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あやかし狐姫は初恋を所望中  作者: まるめぐ
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第四話 あやかしな彼女たち

 罪悪感がないと言ったら嘘だけど、謝ったら水の泡だ。僕は分厚い座布団から下りて畳を踏むと千尋さんに背を向ける。


「ひなた様お待ちになって下さい! ごめんなさいわたくしが、わたくしが悪うございました!」


 けれど彼女に追いすがられて身動きが取れなくなった。

 だって背中にあああ当たってるんですけど!?

 ついさっき少し揉んじゃった胸が!


「ぎりぎりまで生気を奪って自由を奪ってから、わたくしの傍から離れられないようじっくり身も心も籠絡(ろうらく)しようと身勝手な考えを抱いておりましたこと、お許し下さい!!」

「ろ、籠絡? 生気?」


 よくわからないけど、何だか穏やかじゃない。


「ひなた様は、昔とちっともお変わりない素敵な殿方でいらしたというのに、わたくしは何と言う愚か者でしょう。それに早とちりでした」

「早とちり? と、とりあえず落ち着いて、ね?」

「うう、はい」


 頑張って体を捻って見下ろせば、千尋さんは酷く思い詰めた切なげな顔をしている。

 何となくそうしたくてまた頭を撫でてやると、彼女は耳をピクピクさせながら嬉しそうに目を細めた。いやだからその耳の性能すごっ……!


「ふふっ、この優しい手付きも、まんま一緒です」


 懐かしむ柔らかな表情。

 もしかしてかつて陽向もこんな風に彼女の頭を撫でてあげたんだろうか。

 と、小指が狐耳に触れた。


「わ、何この感触、このケモ耳ほんとリアル」


 興味をそそられ両手で触る。

 耳の薄さの割に血の通ったような温さとか、細くて柔い産毛とかマジで半端ない精度の出来だ。

 しばし触感を確かめていた僕は、下からの控えめな声が届くまで夢中だった。


「あ、あの……ひなた…様、いくら何でもそんなに入念に触られ…ると、その、わたくしちょっと……」

「え?」

「へ、変な気分になって、しまいま……っ」

「あっ!? 何かごめん!」


 美少女の恥じらう上目遣いって破壊力抜群だ。危うく理性の壁が粉々になるとこだった。


「で、でも付け耳で……?」

「もしやまだ思い出して下さらないのですか? これは本物だと言っているではありませんか」


 疑問に首を捻るような顔をしていたからか、やや伏し目で拗ねたように言って、千尋さんは「見ていて下さいね?」と僕から離れた。

 次の瞬間、彼女の姿が揺らいだ。

 周囲はそのままなのに彼女だけが空間から剥離されたようだった。

 目にゴミでも入ったかな?

 霞んだのはそのせいかもと目を擦ろうとした僕は、その手を中途半端な位置で止めることになる。


 だって気付けば目の前に黄金の狐が一匹、ちょこんと座っていたから。


 狐に当てはめるのも何だか可笑しな表現だけど、スッと真っ直ぐ首の伸びた一目で惹かれるような綺麗な佇まいだった。黄金に輝く毛並みにもほつれ一つない。


 ――優美。


 そんな称賛が胸中を占め息を呑む。暫し言葉が出てこなかった。

 狐の方は千尋さんと同じ不思議な瑠璃色の瞳でじっと僕を見つめてくる。

 一方、千尋さんの姿はない。


「……でも、いつの間に狐が?」


 こんなのまるで瞬時に入れ替わったようじゃないか。


「千尋さん、どこ?」

「――ここです」


 広い和室内を見回しての僕の呼び掛けに、正面下方から返事があった。千尋さんの声で。

 見下ろせばそこには金色狐がお行儀よくちょこんと座っている。

 おかしいなあ、確かに彼女の声がしたんだけど。

 僕は綺麗な狐を眺めながら首を傾げた。

 すると狐が口を開く。

 欠伸(あくび)でもするのかな、可愛いなあ……なんて和んだ時だった。


「これで思い出しました? わたくしは狐のあやかしなのですよ」


 狐のその口の奥から何と千尋さんの声が発せられた。


「え? 千尋さんの声?」

「はい、わたくしなのですから当然ではありませんか」

「……はい? わたくし、とは千尋さんのことでしょうか?」

「もちろんです。わたくし九条千尋です」


 わけもなく敬語で返す僕は、何度も何度も瞬いて目の前の美しい狐を見つめる。見つめ続ける。

 それより、あやかし?

 妖怪って意味だよな。

 え? 誰が? わたくしが? わたくしって誰だっけ? 狐は千尋さんだって自称してるけど……。

 僕は恐る恐る狐を指差しした。


「千尋、さん?」

「はい」

「ええええええっ!?」


 常識じゃ有り得ない答えに仰天する僕へ、凛として美しい狐は細い四肢を動かして猫が尾を絡めるようにして僕の足元に纏わりついてくる。


「んもうひなた様ったらどうして驚くのですか。とっくにご存知でしょうに」


 ……僕は本物の陽向じゃないからご存知じゃないんだよ。

 だから余計にビックリだ。

 不服そうに狐は千尋さんの声で喋るけど、見た所発声器なんて付けてないし、狐の動きの柔らかさからロボットだとは到底考えられない。

 目の当たりにしてしまった以上認めるしかない。

 この狐は本当に千尋さんなんだって。


「ええと、千尋さんは狐であやかしでケモコス人間で……え、どれなの?」


 悩み始めた僕に千尋さん狐が鼻面を押し付けてきた。


「ですから、狐のあやかしですわ」

「ええと……」


 千尋さんが狐なのはいいとして、僕が引っ掛かっていたのはあやかしって部分だ。

 だってあやかしは元来怖いモノで、不用意に近付いたらいけない存在だ。


 ……彼女みたいに愛らしいはずがない。


 ただ、狐が化けるならその時点で妖怪の括りなんだろうけど、僕にはどうにも彼女が危険な妖怪には見えなかった。


「申し忘れておりましたが、御本人が仰られた通り千尋様は本当にあやかしです。あやかしの中でも上位の種族は元の姿の他、修練により先のように人の姿を取れるという特徴がございます」


 見かねた八巻さんが傍に来てこっそり耳打ちで情報をくれたけど、言い忘れてたって絶対故意にだよな。

 聞かされてたらヤベエ案件って思ってここには来てなかったよ。


「千尋さんはその……妖怪でも人の命を奪うような危険な妖怪じゃないですよね?」

「……まあ、少なくともあなたを害そうとはなさらないでしょう」

「少なくともって……」

「んもう八巻も何を当然の話をするのですか。わたくしはひなた様を愛しはしても害しはしません」


 千尋さんが狐の顔で器用にむくれた。

 だけど僕以外の人については否定しないんだ……。


「まあ、そう言うわけですので思う存分もふもふ姿の時は愛でて差し上げて下さい。骨の髄まで喜びます」

「あら八巻ったら良いことを言いますね!」

「いや骨の髄までって……」


 でもさ、思う存分撫でちゃっていいの? 本当に?

 あなたの主をペット扱いしていいんですか?

 逡巡は一瞬。

 毛並みに指を突っ込んで思い切り撫で回してみたい誘惑に負けた僕は、屈み込んで琥珀色の毛並みに「では遠慮なく」と指を梳き入れた。


「うっわぁ……!」


 感動した!

 何この手触り……!

 思ったまんまにすっごく柔らかくて撫でる手が止まらない。頭を撫でてやれば、狐は気持ち良さそうに目を閉じる。そうしていると癒され、感情が少し落ち着いてきた。

 え、これアニマルセラピー?

 そんな僕を見て、八巻さんがホッとしたように息をついた。


「ついでに明かしておきますと、私もまたあやかしです」

「お宅もかい!」


 ここに来て薄らそうかもしれないって思ってたけど僕は思わず突っ込んで、これまた狐を撫でたおかげで平常心に戻った。アニマルセラピー万歳。

 でもそんな癒しはすぐさますっかり霧散したよ。


 だって今度はさ、妖怪です宣言の通りに八巻さんがおそらくは本来の姿――大蛇に変わったんだよ……。


 とぐろを巻いていても僕より大きな青白い蛇だった。

 辛うじて天井には届かないけど、頭の位置は僕よりずっと上。

 この巨体があのスリムな八巻さんに?

 どう考えても物理法則的におかしいよ! 質量保存とかどうなってんの!?

 いや待てよ、ブラックホールとか中性子星の例があるじゃないか。

 めっちゃ凝縮されてあの細みの体型になっているとしたら……?


「じゃああの見た目で超重量級……」

「無駄な詮索はしない方が身のためですよ、陽向殿?」


 殺気を感じ思案から顔を上げれば、沢山の牙の生えた大きなあぎとが僕を挟まんとしていた。

 アナコンダ他、巨大蛇に呑まれた有名映画の数多の脇役たちの最期が脳裏を過ぎった。


「……にっ、二度と考えませんっ!」

「よろしいでしょう。実に賢明な判断ですね」


 後ろにゆっくりと引かれる巨蛇の頭。

 千尋さんはうっとりと僕に身を任せている。


 ねえちょっとたった今頭上で想い人が世話役に食べられそうになってたんですけど、気付いてました!?


 と、いうわけで、僕の胸に去来する思いがある。


 ――この大馬鹿陽向! 包み隠さず全部説明しろ!!


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