして残り2つの魔法。それは光魔法と闇魔法なのだが、この2つは非常に希な魔法だ。
最初、僕は「基礎の魔法を説明する」と言ったがこの2つは使える人間があまりにも少なく、基礎魔法と言われつつも発動しなくとも全くもって問題ないとされている代物である。
そのため、わざわざ使おうとする者は少なく、その存在がなかなか見つけられなかったことから、国が彼らの存在を把握するためにわざわざ専用の道具を作ったのほどだった。
もしその調査で『使える』又は『可能性のある』とわかれば、国からの保護という名目で城内にある魔法宮(王宮努めの魔導師、魔術師が働いている場所)に連れて行かれ、専門の指導者がつけられるのだと聞いたことがあるが、かといってそれは「絶対に宮仕えをしろ」と脅しているわけではないらしい。
魔法宮に連れていかれる理由は、魔法保持者の存在の確認と、それが本当だった場合に誤った使い方をしないよう指導するためであるといわれている。
それほどの希少性故に、『私』は光魔法も闇魔法も見たことがなかった。
そして、序といっては何だが『私』は魔法が使えなかった。いや、使えたのかもしれないが、生きていくのに必要とは思わなかったので使おうと思わなかったのだ。
それは、2人と出会った後もそうだ。2人は『私』に魔法を教えようとしてくれたが、『私』には習得する意味がわからなかった。
しかし、『私』が魔法を使わなかったからといって、僕も使わないかというとそうではない。
どうすれば習得できるのか……。やり方はわかっている。2人が魔法の修行をしている姿を間近で見ていたし、なにより、この家の地下にある部屋の端が見えないほどに広い書庫(一度試しに端まで行ってみようとしたがあまりの広さに途中で力尽きた)の一角には魔導書がズラリと並んでいる。軽く見て回ったかぎり最低でも両面本棚約10個分の魔導書があった。
それ以外にも、この世界や各国の歴史書や薬草関連の物も見つけた。
『私』は、あまり書庫を利用しなかったみたいだが、この世界について少しでも知識がほしい今の僕にとっては宝の宝庫だ。ここを出るまでに、全冊読破は無理にしてもできるだけ多くの書物を読み知識を身に着けておこうと思う。
朝から気合を入れ、まずは今日することを考える。
現状として最優先事項は家の修理だが、それをしようにも工具がない。いや、あったにはあったが錆びたり壊れたりと使える状態ではなかったのだ。
(なら、まずは資金調達が必要か)
することが決まり、僕は森へ向かった。
今日の朝食は、昨日残しておいた木苺だ。サッパリとした酸味が朝の寝ぼけた頭をクリアにしてくれる。
狩りのポイントを探している最中、罠などに使えそうな蔓や大きめの葉っぱは出来るだけ回収しておく。ある程度森を進むと、よく動物が通るのか小さな足跡がいくつも残る場所を見つけた。
(ここへ罠を仕掛けよう)
歩いている途中で見つけた蔓の一方で輪を作り、土の上へ置く。蔓が見えないよう草や砂で隠し、パッと見ただけではわからないようにし、最期に輪の中心へ木苺を置けば完成だ。
簡単だが、昔から使われている狩猟の方法。現代日本でも未だに使われている括り罠だ。
最近では自動で輪が締まる物が主流のようだが、あいにくとこの世界にそんなものはないし、あったとしても今の僕の手元にはないので使えない。
蔓を砂で隠しつつ、輪とは反対の端を持って木の陰へ身を潜める。
しばらくすると、1匹の野うさぎが姿を現した。うさぎは僕に気づくことなく、ゆっくりと罠の方へ近づいて行く。
(まだだ、もう少し……)
うさぎは木苺に近づくと、匂いを嗅ぎ手に取る。
(今だ!)
うさぎが木苺を食べようと手に持ち後ろ足だけで立った瞬間、僕は力いっぱい蔓を引いた。突然動いた地面に、驚いたうさぎは逃げようとしたが、それよりも早く蔓が足首を捉える。
「まずは1匹」
クリッとした大きな目が僕を見る。愛らしい見た目のうさぎに、逃がしてあげたい気持ちが湧いてくるが、僕にも生活がかかっているのだ。捕らえたうさぎに「ごめんね」といい、尖った石の先でその首を斬る。
僕は今まで魚を捌いたことはあっても、動物を殺したことは一度もなかった。
それはそうだろう。現代日本で動物を殺すなど、屠殺士か猟師のようなソレ専門の仕事をしていないと、まずは経験しない。あるとすれば、それは動物虐待の趣味があるヤツくらいだ。
では、そんな機会のない普通の人が動物を殺さなければならない状況に陥った時、一番最初に抱く感情が何かと聞かれれば、それは恐怖だろう。生き物の命を自らの手で奪うのだ。どれだけ言い訳しようと、殺したのが自分であるという事実に恐がらない方がおかしい。
しかし、僕はその「おかしい人間」のようで、うさぎの目から光が消えていく様子をみても特に何かを感じるということがなかった。強いて言えば、「上手く出来た」くらいだ。
これは、僕自身が死や恐怖に対して疎いのか、それとも狩りをして生活していた『私』の感情なのか……。両方という可能性も棄てきれない。
狩りが初めての人間として、これはどうなんだろうと頭では悩みつつも、体は素早く血抜きに取りかかる。そんな自分に溜息をつき、深く考えることをやめる。
「次、行くか」
処理の終わったうさぎを汚れないよう大きめの葉っぱに乗せ、別の場所へ移動し括り罠を仕掛ける。
そんなことを繰り返し、この午前中で捕らえられた獲物は、最初の1羽を合わせての計3羽だった。
数だけ聞けば少ないように感じるが、『私』にとって久しぶりの狩りで、僕からしたら初めての体験。それも手の込んだ罠ではなく、その場の物で作った簡易の罠を使ったのだ。それでこれだけ獲れれば上々だろう。
昼食は、狩りの途中で見つけた山菜と木の実だ。まだやることは山程あるので、食事には大して時間をかけず素早くすませる。
昼からは獲った獲物を売るために「いざ、行かん」と村へ向けて歩き出したはいいが、ふと、ある可能性に思い至って足をとめる。
(突然森から現れた正体不明の男が持ってきた獲物を、村人がそう易々と買い取るだろうか?)
答えは『否』だ。
「あちゃ~」
すっかり忘れていた。せめて服装だけでも何とかすれば、偶然通りがかった旅人の振りでもできたのだろうが、今の僕は黒のVネック長袖シャツに迷彩柄のガーゴパンツ、足元はダークブラウンの編み上げ安全ブーツとこの世界になくはないが、普段はあまり見ない格好なのだ。
何故、学校の階段から突き落とされて死んだはずの人間がこんな格好をしているのかというと、理由は簡単、部活の練習着だからである。僕は学校で世にも珍しいサバゲー部に所属しており、あの日は部室で着替えた後に教室に忘れ物をしたことに気づいたので、時間もあるからと取りに行った矢先で起こった出来事だったのだ。
まあ、そんな訳でこの世界へは動きやすい格好で来れたという意味ではベストタイミングともいえよう。
ちなみにだが、この世界の平民は中世ヨーロッパやRPGゲームの村人のような服装をしている。僕と似たような服装がないわけではないが、この近くにある集落は平民しか住んでいないような小さな村だ。その中での、この姿は盛大に浮くだろう。
(さて、どうするかなぁ)
この格好の者たちの振りをしてもいいが、それはそれで色々と問題がある。
何故と聞かれれば、答えは簡単。その者たちの役職が魔術師や魔導師だからだ。魔術師の正式な服装は、黒のVネック長袖シャツに白手袋と、下は黒のダボッとした長ズボンと黒の編み上げブーツ。そして服の上から白のローブを羽織るという、動きやすいのか動きにくいのかサッパリわからない格好をしている。魔導師は魔術師とは色違いの黒手袋に黒のローブという闇に紛れるような服装だ。
また、ローブの後ろには国の紋章が描かれており、右腕に国の旗色に所属階級が描かれた腕章を縫い付けている。魔術師には階級が3段階あり、第3級が一番下でその次に第2級、第1級の順に上がっていく。そして一番最後が魔導師だ。魔導師には階級がなく、『魔導師』という肩書きのみで魔法の世界では最強とされている。
まあ、魔術師や魔導師について、今はここまででいいだろう。
それよりも僕の服装である。ズボンと靴は汚して黒く見せればいいし、ローブは普段着ていない者もいるので問題ない。
問題があるとすれば、それは魔法だ。こんな田舎の村に魔術師や魔導師などといった魔法の強い者が現れれば、問題を抱えた村人が助けを求めて押しかけてくるのだ。魔法のプロたちでさえ、疲れた顔で口を揃えて「面倒くさい」と言うそれに、魔法の使えない僕ならばどうなるか……、考えるだけで恐しい。
だからといって、お金を諦めるかと聞かれればそうもいかない。この森で一生暮らしていくならまだしも、僕には『私』との約束があるのだ。お金は絶対に必要である。
まずは魔法を習得するのも一つの手だが、それには膨大な時間が必要となんてくる。急いではいないが、できるだけ早く王都に行きたいと思っている僕としては避けたい方法だ。
お金は必要だが、目立たずに獲物を売る方法が浮かばない。
眉間に皺を寄せ良い案はないかと考えた。
お読みいただきありがとうございました。
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