99.人の子に凶器
実家を後にした俺達は、日本旅行を再開した。
日本の中部地方と関西地方を巡り、中国地方へと流れる。また宿を転々として、観光地に行ったり、キャンプしたり、時々悪い人に絡まれたり、警察に補導されそうになったりと、危なっかしくも楽しい旅ができたと思う。
二〇三五年八月。
季節はすっかり夏となり、毎日暑い日差しと蝉の声に悩まされ、テレビでは高校野球が盛り上がり、お盆休みで大渋滞が起きている。
ブレイバーだって暑いのは嫌で、車のエアコンはフル稼働だ。
でも夏と言えばと、海や夏祭りに行きたいと彼女達は我儘を言ってくる。
あれから何か事件に巻き込まれるなんて事はないし、遊べる時に遊んでしまえと俺は思い、昨日は偶然通り掛かった下町の夏祭りで浴衣を着て、屋台や出し物を楽しんだ。そして今日は、海岸へと車を進めて行く。
彼女達、特にブレイバーにとっては、ほとんど初めての海水浴らしく、大はしゃぎしていた。
水着は現地調達となり、皆が各々で水着を選び合って購入して、そのまま更衣室へと行ってしまった。
俺も適当に海パンを選んで買って、車内でパパッと手早く着替えてしまい、後は女性陣が出てくるのを待つのみとなった。
一見、男一人と女六人の花いっぱいな旅路を聞いたら、羨ましいと思う人もいるかもしれない。でも時折、男同士の会話ができない寂しさがある。
一人で待っている中、こんな事ならクロードやジーエイチセブンを連れてくるべきだったかなとも考えてしまう。
そんな時、再び俺のスマホに下村レイから電話が掛かってきた。
『生きてるかい?』
「暑くて死にそう」
『ふふ。おかしな奴だ』
「それで?」
『プロジェクトゼノビアをやっている人間と接触できたよ』
「やっとか」
『今回のブレイバーは、君が召喚していたブレイバーとは毛色が違う事が分かった。彼らはプロジェクトゼノビアでクリエイト、量産され、それを作ったプレイヤー本人がブレイバーとなる。面倒なブレイバーの意思思考を排除した……極めて効率的な人間兵器になるね』
「なんだよそれ」
『何らかの方法、それこそ異次元の力でその存在は隠蔽されていて、大きな騒ぎにはなってない。この情報を提供してくれた人は、命懸けだったと聞いてる』
「何の為にそんな事を?」
『それは分かってない。その唯一の情報提供者も消息を断ってしまった。最近は妙な精神病で入院する者や、行方不明者も急増していてね。恐らくこのゲームが原因と睨んでる。何らかの目的の為にプレイヤーがブレイバーとなって戦い、負ければ人間として終わる。今分かっているのはそれだけ。なので割り出した戦闘予測箇所に、クロード達を出動させて巡視させている』
「分かった。また何かあれば連絡が欲しい」
『りょーかい。それと、ここからが本題』
「またか」
『ミーティアをそちらに向かわせた。今から教える端末に、現在地情報を送信してやってほしい』
「……分かった」
『そろそろ、君たちを探す動きもあるみたいだから、気をつけて。それじゃ』
通話が終わり、すぐに端末情報が送られてきたので、現在地情報の共有を許可した。
そろそろ着替えも終わったかなと砂浜に向かうと、海の家の前にいる女性集団が俺に手を振ってきた。
彼女達が選り取り見取りで選んだと思われる水着姿を、しっかり堪能させてもらうとしようか。
「私こういうのあんまり似合わないから……あんまり見ないでたっくん」
と、黄色のフリルビキニの上に可愛い熊の絵柄が入ったラップタオルを羽織った千枝が言う。
タオルの隙間から見える千枝の肌には、生々しい傷跡があって、千枝はそれを隠そうとしている素振りだ。
「なんじゃ千枝。もっと堂々としなんし。琢磨の正妻じゃろ」
と、大胆な白クロスホルダービキニのワタアメがパラソルを立てながら言った。
「支援。千枝の分まで私が見せる」
と、千枝と同じ色のワンピース水着を着たオリガミが俺の腕を掴む。
「先輩……どうですか?」
と、控えめな青のハイネックビキニで恥ずかしそうにしているアヤノ。
「なんなんだこれは! わしだけ人間の子供みたいではないか!」
と、スクール水着の朱里が怒ってる。
なんだか彼女達を見てると、こっちまで恥ずかしくなってきた。
とにかく何か言ってあげなければという思いで、声を掛けてみる。
「みんな似合ってるよ」
と。
そして遅れて登場したのは、赤の三角ビキニ姿に、麦わら帽子を頭に被ったサイカだった。
海風をじっくりと感じながら、波打ち際をゆっくりと歩いて近づいてくるサイカは、俺と目が合った事でニッコリと微笑んだ。
それはもう、女神の様に美しい姿……と言いたいところだけど、俺はサイカの胸の谷間に目が行ってしまった。男として自然の現象という訳ではなく、そこにまるで心臓手術を受けた跡の様な、痛々しい傷跡が付いていたからだ。
しかも普通の傷跡では無い様で、少し紫色で、中から僅かにコアの先端の様な物が飛び出ている。明らかに他のブレイバーとは違う姿だった。
俺はクロードからの伝言の意味を、この時初めて理解する事になる。
俺の視線に気付いたサイカは、少し恥ずかしそうにして手でそれを隠しながら言った。
「これか? これは……そうだな。少し頑張り過ぎた代償だと思ってる」
「じゃあサイカもそれが何なのか、分かっていないのか?」
そう聞くと、サイカは頷いた。
本来、ブレイバーは傷を負っても、それが例えどんな大怪我であっても、原状回復能力で元の姿に戻る。俺はこんなキャラクタークリエイトをしていないし、ゲームの仕様でも無かったはずだ。
(興味深い現象だ。きっとレクスとの戦いで、彼女は何かを超えてしまったのだろう)
じゃあ、このサイカの胸に刻まれてるこれは……力を使い過ぎた代償とでも言うのか?
考え込んでしまった俺の顔面に、ビーチボールがぶつかった。
投げて来たのはワタアメ。
「女の恥ずかしいところをマジマジと見るでない。このムッツリスケベが」
「やりやがったな!」
と、俺はビーチボールをワタアメに投げ返す。
ワタアメはそれを蹴り返して来て、また俺の頭に直撃した事で、周囲に笑いが生まれた。
その楽しいムードに乗って、アヤノが海へと駆け出して、それに続いてワタアメとオリガミも冷たい海水の中に飛び込んでいく。
照り付ける太陽光と、海から運ばれてくる風に逆らいながら、冷たい塩水に足を浸ける楽しさを彼女達は味わって、そして互いに水を掛け合って笑っていた。
そんな人間らしい一面を見せるブレイバーを見ていると、実は彼女達も普通の人間なんじゃないかとまで思えてくる。
アヤノがずぶ濡れになりながら、
「こっち来てくださいよー」
と、手を振ってきた。
「行くか」
と、俺はサイカと千枝と朱里に声を掛ける。
千枝は頷いて、勇気を振り絞ったかの様に、身体を隠していたラップタオルを外して、そして海に向かって歩き出した。俺とサイカは千枝に足並みを揃えて、歩みを進める。
朱里は駆け足で俺たちを抜かして、海に飛び込んでいったが、その冷たさに驚いて引き返そうとした。が、ワタアメに引っ張られて浅瀬に引き摺り込まれて行った。
それからしばらく、浅瀬での水遊びに没頭する事となった。
水の掛け合いから始まり、ビーチボールを使ってのぶつけ合い対決。飽きて来たら砂浜で砂遊びして、海の家で焼き蕎麦とかき氷を食べる。なぜか俺が砂に埋められて、彼女達に好き勝手遊ばれ笑われる。
遊び疲れて、朱里が酒を飲み始める頃には、みんなパラソルの下に集合してレジャーシートの上で寝転がった。
空に広がる入道雲を見ながら、千枝は言う。
「ねえたっくん」
「ん?」
「昔、映画を一緒に見に行った事、覚えてる?」
「ん、ああ、サイカと一緒にブレードオブサイカを見に行ったやつか」
「そう。あのね、あの時ね……たっくんとサイカを、最後まで守ってくださいって神様にお願いしたの。だから今こうやって、二人とも無事でいてくれて、こうやって一緒に旅が出来てる事、とっても嬉しい」
そう言って千枝は、右手を空に向けて伸ばし、その薬指に付けてる指輪を輝かせた。
俺も右手の薬指に付けたお揃いの指輪を見ながら、
「千枝も、朱里も、ワタアメも、アヤノも、オリガミも、サイカだって、みんな命の危機を乗り越えてここにいる。俺にとっても、こんなに幸福な事はないよ」
と、語ってみた。
するとワタアメが笑って言う。
「このままずっと逃げ続けても、面白いかもしれんの」
確かに、そうかもしれないと思った。
再び何かの戦いに巻き込まれ、みんなが傷付くくらいならば、このまま逃避行を続け、何処か遠い国に行ってしまうのも有りではないか。
そんな事を考えてしまった。
俺の思考を読んだかの様に、サイカが口を開く。
「私は、琢磨と一緒なら、何処へでも」
アヤノも続く。
「私もできる事なら、戦いたくないかな……て、思います。もう敵がいないのなら、尚更」
次に朱里とオリガミ。
「前に琢磨が言っていた謎のゲームとやらも気になるが、わしらが首を突っ込む事でもないだろう」
「肯定。戦闘は避けるべき」
満場一致で、このまま逃避行を続けるという選択肢が選ばれた。
本当に良いのだろうか、BCUは今でも頑張ってるっていうのに……本当にこのまま逃げてしまって、許されるのだろうか。
俺にとって気掛かりなのは……プロジェクトゼノビア。
もし本当にそんな漫画みたいなゲームが行われてるとして、俺達に止める術があるのかも疑問だ。
何をどうしたら良いのか分からないから、変に首を突っ込んで誰かが傷付くくらいであれば、このまま逃げてしまえ。と思うのは、卑怯と言われてしまうだろうか。
ヒグラシが鳴く夕暮れ時、海での遊びを充分に楽しんだ俺達は水着から普段着になり、車でその場を後にする。
今日の宿泊予定先はここから割と近くにある旅館を予約しているので、いつも通りの夜を過ごす事になるだろう。
そんな事を考えた矢先だった。
俺を含むブレイバー全員が、遠くに見える『異変』に気づいてしまった。
場所は丘の上にある学校。ナビによればそこはこの地域の高校の様で、そこが紫色の結界の様な物に囲われているのが見えた。
「なんだあれ……」
と、俺が言葉を漏らしながら一旦車を路肩に駐車する。
俺や朱里を含むブレイバー達は全員それに目が釘付けとなっている中、助手席の千枝だけは分かっていない様子だった。
「え? え? なに? どしたのたっくん?」
「千枝、あれが見える?」
と、俺は結界の方角を指差す。
「学校が見えるけど……違うの?」
千枝にはアレが見えていない。つまり、これは人間には見えていない現象なんだ。
そういう事であれば、確かめに行くしか無いじゃないか。俺は後部座席にいるブレイバー達を見ると、皆が頷いた。
「千枝、オリガミ、朱里はここで待ってて。ちょっと行ってくる」
「え!? たっくん、どうゆうこと!?」
「ちょっと見てくるだけだから、心配しないで」
そう言い残して、俺とサイカ、ワタアメ、アヤノの四人が車から降りる。
結界に囲まれた学校は、ここから一キロあるか無いかほどの距離。人型になったワタアメが先行して走り出し、サイカは素早くプロジェクトサイカスーツを召喚装着して、俺とアヤノを抱えて空を飛ぶ。
嫌な予感しかしない。あれはきっと俺達が関わってはいけないものだ。
それでもなぜか行くという選択肢しか、俺の頭には浮かばなかった。
紫色の結界は、田舎の学校の広い敷地をすっぽり囲っていて、天井もかなり高い。
あと数十メートルと接近したところで、サイカは俺とアヤノを地面に降ろす。その際、アヤノも戦闘の危険があるかもしれないと感じ、ブレイバーとしての戦闘着を纏い、クリスタルダガーを手に持った。
「サイカ、行けるか」
と、俺は聞く。
「やってみる」
サイカはノリムネを手に召喚。低空飛行で加速して、その結界を外から叩き割って中に入る。
空いた穴はすぐに修復を開始した様子で、俺とアヤノ、そしてワタアメも遅れて中に飛び込んだ。
※――※――※――※――※
中では、蛇腹剣を持った男が、ワイヤーで伸びる刃を振り回し、キラキラと輝くレイピアを持った女と激しい戦闘を行なっているところだった。
どうやら戦況的にレイピアの女が押されていた様で、校舎の外壁に叩きつけられ、蛇腹剣の男が追い討ちで猛攻をしている現場だった。
結界が割れて、外から俺達が侵入してきた事に気付いた男は、その攻撃の手を止め振り返る。
「あ?」
蛇腹剣の男は、赤髪のオールバックで筋肉質な体格に軽装の見た目。
一方、酷い怪我を負い、もう自力では立てそうにないレイピアの女は茶色の長髪で、こちらも軽装鎧を身に纏った女性剣士と言った風貌だ。
サイカは倒れているレイピアの女を高速で救助。抱き抱えて戻ってきた。
「貴方達は……?」
と、女が聞いてきているが、今はそれに答えている場合じゃない。
学校のグラウンドを中心に改めて見渡すと、地面は抉れ、校舎の外壁が一部破壊されていたりと、戦闘の痕跡が至る所に残っているのが分かる。
状況的にも相手を殺すつもりで互いに戦闘行為をしていたのは、間違い無いだろう。
俺達は一箇所に固まりつつ、ワタアメとアヤノは戦闘態勢。サイカもレイピアの女を一旦地面に降ろして、ハンドレールガンを手に召喚した。
そんな中で、俺は蛇腹剣の男へ問いを投げる。
「こんな所で何をしてるんだ」
「聞きてぇのはこっちだよ。乱入者って事は、お前らもZプレイヤーって事でいいんだよな?」
「Zプレイヤー?」
全く何の事を言ってるのか分からない。
いや、違う、こいつもしかして……
「お前、プロジェクトゼノビアのプレイヤーか?」
「そうに決まってるだろうが。俺は二十九戦二十九勝、無敗のタチワナと知ってここに来たのか? この辺じゃ見ねぇ顔だからな、隣町からの刺客ってところか。ご苦労なこった」
やっぱりそうだ。こいつは下村レイが言っていたゲームのプレイヤー。と言う事は、今正にブレイバー同士の対戦が行われてる現場に居合わせたって事になる。
「こんな事はもうやめろ。戦って何になる!」
「何言ってんだ。お前も叶えたい願いがあってこのゲームに参加したんだろ?」
「叶えたい願い? 俺達はそのゲームのプレイヤーじゃない」
「はぁ?」
タチワナはスマホを取り出し、何やら画面の操作を始めた。
「ホントだ。なんでプレイヤーじゃねぇ奴がここに……ん?」
と、彼は画面に表示された何かを見つけた様だった。
「なんだ、そういう事かよ」
そう言ってタチワナは愉快そうに笑い、続けて言った。
「あんたがキングか! 都市伝説かと思ってたぜ! 横にクイーンも連れてやがるじゃねーか! こいつは勝ったら大儲け! 一発クリアも夢じゃねぇ!」
「何を言ってる!」
「何も知らねぇって言うんなら好都合! 遠慮無くやらせて貰うぜ!」
タチワナには蛇腹剣を構えたのを見て、ワタアメが前に出ようとしたが、サイカがそれを止めた。
「私に任せて」
するとタチワナは余裕の笑みを浮かべたまま、こんな事を口にした。
「こんな時の為に、課金アイテムは沢山持ってるからな! 武器強化レベルマックス! アーマー装備! 防具強化! 速度増加! 攻撃力増加! 防護シールド展開!」
そんな事を口走るタチワナの装備が、見る見るうちに変化した。
武器の形状が変わり、立派な鎧が装着され、全身が青く光って赤く光る。最後に魔法障壁の様なものが、彼の周りに展開された。
一方でサイカは、プロジェクトサイカスーツを解いて、赤の忍び装束姿になる。ハンドレールガンも消し、姿勢は低く、腰に差さってるキクイチモンジに手を掛ける。
その姿を見て、タチワナは怒りの表情を浮かべた。
「そんな舐めた装備で、フル強化装備の俺に勝てるかよ!」
挑発されてもサイカは無反応。
なんでこいつはこんなに好戦的なんだ。本当に戦闘するしか無いのか?
そんな事を考えてるうちに、タチワナが動いた。
手に持った大きな蛇腹剣を振るい、ワイヤーを使ってまるで鞭の様に刃を飛ばす。サイカはそれを見極め、横移動で避けた。
タチワナは一度ワイヤーで刃を戻し、また飛ばす。ガシャンガシャンという鉛と鉛が衝突する音が鳴り響く。
大きく重たそうな蛇腹剣を軽々と振り回して、ワイヤーが宙を舞い、サイカに複数の刃が迫る。
だけどサイカはその全てを避けていた。複雑な軌道を描き、当たればコンクリートでさえ砕くその危ない攻撃を、軽々と回避していく。
「逃げ回ってばかりかよ! だったらもっと加速してやるぜ! 更に速度増加だ!」
と、タチワナの攻撃の速度が増す。
でもサイカには当たらない。サイカはまだ刀を鞘から抜きもしていない。
さすがにタチワナもその異常さに気付いたのか、攻撃に焦りが見えた。
一切の隙間も無い様に見える蛇腹剣の猛攻の中、サイカはただ一点の穴を素早く前進して、一瞬で距離を詰めたかと思えば、夢世界スキル《一閃》によって彼は斬られた。
刀を抜いた事すら見えない神速の一刀で、彼を守るはずだった防護シールドも一撃で砕け散り、気が付けば攻撃の手が止まったタチワナに背中を向けているサイカ。カチンと音を立てて刀が鞘に納まると同時に、タチワナの大きく裂けた脇腹から血が吹き出し、彼は倒れる。
「なん……じゃそりゃぁ……」
と、タチワナは力尽きた。
そんな戦闘を見ていたワタアメが言う。
「あの男、相当なパワーは確かにあったが、それだけじゃったな。力は使えなければ無力と同じ。あれではサイカには勝てんよ」
その時、アヤノが叫んだ。
「先輩危ない!」
「えっ――――」
背後からの殺気。
俺は振り返ると、そこには先ほどサイカが助けたレイピアの女が、その武器の鋒を真っ直ぐ俺に向けて突いて来ていた。
あまりにも突然の出来事、不意打ちに、避けるなんて出来そうになかった。
咄嗟に俺は左手で防御して、左手の平が貫かれる。それでなんとか勢いが収まったので、怪我を気にせず右手でしっかりとその刃を掴み、完全に止めた。
「くっ! なにするんだっ!」
「悪く思わないで。私にはもう後が無いの。貴方がキングだと言うなら、貴方を殺……せば……」
女は黒く大きな手によって、背後からの頭を鷲掴みにされた事で言葉が止まってしまった。その手の持ち主は、手だけをバグ化させて肥大化させたワタアメ。
ワタアメは憎悪の眼差しで、言い放つ。
「お主……今、誰に刃を向けたのか分かっておるのか?」
あまりにも強大な力を前に、女は恐怖と絶望によって震えていた。顔が真っ青になりながらも、叫ぶ。
「し、しし仕方ないじゃない! 私には助けたい人がいるの! だから、だからこいつを殺せば――ッ!」
女は俺が掴んでるレイピアを手放し、もう一本レイピアを手に召喚。それでもう一度攻撃をしようとして来た為、ワタアメはそのまま彼女の頭を握り潰した。
グシャ。
まるで林檎を握力で潰したみたいに、周囲に血が飛び散り、ワタアメが手を離すと、頭の潰れた女は人形の様に音を立てて地面へ倒れる。
その光景に、アヤノは怯えて口を押さえ、声も出せなかった。
※――※――※――※――※
周りを囲っていた結界が静かに消滅した。
何事も無かったかの様に、戦闘の跡も消えて、サイカが斬り捨てた蛇腹剣の男も、ワタアメに頭を潰されたレイピアの女も消滅する。
二人の死体が消滅する寸前、二人は学生服を着た普通の人間の姿になっているのが見えた。
そう、それは、この二人は元々は日本の学生で、一般市民だったということを示している。消え逝く若者の死体は、俺の心に大打撃を与える光景だった。
「人間……だったのか……?」
と、俺は声を漏らす。
俺の手に刺さっていたらレイピアも消えて、血の止まらない穴の空いた手の平だけが残った。
激痛が走り、俺は地面に両膝を着ける。
「先輩!」
と、アヤノが駆け寄って来て、携帯していた包帯で俺の手を巻いて応急処置をしてくれた。
周りを見渡せば、夕焼けに染まった綺麗な学校がそこにある。
戦闘の痕跡が残らないというのは、こういう事だったのかと、俺は理解した。
サイカも歩み寄って来て、俺に聞いてくる。
「今、私達は何と戦ったんだ……?」
「貰った情報が正しければ……いや、さっきの口振りからしても、恐らく……彼らはゲームのプレイヤーで……人間だ」
洋服も所持品も一切何も無く、血痕でさえ残らない消滅の仕方で、相手が何者だったのかなんて確かめようが無い。けどあれが本当に人間なのだとしたら、結界に飛び込んでからの僅かな時間の間に、俺達は二人も殺めてしまった事になる。
なんでこんな事になった。キングっていったいなんだ。
「とにかく、車に戻ろう」
と、俺が提案してその場を後にする。
傍から見れば、誰もいない休日の学校に俺達が勝手に侵入して、俺が手に怪我を負っただけに見えるだろう。
今のは全て幻だったのでは無いかとまで思える静けさが、そこに残った。
血は止まったけど痛みがまだ引かない左手を気にしながら、今起きた事を下村レイに連絡するべきだと今後の行動方針を決める。
そして千枝達が待ってる車まで戻ろうとした時、駐車している車の手前でまたも怪しげな人達と遭遇した。
黒スーツにサングラス、片耳にイヤホンを付けたいかにもエージェントといった風貌の男達が五人。
俺たちが帰ってきた事に気付くと、彼らは取り囲む様に展開してきて、一人だけ顔に傷のある男が俺に話しかけてきた。
「明月琢磨さんですね?」
「貴方達は?」
「私たちはIPF、国際平和連盟所属のエージェントです。日本政府の承諾を頂きましたので、お迎えに参りました。ご同行いただけますね?」
次から次へと、いったい何なんだ。
「サイカ! ワタアメ!」
と、俺が二人の名を叫ぶ。
サイカとワタアメはすぐに動き、相手は人間だという事を考慮して格闘戦でエージェント達を突き飛ばす。
エージェント達は拳銃を取り出し発砲。俺の腹部に銃弾が一発当たったが、そんな事は気にせず車へ走った。車から出てきたオリガミが、手裏剣で援護する。
あっと言う間にエージェント達は道路に転がる形となり、俺はサイカ達も車に乗り込んだのを確認して、すぐに車を急速発進させた。
走り去る車を、見たエージェントの一人が、無線通信で仲間に連絡を入れる。
「ターゲットが逃げた!」
とにかく遠くに逃げる為、法定速度なんて無視して車を走らせる俺は、撃たれた脇腹から血が流れていた。運転席が瞬く間に血だらけになっていく。
さっきの怪我もあって、少し血を流しすぎてしまったのか、目眩が酷い。それでも、とにかくここから逃げなければと、その一心で車を進めた。
「たっくん血が! ダメだよ! 少し休まなきゃ!」
と、助手席の千枝が大慌てで、俺の傷口を手で押さえてくれてる。
「俺は……大丈夫。それよりみんな、相手は人間だ。ブレイバーじゃない。極力殺さないでほしい。いいね?」
そんな風に後部座席にいるブレイバー達に言い聞かせながら、山道道路を進んでいると、上空にオスプレイが二台追尾して来ているのが見えた。
「まだ追ってくるのか!」
前と後ろに回り込んだオスプレイから、それぞれ黒のパワードスーツ部隊が投下され、道を封鎖してきた。
前にはパワードスーツを身につけた人間が三人。後ろにも三人。右は壁、左は崖、逃げ道を完全に塞がれた為、俺は車を止める。
こんな時だって言うのに、意識が……朦朧としてきた。
銃で撃たれるなんて経験が無いからか、痛みが尋常じゃ無く感じる。
「たっくんが死んじゃう! たっくんが死んじゃうよ!」
と、千枝が泣いてる。
「琢磨なら大丈夫じゃ」
と、ワタアメが千枝に言っているのが聞こえる。
「どうするんだ琢磨」
と、サイカが質問してきた。
俺は改めて状況を確認する。
パワードスーツの六人は、見た事も無いゴツいライフルを両手に持って、その大きな銃口をこちらに向けて来ている。散弾銃の類かもしれない。崖から飛び降りるか……いや、無理だな。じゃあ戦って倒す? それも危険すぎる。だったらもう答えは一つしかない……か。
「あいつらの狙いは俺だ。みんなは千枝を連れて、ここから逃げて……くれ……」
そうは言ってみたが、サイカはそれを了承してくれなかった。
「琢磨。ここで琢磨と別れる事になるのであれば、私はそれを認めない。ここで奴らを皆殺しにしてでも、私はお前と共に行く」
サイカはそう言い残し、車から降りてしまった。戦うつもりだ。
「やめろ……サイカッ!」
するとワタアメとオリガミまでもが車から降りた。
「残念じゃが、わっちも琢磨と離れるつもりも、人間に利用されるつもりもありんせん」
「憤怒。千枝を怖がらせ、琢磨を傷付けた奴は許さない」
サイカ、ワタアメ、オリガミの三人は車を守る様にしてそれぞれ武器を構えた。
パワードスーツ部隊もライフルを構え戦闘態勢に入る。
一触即発のこの場所に、近付いてくる自動車の音があった。
一つはバイク、一つはサイレンを鳴らした覆面パトカー。騒ぎを聞きつけて警察が来たという事だろうか。
まず、緑のボディに白くて太いタイヤの最新鋭バイクをフルフェイスの女性ライダーが操り、跳び上がってパワードスーツ部隊を越えて、こちら側に着地。そのままタイヤを滑らせ、俺達の車を守る様に停車した。
「直ちに戦闘行為をやめなさい!」
と声を発した女性ライダー。
あのバイクは、俺がBCUに所属していた時に乗っていたバイクだ。
更に、飛び越えるなんて芸当はできない覆面パトカーは、手前で停車して二人の男性が降りて来た。
それは飯村警部と、佐田警部補だった。
飯村警部は警察手帳を見せながら大声で言った。
「警察だ! お前達、何の権利があってそんな物を持ち出してる! この場は警察が預かる。事情は後でゆっくり署で聞かせて貰おうか」
そう言われたパワードスーツ部隊の人間達は、戦闘態勢を解き、崖を飛び降りて逃走を始めた。合わせて上空から観察していたオスプレイ二台も飛び去って行く。
「あ! おい、ちょっと待て! おい!」
と、飯村警部が逃げる彼らに向かって叫んだが、パワードスーツの六人は何も言わずに森林の中へと消えて行った。
飯村警部の登場に、思わず車から降りてしまったアヤノがいた。
そしてバイクから降りた女性ライダーが、ゆっくりとヘルメットを取り、長い金髪が風になびく。
「ミーティア!」
と、サイカがライダーの名を呼んだ。
「久しぶりね。サイカ」
そう言うミーティアの顔は一部結晶化していて、かつてのワタアメの姿を彷彿とさせる見た目となっていた。
まさかの助っ人に驚かせられながらも、俺は静かに運転席で気を失う。
遠のく意識の中で、千枝が俺の名を呼ぶ声と、空気を読まないヒグラシの鳴き声が、ただただ頭の中に響いていた――――
この日、ついに均衡が破られ、約四ヶ月に及んだブレイバー達との平穏な旅は、終わりを迎えてしまった。
【解説】
◆Zプレイヤー
琢磨達が遭遇したのは、プロジェクトゼノビアと呼ばれるゲームのプレイヤーが戦闘している所だった。
彼らは琢磨をキングと呼び、命を惜しまず戦いを挑んできた。その理由は、願いを叶える為と、言っていた。
◆蛇腹剣
刃の部分がワイヤーで繋がれつつ等間隔に分裂し、鞭のように変化する機構を備えた剣のこと。しかし剣状態の強度に問題がある事などから、現実に存在しない架空武器の一つ。
剣としての剛性と、鞭の柔軟性、節々に分かれた刀身部の切削を鞭の打撃に加える事が出来、さらに剣と鞭の状態では倍程度間合いに差が出るため交戦距離を自在に変化させることが出来る。
要するにロマン武器。創作世界では高度なテクノロジーか、ファンタジー世界による謎の力で実用化しているケースが多い。
◆国際平和連盟のエージェント
元々、追手が来る事は予想されていたが、最悪なタイミングで彼らはやって来た。
彼らから逃亡した際、所属不明のオスプレイとパワードスーツ部隊が行く手を阻んで来た。これが全てエージェントの仕業であれば、強行手段に出てきた事になる。
◆助っ人
パワードスーツ部隊とサイカ達の戦闘が始まってしまいそうになった時、その場にやって来たのは、バイクに乗ったミーティアと、彩乃の父、飯村警部。そしてその部下の佐田警部補だった。
この組み合わせは、七十二話以来である。




