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あやかし狐姫は初恋を所望中  作者: まるめぐ
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第十七話 合流

 川辺に沿った僕と八巻さんは横たわる大きな岩と木々を回り込み、蛇行する川の上流へと進んだ。

 そこで見たものは予想通りの小さめの滝と、その落差を滑るように落ちてきた清涼な水を湛える滝壺だ。

 深みへと続いていく手前の浅瀬には、捜していた二人の姿もあった。

 水が掛からない川原に上がった所には、緑色の妖怪――河童の姿も。

 僕は河童を見てほんわ~と気が緩む余裕もなく……というかそっちをよくよく見ている余裕がなくて、全くの予想外の光景に八巻さん共々一時言葉を失くしてしまっていた。


 見ている先で、水気を含んで少し色の薄くなった鮮血が、ポタリと川面に落ちる。


 浅瀬に立つ、陽向の指先から。


「ひ、なた……?」


 口から無意識な掠れた呟きが零れた。

 それがハッと我に返る呼び水になった。


「陽向! 怪我したのか!?」


 最早状況把握は半分で、僕は血相を変えて飛び出していた。

 鋭い声とジャリジャリと石を踏み付けて駆ける僕に気付いた三者が一斉にこっちを向いた。何事かを言い争っていた彼らは、自分たちの声と水音のせいか僕たちの接近に気付いていなかったらしい。聴覚の良い千尋さんですら気付かなかったのは意外だったけど、それだけ言い合いに夢中になってたのかも。

 陽向も千尋さんも河童……の方までは生憎よく見てなかったけど、二人共驚いた顔になった。


 僕を追うようにして八巻さんも軽やかに動いて、僕たち二人は向かい合う陽向と千尋さんのちょうど中間に割り込む位置に立った。


 半袖シャツから伸びる右腕を一部赤くしている陽向は全身濡れ鼠で、足元だけを濡らす千尋さんに怪我はないようだけど、体調の悪い所に無理をしていたに違いなく、顔色は今にも倒れそうなくらいに青白い。

 二人共心配に値するレベルで僕の精神を揺さぶった。


「一体何があったんだよ」


 陽向を向いて問えば、弟は血の滲む腕の傷を逆の手で隠すように押さえながら、千尋さんを、いやその後ろに庇われるような形で座り込んでいる河童をキツく睨んだ。


「兄貴は下がっていてくれ。今は妖怪退治の真っ最中なんだ」

「妖怪退治?」

「そうだ。そこの河童だけは葬っておかないと気が済まない」

「まさか河童と戦って怪我をしたのか? 八巻さんには及ばずともあの癒し系の見た目で実はそこそこの猛者だったってわけ?」

「違う。あんなのに俺が苦戦するか」

「そう? まあとにかく傷を見せて」


 浅瀬の陽向の傍に行き、押さえる手を外させて傷の具合を慎重に覗き込む。


「結構切ってるけど、血が止まらないのか?」

「動かすし水に濡れるからちょっと開いたり乾かないだけで、ほとんどは止まってるよ。傷だって案外深くない」

「……ああホントだ。でもどうしてこんな怪我なんか?」

「不注意で川の石で切っただけだ。だから心配しなくていい」


 よくよく見れば陽向の言った通りで、縫う程でもなかったのに僕は少し安心した。

 ホッと息をつく僕の顔を、弟は直前までの尖った気配を潜めじっと見つめてくる。


「兄貴、本当に無事だったんだな」


 そう言ってこてんと僕の肩に額を乗っける陽向。

 当然、表情は見えない。

 陽向の髪の毛から移った水気がじわりと肩に染みるのを感じたけど、元々生乾きだし少しも不快には思わなかった。


「マジで良かった……」


 耳横で安堵の深いため息が聞こえ、何だか申し訳ない気持ちと温かい気持ちで一杯になった。何となくそうしたくなって、弟の湿った頭に手を置いて撫でてやる。


「心配掛けてごめんな? お兄ちゃんはほらこの通り大丈夫だから」

「ああ……」

「怪我の手当てもしないとだけど、その前に、今どんな状況か説明して? どうしてお前が浅瀬に入ってるんだ? 普通は河童が水中じゃないの?」

「だからだよ。河童を川に戻らせないようにしてるんだ」

「え、何で?」

「河童の弱点は頭の皿だ。それが割れるか乾くかすれば面倒な攻撃を仕掛けなくても自滅してくれるだろ」


 弟の河童死亡予告宣言に、僕の視線はその当の河童へと向いた。

 いつ水中から上がっていたのかは知らないけど、弟から死亡フラグを突き刺されている河童は干からびたマンドラゴラを彷彿とさせる顔をしていて、折角のつぶらな瞳も潤いを失しつつあってか、つぶらじゃなかった。


「ええと僕のために河童を懲らしめてくれてたんだろう? きっと河童も反省してるだろうし、ここは見逃してあげよう。な?」

「懲らしめるって……兄貴はホント発想が甘ちゃんだな。言っとくけど俺は兄貴を二度も殺しかけた妖怪なんぞに慈悲を掛けるつもりは毛頭ない。今日ここで始末する」


 陽向からは断固とした意思を感じた。

 僕のためなんだろうけど、僕はこうして無事でいる。

 それに、どう見てもこの場の三者の立ち位置が、千尋さんが河童を庇っているようにしか見えない。

 一方の千尋さんは千尋さんで、僕を見つめて口元を両手で押さえて涙ぐんでいた。


「ひなた様本当に御無事で良かったです。八巻ありがとう。わかってはいても、こうしてこの目でお姿を拝見するまでは本当はどうにも不安でした」

「私は千尋様からの彼を護衛するという指示を守っただけですよ。当然の仕事なので感謝の言葉は必要ありません」

「ふふ、八巻はこういうところで謙虚ね」

「それほどでも」


 冷静な口調で八巻さんは受け答えしてるけど、アハハ半分危なかったですから!……とは言わないでおく。無駄な口を叩いてしまって大っきな蛇さんから丸呑みされるのはご遠慮願いたい。

 千尋さんは感動もひとしおだったみたいだけど、僕たちの方に一歩進み出た。


「あの、ひなた様、お兄様を説得して下さい。この河童はもう金輪際あなたに害を成さないとわたくしが保証致します。あやかし同士の主従契約を結びますので」

「主従契約? 八巻さんとみたいな?」

「いえ、八巻とはそういうものは結んでおりません。八巻のことは血で縛りたくはないですから」

「血で、縛る?」

「はい」


 よくわからないといった顔をする僕を見兼ねたのか、陽向がまだ訴えを了承していないながらも説明をくれる。


「妖怪同士はそれぞれの血を介した血の契約ってのをすると、主人の意に添わないことは出来なくなる。行動が契約の呪によって強制的に制限されるんだ。破ろうとすれば苦痛を味わうし、それでも続ければ最悪死ぬ」

「えっ」

「そうやってじゃないと統率が取れない妖怪共も多いってわけだ。これじゃ契約もなしに飼い主に従う犬のがまだ御利口だよな。全く妖怪ってのはどうしてこうも野蛮なんだ」

「腹の立つ言われようですけれど、実際一部はそういう者たちがいますから、否定はできませんね」


 千尋さんは陽向をじろりと可愛い顔で睨みつつも反論はしなかった。

 へえ、そういうものなんだ。妖怪の世界って興味深い。


「陽向、ここまで言って千尋さんが止めるんだし、これ以上はよそう?」

「兄貴はどこまでお人好しなんだよ。そいつに二度も溺れ死にさせられそうになったってのに」

「二度……? この河童に襲われたのは今回が初めてのはずだけど?」


 怪訝になる僕の様子に陽向はハッとして唇を噛んだ。


「何でもない。契約をしようとすまいと俺はそいつを赦せないってことだ。そいつを庇い立てするそこの狐女もだ。そこのお付きの蛇女も邪魔する気なら相手になってやるよ」

「ちょっ陽向! 千尋さんに酷いことを言うな。お前には彼女を傷付けてほしくない。それに八巻さんは直接の僕の命の恩人なんだ。失礼な発言はお兄ちゃん怒っちゃうよ」

「……なぁにがお兄ちゃん怒っちゃう、だ。蛇女、兄貴を救ってくれた恩には感謝している」


 陽向は不承不承とは言え矛を収めてくれたようだった。だけどぶっきら棒な口調には僕も苦笑を禁じ得ない。素直なのかそうじゃないのか。

 ついついくすりとしてしまうと、僕の笑いに釣られ空気が幾分和らいだようだった。


「陽向、今回はお兄ちゃんに免じて赦してくれないか?」


 陽向は僕を見つめてしばらーく黙っていたけど、深くて長い溜息を吐き出すと「わかったよ」と頷いた。


 良かった。ひとまずこれで一件落着だ。

 早く家に帰って陽向の手当てをしてやらないと。

 千尋さんだって休ませた方がいいだろうし。


 しかし油断大敵とはよく言ったものだ。


 僕たちの隙を見逃さなかったのは干からびたマンドラゴラ、ああいや違った、河童だった。


 跳ねるように起き上がると、相討ち覚悟の最後の一撃だぜーっと言わんばかりの猛烈な勢いでこっちに突進してくる。


「うわあっ!? 何でこっちなんだよ! ここは普通隙ありって誰もいない横とかに逃げて水面を目指すんじゃないのかーっ!」


 ああそうか、まだ千尋さんと血の契約だかを結んでいないから、やるなら今でしょってわけだ。

 河童は進路に居た千尋さんにぶつかるも彼女には一切目もくれない。つぶらな瞳はめっちゃ血眼の三白眼になっている。

 あたかも、何かに焦り切羽詰まって必死になっているようだった。


 怖い! 何かすんごく怖い! でも何でそこまで捨て身って言うか追い詰められた顔してるんだよ!?


「兄貴は下がってろ!」


 陽向から押されたけど、傷が痛んで力が弱まったおかげで僕はその場に踏ん張れた。


「陽向こそ無茶するなっ!」


 当事者は僕と河童なんだ。

 大体にして大事な弟をこれ以上の危険に巻き込むなんて冗談じゃない。

 河童が地を蹴ってこっちに跳躍し、僕は弟を逆に岸の方に突き飛ばして一人その軌道上で待ち構えた。


「兄貴!」

「ひなた様!」

「陽向殿!」


 直後、体当たりの衝撃を受け止め切れず僕は河童もろとも滝の方へと吹っ飛んだ。


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