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あやかし狐姫は初恋を所望中  作者: まるめぐ
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第十二話 犯人は河童

 僕はさっきからずっと無言で河童と対峙していた。

 川面から半身を出しているそいつは、どうしようもなくつぶらな瞳で僕を見ている。


 つぶらな、瞳で…………ああ和む~。


「っていやいや見た目に騙されるな僕!! 相手は人に仇なすタイプの凶悪な妖怪じゃないか。僕は殺されかけたんだぞ!」


 気をしっかり持てと自分に言い聞かせる。

 僕の心中なんぞ知ってか知らずか、河童はまるで一秒だって目を離せないとでも言うように僕をじいいーっと見つめている。


 つぶらな瞳で…………ほんわ~。


「ってくっそおおおっまた和んじゃったじゃないか! 憎めない姿形って卑怯だあああ!」

「では絞め殺しましょうか?」

「絞め!?」


 八巻さんが綺麗な顔をしてだいぶ物騒な台詞を口にする。


「いやいやいや動物愛護の精神を……っ!!」

「動物ではなくあやかしですよ。危く土左衛門になるところだったというのに随分とお人好しですね」

「うっ、それはそうなんですけど、どうにも憎めないと言いますか」

「今見逃せばまた狙われますよ?」

「それも困りますけど、でも殺生はなあ……」


 今日帰ったら真っ先に陽向に撃退方法を教えてもらうしかない。


「そうだ、話し合ってみるとか……?」

「人の言葉が通じるとは思えない知能の低さ際立つ容姿ですから、無駄でしょう」

「そ、そうですか」


 八巻さんにはアレが可愛いっていう認識はないのか。

 妖怪と人間の感性ギャップなのかも。

 河童は妖怪として遥か格上なんだろう八巻さんを警戒してか、こっちには決して近付いて来ようとしない。


「今日の所は見逃してあげましょう。とっとと失せなさい」


 八巻さんの飛ばした高圧的な声に河童はビクついて顔の半分までちゃぷっと水面に隠す。

 でぇもぉ、そのくるんとした瞳は僕に釘付けだ!

 ハッハッハッ懐かれたかな~…………――って何で!? 理由はッ!?


「や、八巻さん、僕って妖怪サイドからするとそんなに殺したい程ムカつく顔してます? もしくは食料として美味的な」

「まあ、私でもお腹が空いていれば丸呑みしますね」


 丸呑みしますね……丸呑みしま……丸呑み……丸呑み……丸呑み……。

 強烈なリフレインが脳内を駆け巡った。

 直感に従い八巻さんの発言の真意は考えない。


「あの、僕気分悪いのでそろそろ帰りたいんですけど、ここがどこだかさっぱりわからないですし、八巻さんのお力をお貸し頂けませんでしょうか?」

「元よりそのつもりですが、河童(アレ)はどうしますか?」

「……もう放置で」


 可愛いぬいぐるみにがぶがぶ(かじ)られる血みどろの惨劇もごめんだ。

 とにかく今すぐこの場を立ち去ってできるなら家の布団の中で丸まりたかった。


「わかりました。ここはまだ私共の世界ですので、他のあやかしにちょっかいを掛けられる前にさっさと移動してしまいましょう」

「あ、え、ここって妖怪の世界なんですか」


 僕は改めて周囲を見回した。

 渓流釣り好きの穴場スポットみたいな川の両側は森。

 どこまで続いているのか、人間の世界の自然と変わりないように見えるけど、妖怪の世界なのか。


 言うまでもなく、初めて来た場所……のはずだ。


 でもここは……。


 何故か既視感が込み上げる。


 この少し上流に行けば小さな滝がある……ような気がしている。

 どうしてか……。

 うーん、直前までの夢の影響?


「さてそれじゃあ行きましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 僕がこの場から居なくなると悟ってか、河童が焦ったように川を泳いでくる。

 けれどそれも八巻さんのひと睨みでビクッと動きを止め怖気付いたようだった。


「ふん、その程度の覚悟でこの少年をどうこうしようとしていたとは、笑止」


 八巻さんからのあからさまな侮蔑の言葉に、河童はつぶらな瞳を潤ませて悔しそうに全身をプルプルさせた。


「な、何アレ! 可愛いんですけど!」

「行きますよ?」

「え、あ、はい」


 ああもう絆されるな僕!

 気を取り直して八巻さんが差し出してきた手に手を重ねる。

 直後、靴裏の感覚が遠のき、周囲の視界が歪み或いは高速で通り過ぎた。


「着きましたよ」


 我に返れば、僕は薄暮の通学路に立っていた。


「え? ここってバス停?」


 てっきり学校に戻るものと思っていた。しかも思っていたより時間が経っていなくて驚いた。てっきりもうとっくに夕刻が進んでほとんど日が暮れているかと思っていた。

 川原の空がそうだったから。


「ああ、気が利かずにすみません。河童が繋げた道はどうにも狭くて使う気になれず自分で繋げた道を渡って来てしまいました。学校に戻れば良かったですね」

「えっいえここで十分ですよ。こっちに帰れただけでも(おん)の字です!」


 まだ慣れない空間移動術に若干乗り物酔いのようなものを感じつつ、呼吸を整える。

 ポタ、と襟足に水滴が滴った。

 ……そう言えば濡れたままだ。

 水を吸った制服はもう水溜りを作る程飽和状態じゃないけど体に貼り付いて動き辛い。

 一応直前までは八巻さんが人払いの妖術でも使ってくれたのか、ようやく通行人がちらほら見え出した。僕たちをギョッとした目で見てくる。いくら暑いとは言え頭から水を被って歩く学生なんていないだろうし、奇異に見えて当然だ。

 一緒にいる美人秘書風の女性との関係も気になる要素だろう。

 だって僕だったら猛烈に気になる……!

 このまま帰るのは目立つだろうけど仕方がない。一旦家で着替えてから、廊下に置き去りになっているはずの鞄を急いで取りに行かないとなあ。変に悪戯されてないといい。

 つらつらそんなことを考えていると、八巻さんがスッと頭を下げた。


「それでは私はこれで。河童の方は牽制しておきましたし、しばらくは大人しくしているでしょう」

「わかりました。八巻さん、今日は本ッ当に色々とありがとうございました」


 深い感謝を込めて僕も頭を下げる。


「いえお気になさらず。それと、河童の未熟な道繋ぎの影響で少々時間がズレてしまいましたが大丈夫ですか?」

「え? 全然大丈夫ですけど……?」


 そんなに経っていないみたいだしな。


「そうですか。ではこの次は千尋様の元にお連れ致します。近いうちにまたお会い致しましょう」

「はい」


 ほんの瞬き後、そこに八巻さんの姿はなかった。


 濡れネズミで帰宅したせいか何故かとても母親と妹に驚かれつつ、帰宅の挨拶もそこそこに着替えを取りに自室へ向かった僕は、ポカンとなった。


「あれ、鞄がある」


 もしかして気を利かせた八巻さんが妖術で送ってくれたとか?

 学校に戻らなかったのを気にしてたしな。

 こういう細かい親切を自分から口にするタイプじゃなさそうだから、今度会った時にお礼を言っておこう。急いで取りに行く手間が省けて良かった。


「川の水被ったんだしシャワー浴びよー」


 そう決めて着替え一式を手に脱衣所へと直行し、濡れた制服ズボンのベルトに手を掛けながらハタとあることに思い至る。


「そういえば陽向の姿を見てないな。鞄はあったけど部屋にはいなかったし、コンビニにでも行ったのか?」


 疑問には思ったものの、早いとこシャワーでさっぱりしたかった僕はベルトを抜き取ってズボンを半分下ろし――


「陽向殿!」

「ぬわあっ!?」


 ――たところでの突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に腰を抜かした。

 だっていきなり壁から出てきた。


「陽向殿ッ……ってああ違いますね、ここでは偽る必要はありませんでした」


 脱衣所に突然現れたのは、何とさっき別れたばかりの八巻さんだった。

 酷く動揺した様子で血相を変えていた彼女は、僕のあられもない姿を見ると、


「……こんな非常事態に何を呑気に半裸になど」


 氷点下の眼差しになる。


「えええ何か理不尽な言われよう! ……って、非常事態って何ですか?」

「――千尋様が屋敷からいなくなりました」

「え!?」

「とにかくご同行願いますよ」


 そう言って八巻さんは犯人確保よろしく強制的に僕の両手首をがしりと掴む。


「え、まさかこのま…」


 揺らぎぐるりと回る視界。


 うっそだろおおおっ!?

 驚きと動転に内心で頭を抱える僕が思うのはたった一つ。

 せめてズボン上げさせてくれ!!





 大蛇の妖怪と共にバケモノ道へと少年が消えた森の川辺。

 緑色の可愛らしい河童は水から上がるとペタペタと川原を歩いて大きめの石の上に腰かける。

 着ぐるみのような寸胴で、ペンギンとまではいかないがそれに近い歩行だった。

 水中とは違い陸上は不得手なのかもしれない。

 見れば見る程着ぐるみっぽい外見をしている河童から黒い負のオーラが立ち昇っている。


 河童は突然ダンッダンッダンッと地面に足裏を打ち付けた。


「もう少しだったのに、もう少しだったのにっ……!」


 唸るように紡がれた声はどこかくぐもって聞こえるが、女性のハスキーボイスのようでもあった。

 そのまましばらく、河童は座ったまま地団駄を踏み続けていた。


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