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あやかし狐姫は初恋を所望中  作者: まるめぐ
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第二十三話 河童騒動の終結

 河童は何と人語が喋れる個体だった。

 僕のジェスチャーは徒労だったってわけだ。憤ったものの僕は困った眼差しで河童を見やった。


「初めから喋ってくれれば良かったのに」

「だってあなたとお喋りするのは恐れ多かったんだもん」

「恐れ多い相手を水に引きずり込む方が余程恐れ多いからな」

「でもお喋りできたあ!」

「話聞いてッ!?」


 千尋さんよりも地声が高い河童は小鳥の(さえず)りのような可愛い声で、僕との噛み合ってない会話くらいでいちいち喜んで浮かれて左右に体を揺らした。さっきまでゲッゲッ言ってたゲップみたいなダミ声はどこ行ったよ。

 河童は使えないとわかった酸素ボンベをぺっと川に放り投げた。巣に持ち帰らないんかい!


「こらっ不法投棄は駄目だって!」


 思わず注意すれば河童はビクッと動じてまたも涙目になって急いで取りに行った。


「まさか人の言葉を解するとは驚きですね」


 八巻さんが(あご)に手を当て感心するくらいには、予想に反した言語能力を有しているらしい。


 けど人間に関する常識はなかった。


 何ともちぐはぐだ。

 まあ、妖怪に人間の常識を求めたら駄目だっていい例なのかもしれない。

 何にせよ言葉が通じるなら色々と話は早い。

 ボンベを手に戻ってきた河童へと、とにかく水中は無理だと僕と八巻さんとで人体の仕組みを交えて説明すれば、河童は衝撃を受けていたけど、やがて「もうしないもん。あなたが死んじゃうのは嫌だもん」と反省と納得をしたようだった。


「でもまあ、こうやって空気のある陸上でなら普通に会えるよ」

「酷いことしたのにあたいと会ってくれるのお!?」

「まあ何か用事があれば」


 河童がもじもじっとした。


「わかったもん。逢瀬は陸上で我慢するもん。それかあなたの家のお風呂とかでもいいよお?」

「え、何でお風呂? 水があるから?」

「そうだよお。……一緒に入ろ?」

「…………」


 残念ながら何もグッと来ない。それにこのゆるキャラがうちの風呂にほっこり浸かるのを想像して和んだけど、水風呂だよなって思ったら何となく和みが半減した。


「家の風呂をヌメヌメさせて家族に迷惑を掛けるから駄目」

「ヌメヌメ……」


 河童は悩んだように自らの寸胴な体を見下ろした。

 胸倉の謎は残るけど、どう見てもカエル的な表皮だ。


「わかったもん。じゃあ恥ずかしいけど、こっちだったらいい?」

「こっち?」


 こっちもあっちも何も、河童は河童じゃないのか?

 言われている意味がわからず首を傾げていると、目の前で河童の背中とそこにくっ付いていた甲羅が分離していく。


「は!?」


 いや違った分離じゃない。


「ファスナー!?」


 何と、着ぐるみよろしくってか着ぐるみだったのか、甲羅の縁は見事ファスナー仕立てになっていた。


「これは脱皮なのか? 妖怪ってそうなの!? もしかして八巻さんも着ぐるみ仕様でどっかにファスナーあって脱皮するんですか!? 蛇だけに!!」

「いえ、この河童が特殊なだけです。私は普通に脱皮します」

「脱皮はするんですかいっ!」


 最早混乱の余り、脱皮と着ぐるみのどちらに論点を置いているのかも怪しい僕の前では、開き切ったファスナーのその奥からぬっと何かが起き上がった。


「ぎゃーッまさかのエイリアンの誕生かあああ!?」

「こっちの姿は中身だから、恥ずかしいんだよお。でもお兄ちゃんのためになら我慢するもん」


 そう言った相手を僕は大きく目を見開いて凝視した。

 だって河童の声をしたそれが、普通に人間の少女の姿をしていたから。


「くっ、何てこと! 完全な人型になれるなんて……ッ」


 千尋さんの悔しそうな声が届く。ああ彼女は耳と尾がそのままだもんなあ。

 唖然として見ていると、脱ぎ終えた河童の着ぐるみはこまかい粒子になって消えてしまった。


「え、どういう原理?」

「おそらくはあの着ぐるみもあやかしの本体の一部なのでしょうね。自由意思で出したり消したりできるようです」

「着脱可能な体ってことですか!?」

「はい、ざっくり言えば。千尋様の狐火と似たようなものでしょう」

「へ、へえ、そうなんですか。奥が深いですね」


 河童の少女がゆっくりと僕を見る。

 髪は色素の薄い栗色のくるくるふわふわした猫っ毛ショート。

 肌は千尋さん並みに白く、くりくりした瞳は緑。河童の色だ。


 左耳には大きくて白い円形の耳飾りが揺れている。


 あたかも河童の頭の皿を小さくしたような代物だった。


 いや、もしかして皿なのか? だって頭のてっぺんに見当たらない。

 服装は健康的な長い手足を惜しげもなく披露するショートパンツに袖なしブラウスで、色はパステルグリーン。こっちも河童カラーだ。

 見た目年齢は中二の妹くらいで、そこには傍目にも可愛い系の美少女がお出ましになっていた。


 千尋さんといい八巻さんといいこの河童少女といい、妖怪は美女になるのが定番なのか?


 こりゃよく昔話にある人間の男が惑わされたなんて話も、あながち教訓的な創作だけじゃなく、中には実話も含まれているんだろうな。


「お兄ちゃん、これならあたいとお・風・呂・デ・エ・トしてくれるう?」


 両手を背に回してちょっと前屈みになった河童が、くりんとカールしたまつげをぱちぱちと瞬かせながら小首を傾げるようにした。

 美少女とお風呂デート、か。

 これは何とも年頃男子としてはドキリとする言葉だ。


「無理!」


 だって何か千尋さんと八巻さんが殺気立って僕を見てるし。そそられるかどうかは別として、今「オッケーでーす!」なんて二つ返事で応じたら大蛇さんの餌になると思う。

 河童がショックに目を潤ませたけど、垂れてきた鼻水をすすって我慢の顔になった。


「悔しいけど、今はあたいの魅力不足ぅ」


 そう言って落ち込んだかと思えば、何故か千尋さんの前に駆け出した。


「九尾狐のお姫様、あたいもうお兄ちゃんに悪さはしないから、契約云々は勘弁して下さい!」


 河童は千尋さんの真ん前で膝を突いて左右の指を組み懇願した。

 そう言われればそうだよな。

 僕を襲う危険がなくなったなら、千尋さんが敢えて妖怪同士の契約をする必要はなくなる。


「……八巻さんはどう思いますか?」


 理性的なご意見番たる八巻さんは、意見を求めた僕を眼鏡の奥からじっと見て頷いた。


「はい。血の契約で縛る必要はございません」

「そうですか」


 人間の僕にそこの善し悪しを断じることはできないけど、河童は見るからにホッとしていた。

 傍に来た陽向が「河童ざまあ~」なんて愉快そうに言って僕の肩に肘を乗っけてくる。


「どうしてざまあなんだ?」

「妖怪にとっちゃ庇護さえ得られる格上の主人を持つ血の契約は時に誉れだが、反面意に沿わない物事に関しては契約自体が害にしかならない。血の契約は諸刃の剣なんだよ。その河童の場合は狐女と利害が対立する事案があるからな。契約なんて冗談じゃねえって思ってるはずだ」

「利害が対立する? 妖怪同士の縄張り争い的な何かがあるのか?」


 すると陽向は物言いたげに僕を凝視してきた。八巻さんも。

 千尋さんと河童は目を合わせると無言でお互いに渋い顔を作る。

 皆の態度に疑問を浮かべた僕が何かを問う前に、陽向から両肩をポンポンと叩かれる。


「まっ兄貴には俺が一生付いて安泰な人生を送らせてやるからな。妖怪なんつーゲテモノとは一切合財関わらない方がいい」

「陽向は心配性だな。でもこんな綺麗どころたちを捕まえてゲテモノ発言は感心しないぞ」

「綺麗どころだあ?」


 陽向が明らかな渋面を浮かべる。

 そんな僕たちの横を通って八巻さんが河童のすぐ傍に立った。


「千尋様との契約は不必要ですが、あなたには近日中に人間の生命に対しての禁忌など、基礎的な知識を叩き込んで差し上げます。そこは覚悟するように。……逃げようとしても無駄ですからね?」

「ふ、ふぁい」

「返事は、はい、ですよ」

「は、はい」


 うわあ、教育的指導だよ。

 八巻さんからの冷えた眼差しに、河童はコクコクと首を振って了承の意を示している。千尋さんは文句を言わないから異論はないんだろう。河童はゆっくりと立ち上がると僕の方に向き直った。


「改めて、お兄ちゃんホントにごめんね。これからは楽しいことだけするから、あたいを嫌いにならないでえ?」


 諸々を理解してくれたのなら僕にも突き放す理由はない。


「反省してくれたみたいだし、嫌いにはならないよ」

「ありがとおっ!」


 それまで不安そうな目をしていた河童の少女は一転、くるくるふわふわの髪の毛を揺らしてはにかんだ笑みを浮かべた。

 つぶらな瞳の時も癒されたけど、こういう無邪気な笑顔も和むよな。


「八巻の指導をきっちり理解して、これから先は節度と立場を弁えて行動するのですよ」

「わかりましたあ! 善処しまぁす! …………でも出し抜いてやるもん」


 河童は案外聞き分けの良い子なのかもな。

 ただ、やや俯き加減で最後にボソッと何かを呟いたのは、よく聞き取れなかった。

 千尋さんが頬をヒク付かせたように見えたけど、その疑問を問う前に僕の頬に何かが触れて離れた。


「……え?」


 飛来物かと訝りそちらを向けば、河童の少女の顔があった。

 軽やかにぴょーんと跳ねるようにして一気に距離を詰めていた河童はにこりとする。


「ごめんなさいと親愛の印だよお! えへへそれじゃあ今は帰るねえ。またね素敵なお兄ちゃん!」

「え、あ、うん、またな」


 頬ちゅーを決めた河童は何事もなかったようにひらりと身を翻した。

 きっと今のは挨拶代わりのキスだ。欧米的な河童なんだなー。

 河童のカラカラした明るい様子が余計にその結論を後押しもしていたし、それ以外ないだろうし。

 水際へと走りながら手を振ってきたので振り返せば、河童美少女は白い歯を見せて笑って水面に消えていった。


「ふう、友達になれたみたいで良かった。水中への強制招待はもうないだろうし、一安心だな」

「……あれを友情と思うとは、やはり恐るべし天然力ですね」


 凍り付いたように無言の陽向と千尋さんの傍らで、八巻さんが独り言を口に何とも言えない顔でゆるゆると首を左右に振る。

 僕は無事だし皆も無事……って言っても陽向の怪我は手当てが必要だけどな。

 それでも河童は反省してくれたし、一つ違えば様々な道筋があっただろうけど、今辿り着いたこの顛末がきっと最善なんだろう。


 まあとりあえずは一件落着だ……よな?


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