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あやかし狐姫は初恋を所望中  作者: まるめぐ
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第十九話 救出

 嬉しそうににこにことするちーちゃん。

 約束したからには本当の名前を告げなければと、僕は本名を名乗ろうとして、だけど頭がくらくらして体が傾いだ。

 当然、視界も。

 ちーちゃんの姿が斜め上に流れて、それに疑問を抱いている暇もなく気が遠くなって……――次に気付いたら旅館の布団の上だった。

 家族はもちろん、特に珍しくも陽向が目を真っ赤にして僕を覗き込んでいた。この頃では昔ほど泣き虫じゃなくなっていたから、久しぶりのそんな顔だった。きっと随分泣いたんだと思う。

 まあ今では涙一滴すら見せないけど。嗚呼あの素直さはどこに……。


『兄ちゃん、兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん! 兄ちゃん良かったあああーっ』


 状況がまだ半分把握できないまでも、あの時の僕はどれほど陽向に胸の潰れる思いをさせたのかと、その苦痛を想像すれば今でも胸が痛む。

 当時は疲労感がとにかくMAXで、頭を撫でて「大丈夫」と言ってやる余裕も本当になかったから、余計に不安を掻き立てたに違いない。

 陽向は僕に縋りついて予想通り大泣きした。

 釣られて妹も泣き始めて、泊まっていた和室は一時号泣の大合唱になった。両親は苦笑しつつも彼らも随分と疲れたような顔で、けれど安堵していたと思う。

 そのうち僕は高熱が上がって、医者が呼ばれて、延泊が決定した。

 枕元から全然離れず、ずっと看病をしてくれた陽向に、僕は夢うつつにぽつりぽつりとちーちゃんの話をして聞かせたっけなあ。


 すると、陽向からは何度も何度も何度も、しつこいくらいにそれは夢で、僕は陽向と遊んでいて川に落ちたのだと言い聞かせられた。


 陽向は気付くのが遅れて悪かったと、沈痛な面持ちで僕に重ね重ね謝ってきた。辟易するくらいに口を開けば謝罪の言葉が聞こえてきて、本当にもういいよと言ってもしばらくは全然聞かなかった。

 僕は単純で、そんな様子により一層弟の言葉は真実なんだと思ってしまった。


 熱と薬のせいで意識も明瞭でなかったからか、その言葉をいつの間にか本物の記憶として刷り込まれていた。


 あれは一種の暗示だった。


 僕を思って陽向が施した記憶のすり替え。


 だから今まですっかりちーちゃんは夢の中の存在だと思い込んでいて、それ故に彼女に関して深く考えもしてこなかった。

 得てしてそう言う記憶は薄れいつしか忘れ去ってしまうものだ。

 故に今まですっかり認識の外側にあった。


 しかし僕は僕の時間感覚からすると同日に二度も溺れたショックで完全に思い出した。


 陽向が妖怪嫌いだと知った今なら、僕に暗示までかけた心境がよくわかる。

 僕の身の安全のためにも、傍から妖怪を遠ざけたかったんだろう。

 その思いやりには素直に感謝している。


 でもな陽向、安全は欲しいけど、僕はその方法がベストとは思えない。


 眼裏の全ての像が掻き消え、意識の浮上にゆるりと開けた視界には、予想通り見覚えのある群青色が広がっていた。





 目に入るや脳髄にまで飛び込んでくるように鮮烈で美しいその色合いが、水中で僕を包み込んでいる。


 これって、ちーちゃんの見せてくれた群青の狐火みたいだ。


 見た目は炎にしか見えないから昔もどうして熱を感じないのか不思議だった、あの青紫の狐火。

 揺らめく群青が妙な安心を誘ってまた目を閉じようとしたら、急に何者かの手に顔を掴まれてその何者かの方を向かされた。


 え……。


 そこに僕が見たのは瑠璃色の眼差しで、その人の顔の周りには長くて黒い髪の毛が水流にたゆたって広がっている。着物を着ていて、その袖も髪の毛同様に広がってまるで宇宙空間に浮かんでいるみたいだな、なんて滑稽にも場違いなことを思った。

 極めつけはその人には金色毛の狐耳と尻尾が付いている点だ。


 猛烈に千尋さんだった。


 彼女でしかなかった。


 彼女以外ではあり得なかった。


 ど、どうして彼女がここに!?

 彼女との近距離に思い切り動揺してゴボリと空気を吐き出してしまった。

 ううっ、苦しっ……!


 でもあれ? 直前までは肺に空気があるみたいに苦しくなかったような気がするんだけど?


 窒息しそうで顔を歪めつつも疑問符を浮かべていたら、千尋さんの顔があっという間に近付いた。


 近付いて、そして……――柔らかな唇が重なる。


 ――!?


 合わせられた口から入る空気を僕は享受する。


 は? え? あっこれ人工呼吸も然りな救命的な措置か!


 で、でもさ、息を吹き込んでくれたのって今のが一度目じゃない……よな?

 さっきも苦しくなかったし。

 一体何度救命とは言え僕たちはキスをしたのかと考えたら、爆発するみたいに羞恥が大きくなった。

 間近な瑠璃色の瞳を大きな動揺に染まる僕の黒い瞳が見つめる。

 それにしても、本当に何て綺麗な目だよこの子。

 こんな色の瞳には昔から縁がある。


 近くで見ていると千尋さんなのか、ちーちゃんなのかわからないくらいに同じだ。


 今ここにいるのは実は千尋さんじゃなくてちーちゃんだったりして……なんてな。

 ああでもちーちゃんも成長しているはずで、彼女が大きくなったらきっとこんな感じで……っていつまでキスしてるんだ僕は。もう空気は足りたじゃないか。

 千尋さんだって僕がもう大丈夫って合図しないから口を離せずにいるんだろうし。


 あああ無意識だったけど破廉恥野郎でごめん――――ちーちゃん!


 え……?

 ちーちゃん……?

 咄嗟に出た彼女への呼称に、僕は自分で呆然となった。

 その間頬が(くすぐ)ったかったのは水中をたゆたう彼女の髪の毛の仕業だ。

 不自然に固まった僕の様子に気付いてか、千尋さんはようやく顔を離してくれたけど、僕は愚かにも半開きの口から折角もらった空気をうっかり吐き出しそうになった。

 慌てて手で口を押さえて空気の流出を止める。


 最早ギンギンにはっきりした意識下で周囲の把握に努めれば、僕を中心にして付いたり離れたりしながらゆらゆら揺れるのは、やっぱりちーちゃんが見せてくれたのにそっくりな群青色の狐火たちだ。


 でもすぐ傍にいるのはちーちゃんじゃなくどう見ても千尋さんだ。


 千尋さんもちーちゃんと同じ色の狐火を出せるのか?


 狐火の色も個性だってちーちゃんからは聞いたことがあったけど……。

 直前までの狼狽もあって一体全体どういうことだって余計にこんがらがった僕がそれ以上を考えるより前に、ふと妖怪魚の姿が目に入った。


 まだいたーーーーっ!


 撃退してないんだからそりゃそうだとは思いつつ、指差しして必死に千尋さんに脅威を知らせるも、千尋さんは何だか妙に色気ある顔で恥じらいの表情を浮かべていた。

 いやまあそれは僕だって助けるためとは言えキスされて何も感じないわけじゃないし、平時だったらそうなるのもわかるけどっ、わかるけど……っ!


 状況ーーーーッ!


 僕と千尋さんが争って隙が出来たとでも思ったのか、妖怪魚は水を裂くようにしてこっちに向かってきた。


 来たしーーーーッッ!!


 ぐああっと大きな口を開けて迫り来る恐怖の凶魚にさすがに今度はがぼっと空気を吐き出してしまった。

 河童はぬめぬめで咽越し良かったかもしれないけど、僕は食べても美味しくないっ美味しくないぞおおお!

 他方、千尋さんはキョトンとしている。


 何で慌てないんだ!? お嬢様は僕以上に危機感が薄いってわけ!?


 極めつけとばかりに妖怪魚が更にあんぐりと口を開いた。

 最早河童の突進時のように突き飛ばしてどうこうなるレベルでもなく、どう足掻いても射程圏内からは外れない。このまま二人で食べられてしまう未来しか見えない。

 僕は無力なんだって今回の襲撃で痛感した。

 正義のヒーローみたいには護れない。

 けど、それでも、せめて少しでも……!

 僕は彼女を引き寄せ深く抱きしめた。怖いものが見えないように頭を抱き込むようにして。

 位置も入れ替え牙が当たるなら僕で済むように背を晒す。

 押し付けられるような濃密な水流を肌で感じれば、ぎゅっと両腕に力を込めた。

 きっと彼女は見兼ねて助けに来てくれたんだ。


 なのに、こんな風になってごめんな。


 僕はもうさっきみたいに妖怪魚の目を睨みつける勇気もなくてギュッと両目を瞑った。


 ――わたくしを食らおうなどとは、笑死!


 水の中なのに、そんな千尋さんの声が聞こえた気がした刹那、肉薄していた妖怪魚が大きな(つち)で突き出されたかのように勢いよく吹っ飛んだ。


 沢山の水の尾を引いて水面から高く打ち出されただろうそいつは、そのまま落下し石だらけの川原に強く打ちつけられ、水辺から遠ざかる方向に更に数回跳ねて転がった。

 妖怪だろうと魚類の例に漏れずビチビチと陸地で跳ねる様を、僕は気付けば水面に肩口までを出して放心したように眺めていた。

 妖怪魚のせいで引き起こされた水流に乗って、運よく足が付く場所まで移動もしたらしかった。

 もちろんちゃんと千尋さんを抱いている。

 離したりしてなくて良かった。


「な、何がどうなって……? 狐火みたいなのも消えてるし」


 苦笑うにも笑えず不格好な引き攣った表情の僕が見下ろせば、今までで一番顔色も良く瑠璃色の目を生き生きと輝かせた千尋さんは、少し上体を離すと小さく掲げたその白魚のような手に群青色の狐火を一つ出現させ、掌上に浮かせた。

 まさに手品のような光景に僕が絶句していると、彼女は僕を見て艶やかな笑みを浮かべる。


「うふふふ、今のはひなた様とわたくしの初めての共同作業です」

「はい?」


 どう考えても言われている意味がわからない。共同作業?


「これはわたくしの命の源でもあるわたくしの狐火です。狐のあやかしは得てしてこのような狐火を有するのです」


ああ、それは知ってる。思い出したからな。


「そして、先程の一連のアレでひなた様の中に入れた狐火をようやく一尾分だけ戻せました。ひなた様はどこか御加減が悪いなどということはございませんか?」

「な、ないけど、特には……」

「それは良かったです。これなら残りの狐火の回収にも支障はなさそうですね」


 内容の意味が全くわからない。残り? 回収?


「ええと、狐火を僕に入れたってどういうこと?」


 彼女が言った「一連のアレ」にも何か意味があるのか気になるところだけど、ここは順序よく疑問を解決していこう。

 抱きしめていた腕を解きつつやや目を白黒させる僕に向かって、千尋さんは「一度岸に上がりましょうか」と赤い唇を笑ませ、今度は逆に彼女が僕の片腕を抱きしめるようにした。

 疑問が渦巻くものの、促されて川から上がった僕は、腕を組んでくる千尋さんと一緒に妖怪魚の傍へと寄る。


「水中でもまあわたくしの敵ではありませんでしたけれど、ここに上げてしまえば尚のことですね。まな板の上のあやかし魚です」


 アハハそこは(こい)じゃなかったっけ?

 ダンプカーくらいはある黒い妖怪魚を改めて眺める僕は、内心ビクビクしながらも千尋さんを庇うようにやや前に出る。


「んもうっ、さっきといい、ひなた様は本当に乙女のツボを的確に突いてくるのですから」


 千尋さんがちょっと悔しそうに何かを言ったけど、声が小さくて聞き取れなかった。


「兄貴!」

「千尋様!」


 そしてこれも当然と言ったら当然だけど、陽向と八巻さんが駆けてきた。


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