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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
97/128

97.プレイボール

 試合前、サイカと一緒に夜を過ごした俺は……夢を見た。



 ※ ※ ※



 夏の大会、地区予選の決勝戦。

 相手は部員数五十人を超える甲子園常連の強豪校で、そんな相手に試合前半は良い勝負を演出していたものの、後半はこちらの投手陣が崩れ、七点差を付けられてしまっていた。


 そんな時、監督に声を掛けられた控え投手が俺だった。


「明月! 行けるか!」

「はい!」


 意気揚々とマウンドに上がったものの、そこは既に負けムードだった。

 照り付ける太陽、蒸し蒸しする暑さ、聞こえてくる蝉の鳴き声と、吹奏楽部による演奏。


 相手のバッターは四番のパワーヒッターで、もう勝ちを確信しているかの様な自信に満ちた表情を向けてきている。

 俺にとって、きっとこれが最後の公式戦。何とかしてやりたい気持ちもあるけど、これじゃどうしようも無いよな。


 とにかく平常心を保てと自分に言い聞かせながら、俺はキャッチャーミットに向かって投げる。


 響く金属音。


 初球から打たれたその白球は、そのまま外野席に吸い込まれて行った。



 ※ ※ ※



 河川敷にある野球場に集合した俺達は、人型になったワタアメも含め女性が六名もいる事に驚かれた。

 本当は俺とサイカだけ試合に出るつもりで来たのに、面白くなりそうだという理由で、全員出る事になってしまう。


 全員、車の中でチームのロゴが入ったユニフォームに着替え、軽く準備運動をした後にまずは俺たちだけで円陣を組み、俺が注意事項を説明する。


「いいか、絶対本気は出すなよ」

「なぜだ?」

 と、サイカ。


「相手はブレイバーじゃない。相手に合わせて人間の振りしろって事だよ。手・加・減だ。いいな?」


 俺はブレイバー全員が頷いたのを確認した。

 円陣が終わった後、唯一の人間で緊張した面持ちの千枝(ちえ)にも声を掛ける。


「千枝は無理だと思ったらすぐ言って。交代させるから」

「馬鹿にしないで! 頑張るもん!」

 と、妙に意地を張る千枝だった。




 こちらは平均年齢六十歳の商店街チームの明石(あかし)野球同好会に混ぜさせて貰い、相手は何処かの社会人草野球チームで若手経験者も多い山葵本舗(わさびほんぽ)。ルールは七回までのコールド無し、延長無し。

 一応、軟式野球だから危険も少ないだろう。後は野球の簡単なルール説明は済ませてるけど、ブレイバー達が何処まで理解してくれてるか、少し不安ではある。


【明石野球同好会スターティングオーダー】

一番:サイカ(捕)

二番:千枝(右)

三番:オリガミ(遊)

四番:俺(投)

五番:ワタアメ(中)

六番:アヤノ(三)

七番:朱里(しゅり)(二)

八番:町田さん(左)

九番:田中さん(一)


 明石叔父さんを含む元々のチームメンバー達のほとんどは、選手として出場しない事を決めたらしく、お酒を片手にユニフォーム姿の女性陣を見て満足そうな表情を浮かべていた。

 この試合が、何のための試合か分からなくなってきたのは言うまでもない。


 今日は晴天、春らしい陽気に包まれた絶好の野球日和。




【一回表】

 全員が守備位置に着いて、俺はピッチャーマウンドへ。

 軟式用の捕手防具を身につけ、頭にマスクを被ったサイカは、なぜか凄い似合っていた。


「とりあえず、そこに姿勢低く腰を落として、俺が投げる球を捕ればいいよ」


 そう伝えはしたけど、投球練習で軽く変化球を投げても、サイカは極めた反射神経と動体視力だけでそれを軽々とミットに収めていた。構えも様になってる。

 まあ、なんとなくこんな事だろうとは思っていたから、サイカを信頼して捕手を任せた訳だけどね。


 サイカからの返球は、座ったまま投げてるのに力強い球を投げてくるので手が痛い。

 何でも捕ってやるという意気込みを、サイカはミットポケットを叩く事でアピールしてくるところが、もう捕手経験者の行為そのままだった。


「頑張れ明月(あかつき)くーん!」

 と、ベンチからおじさん達の声援が聞こえてくる。


 まず、先発投手としては、流れを掴む事が大事。

 そこで重要なのは、初回の一番打者。打たれても良い。まずは自分が一番気持ちよく投げる事を、思い出す。そんな球を投げる。


 俺は大きく腕を上げ、足を上げて、そして思いっきり踏み込み、腕を振る。


『ストライーク!』

 と、審判の声が聞こえてきた。


 よし! この球だ!


 そのまま、まずは一番打者を三球三振。

 二番打者はバットに当てられたが、遊撃手のオリガミが悠々と捕球するも、何処に投げれば分かっていない様子だった。


「ファーストに投げて!」

 と、俺が一塁を指差しながら指示をする。


 オリガミが投げた球は暴投気味だったが、一塁手の田中さんが上手く捕ってくれたので、何とかアウト。

 続いての左の三番打者には四球で出塁させてしまい、打席に入るのはやたら体格の良い左の四番打者。


 変化球を織り交ぜてツーストライクまで追い込んだが、ストレートを打たれて外野に持ってかれてしまう。

 ボールが飛んで行ったのは千枝のいる右翼で、普通なら平凡なライトフライだけど、野球初心者の千枝は万歳しながらあたふたと右へ左へ移動している事から、これは捕れないと思った。


 その時、中堅から猛スピードで走ってきたワタアメが、空中でアクロバティックなジャンピングキャッチを決めて、華麗に地面へ着地した。

 一回表は何とかヒットを打たれずスリーアウトチェンジ……だけど、今のはワタアメを注意しないとダメだ。




【一回裏】

 一番打者はサイカ。

 バットを持って右打席に立つサイカは、それこそワンダフルベースボールという野球ゲームで見て以来である。あの時、サイカはぎこちない構えで、最終的には抜刀術みたいな打ち方をしてホームランを打っていた。


 今回のサイカは一味違う様で、金属バットを両手に綺麗なバッティングの構えを見せてくれた。

 相手投手もなかなか良い球を投げてくる事から、野球経験者である事はすぐに分かる。そんな球をサイカはバットを振らずに、ずっと眺めているだけ。


 あっと言う間にツーストライクワンボールに追い込まれたサイカは、なぜか俺に視線を送ってきた。


「打っていいぞ」

 と、俺が言うとサイカは頷く。


 四球目、ストライクコースの良い球が来た。

 サイカはバットを振り、ボールに当てた……と思ったら、それはジャストミート。センター方向に白球は高々と上がって、外野を越え……フェンスも越えて、川の真ん中にポチャリと落ちた。


 いや、打てとは言ったけども、ホームラン打てとは言ってない!


 相手チームが唖然としてる中、サイカは悠々とダイヤモンドを一周して、ホームベースを踏んでいた。


 一番サイカ、先頭打者ホームラン。

《明石野球同好会:1ー0:山葵本舗》


 続いて、二番打者は増田千枝。

 千枝は初心者丸出しで、ガクガクと震えて縮こまりながら右打席へ。


「教えた通り、バットは短く!」

 と、俺が千枝の背中に言う。


「はいぃぃぃ」


 そう言って小さく構える千枝だったが、バットにボールが当たる気配もなく、三球三振。千枝は運動音痴だ。

 するとそれを見ていた三番打者のオリガミが少し不機嫌そうに、右打席に入る。


 相手投手を鋭く睨みつけるオリガミ。

 なぜだろう。何か嫌な予感がする。


 相手投手が投げた一球目を、オリガミが狙って弾き返した。

 打った球は相手投手の顔面目掛けてストレートに飛んだが、投手は驚きながらもそれを避けつつ捕ってツーアウト。


「不満」

 と漏らすオリガミは、舌打ちしていた。


 怖い怖い。そういうスポーツじゃないからなオリガミ。

 そして俺が四番打者として右打席に立ち、構える。


 いや、ちょっとやっぱりブレイバーに野球させるのは間違いだったんじゃないか……などと考えていたら追い込まれてしまい、とりあえず打ちに行った結果、俺はサードゴロで終わった。スリーアウトチェンジ。




【二回表】

 一応守備に着く前に、みんなには力を抜けと注意はした。

 気を取り直して相手の五番打者。なるべく打たせる様に投げ、ボールが飛んだ先はセカンドゴロ。


「おわっ!」

 と、朱里が見事にトンネル。


「わわわっ!」

 と、その後ろにいた千枝もトンネル。


 普通ならカバーに回る中堅のワタアメが、一歩も動かず眺めてる。

 おいいいいいいい! 力を抜けとは言ったがそうじゃない!


 千枝があわあわと遅い足で芝生で転がるボールを追いかけ、拾って投げたが、誰も近寄ってあげていなかった為、全然ボールが届かず地面を転がった。

 相手の五番打者はそのままダイヤモンドを一周して、ホームイン。


 相手五番打者、ランニングホームラン。

《明石野球同好会:1ー1:山葵本舗》


 俺は思わず大声を出した。


「ワタアメ! 千枝のサポートしてやってくれ!」

「さっき力を抜けと言ったじゃろ!」

「人の球を横取りするなって意味だ!」


 確かに軟式ボールは、硬式と比べてバウンドもしやすいし、初心者には捕球が難しい。

 やっぱり打たせるのは得策じゃないのかもしれない。


 六番打者には、焦りと力みがあったせいでストライクゾーンにボールが入らず、四球で出塁させてしまった。

 続く六番打者は三振に仕留める。ワンアウト。


 七番打者にもツーストライクと追い込んだ際、次の投球で一塁のランナーが走った。盗塁だ。

 一塁手の田中さんが声で教えてくれたので、俺は高めにボールを投げて、サイカに指示する。


「サイカ、二塁に投げろ!」


 サイカは立ちながら捕球して、すぐにボールを投げた。

 その豪速球は投手の俺に向かってきたので、慌てて避ける。と、後ろで遊撃手のオリガミがそれを跳びながら華麗にキャッチ。


 したのだが、ランナーをタッチしなければいけない事を教えていなかったので、盗塁はセーフとなった。


「オリガミ、今の場合は、球を捕ったらランナーをそのグローブで触ってくれ」

「理解。次はやる」


 本当に分かってくれてるのだろうか。


 そのまま七番打者を三振。ツーアウトでランナーは二塁。

 八番打者はサードゴロだったが、当たりが強く、アヤノのグローブからボールが跳ねた。


 すぐにオリガミがそれを手で拾い、跳びながら一塁に投げる。

 またも暴投気味だったが、一塁手の田中さんがナイスキャッチしてスリーアウトチェンジ。




【二回裏】

 左打席に立つのは、楽しそうに笑みを浮かべるワタアメ。

 ヘルメットに空けた穴から猫耳が出てるのは、新しいファッションとでも思ってくれ。


 相手投手が投げる球を観察して、ワンストライクツーボールになった時。

 四球目でワタアメはセーフティバントをした。


 少し浮いてしまったボールを、投手がワンバウンドで捕球。一塁に投げようと振り向いた時、ワタアメはもう一塁のベース上でバットを片手にピースサインをしていた。バットを持っていくな。

 いや、俺はセーフティバントなんて教えてないんだけど……ワタアメは自分で発明してしまった様だった。


 六番打者として右打席に入るのはアヤノ。ヘルメットから飛び出てる角は気にしないで欲しい。

 正直、アヤノの実力は未知数だけど、学生時代はテニス部だったと聞いてる。


「アヤノ! 打ってくれ!」

 と、俺がアヤノに言うと、彼女は頷いて打席に入った。


 一球目、空振り。

 二球目、空振り。


 ツーストライクで追い込まれたアヤノだったが、気付けばワタアメがなぜか二塁にいた。

 相手の守備陣もビックリする程の俊足で、いつ走ったのかも理解されないまま二塁のベース上に座ってるワタアメ。


 三球目、見逃してボール。

 四球目と五球目をなんとかファールチップで耐えるアヤノ。


 そして相手投手が六球目を投げた時、またワタアメが走った。三盗だ。

 アヤノもボールに喰らい付いてバットに当てた。


 高々と打ち上がったボールは……キャッチャーフライ。

 相手捕手が捕球した時、ワタアメはもうホームベースまで来ていて、戻れと指示するも間に合わず、捕手が二塁にボールを投げてアウト。ダブルプレーとなってしまった。ツーアウト。


「ありゃ? どうしてアウトになるんじゃ?」

 と、首を傾げるワタアメだった。


 七番打者の朱里は、背が低く子供に見られたのか、相手投手が手加減したボールを投げて四球となって出塁。

 でも、八番打者の町田さんがファーストフライでアウト。スリーアウトチェンジ。




【三回表】

 改めて、ブレイバー達には、ほどほどにボールを捕って欲しい事と、相手のランナーが向かってるベースを、ボールを持ってる状態で守る様にと伝えた。

 野球というスポーツは、簡単そうに見えて意外に覚える事も多く、教えるのが難しい球技であると今更になって実感する。


 とにかく、俺は肩も温まってきたし、この回は一人も打たせないつもりで投げる。


 相手九番打者、三振。

 一番打者、三振。

 二番打者、レフトフライで町田さんがキャッチしてアウト。難なく三者凡退に抑えて、スリーアウトチェンジ。




【三回裏】

 こちらの九番打者は田中さん。

 綺麗なセンター返しでヒットを打ってくれた。


 ランナーが一塁にいる状況で迎えるのは、一番打者のサイカ。前打席ではホームランを打ってる。

 しかし、サイカはまたもバットを振らなかった。


 相手投手にも警戒されて、ツーストライクスリーボールと追い込まれたのに、バットをピクリとも動かさないサイカ。

 俺は慌ててベンチから飛び出し、タイムを掛けながらサイカに歩み寄った。


「なんで振らないんだ」

琢磨(たくま)が手を抜けと言ったから」

「そういう意味で言ったんじゃないよ。ホームランは打たない様に、軽く打って」

「そう言われても、よくわからない」

「戦闘訓練で刀を寸止めするのと同じさ」

「なるほど」

「じゃあ……そうだな。試しに右方向のあっちの方に軽く打ってみてくれ」

 と、俺は相手の右翼側を指差す。


「わかった」


 打席に戻るサイカ。

 そして投手が次に投げた変化球を、言われた通り右方向に弾き返した。一塁線上の鋭い当たりで、相手一塁手の頭を越えて、ノーバウンドで外野のフェンスに直撃する当たりだった。


 サイカのバットコントロールが神掛かってる。


 しかし問題はその後だった。

 速すぎるサイカの足に、前を走っていた田中さんが抜かされそうになっていた。


「サイカ、ストーップ! ストーップ!」


 俺が止めて、サイカは二塁ベースで足を止めてくれた。田中さんは息を切らせながら、何とか三塁ベースに到着。

 ランナー、二、三塁でノーアウトの大チャンス。二番打者は千枝。


 子猫みたいに怯えながら、打席に立つ千枝だったが、ネクストバッターサークルからオリガミが殺意の眼差しを相手投手に向けて威圧。

 それに恐怖した投手は、見るからに手抜きの山なりボールを投げて手加減してくれた。


 ゆっくりなボールにバットを当てようと、必死に振る千枝だったが当たる気配無し。


「千枝! よく見て!」

 と、俺が千枝に声を掛けた。


 そして千枝はそこからバットを振らず、運良く四球で出塁。

 一塁に向かう千枝は、かなり上機嫌で嬉しそうだった。


 ノーアウト満塁のチャンスで、打席にはオリガミが入る。

 オリガミは先ほどよりは和やかな様子で打席に入り……そのまま空振り三振した。


 オリガミさんオリガミさん、さっきとスイングのキレが全く違うのは何なんですかね。


 とにかく、ワンアウト満塁で四番の俺。

 さっきは情けない結果だったけど、今回はきっちり打っていこうと意気込んで打った球は、センターフライ。


 ルールが分かってる田中さんは、タッチアップの為に三塁ベースを踏んで構えてくれてる。

 俺は千枝とサイカにそのままベースを踏んでおく様に、指示しながら走った。


 相手の中堅がボールを捕ったので、田中さんが走る。が、相手の中堅は肩が良く、良い送球が来てしまった為、田中さんは余裕でアウトとなってしまった。

 でも驚いたのはここから。


「ランナー走ってる!」

 と、相手選手の掛け声で気付いたのは、二塁にいたサイカも真似してタッチアップをしており、三塁を蹴ってホームに突撃してきていた。


「馬鹿! 戻れサイカ!」


 突っ込んでくるサイカを前に、相手捕手はベースから一歩前に出た位置で待ち構える。

 捕手がボールの入ったミットでサイカをタッチしようとした瞬間、サイカは跳んだ。


 まるで跳び箱を飛び越えるかの如く、相手捕手の頭上を回転しながら越えて、そのままホームベースに片手を付け、何事も無かったかの様に着地。判定はセーフだった。


 四番の俺、謎の犠牲フライ。

《明石野球同好会:2ー1:山葵本舗》


 千枝は一塁から一歩も動いておらず、ツーアウト一塁で、次のバッターは五番のワタアメ。

 ぶんぶんとバットを振り回しながら左打席に入ったので、バントはやらないつもりだ。


 一球目、際どいボール。

 二球目、またも際どいボール。


 ワタアメはボールがストライクゾーンに入ってるかどうか、ちゃんと見えている様だった。


 三球目、相手投手が投げた落ちる変化球をワタアメは片手で回転打ちして、左方向へ逸れてファール。


 今の打ち方は、前代未聞のアクロバティック打ちだった。

 本人は遊んでるつもりなんだろうが、ヒヤヒヤする。


 四球目、相手投手はもう一度同じ落ちる変化球を投げてきた。

 ワタアメはまたテニスみたいな片手打ちで、それを掬い上げて打つ。


 変なカーブが掛かって曲がる球が外野に向かって飛び、右中間に落ちるかと思われたが、相手の中堅がスライディングキャッチ。スリーアウトチェンジ。

 手を抜くのは、遊べと言う意味じゃないぞワタアメ。




【四回表】

 ここからは相手のクリーンナップが始まる。

 背の高い左打ちの三番打者。前打席は四球だった。 


 この打者、構えからしても明らかに経験者。さっきワタアメの打った球をファインプレーで取った人だ。

 油断ならない相手と見て、変化球攻めで行く。


 ファールで粘られ、ツーストライクワンボール。

 変化球にかなり食い付いてくる。この人は目が良い人だ。


 じゃあ、緩急付けて低めストレート!


 三番打者は当ててきた。

 俺のすぐ左隣を抜け、速いセカンドゴロ。朱里は追いつける訳もなく、オリガミが俊足のダイビングキャッチ。


 体を一回転させながら投げたオリガミの球は、大暴投。今回はさすがに田中さんでもカバーできず、一塁手の後ろに球が行ってしまう。

 俺がカバーに入って球を拾う頃には、三番打者は二塁ベースに立っていた。


 ノーアウト二塁。


 次はいかにも打ちそうな体格の良い左の四番打者。

 これがヤバイバッターであれば、敬遠という選択肢もあるけど、草野球でさすがにそこまでやる訳にもいかない。


 さっきはライトに持っていかれたし、二塁手と右翼手が初心者の女の子だってのもバレてるはず。

 引っ張られたらまずい。全力投球のストレート勝負で行こう。


 俺は力をセーブする事なく、渾身のストレートを投げた。が、それはほぼど真ん中の甘い球。

 四番打者がニヤッと笑みを浮かべた様に見えた。

 

 強烈なインパクトで、金属バットの快音が鳴り響き……白球は千枝の頭を越えて、フェンスぎりぎり上を通り過ぎて行った。

 おいおい、気楽な草野球の試合じゃなかったのか?


 相手四番打者、ツーランホームラン。

《明石野球同好会:2ー3:山葵本舗》


 一発で逆転……された。

 俺は高校生の頃、公式戦で打たれたホームランを思い出す。もしかして、これがトラウマって奴なのかもしれない。


 野球は辞めたはずなのに……なんで俺、ここに立ってるんだっけ。


 呆然と立ち尽くす俺に、サイカがマスクを被ったまま駆け寄ってきた。


「琢磨、平気か?」

「あ、ああ……大丈夫」


 サイカは俺にボールを渡しながら、

「野球、こんなに楽しいスポーツだなんて知らなかったよ」

 と笑顔を見せて、そのまま戻って行った。


 楽しい……か。

 確かにそうかもしれない。野球は楽しいんだ。


 次は五番打者。

 この試合はあの時とは違う。負けても良い草野球の試合。気負う必要なんて何処にもない。


 だから……今、俺の一番楽しいボールをサイカに捕って貰わないとな。

 完璧なストレートを、サイカに投げる。


「ストライークッ!」

「良い球だ琢磨!」

 と、サイカが気合の入る速い返球をして来た。


 今回組むのが初めてとは思えないほど、サイカは本当に気の利く女房役だ。

 いや、違うか。サイカはずっと、俺と一緒だったな。


 五番打者、三球三振。ワンアウト。

 六番打者、ピッチャーゴロ。ツーアウト。


 七番打者はセンターにヒット性のライナーを打ったが、そこはエリアワタアメ。

 ワタアメのアクロバティックキャッチでスリーアウトとなった。




【四回裏】

 一点差で負けてる状況で、六番のアヤノ。


「先輩、見ててください!」

 と、意気込んで打席に立つ。


 アヤノはカットマンかと思うくらい、ひたすらファールで粘った。

 ツーストライクの状況から、相手投手に十球近く投げさせ、スリーボールにまで持っていく。


 そして相手の失投が体に当たり、デッドボール。

 アヤノは出塁に成功し、嬉しそうに一塁で飛び跳ねている。


 次の七番打者の朱里。


 相変わらず手加減ボールを投げられ、

「わしを舐めるなー!」

 と、バットを振り回し三振。ワンアウト一塁。


 八番の町田さんは送りバントで、アヤノを進塁させた。ツーアウト二塁。

 チャンスでやってきた九番の田中さんは、相手投手のコントロールが乱れているのを見抜き、四球を選んで出塁。ツーアウトの一、二塁。


 そして、やってきたのは一番サイカ。

 サイカは打席に向かう前、俺の方を見てこんな事を言ってきた。


「自由に打たせてくれないか?」

 と。


 負けてる事だし、この際、サイカに花を持たせてやっても良いと考えた俺は答える。


「思いっきり打ってこい」


 そうしてサイカは右打席に入り、バットを構える。

 今日一番の集中が窺える顔付きで、相手投手を睨んだ。


 少し緊張した面持ちで、相手投手は投げる。

 外角に外れてボール。次のボールも外角ボール。


 サイカを外角球で誘ってる様だったが、サイカのバットは動かない。

 三球目は、中に入ってくるスライダーだった。


 サイカのバットが動き、またもジャストミート。

 今度はレフト方向に引っ張った当たりで、強烈な弾丸ライナーを飛ばした。


 白球はそのままフェンスを越えて、遙か遠くに見えなくなった。

 完璧な当たりで、隣の野球場も通り越したのでは無いかとも思えるホームランだった。


 一番サイカ、逆転スリーランホームラン。

《明石野球同好会:5ー3:山葵本舗》


 ツーアウトランナー無しで、二番の千枝。

 今のホームランで動揺したのか、相手投手の球はすっぽ抜けて、千枝の体に当たってデッドボール。千枝は出塁した。ツーアウトの一塁。


 こうなると怖いのが、三番のオリガミだった。

 メラメラと怒りのオーラを漂わせた無表情のオリガミが、打席に立つ。


 相手投手がストライクゾーンへ入れに来た初球を叩いて、強烈なピッチャーライナー。

 またも顔面を狙って来たボールを前に、相手投手は避けるのが精一杯といった様子で、ボールはそのままセンターへ飛んだ。


 センター前ヒット……なのだが、千枝の走り出しが遅く、二塁でアウトとなった。スリーアウトチェンジ。

 その際、オリガミは相手投手を見ながらスッと手裏剣を手に持ったが、後ろから千枝に声を掛けられたのでサッとしまっていた。


 オリガミは結構危ない子なのかもしれない。




【五回表】

 驚く事に、俺の疲れは全く無かった。

 さっきの事もあって、ここに来てエンジンがやっと掛かって来た感覚が俺の中にある。


 八番打者、三振。ワンアウト。

 九番打者、ファーストゴロ。ツーアウト。


 そして一番打者となり、思わせぶりがセーフティバントの構えで揺さぶりを掛けてきた。

 ツーストライクワンボールに追い込み、そこからレフト方向にライナーを打たれたが、オリガミがジャンピングキャッチでそれを止めてアウト。スリーアウトチェンジ。




【五回裏】

 ここで俺の出番が到来。ここまでサードゴロにセンター犠牲フライ、四番打者として目ぼしい活躍が出来てないのが気掛かりだ。

 打席に立ち、焦らず、肩の力を抜いて、バットを両手に持ち、構える。


 一球目、カーブを見逃してストライク。

 二球目、内角にストレート、見逃してボール。


 この相手投手、かなり挑戦的な事をしてくるな。


 三球目、落ちる変化球、バットに当ててファール。

 四球目、外角にストレート!


 俺はバットを振り、打ったボールは三塁線の上。相手三塁手が手を伸ばすも届かず、そのまま外野を転がった。判定はフェア。

 俺は走り、一塁ベースを蹴って二塁へ。ボールが返ってくる。スライディングしてセーフ!


「よしっ!」

 と、二塁で思わずガッツポーズしてしまった。


「たっくんナイスー!」


 そう言って、千枝がベンチから手を振っていたので、俺は拳を向けて返した。


 俺が作ったチャンスを前に、五番のワタアメも闘志に燃えていた。

 下唇を舐め、呟く。


「ここはわっちも、良いところ見せないとじゃな」


 左打席に入るワタアメは、ふざけた構えをやめて、普通に両手でバットを構えた。

 すると、相手の捕手がワタアメに話しかけて来た。


「な、なあ、お姉さん。その頭の耳は本物か?」

「さて、どうじゃろうな」


 一球目、変化球が外れてボール。

 二球目、また同じ変化球で今度は入れてきたので、ワタアメは打った。


 ボールは左中間へ、ホームラン性の当たりだ。

 俺は見切りで走り、三塁を蹴ってホームに突っ込む。


 外野のフェンス上部ギリギリに衝突して跳ね返り、相手の左翼手が捕球して内野へと送球。

 その頃には、俺はホームベースを踏んでいた。ワタアメは何処まで走ったのかと思って、振り返ってみると、ワタアメも一周してホームベースを踏んでいた。


 ワタアメ。どうしてそこにいるのかな……?


 五番ワタアメ、ランニングホームラン。

《明石野球同好会:7ー3:山葵本舗》


 さすがに動揺を隠せない相手投手は、続く六番のアヤノに対して一球もストライクが入らず四球で出塁。

 バットを地面に置いて、一塁に向かおうとするアヤノに相手捕手が話しかけた。


「外国人のお姉さん、その頭の角……」


 そう言われたアヤノは振り向き、無言でニコッと笑ってから、一塁に走って行った。


 相手捕手はここでタイムを掛けて、ピッチャーマウンドに駆け寄る。

 投手と一緒に俺たちのベンチを見ながら、何かを話している様だが、当然ながらこっちには何も聞こえてこない。どうしたんだろうか。


 すると山葵本舗チームは投手交代を宣言し、投手が中堅へ、中堅手が投手へと入れ替わった。

 投手となるあの選手、左投げ左打ちの三番打者だ。もしかして彼が本命の投手なのかもしれない。


 俺の予想通り、ピッチャーマウンドに新しく上がった相手投手は、投球練習から豪速球を見せつけてきた。かなり速い。そしてコントロールも良さそうだ。


 試合が再開されると、七番の朱里、八番の町田さん、九番の田中さんが、全員三球三振で仕留められてしまった。

 おいおい、これ草野球だよな?


「なんだこのクソつまらない遊びは!」

 と、お怒りな様子の朱里を放っておいて、守備に着く準備をする俺。




【六回表】

 あんな投手を出されてしまったとなっては、俺も男の意地って奴を見せなきゃならない。


 相手の一番打者を、渾身のストレート三連続で挑んだが、打たれてライトフライ。

 千枝がまた右往左往して万歳していたが、近くまで駆け寄ってきたワタアメが声を掛けた。


「落ち着くんじゃ千枝。深呼吸じゃ。ボールを良く見ろ。グローブは手だと思え。ボールは何処にも逃げない。まっすぐ来る」


 千枝は言われた通り、飛んでくる白球に集中した。

 青空から落ちてくる白いボールが、千枝に向かってくる。千枝は一歩、また一歩と後ろへ下がり、そして……キャッチした。


 本人でさえ何があったのか理解に時間が掛かっていた様だったが、グローブに入ったボールを見て、千枝は喜びの声を上げる。


「やった! やったよたっくん!」


 気がつけば、千枝のすぐ後ろに、千枝が落としてもカバーできる様にワタアメが座っていた。ワンアウト。


 続く二番打者。

 さっきは強気のストレート勝負は通用しなかったので、少し慎重になって、ボール球を織り交ぜて勝負する。が、少し力みすぎて四球となり、出塁させてしまった。ワンアウトの一塁。


 そして、やって来たのは左打ちの三番打者。

 今のところヒットは打たれていないものの、こいつだけ雰囲気がある。そんなバッターだ。


 一球目、ファール。

 二球目、ボール。

 三球目、ボール。


 良いところのボール球に全然釣られてくれない。

 そして俺が投げた四球目は、内角を攻める変化球だった。が、それを弾き返される。


 一塁手の田中さんが必死に手を伸ばすが届かず、ボールは右翼へ。

 千枝の足も追いつかず、転がるボールを駆けつけたワタアメが捕球して、三塁に向かって送球した。


 まるでレーザービームの様な送球と、迫り来るランナーを前に、三塁ベース上のアヤノは驚いていた表情だったが、ギリギリのところで目つきが変わっていた。

 ワタアメが投げた球をキャッチして、スライディングしてきていたランナーの足をタッチ。捲き上る砂埃。


 一歩間に合わず、判定はセーフとなった。ノーアウトでランナーは二、三塁。


 ここで、先ほどホームランを打たれた左打ちの四番打者。

 バッターから肌にピリピリと伝わってくる威圧感。ほんと野球漫画みたいに次から次へとピンチが訪れてくる。一塁は空いてるけど、勝ってるのに敬遠なんて選択肢は無い。


 一球目、空振りのストライク。

 二球目、打たれて特大の当たりだったが、逸れてファールボール。

 三球目は変化球で外に外してボール。

 そして四球目は渾身のストレート!


「ストライークッ! バッターアウト!」


 空振り三振! 今日一番の完璧なストレートが決まった!

 これでワンアウト、二、三塁。


「ナイスボールだ」

 と、サイカが返球をしてくれた。


 思わずニヤけてしまう。野球ってこんなに楽しいスポーツだったっけ。


 次の五番打者にはショートゴロを打たれ、オリガミが捕球しようとするがボールがイレギュラーバウンドしてしまった。オリガミの横を通り過ぎるボールだったが、走ってきていた朱里がなんとかキャッチ。して、そのまま転倒した。

 砂まみれになりながら、朱里はオリガミにボールを手渡しして、オリガミはそれを一塁に投げる。アウト。


 アウトは取ったが、三塁ランナーが帰還していて、点は取られていた。

《明石野球同好会:7ー4:山葵本舗》


 ツーアウト、ランナー三塁。

 次の六番打者が右打席に入った。


 気を取り直して、深呼吸をした俺は、一球目からストライクに入れていく。

 だが相手打者はそれを初球打ち。叩いて打った球が、三塁方向へと飛んだ。


 三塁手のアヤノが捕球しようとするが、それは捕るのが難しいショートバウンドとなり、そのまま左翼へと転がってしまった。相手三塁ランナーは悠々のホームイン。


 相手六番打者、レフト前ヒット。

《明石野球同好会:7ー5:山葵本舗》


 今のは狙って打ったのか、それともたまたまか?

 やっぱりこの相手チーム、普通のチームじゃない。恐らく叔父さん達がまともに戦ってたら、圧倒的な力の差を見せつけられていたに違いない。


 これが野球。これだから面白い!


 相手の七番打者。

 俺が投げると、一塁ランナーが盗塁を仕掛けてきた。


 六番打者が盗塁かよと思いながらも、ストレートを高めに外し、サイカが二塁へと送球。

 鋭い球が俺の顔の横を通り過ぎて、二塁ベースに着いたオリガミがキャッチ。そして盗塁ランナーをスライディングさせるまでもなく、タッチしてアウトにした。スリーアウトチェンジ。




【六回裏】

 一番のサイカが打席へ入る。

 しかし相手捕手が立ち上がって敬遠の合図を出した。


 サイカはどうしようかと言いたげに俺の方を見てきたが、俺は首を横に振ってバットを振るなという意図を伝える。

 そのままサイカは四球で出塁。ノーアウト、ランナーは一塁。


 続いて、二番打者の千枝。

 なのだが、相手は千枝も敬遠した。ノーアウト、ランナー、一、二塁。なんなんだいったい。

 三番打者のオリガミは……三振。ボールに当てる気が無いらしい。ワンアウト。


 そして俺が四番打者として、打席に立つ。

 この相手投手の意思か、もしくは捕手の指示か、俺と勝負する為にこんな事をしてきたってのか。


 相手投手は、本気の投球で勝負を仕掛けてきた。

 一球目、空振りでストライク。

 二球目、変化球の釣り球を俺が振ってしまってストライク。

 三球目、フォークボールが下に外れてボール。

 四球目、内角高めのストレート、ボール。

 五球目、入れてきた変化球をカットしてファール。


 ツーストライク、ツーボール。

 相手も俺を三振にしたいはず。だけど負けられない。二塁ランナーのサイカから熱い視線を感じる。


 六球目、俺は相手が再び投げてきたフォークボールをバットで捉えた。

 ボールは右中間へライナー性の当たり。捕られそうな軌道だったが、なんとか地面に落ちてくれて、ヒットとなった。サイカがホームイン。


 四番の俺、シングルヒット。

《明石野球同好会:8ー5:山葵本舗》


 ワンアウト、ランナーは変わらず一、二塁。

 だけど……二塁ランナーが千枝ってところは心配だ。


 そして五番のワタアメが打席に立つ。

 何か面白い事を考えてる様で、ワタアメは俺にウィンクで何かの合図をした後、怪しい笑顔で相手投手を見つめた。


 ワタアメの挑発的な表情に、相手投手も思う事があるのか、投球に力が入った様に見える。

 簡単にツーストライクノーボールで追い込まれるワタアメ。


 相手投手が投げた三球目、ワタアメが体を回転させながらフルスイング。普通に打てよ!

 当たった弾は、大きく高々と左中間方向に飛んでいき……そのままフェンスを越えて行った。


 五番ワタアメ、スリーランホームラン。

《明石野球同好会:11ー5:山葵本舗》


 あんなふざけた打ち方でホームランにしてしまうなんて、ほんと俺が面目無くなるよ。


 続いて、六番のアヤノはファールで粘ったが、相手のキレの良い変化球に対応できず三振。ツーアウト。

 七番の朱里も、ただの扇風機と化して空振りの連続。三球三振でスリーアウトとなった。




【七回表】

 今回の試合は、この回が最終回になる。ここを抑えれば、ゲームセットで試合終了だ。

 点差は七点差。よっぽど打たれなければ、ひっくり返される事は無いだろう。


 だけど、野球は何があるか分からない。なのでここは圧倒的な力で捻じ伏せようと考えた。ここまで派手に暴れてしまったんだから、今更隠す必要も無いだろう。

 捕手防具を付けようとしているサイカに、俺は話しかける。


「サイカ、行けるか?」

 と、俺はサイカにボールとグローブを渡す。


 サイカはすぐに意図を察して、

「わかった」

 と、捕手防具を俺に渡してくる。


 明石叔父さんがタイムを掛け、審判に選手交代を告げる。

 ピッチャーマウンドにサイカ。捕手として俺が防具を取り付けて座った。


 悪いね山葵本舗さん。ここで、正真正銘のスーパーヒロインを守護神としてマウンドに上げる事にするよ。


 最初の投球練習では、サイカにわざと力を抜いて投げて貰った。これも相手打者を欺く為だ。

 力を抜いた……と言っても、高校のエースピッチャー並みのかなり良い球を投げてくれてる。


「女か……」

 と、相手の七番打者の人が緊張した面持ちで右打席に入ってきた。


 行くぞサイカ。


 サイカは頷き。大きく振りかぶる。

 そして投げられたボールは、ジャイロ回転するスーパーストレート。


 七番打者にとって、それがストライクかボールかなど見極める暇も与えず、俺のミットの中にボールは入っていた。

 ズドーンと、爆薬が爆発したような低い音が響き、その豪速球はど真ん中のストライクだった。


「ス、ストライク……?」

 と、俺の後ろに立ってる審判ですら驚いている。


 高校級どころかメジャーでも通用しそうな球を前に、もちろん打席に立ってる人も、相手ベンチも、みんなただ呆然と今何が起きたのか、理解に苦しんでいた。

 最終回、たかが九球投げるだけだ。思いっきり見せつけて終わりにしようサイカ。


 サイカは頷き、次の投球モーションに入る。


 ズドーン、ズドーンと、全てど真ん中のストレート。

 相手七番打者、見逃しの三球三振。

 続く八番打者は何とかバットに当てようと振ってきたが、三球三振。

 九番打者も全てど真ん中のストレートで空振り三振。


 サイカの投球は、俺の身体が僅かに後ろへ押されてしまう程の球威があり、両手でしっかり捕らないと腕が持っていかれそうになる。軟式ボールでなければ、かなり危ない球である。

 それを投げるサイカは、とても清々しい表情をしていて、気持ち良さそうだった。




 ゲームセット。

《明石野球同好会:11ー5:山葵本舗》




 俺にとって十二年振りで、ブレイバー達や千枝にとっては初めての野球は、完封とまではいかなかったが見事な勝利で終わった。

 ずっとベンチで座っているだけだった明石叔父さん含む、明石野球同好会のメンバーも、女性の華々しい野球が見れて満足した様子だ。

 明石叔父さんがニコニコした笑顔で俺に話しかけて来た。


「凄い試合だったよぉ。たまげたたまげた。みんな野球が上手いんだねぇ。東京の野球アイドルチームでも連れて来たのかい?」

「ま、まあ、そんな感じです」

 と、適当に誤魔化す。


 そして、相手の山葵本舗チームも、こちらを気にしてる様だった。この後、両チームで親睦会をするみたいな話があるみたいだけど、それは参加できそうにない。

 彼女達があまりにも人間離れした姿を披露してしまった為、これ以上互いのチームに余計な詮索をされる前に、俺達はそそくさと車で退散した。


 帰りの車内では、疲れ切った千枝が助手席でぐっすりと寝ており、不貞腐れてる朱里を除いて、ブレイバー達も満足そうな表情を浮かべていた。

 ヒヤヒヤさせられたけど、今回の試合、みんなの新しい一面が見れた様な気がするし、参加して良かったかもしれない。


 俺自身も、過去に置いて来てしまっていた何かが吹っ切れた様な……そんな気がする。






【解説】

◆野球用語について

 今回、沢山の野球用語が出たので、それを全て説明しようとしたが、大変だったので諦めた。申し訳ない。


◆明石野球同好会チーム

 商店街の店主が中心となって作られた野球同好会で、六十歳前後のおじさん達による野球好きの集まり。

 実はほとんど試合に勝った事が無く、試合中もお酒を飲みながらのんびりプレイしている。

 そんなチームが、山葵本舗との交流戦で、偶然にも琢磨とブレイバー達を助っ人として呼ぶ形となった。


◆山葵本舗チーム

 主に中部地方で山葵を販売している中小企業で、そこの野球サークルチーム。

 若手を多く採用していて、高校野球経験者が多く在籍していた。

 特に三番打者で中堅と投手を任されている選手と、四番を任されている選手は、甲子園に出場した経験もある逸材だった。


◆ピッチャー琢磨

 元々、少年野球から高校野球まで投手として活躍してた琢磨。

 今回、十二年のブランクがあったが、管理者の力もあって、身体の衰えはほとんど感じさせずにプレイする事は出来ていた。

 今回の試合成績、打者としては四打数二安打、一犠打、二打点。投手としては六回を投げて、被安打は四つ、被本塁打は一つ、奪三振は八つ、四球は三つ、五失点と言う結果だった。


◆それぞれの活躍

 サイカは異次元のパワーと運動能力で、打者としては四打数三安打、本塁打が二つ、四球が一つ、四打点。抑え投手としても、最終回を投げて三者三振に抑える大活躍だった。


 ワタアメも異次元の俊足とトリッキーなプレイで、四打数三安打、本塁打が二つ、四打点の活躍。守備では鉄壁の守りを見せ、打席ではアクロバティック打ちと言う遊びをしていた。


 オリガミは異次元の運動能力と千枝への想いで、四打数一安打、三振が三つだった。打った球は全て相手投手に向かっていた。


 アヤノは異次元の力を使い熟せていないものの、人間だった頃のテニスをやっていた経験が活きて粘り強いバッティングをしたが、四打数無安打、四球が一つと言う結果に終わった。


 千枝は運動音痴で四打数無安打、三振が一、四球が一つ、死球が一つ、敬遠が一つだった。ブレイバーにサポートされながら、初心者なりに頑張っていた。


 朱里も同じく、四打数無安打、三振が三つ、四球が一つ。見せ場が作れず、不機嫌になっていた。


◆試合の総評

 一見、良い試合をしていた様にも見えるが、よく見てみると酷い試合内容である。


挿絵(By みてみん)

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