95.後悔先に立たず
イグディノムバグは全ての腕を斬り落とされ、全方向から全部位に武器が刺さっていた。
それはまるで剣山にでもされてしまったかの様に、無残な姿をケリドウェンの前に晒している。
この時、上空から無傷でイグディノムバグを見下ろしているケリドウェンは、このバグの異常性に気付いていた。
それはイグディノムバグのコアとなる部分に、結晶化した海藤武則が絶命した状態で埋まっていたのが見えたからである。
ケリドウェンはそれを見て、険しい表情で攻撃の手を緩めた。
すると、左腕を失った状態のロウセンが前に出て、右手のビームライフルを向け、迷わず発射する。
放たれたビームは、海藤武則の遺体ごとコアを蒸発させ、イグディノムバグは消滅を始めた。
遠くで消滅するイグディノムバグが目視できる位置にある警察の仮設司令本部では、現れた逢坂吾妻を前に空気が張り詰めていた。
吾妻は足元が覚束ず、膝を地面に着け、倒れそうになりながらも持ち堪える。そんな彼の顔は、前に見た時よりも具合が悪そうで、まるで死期が迫ってる様だ。
俺はそんな吾妻に語り掛ける。
「逢坂吾妻、もう終わりにしよう」
それを聞いた吾妻はしばらく静かに笑った後、口を開いた。
「俺はさぁ……馬鹿が嫌いなんだよ。昔から。お前に焚き付けられた千枝だってそうだ。あいつは、俺がいくら殴っても文句一つ言わなかったんだからな。おかしいだろ。笑っちまうだろ。頭の悪い奴は虐げられる存在であるべきで、能力に恵まれた奴が上に立つべき。そういう世界だろう。俺たちは……そういう生き物だろうが」
「お前も、人の気持ちが分からない、ただの馬鹿だよ」
「ハッ、何も身に付けず、知識と感情を言葉にもできない奴に、合わせる必要が何処にある。ただ黙って、座ってるだけで、幸福が舞い降りて来るか。来ないだろ。行動した奴が勝つんだよ。行動できる奴しか生き残れない」
「それはエゴだ。お前のその思想に食い殺された人が何人いたと思う」
「それだけの力を俺は手に入れた。お前だってそうだろう。異世界から来る怪物に食い殺される未来があるなら、先に食い殺す側に立つ。お前を倒し、千枝を取り戻し、異常な力を世に示す。それが俺の進むべき道だった」
「ブレイバーは怪物なんかじゃない。どんな力があろうと、そこに人としての意思がある限り、独裁なんて絶対に成功しない。歴史から何も学ばなかったのか」
「俺を失敗した馬鹿共と一緒にするな! 俺は違う! 新世界の王に選ばれた! これほど生に充実した日など今まで無かったさ!」
「……やっぱりお前は馬鹿だよ逢坂吾妻。お前が信じた悪しき王は、自分の慢心によって死んだ。お前も同類だ」
「それが新世界を拒むお前の罪だ。その先に何があるかも知ろうともせず、ブレイバーと仲良く正義のヒーロー気取りできるのも……今のうちだ明月琢磨」
そう言い放った吾妻は、咳と共に口から血を吐き、苦しそうに胸を押さえた後、舌打ちした。
「またお前は生き返るのか?」
と、俺が問う。
「俺は……人間としてはもう死んでる。レクスの加護が消えた今、もう時間が無い」
「死んでる?」
「たった一つの病気で、こんな……いや、そんな事は、もうどうでもいい」
俺が会話で時間稼ぎをしてる間に、警察官が後ろから足音を立てずに吾妻の背後から接近していた。
弱った様子の彼を取り押さえ、逮捕しようという算段だ。
「確保ぉー!」
と、一人と警察官が叫び、三人掛かりで吾妻に飛び掛かる。
吾妻は咄嗟に日本刀をその手に召喚して、一人の警察官を斬った。
思いもよらぬ武器の登場に警察官が恐れ慄き、距離を取る。
それを見て、周囲の警察官が一斉に盾と拳銃を構えた。
「待て!」
と、俺が彼らの発砲を止めさせる。
警察官を追い払った刀で吾妻は、そのまま振り向いて俺を見ると、手で挑発してきた。
「次元の管理者。俺とお前、どっちが新世界の上に立つ者として相応しいか、どっちが本物の化け物か、今ここで証明してやるよ」
すると、心配そうに事の行く末を見守っていた千枝の叫びが聞こえた。
「たっくん!」
俺は心配してくれてる千枝の顔を見て、頷く。
さて、この場面、武器を召喚するという術を持たない俺は丸腰であり、立派な日本刀を持つ吾妻に勝てる算段がある訳でも無い。
管理者、お前はどう思う。
(散々放置しておいて、今更、我に頼るか)
この際、それしかないと思った。
(あの男、レクスから我の擬似能力を与えられ、ブレイバーや武器の召喚を行なっているね)
そんな事は分かってる。
(オリジナルはこっちさ。先ほどキミは、サイカに同化して本来存在し得ない剣を創造したんだ。できない訳がないだろう。今更、人間ぶるな)
やり方が分からない。
(想像による創造。キミがブレイバーを召喚した時や、ワタアメを救った時と同じ。要はイメージの問題だ。君は今、最高の権限を持っている。我も少しだけ手を貸そう)
分かった。やってみる。
俺は右手を前に出し、そして手の平の中心に意識を集中する。
俺が想像するのはサイカの剣。ワールドオブアドベンチャーでミーティアから貰った白い日本刀。
来い……来い、来いッ!
俺の眼が青く光り、右手の周りに光が集まる。
手に纏う光の中から、ゆっくりと現れたのは……日本の名刀、菊一文字則宗。
まるでこの日を待っていたかの様に、かつて日本の名高い剣豪が愛用したと言われる美しい刀が俺の手によって創造された。
サイカが使っているコンピューターグラフィックで再現されたキクイチモンジや、バグと戦う為に特化されたノリムネとは別物。国宝とされる実物を見た事は無いが、きっとそれとも違う剣なのだろう。
しかしそれは、とても美しい刀だった。
俺が日本刀を召喚する姿に、周囲にいる全ての人間と、吾妻でさえも見惚れていた。
手に持った刀を鞘から抜き、少しだけ振り回してその重さを確かめる。ずっしりとした重さが物語るのは、これが悪を裁き世を正す正義の剣であるからなのかもしれない。
吾妻は嬉しそうに笑い、言った。
「良いねぇ! それでこそ俺のライバルだ!」
俺は言い返す。
「これで最後だ。犠牲になった人達の無念を、俺はこの剣に込める」
「有象無象の命など、恐れる訳がない!」
意気揚々と俺に飛び掛かってくる吾妻。
俺は戦闘のプロじゃない。ましてや剣術を習った事なんてない。
(サイカを思い出せ)
荒々しく刀の刃を向けてくる吾妻に対し、俺は……夢世界スキル《一閃》を解き放つ。
それは一瞬の出来事だった。
気付いた時には互いに背中を向けていて、吾妻の持っていた刀の刀身がポッキリと折れて地面に転がる。
そして、彼の脇腹辺りから、斬られたことによる出血が飛び散り、逢坂吾妻はその場に力無く倒れた。
俺は無傷で、菊一文字則宗には汚れ一つ無かった。
吾妻は死際にこんな事を言っていた。
「なん……で……俺なんだよ……どいつも……こいつも……」
動かなくなった吾妻に警察官達が駆け寄り、死亡確認を取る。
任務を終えたブレイバー達が、続々と森林の中から出てきて、飯村武流を背負ったワタアメも戻って来ていた。入れ違いで、消防隊員達が消火活動で慌ただしく動き始める。
アヤノは医療班のテントに運ばれた武流の様子を見に行き、増田千枝は俺の所に来てまた抱きついて来た。
俺は千枝と抱き合って、彼女の頭をそっと撫でる。
「千枝、遅れてごめん。無事で良かった。よく頑張った。全部、終わったよ」
と、俺は言葉を掛けた。
千枝はただ泣くだけだった。
赤ちゃんみたいに大声で泣いて、俺の胸を涙で濡らす。それほど怖い目にあったのだろう。
そんな俺と千枝の所に、ブレイバーブランがやって来た。
彼は眠る毛布に包まれてオリガミを両手に抱えていて、それに気付き泣き止んだ千枝は、オリガミの顔を覗き込み、その頬に手を触れる。
オリガミは生きている。
レクスの消滅により呪縛から解かれ、元の姿に戻っていた。まずは一安心と言うところではあるが、彼女の今後の処遇という課題も残る。
ブランが言うには、オリガミはレクスに洗脳されていただけで、根は良いブレイバーとの事だった。それを聞いた千枝は少し嬉しそうに微笑んだ。
続いて、クロードが医療班テントに運んで来たサイカの所に俺は向かう。
そこでもベッドに寝ているサイカがいて、俺は彼女の横に座ってしばらくその寝顔を眺めていた。
すると、サイカの目が開いて、俺の方を見てこう言った。
「……終わったか?」
「終わったよ。全部終わった」
「レクスは?」
「消えた。少なくとも、この世界からは」
「そうか……やっと、終わったんだな」
やっと終わったと言うサイカの言葉は、深く重く感じ取れた。
サイカはレクスを倒すため、二年前を軸にこの現実世界を繰り返していた。それこそ何百回、何万回と戦闘を行い、出会いと別れを経験して来た。
巨悪の根源レクスは今回の戦いで倒した事は、やっとサイカの長い長い戦いに終止符が打たれたということ。彼女にとっての絶望の連鎖は断ち切られたということ。
サイカは泣く事もせず、ただ黙って手を俺の前に出してきた。ので、俺は彼女の手を両手に握り締めた。
サイカはホッとした様子で、幸せな表情を浮かべた。
「暖かい……」
満足そうにそう言うサイカを前に、気が付けば互いの手は恋人繋ぎをしていた。
数多の時を経て、俺とサイカは出会い、こうやって互いの温もりを確かめる事が出来ている。これほど待ち望んだ瞬間は、他に無い。きっとサイカもそうなのだろう。
作戦の後始末で慌ただしい医療班テントの中で、俺は周囲の音を全てシャットアウトして、サイカだけを見つめ続けた。
やっと訪れた平穏な二人の束の間を、俺とサイカは噛み締めていたと思う。
ふと、サイカは自分の横のベッドで寝ているオリガミに気付いた。
すやすやと眠るオリガミの寝顔を見て、サイカはホッとしたように微笑む。
「オリガミも無事だよ。もう大丈夫」
と、俺。
「良かった」
それは、現実世界で初めて見るサイカの笑顔だった。
すると、タイミングを見計らっていたクロードが、テントの中に入ってきて、話しかけてくる。
「よっ」
急なクロードの登場に、サイカは顔を背けたが、クロードは構わず話を続けた。
「こっちじゃろくに挨拶も出来てなかったからな。気掛かりだった。凄かったぜサイカ。あんな化け物みたいな奴を一人で倒しちまったんだからよ」
そう言うクロードに、サイカは顔を見せないままこう言った。
「馬鹿……もっと言うべき事があるだろ」
そう言われ、クロードは苦笑い。
「そりゃあさっき裸拝ませ――うぉっ!?」
クロードが言い掛けた時、背後から飛んできた小さいワタアメの尻尾がクロードの頭を殴打した。そのままワタアメは俺の頭の上に乗る。
そしてクロードは、気持ちを切り替え、サイカの頭に手を乗せながらゆっくりと語り出した。
「サイカ。俺、あんまこういう時、なんて言えば良いか、言葉が見つからねぇんだけどよ……向こうでは世話になった。お陰で俺は、こっちで琢磨と一緒に楽しく生きれた。ブレイバーとして、人間の為に戦ってこれた。全部お前のお陰だよ。お前との出会いが無ければ、きっと俺は琢磨に選ばれてなかったからな。ありがとう」
「…………」
「サイカ、その可愛い顔を俺に見せてくれ」
そう言われ、サイカはおずおずと顔をクロードに向けた。そこには、今にも泣きそうな表情で、乙女の顔をしたサイカがいた。
クロードは微笑み、一言。
「その顔を見る為に、俺は今日まで戦ってきた」
サイカはクロードの胸倉を左手で掴んで引き寄せながら、右手で彼の頬を掴む。クロードはひょっとこみたいな変顔になった。
「なにすゅんだ!」
「その顔やめろ! あんな別れ方しておいて! 初めてクロードを見た時、胸が痛かったんだからな!」
そんな二人のやり取りを見ていたワタアメが、俺に言う。
「これは恋のライバルって奴じゃな琢磨」
「大丈夫。俺にもサイカの気持ちはよく分かってる」
「ほう。ならばわっちが琢磨を頂いてしまっても、サイカは何も言わないのじゃな」
と、ワタアメは獣人型になりながら俺を後ろから抱き締めてきた。
「わっちも頑張ったんじゃぞ。癒しをおくれ」
だが、血相変えたサイカが、ハンドレールガンを召喚してワタアメの頭に突き付ける。
「冗談じゃ」
と、ワタアメも苦笑い。
テントを出ると、千枝が立っているのが見えた。
そこは先ほど吾妻が倒れた場所で、まだ血痕が残っている。そんな場所を、暗い顔で見つめている千枝。
誘拐されて監禁されてから一週間という時間があった。
その間、千枝と吾妻の間にどんな会話があったのかは分からない。でも、その千枝なりに何か思う事があるのだろう。
俺はそんな千枝の横に立ち、聞いてみる。
「吾妻の病気、知ってた?」
「……全然知らなかった。そんな事、何も……」
「レクスに頼るしか、彼には道が無かったのかもね」
「もし、私がもっとあいつにちゃんとしてれば、こんな事にはならなかったのかな?」
「いや、無理だったよ。吾妻はもっと根本的なところで、俺達とは見てる世界が違ったんだ」
「そっか……」
俺と千枝の目線の先では、吹き飛んだ左腕を再生中のブレイバーロウセンが立っていて、警察官や自衛隊員が物珍しそうに集まっていた。
いや、むしろ物言わぬ巨大ロボットに言葉が通じるかも分からず、人間達は扱いに困ってる様子だ。
周りを見渡せば、この場には様々なブレイバーが交流を楽しんでいた。
ルビーとナポンはクロードと三人で談笑していて、エオナとブランはテント内でサイカと何か真剣な話しをしてる。ケリドウェンはその場にいる人たちに武器召喚を見せびらかし、ケリドウェンの武器に触ろうとする人をメイド達が止めてる。ケークンとジーエイチセブンは装甲車の上に座って、夜空を見上げながらしんみりと会話をしている。ここまで一緒に来た明月朱里と下村レイは、煙を出しているブレイバーリンク装置の修理と調整作業を行なっている様だ。ワタアメは……アヤノに短剣の構え方を教えている。
まるで今の戦いが嘘だったかの様に、みんな思い思いの人と、それぞれの時間を過ごしている。
それでも、今回の戦いで犠牲になった警察の特殊部隊員の回収をする自衛隊員や、火事の消火に当たる消防隊員の姿は生々しく思えた。
千枝は、思い出したかの様に聞いてきた。
「たっくん、お兄ちゃんは何処?」
その質問に、俺は即答できなかった。
二日後。
首謀者である逢坂吾妻の素性や生い立ちが公表されていく一方で、世間は今回の作戦について賛否両論で盛り上がっていた。人質の民間人が二十二人中、七人が死亡した事や、警察官が三十人以上死亡し重軽傷者も多数出た事、禁足地で戦闘行為を行った事、そういったマイナス面を浮き彫りにされ、各種メディアが報じていた。
BCUの解体や、ブレイバーの追放を訴える団体も現れ、内閣総理大臣や国防省長官、矢井田司令もインタビューの対象となっている。
被害者遺族はテレビで泣きながら語り、俺達の立場が危ぶまれていく世論の動きを見ていると、俺達は何の為に戦ったのか、本当に正しい選択ができたのか、分からなくなってきた。
テロリストのメンバーと思われる笹野栄子容疑者や、ブレイバーシャーク容疑者は行方をくらましている事から、大々的に指名手配される。
リーダーの吾妻がいなくなった今、彼らが何処に行ったのか、BCUの調査部も必死になって探していた。
そんな中、警察署内の留置所で拘束されて取り調べを受けていたブレイバーオリガミは、テロリスト及び吾妻との関係性が乏しく、人質を救出していた事が記録映像からも確認できた為、BCUに引き渡される事となった。
オリガミは護送車でBCU本部に運ばれて来たのを、俺と千枝、そしてサイカとブランで出迎えた。
拘束されていた二日間の間、オリガミはとても大人しく、淡々と警察官からの質問に答えていたと言う。
三日後。
被害者の葬儀と告別式が各地で行われ、俺は千枝と一緒に、彼女の兄である増田雄也の式に参加。ミーティアも一般人に変装して、自身の夢主の式に参加しているそうだ。
アマツカミの中の人、雄也の葬儀には、ブランの夢主である栗部蒼羽と、今回無事に救出されたハンゾウとミケの立川夫婦や、他にもシノビセブンメンバーの夢主が勢揃いしている。
千枝は兄の死を前にしても、しばらくは取り調べや事情聴取に追われて惜しむ時間を与えて貰えず、夜な夜な俺の横で泣く日々だった。この日、喪服を着た千枝は、暗い表情をしていたものの、涙を流す事なく、過ごしていた。
俺も、何処かで彼が死んだという現実が受け止められていなかったけど、俺も見たことがないくらいの笑顔を見せる遺影写真や、綺麗な死に顔、出棺の際に彼が好きだったアニメグッズが飾られてる様は、ああ本当に亡くなったのだと改めて実感させられた。
ワールドオブアドベンチャーで、シノビセブン七人で撮った集合写真をプリントアウトした物を、俺は彼の顔の横に置いた。これが、俺と彼との一番の思い出で、一番幸せだった時期の写真だと思ったからだ。
火葬の待機時間の間、物言わぬ千枝を他所に、俺は彼女と雄也のご両親に声を掛けられた。
「この度は、千枝と雄也を救う為にご尽力頂きまして誠にありがとうございました」
と、泣きながら千枝の母が深々と頭を下げる。
「いえ、こちらも対処が間に合わず、申し訳なかったと思ってます」
と、俺も頭を下げた。
続いて、千枝の父が言った。
「世間では自衛隊の対応が悪かったなんて言われてるけどね、私たちはそうは思っていないよ。悪いのは全てテロリストだ。失った命より、君たちが救った命の方が多い。現に千枝だって、こうしてここに立っているのだから。家族を二人も同時に失うなんて事にならなかったのは、不幸中の幸いと思っている」
「……ありがとうございます」
「明月琢磨くん。君は、千枝とお付き合いをしていると聞いているが、それは間違い無いね?」
「はい。間違い無いです」
俺と千枝の父は、少し離れたところで座って親戚と話をしている千枝に目を向けた。
そして千枝の父は言った。
「千枝は昔から、自分勝手で臆病で、視野が狭い子だ。いつも悪い男にばかり惹かれてね、今回の事件に巻き込まれたのも、昔の男絡みだったと聞いてる。本当に頭の悪い子だと思うよ。だからこそ私は心配でね。一緒に暮らして面倒見ていた雄也がいなくなってしまった今、千枝をこっちで引き取ろうと考えていた。だけど、君の様な人が一緒にいてくれるのであれば、今後も千枝を任せたい。きっとあの子もそれが望みだろう」
俺は、確かにご両親と一緒に田舎に還った方が安全なのではと考えたが、でも、千枝の精神を考えると傍に居てあげたいと思う。
だから俺は、こう答えた。
「俺に……任せてください」
と。
四日後。
犠牲となった警察官、三十七名の追悼式典が行われたこの日。救出された人質の中から、何人かにBCU本部まで来て貰い、監禁されていた間にあった事などを話を聞かせて貰う機会を作った。
その中で、千枝と一緒に救出されたインターネット配信者ココ太郎改め、池神尚文から衝撃的な証言を得る事になる。
「俺は見たんだ!」
と、誘拐される直前の出来事を赤裸々に話す尚文の証言はこうだった。
尚文はスペースゲームズ社の管理会社を名乗る人物から電話があり、密告を餌に呼び出された。そして待ち合わせの時間より三十分ほど早く指定の場所に行ったところ、そこには眼鏡を掛けた成人男性と、逢坂吾妻、そしてレクスが一緒にいる現場を見たと言う。
すぐに危機を感じた尚文は、隠れて遠くから様子を見ていたそうだが、会話の内容までは聞こえず、バレそうになったので途中で逃げ出したそうだ。そして途中からバグに追われ、何とか家に逃げ帰った後、あの問題のインターネット配信へと繋がった。
その時、吾妻らと一緒にいた眼鏡の男性。写真で確認を取ったところ……
高枝左之助、その人であると尚文は断言した。
決定的な証拠は無いものの、その事は警察側にも共有され、すぐに捜査が開始された。
しかし、本人は一身上の都合からスペースゲームズ社を数日前に退職していて、自宅ももぬけの殻となっており、行方不明となっていた。その為、笹野栄子容疑者と共謀の可能性もある事を視野に入れ、警察は全力で彼の足取りを追う調査が開始した。
まさかの証言に耳を疑うばかりだったが、まずは日本警察にこの調査は委ねられる事となる。
そしてもう一つ、意外だったのはブレイバーミケによって神隠しの森で監禁されていた立川明莉の証言だった。
ミケは人質に暴力を振るう一方で、生きる事の大切さを説き、明莉のお腹にいる赤ちゃんを気遣っている一面もあり、食事などはしっかりと用意してくれたそうだ。恐ろしさの中に、ミケなりの優しさがあったと、明莉は語った。
そうやって、敵とされていたブレイバーの一週間に渡る心意気が垣間見えもしたが、過酷な環境で一週間も囚われていた苦しみは変わらない。
多くの犠牲者を出した富士溶岩洞窟に至っては、アマツカミと過ごした人質が全員死亡してしまった事から、いったいそこで何があったのかは知る由も無かった。
五日後。
この日は、活躍してくれたブレイバー達とお別れの日となった。
戦いから数日間は一般人に変装して、それぞれの夢主達やブレイバー同士と過ごす時間を作っていたが、まだ異世界側で消滅していないブレイバー達をログアウトさせる運びとなった。
ルビーは、
「ナポンがいたから協力しただけだから、勘違いしないで頂戴」
と、言い残し消えていった。
そしてルビーの相方であるナポンは、ルビーと一緒じゃないと戦えないという理由から、一緒にログアウトさせた。
続いて、エオナ。
「力及ばず、申し訳無かった。また困った時は呼んでくれ」
続いて、ケリドウェン。
「満足しましたわ。ハンバーガーも興味深い味でした。次呼ぶ時は、もっと美味しい紅茶を用意しておきなさい」
隕石を落とそうとした女とは思えない台詞を、彼女は吐き捨てて消えて行った。
ケリドウェンのメイド達四名も又、
「ケリドウェン様とご一緒する機会を作って頂き、本当にありがとうございました。ですが、私たちは今後もケリドウェン様の下以外で働くつもりはありません。またの機会にお呼び頂ければ幸いでございます」
と、メイド長ナーテが総意を伝えてきたので、メイド四名もログアウトする事となった。
そしてロウセンも、異世界に戻りたい意思を確認できた為、ログアウトさせた。
BCU本部の屋上で、沢山の関係者や自衛隊員に見守られながら、世話になった一人一人のブレイバーに俺は別れの挨拶と感謝の言葉を伝えログアウトさせて行く。
一人一人が光の粒となって消えていく様は、何処か神秘的な儀式の様で、不思議な感覚だった。
その後、それぞれの夢主達にも感謝を伝え、見送りをした。
ブレイバーに人権は無く、消滅してしまったブレイバーの告別式や葬儀が行われる事もない。
だからこそ、改めて、心からの感謝を、協力してくれたブレイバー達とその夢主達に送りたい。本当にありがとう。
六日後。
この日は、インターネット上のSNSを中心に、奇妙な噂が流れ始めている事に、調査部の園田真琴が気付いて報告をしてきた。
俺の執務室で、サイカと、小さいワタアメと、アヤノ、オリガミ、そして千枝という五人の女性が居座ってる中で、園田さんはタブレット端末を片手に言った。
「奇妙な噂?」
と、俺。
「はい。最初はコスプレイヤー同士が喧嘩をしていた……という話から、若者達の間で、奇妙なゲームが流行っているとの話も。関連と思われる投稿は先日の事件以降から日に日に増え、本日時点で四十七件。一部、現場で撮影されたとされる動画を入手できましたので送ります」
園田さんの端末から、俺のタブレット端末に動画が送られてきたので、それを再生すると、ワタアメも覗き込んできた。
そこには剣を持った女と、銃を持った男が、深夜の人気の無い公園で戦闘している所が映されていた。しかも異常な運動能力で、時より何か魔法の様な物を出してるのが見える。撮影者は途中で逃げ出し、動画は最後まで撮影されていなかった。
それを見たワタアメは、
「ブレイバーじゃな」
と述べるので、俺が続けて意見を述べる。
「有り得ない。ブレイバーの話題に便乗した合成動画だろ。こんな映像、いくらだって作れる」
それを聞いた園田さんが言った。
「この映像の現場となった場所も調査しましたが、戦闘の痕跡も無く、ネット上でも合成映像であるという見解がほとんどです。まだメディアで報じられる事態にもなっていません。ですが、調査部としてはまだ行方の分からないブレイバーシャークの存在もありますので、この件について慎重に調査を進めたいと思っています」
「……後の事は頼みます」
そう俺がお願いすると、園田さんは片付けられた執務室と、大きな旅行鞄を見て、
「やはり、行かれるのですか?」
と、聞いてきた。
「あれから数日、バグ出現の事件も無くなったからね。このまま訳の分からない所に連れていかれるくらいなら、姿を消すよ。もう誰かが傷つく戦争に巻き込まれたく無い」
大蛇との戦いの直前、明月朱里が持ち込んできた裏情報があった。
それは事が済んだ後に、国際平和連盟が俺の身柄を引き渡す事を要求してきており、日本政府はそれを承諾したという情報だった。それがいつ行われるかの情報はまだ無いが、日本でのバグの脅威が去った事が確認出来次第、実行されると予想している。
なので俺は、サイカやワタアメを含む特別なブレイバー達を連れて、姿を消す事を決意した。
その事は、ブレイバーやBCUの関係者に伝えていて、協力して貰える事になっている。
こうなってしまうのはとても悲しい事だと思う。でも、国際事情に詳しい人が言うには、世界の平和を考えると仕方の無い取引なのだと言う。
言うなれば、俺は危険な人間兵器を生成できてしまう唯一の存在であり、見方によっては日本が新兵器を持ってしまっている事になる。度重なる日本での戦闘で、ブレイバーの強大な力を更に世に知らしめてしまった。その代償とも言える。
今は亡き吾妻はもしかしたら、この事を予期していたのかもしれない。
園田さんは次に、俺の周りにいる女性達を見て、冷めた目で言った。
「モテモテですね」
「あ、いや、これは……なんか成り行きで……」
「ふーん、そうですか。とにかく、逃走の準備は出来ているので、出発する時はいつでも言ってください。下村さんの協力もあって、偽造パスポートや身分証、口座なども用意してあります」
「何から何まで、ありがとう」
七日後。
翌日には政府関係者の出迎えがあるという情報を入手した為、真夜中に俺たちはBCU本部を出る事にした。
俺が運転するワゴン車に乗り込むのは、一般人の服装に変装したサイカ、アヤノ、オリガミ。そしてぬいぐるみの振りをする小さいワタアメと、増田千枝、明月朱里の計六名。
ジーエイチセブン、ケークン、クロード、そしてミーティアの四名はBCUで匿う事となった。今後、また日本でバグが出現する事も考え、彼らを戦力として残す為だ。
もしもの時は、後から俺たちと合流するという計画でもある。
そしてブレイバーブラン、栗部蒼羽、クロエ、サムの四名は翌日にはアメリカに帰る事となった。
「ミスター琢磨、元気でな」
と、蒼羽が言い、俺たちは軽いハグで別れの挨拶とした。
続いてサムも俺にハグをする。
「サイカの事、よろしくな」
そしてブランは、サイカとオリガミの二人に、
「仲良くやれよ」
と言い、サイカは頷き、オリガミは目線を反らした。
そして、俺は見送りにきた四名のブレイバーに挨拶する。
「みんな、後のことは頼んだ」
「女沢山連れて逃避行とは、良いご身分だな琢磨」
と、クロードが笑顔を見せる。
「あたし達の事は心配すんな。もう二年も一緒に戦ってきた仲だから、何があっても何とかするさ」
と、ケークン。
「琢磨こそ、やばくなったらいつでも俺たちを頼っていいからな」
と、ジーエイチセブン。
そして、ずっと口を開かず何か悩んでいる様子だったミーティア。彼女は夢主がいなくなった今、結晶化の症状が出るまでは本部に残り、症状が少しでも出たら俺と合流を図るという事になった。
ミーティアは、サイカに向かって言った。
「サイカ。私もすぐそっちに行くから」
「待ってる。ミーティア」
「何?」
「琢磨がいれば可能性はまだあるから……気をしっかり」
「……そうね」
そんな会話がサイカとミーティアの間で行われ、皆が車に乗り込んだ事を確認して、極秘裏に用意された最新鋭ワゴン車のエンジンをオンにする。
するといつもは自室に閉じ篭って出てこない下村レイが珍しくその場にいて、運転席の俺に声を掛けてきた。
「恐らく、政府関係者が貴方を追ってくるわ。目立つ行動は避けた方がいい」
と、忠告されたので、俺は頷く。
こうして、深夜二時という時間なのに、矢井田司令も含むBCUの職員全員に見送られながら、俺たちは本部の地下駐車場を出発する。俺が二年間お世話になった本部施設と豊洲の地を名残惜しく思いながらも、車を発進させた。
その際、建物の外にある電光掲示板で、下村レイが開発した施設管理AIシステム、ゼニガタマルがほんの数秒だけ『行ってらっしゃい』という文字を浮かばせていたのを、俺は見逃さなかった。
この日、俺はBCUを辞め、ブレイバー達と旅に出る。
【解説】
◆逢坂吾妻と増田千枝
吾妻は千枝の元彼氏で、付き合っていた頃は千枝に対して度々暴力を振るっていた過去を持つ。
彼が外資系の企業に勤めていた頃は、表向きは稼ぎの良い営業サラリーマン。立派なマンションに住まい、千枝と同棲していた。が、吾妻による厳しい束縛によって、千枝はほとんど監禁されていたに近い。
そんな千枝にとっての心の拠り所は、兄の増田雄也に誘われ、吾妻が外出中に遊ぶワールドオブアドベンチャー(MMORPG)だった。
オリガミとして、ゲーム内で仲良くなったサイカや、兄のアマツカミに吾妻との関係を相談する仲になり、それを解決に導いたのがサイカとアマツカミだった。
その後、千枝は交際相手にDVを受けている自覚を持ち、警察に被害届を提出。間も無くして、傷害罪で吾妻は現行犯逮捕される事となる。
千枝は雄也の自宅に匿われ、サイカに好意を寄せたのもその頃である。そして吾妻は職を失い、住所不定無職となって人生のドン底に落ちる結果となった。
レクスと吾妻が出会い、共謀したのはそれ以降の話と思われ、事件を起こすまでの詳しい足取りは掴めていない。
◆逢坂吾妻の病気
病院で検査を受けた形跡も無く、詳細は不明だが、吾妻は難病を抱えていた。
死亡後の解剖結果で、食道癌末期であったと判明している。
レクスに貰った力でその症状を抑え、活動していた事になる。
◆高枝左之助の疑い
池神尚文の証言によれば、今回の事件の首謀者である逢坂吾妻やレクスと左之助は会っていたと言う。
そこでどんなやり取りが行われたかは不明だが、それが本当なのだとしたら、数日前にBCU本部に顔を出した左之助は、既に裏の繋がりがあった可能性が出てくる。
左之助は妻子共に行方不明となっていて、警察は調査を進めている。
◆ブレイバーの目撃情報
大蛇とBCUの大激戦以降、インターネット上のSNS上でブレイバーの目撃情報が投稿される様になった。いずれも戦闘をしていたと言う事だが、その場所に戦闘痕は残っていない事から悪戯とされている。
BCUの調査部は、他にブレイバーが召喚されている可能性も否めないとして、調査を進めている。
◆明月琢磨の引き渡し要請
アメリカが中心となって設立された国際平和連盟は、ブレイバーを自在に召喚できる琢磨を危険視しており、引き渡しを日本政府に要求している。
◆琢磨の能力・その参
その右手は、イメージした武器や技を具現化する事が出来る。




