94.乾坤一擲
俺は増田千枝から、どうやって逃げてきたのかを聞いて驚いた。
「オリガミが助けてくれた?」
「うん。それでアイツが凄い怒ってて」
「仲間じゃなかったのか……」
「お願いたっくん。オリガミを助けて……お願い……」
俺は指揮通信車に戻り、
「アヤノはここで待機。ワタアメはポイントに向かって。朱里は細かい状況報告を俺に。下村さんはリンク装置の操作を」
と指示を出しながら、搭載されたブレイバーリンク装置に座る。
サイカにリンクする事に、もう迷いは無い。
俺は頭にヘッドギアを装着して、リンクを開始するボタンを躊躇無く押した。
サイカとリンクするのはぶっつけ本番。
ブレイバーとリンクするその瞬間は、まるで自分が浮遊霊になったかの様な、宇宙空間に放り出された様な、そんなフワフワとした感覚が襲って来て、やがてサイカの身体と同化していくのが分かる。
「琢磨?」
サイカの声が聞こえた。
(お邪魔するよ)
「……なんだか、恥ずかしいな」
(そんなこと言わないでくれ)
「すまない。だけど、少し……安心もしている」
(とにかく今は作戦に集中。いいね?)
「分かってる。琢磨」
(ん?)
「私の全てを、貴方に預ける」
(俺も、俺が持つ全ての力でサイカを助けるよ)
白い巨人は再び空を飛ぶ。
イグディノムバグの八本腕から次々と放たれる光線を横移動と盾で防ぎながら、ロウセンはビームライフルの照準を合わせ、巨大バグに向かって放った。
一発目、二発目と、ビームを直撃させるロウセン。
その度に爆発が起き、イグディノムバグの表面が削れているのが分かる。
しかし八本の光線が隙無く継続的に放たてきており、ロウセンはブースターやスラスターの強弱を使い、変則的な動きで回避していく。が、一発は脚に食らってしまっていた。
その時、イグディノムバグは二本の手で周囲の燃える樹木を根こそぎ引き抜き、それをロウセンに向けて二つ投擲してきたので、ロウセンは一つをビームで撃ち落とし、もう一つを盾で弾いた。
その樹木の投擲は目くらましで、イグディノムバグは八本の腕を一点に集中。少し溜めた後に、超高火力の破壊光線を撃ってきていた。
ロウセンは避けるのが間に合わない為、それを盾で防御する。盾が徐々に溶ける高温を前に、ロウセンは盾を犠牲にしながらその場に捨て置き、上昇する事で光線を回避。それにより、ロウセンの盾は微塵も残らず消え去った。
ここに来てロウセンはブレイバーとしては一度も使用した事が無かった夢世界スキル《フォーミュラシステム》を起動。
ロウセンの機体が僅かに変形して、赤い輝きを放つりそして機動力が大幅に増した。
空中で側転しながらビームライフルを三連射した後、ビームライフルを投げ捨てたロウセンは、背中の剣を抜く。
今の攻撃によるイグディノムバグの硬直と、ビーム三連射によって怯んだ隙を狙って、前に突撃した。
するとイグディノムバグは二本の腕の手のひらに光の突起物を生み出し、それを剣の様に扱う事で、近接戦に対応。
ロウセンの剣と、イグディノムバグの二本の剣が激しく衝突した。と思えば、イグディノムバグは他の余った手で至近距離から光線も放ってくる。
ロウセンは飛んで回避しながら、ステップを踏んでもう一度斬る。
イグディノムバグの腕の一本が斬り落とされ、宙を舞った。
そんな巨大バグと巨大ロボットの激しい戦闘が繰り広げられているすぐ近く、半壊したセルーナホテルの裏口前。
ブレイバーブランの前に浮かぶ影の塊を吸収するかの様にして、ゆっくりと姿を見せたのは……変わり果てたブレイバーオリガミだった。
血が通っていないのかと思えるほど色白の肌、真っ赤に輝く瞳。
色褪せた髪色、黄色い忍び装束が黒く染まって、プロジェクトサイカスーツのパーツと思われる物が各所に装着されていて、それも黒く染まっている。そしてドラゴンを思わせる黒く長い尻尾と大きな翼。何よりも目立つのは、左腕が黒のプロジェクトサイカランチャーと同化してしまったかの様な、悍ましい姿となっていた。右手にも、元がどんな物だったのかも分からない、彼女の背丈の三倍はあろう長く真っ黒な剣を持っている。
その姿は、ブレイバーとバグと機械が全て混ざってしまったかの様な姿。それこそ『黒い機械兵器少女』と呼べてしまう様な、醜くも猛々しい姿だった。
(こいつはいったいどうなってんだよ! これがオリガミなのか!?)
と、栗部蒼羽。
銀色サイカスーツを着ているブランは、一旦空を飛んで距離を取りつつ答える。
「レクスの仕業だ。くそっ! なんでこうなっちまうんだよ!」
(落ち着けブラン)
「……こうなってしまったのも、全ては俺たちに原因がある。シノビセブンの仲間と戦うなんて事、サイカにやらせる訳にはいかない。こんな悲しい思いを……これ以上あいつにさせてなるものか!」
と、ブランはオリガミに向かってノリムネを構える。
オリガミは無表情のまま、
「……排除」
と言い放ち、左腕のランチャーをブランに向ける。
すぐにその砲口から真っ赤なレーザーが放たれ、ブランはそれを避けた。
そこから、ブランは夢世界スキル《背水の陣》で自己強化を行い、オリガミに向かって飛ぶ。オリガミによる第二射も避け、間合いまで近付いたところで、夢世界スキル《五月雨の太刀》で連続斬り。続け様に夢世界スキル《鳳凰烈風斬》で乱撃。
オリガミは右手の剣でそれを全ていなして、反撃の一振りでブランを斬り飛ばす。
だがブランは夢世界スキル《忍法束縛陣》で糸を巡らせ、オリガミを強固な糸で捕らえる事に成功した。
糸に巻き付かれ、身動きが取れなくなったというのに、オリガミの表情は造形の様に変わらない。
そんな状況で、オリガミは言った。
「百華手裏剣」
すると、オリガミの周囲から百個の手裏剣が飛び出し、その全てが花吹雪の如く乱れながらブランに襲い掛かる。
ブランは糸を維持していたが為に身動きが取れず、その手裏剣の吹雪に襲われる形となった。
「なっ! 夢世界の技も使うか!」
と、ブラン。
オリガミを捕らえていた糸が途切れ、ブランが身に纏ってるプロジェクトサイカスーツが手裏剣により破損して行く。
自由となったオリガミは、再び左腕のランチャーを構えた。
「フルチャージ……滅殺」
彼女がそう言うと、その腕のランチャーが形態変化。砲口が大きくなり、やがて先ほどよりも強化された極太ビームが発射される。
(空蝉!)
蒼羽の声で、咄嗟に夢世界スキル《空蝉》を使い、幻影でビームを回避。
その隙を狙って、オリガミは一瞬で間合いを詰めて来ており、彼女の剣でブランは斬られた。
「速いッ!」
(避けろブラン!)
しかし、オリガミの容赦ない連続斬撃によって、ブランは空中で八つ裂きにされた。
機械の翼は壊れても尚、落下することも許さない連撃を喰らい、ブランのスーツが大破。砕けたフェイスパーツの隙間からブランの素顔が見えたところで、ブランは必死の抵抗としてノリムネを使いフルブーストで薙ぎ払う。
オリガミはそれを剣で受け止めるも、少し吹き飛ばされる事となった。
地面に落下し、転がるブラン。
それを追撃しようとするオリガミだったが、咄嗟にカバーに入ってきたロウセンの剣と、遠くからクロードが狙撃をして来た事でオリガミは追撃を中断する事となった。
地上では、ルビー、ナポン、エオナ、そしてジーエイチセブン、ケークンが率先してイグディノムバグに生成されたバグの処理に当たっていて大乱戦となっていた。
そんなどさくさに紛れて、人型になったワタアメが軽快な動きで半壊しているホテルの中へと侵入。残る人質の捜索に当たっている。
そして戦火の真っ只中で暴れるロウセンは、三本の腕を失ったイグディノムバグに対して、剣を突き刺していた。
遥か上空まで上昇したオリガミが、そんなロウセンに狙いを定め、
「フルチャージ……排除」
と、特大ビーム砲を放つ。
ロウセンはそれに反応して、盾を再度召喚して防御しようとするも間に合わず、ロウセンの左腕が吹き飛んだ。
怯んだ瞬間をイグディノムバグに狙われ、拳で殴り飛ばされるロウセン。
倒れて態勢が崩れたところに、オリガミが急降下で詰め寄って来て、右手の長い剣を振り上げた――――
俺は、奥の手を出すなら、ここしか無いと思った。
きっと彼女も同じ考えだったのだろう。
『「ロウセン!!」』
俺とサイカがロウセンの名を叫ぶ。
ロウセンの胸にあるコクピットハッチが開かれ、中からサイカが飛び出した。
度肝を抜かれたオリガミに、サイカは刀身が橙色に輝くキクイチモンジで夢世界スキル《一閃》を放ち、剣を振り上げているオリガミの胴体を真っ二つに切断する。
「御免!」
サイカはそう言い残し、赤いマフラーを宙に漂わせながら、空中でくるりと回転して武器を納刀しながら地面に着地。
続いてハンドレールガンを召喚して両手で構え、腕を修復中のイグディノムバグに向かって発射。イグディノムバグの頭部を吹き飛ばした。
援護するかの様に、ドローンバグが四体取り囲んで来たが、サイカは再び刀を抜いて夢世界スキル《乱星剣舞》で瞬く間に一掃。
旋風の様に舞った後に、回転しながら地面に再度着地した。
一連の攻撃は、一切の抜かりのない鮮やかな手際の良さだった。
真っ二つにされたオリガミの上半身と下半身が、落下する。
イグディノムバグも頭を破損した事で、動きが止まった。
そんな様子を、上空に浮遊して見下ろしているレクスと逢坂吾妻。
「本命がご到着か」
と、吾妻。
「オーメン! 待っていたよサイカ!」
と、レクスは楽しそうである。
地上からサイカは再びハンドレールガンを放ち、その弾はレクスを貫通。レクスの影の様な身体に大穴を空けた。
だが、何事も無かったかの様にレクスは元通りになった。
「少し私が戯れるとしよう」
「あんたまでやられるなんて事は無いよな?」
「私を倒せる者など、存在し得ないさ」
そう言い残し、レクスは煙の様に消えた。
一方、ホテル内部に侵入して、足音も立てず静かに捜索をするワタアメ。彼女は残る人質である飯村武流を探していた。
もしかしたら、先ほどのイグディノムバグ出現時に起きた建物の崩壊に巻き込まれた可能性も捨てきれない中で、ワタアメは物音一つ聞き流さない様、慎重に部屋を確認して行く。
レストラン予定だったと思われる部屋を捜索して、廊下に出た時だった。
そこで待っていた男ブレイバーの鋭い槍がワタアメを襲ったので、ワタアメはまるで読んでいたかの様に回避。
ブレイバータケルである、
タケルの槍は壁を破壊するほどの威力で、当たっていれば一溜りも無かった。
ワタアメは素早く弓矢を放ち、タケルの背中に矢を刺す。
痛みを感じてる様子も無く、タケルは振り向いて槍を構えた。
「なんじゃ、お主」
ワタアメがそう問い掛けると、タケルは言った。
「ミリアの夢主は何処だ」
「ミリア?」
「俺はミリアに会う為にここに来た。レクスはお前たちBCUが、ミリアの夢主の居所を知ってると言っていたんだ。だからそれを教えろ」
「はて、何のことを言ってるのか……わっちには分からんな」
「とぼけるなっ!」
再びタケルの高速の突きが放たれるが、ワタアメはまたも避けて、今度はタケルの足に矢を刺して弄ぶ。
「やめておけ世間知らずの若造。お主ではわっちには勝てんよ」
「黙れ!」
「そのミリアとやらは、お主にとって大事なブレイバーなんじゃな。恋人か?」
「ミリアを見捨てた夢主を俺は許さない!」
と、タケルはバグ化の力を使った。
「二度目は言わん。わっちに会ったこと、不運だったと後悔しなんし」
タケルが肌を黒く染めながら、超高速の突き。
ワタアメも腕と両足だけ部分的にバグ化しながら、それに対応して、弓では無く短剣を片手に持って――――
タケルは槍を避けられただけでなく、ワタアメにコアを刺されていた。
ワタアメはニヤァっと笑い、
「慈悲は無いぞ」
と、言い捨てる。
タケルは消滅していく中、その戦闘を近くの階段で座って見ていたブレイバーシャークが拍手をしていた。
「お見事」
と、シャーク。
そこにシャークがいる事に最初から気付いていたワタアメは、特に驚く様子もなかった。
「なぜ助けてやらんかった」
「戦ったらどうなるかくらい、見りゃ分かる」
「見た目に反して、賢い奴じゃな」
「俺様を馬鹿にしてんのか? まあいい。もう一人の人質は地下に監禁されてるぜ。鍵の掛かった部屋だ。行けば分かる」
「なぜそれをわっちに教えるのかえ?」
「この場面、もう人質に価値なんてねぇからだよ」
そんな事を言い残し、シャークは武器に一度も手を掛ける事なく、その場から階段を上って見えなくなってしまった。
ワタアメはそんな彼の背中をしばし見て、
「おかしな男じゃ」
と、逆に階段を下って行った。
その頃、サイカは巨悪の根源であるレクスと対面していた。
周囲を燃え盛る草木に囲まれた、逃げ場なんてほとんど無い中で、レクスはそこに最初からいたかのように現れた。
その光景に、サイカの脳裏にはかつての仲間達がレクスによって全滅させられた映像がフラッシュバックする。
(サイカ……)
と、俺が声を掛ける。
「分かってる」
そう言ってサイカは刀を構えた。
レクスは何か言葉を掛けてくるのかと思ったが、何も口に出す事なく、いきなり腕を伸ばしてサイカを攻撃。
サイカは飛び回ってそれを避け、隙を見つけて前に飛び込んでレクスを斬る。
だが、サイカの刀はするりとレクスの身体を透き通り、斬れているはずなのに全く斬った感触が無かった。
(これじゃまるで幽霊を斬ってるみたいだ)
サイカはレクスから距離を取りながらハンドレールガンを一発撃ち、それをレクスに命中させるもその弾によって出来た穴もすぐに修復されてしまう。
レクスは手を鋭い刃へと変え、鞭の様にしならせて左右から同時攻撃。
「攻撃ができるのなら!」
と、サイカは空中で横一回転。
刀でレクスの腕を斬り落とした。
(そうか、いくら実体が無いとは言っても、攻撃する瞬間は少なくとも実体があるって事か!)
「それがあいつの弱点!」
サイカはもう一度前に出る。
絶え間なくレクスに連続斬りをして、レクスが反撃に出る瞬間を見計らった。
一瞬、レクスが何か動きを見せた時を見逃さず、サイカのキクイチモンジが切り裂く。そこには斬った感触が確かにあった。
レクスは堪らず瞬間移動でサイカから距離を取り、
「ッ! ならば!」
と、地面から黒い触手の様な物を無数に伸ばしてサイカを遠距離から襲った。
まるでかつてのマザーバグ戦を思い出させるその攻撃に対し、サイカは左手に持つハンドレールガンを黒い刀のコガラスマルに換装。
右手にキクイチモンジ、左手にコガラスマルを持ち、二刀流で迫る触手を斬り落としていく。
サイカにとってキクイチモンジはかつての歴戦を勝ち抜いて来た記憶が、コガラスマルには数百回と歴史を繰り返して来た苦悩と琢磨から貰ったという思い出が込められている。
そしてこの二刀流は、ワールドオブアドベンチャーのクノイチには無い技であり、サイカがブレイバーエンキドやミーティアの剣術を参考に編み出した技。実戦使用は初めてで、構えも何もなく、ただ我武者羅に触手を斬り捨てていた。
サイカは前に出る。
触手を出現させて攻撃を仕掛けてきているレクスに、もう一度あの影に一太刀入れる為、前へ、更に前へ。
数十本の触手を退け、迫り来るサイカを前にしたレクスは、
「これならどうだ!」
と、地面を伝って影の手をサイカの足元へ。
サイカの足を掴み、動きを封じた上で四方からの触手攻撃。それに加え、レクスは刃の腕を伸ばして逃れる猶予を与えない。
(サイカ!!)
サイカの絶体絶命の危機に、俺は思わず彼女の名を叫んでいた。
すると、何処からともなく飛んできたルビーの大鎌が迫る触手を切断。続いてナポンがレクスの腕一本を斬り落とし、エオナの抜刀術がもう一本の腕を斬る。更にクロードの銃弾がレクスの実体に命中。
「くっ!」
と怯んだレクスに、ジーエイチセブンとケークンが飛び込んでいた。
拳と大剣による攻撃を察知したレクスは、全ての攻撃を中断。非実体でそれを回避した後、空高々に上昇する事で逃れた。
突然の仲間たちの集合に、サイカは少し驚きながらも、目線はレクスへ。
(行けサイカ!)
「ここはあたいに任せな!」
と、ナポン。
「行きなさい!」
と、ルビー。
「行ってくれ!」
と、エオナ。
「お前ならできる!」
と、ジーエイチセブン。
「行ったれサイカ!」
と、クロード。
皆の声に後押しされて、サイカはプロジェクトサイカスーツに装備を換装する。
ノリムネを両手に持ち、機械の翼を広げ、背中のブースターを吹かして、高速で飛んだ。
空まで追いかけてくるサイカを前に、レクスはなぜか余裕の笑みを浮かべる。
「戯れは終わりだよサイカ」
サイカは背後から何かが来ると感じ、振り向くと……
そこには自己修復が完了したオリガミの姿があった。
オリガミは少し離れたところで、左腕のランチャーを構えて発射態勢に入っていた。
「フルチャージ……消えて」
淡々と機械的な声でそう言い放ったオリガミは、超火力のビーム砲を発射。
サイカはノリムネのフルブーストでそれを斬って防ぐ。
何とか乗り切ったと思えば、オリガミが翼を羽ばたかせて急速に接近してきており、やがて二人の斬り合いへと発展。
レクスを前にして、復活したオリガミとの戦闘となってしまったサイカは、空中で激しく衝突する事となった。
そしてイグディノムバグの自己再生を完了させ、顔と腕が全て復活。再び動き出してしまっていた。
空を自由に飛ぶ事ができない他のブレイバー達にとって、サイカとオリガミの空中戦は入れない戦いであり、多くのブレイバーが悔しい思いをした。
それは半壊したプロジェクトサイカスーツで倒れているブレイバーブランも同じであり、傷だらけの身体で必死に立ち上がろうとするブラン。
(立てブラン! 今、サイカを助けないでいつ助けるんだよ!)
と、蒼羽が後押しする。
ブランは残る力を振り絞って、地面に手を付いて、立ち上がろうとする。
「……俺はッ! 俺は、こうならない為に戦ってきた! あの二人が戦うなんて……あのオリガミがサイカを憎んでる? 違う! ブレイバーオリガミも、サイカを愛していたッ! いつかブレイバーサイカに会いたいって! 会って話がしたいって! だから俺はブレイバーのシノビセブンに希望を抱きたかった! 救ってやりたかった!」
そう自分に言い聞かせる様に、ブランは立ち上がって、そしてドーピング剤の入った注射器を取り出した。
「俺はあいつらを救う為ならどんな手段も厭わない。付き合ってくれ蒼羽」
(俺たちはいつも一緒だ。任せてくれ)
「悪いな」
そう言って、ブランは自身に注射器の針を刺し、短時間だけバグ化ができるというドーピング剤を体内に注入した。
半分のバグ化と、プロジェクトサイカスーツの修復を行ったブランバグが空中へと飛び出した。
「オリガミィィィィィ!」
サイカと戦闘中のオリガミに、高速で横から襲い掛かるブランバグは、斬撃を剣で防がれながらもその勢いでオリガミを押した。
そのままオリガミをサイカから引き剥がしたブランバグは、
「お前達は戦うべきではない! 成すべき事を成せ! サイカ!」
と、叫んだ。
サイカは頷き、振り向いてレクスを目視で確認して高速移動を開始。
今度はイグディノムバグがサイカの邪魔をしようと動くが、それを他のブレイバー達が地上から一斉に攻撃する事によって防いだ。
再び迫り来るサイカを前に、レクスは初めて焦りを見せた。
「まだ来るか!」
そう言って非実体化するレクスに対し、サイカはノリムネをフルブースト。
「やあああああ!!」
サイカは叫び。夢世界スキル《分身の術》で四人になり、今までの恨みを全て晴らすかの如く、高速の連撃で斬る。
斬った感触が無くても、四人のサイカがレクスの周りを飛び交い、強烈な斬撃を叩き込んだ。
「我らが作り上げたレクイエムを乱すなァ!」
と、レクスは形態変化。
レクスは膨れて巨大化し、かつて狭間を支配していたサマエルによく似た姿へと変貌。それは黒いドレスの女性にも見える、新たな化け物。大きさはサマエルほどではなく、サイカの約五倍ほどの大きさではある。
突如としてレクスの身体から飛び出た刃に、三人のサイカが串刺しとなり、消えて行く。
残った四人目のサイカが本体となったところで、サイカは決断する。
「琢磨、もしもの時は……私を消してくれ」
(サイカ! 何をするつもりだ!)
「封印していたチカラを……解放する! 今、ここでッ!」
サイカはバグ化する。
かつて暴走して仲間を傷付け、そして琢磨を自らの手で刺してしまうにまで至ったあの忌まわしいサイカバグ。
事が起きてから、琢磨と再会するまでの数百年にも及ぶ時間の中で、一度も使う事の無かったサイカの奥の手。
真っ黒な女武者の様な禍々しい姿に、プロジェクトサイカスーツも融合させた究極の姿。
サイカバグの視界が真っ赤に染まり、神経伝達物質が極限にまで膨れ上がる。
「バグになったとて! 私は上位の存在! 王たる私に刃向かうか!」
と、レクスは光線を放つ触手を身体から数十本と出して、避けきれない数の破壊光線をサイカバクに向けて放つ。
サイカは音速を超える速度で移動してそれを回避したと思えば、レクスは次に自身の周りに無差別の風の刃を発生させる。
絶対に近付けさせまいとするその刃を、サイカは尽くその身で受け止めながら、レクスの頭上へと回り込む。
そこで一つの閃きが脳裏を通り過ぎたサイカバグは、三つの刀をその場に召喚してそれを融合する。
プロジェクトサイカスーツの武器であるノリムネと、夢世界の愛用武器であるキクイチモンジ。そして、現実世界での武器としていたコガラスマル。
三つの刀がバグの力で一つになりて、サイカバグの新たな武器『シンセイケン』を完成させた。
神々しい輝きを放つ長い長い刀を、両手で振り上げるサイカバグ。
その時、俺はサイカに言った。
(サイカ。もうキミは一人じゃない。俺とサイカで、一緒にこいつを倒そう。今ここで終わりにするんだ。力を貸すよ)
俺はサイカとリンクする。
この重たい刀を、共に振り下ろす。
その時、まるで神様もが後押ししてくれているかの様に、サイカバグに光が差し、その黒く禍々しい姿が純白の輝きを放った。
それは正に神の降臨。サイカバグは、また一つ上の、新たな存在へと生まれ変わる。
次元の管理者サイカ。
その姿に、レクスも驚愕した様子で言葉を投げた。
「なんだ……それは! なんだその姿は!」
サイカと琢磨は振り下ろす。
巨悪の根源、レクスに向かって、巨大な刀を、真っ白に光る純白の剣を、真っ直ぐ振り下ろす。
レクスは自身の全ての力を使って、黒い影による盾を生成して、それを防御する。
「こんなものォォォォ! 弾き返してくれるッ!」
と、レクスは影の力を強め、サイカの剣を押す。
空中で起きる激しい衝突。その衝撃は強烈で神聖なる風となり、周囲で起きている火災を鎮火させ、バグも人も全てを吹き飛ばしてしまうかの様だった。
その瞬間、この日本から世界全体に向けてノイズの様な物が走る。
「終わりだレクス」
と、サイカと琢磨は力を強める。
「なんのォォォォォォォォッ!!」
叫びながらまだ抵抗を続けるレクス。
ホテルの屋上で、気を失っている飯村武流を安全な所に寝かせたワタアメは、サイカとレクスの頂上決戦を見て身震いしていた。
それと同時、あと一押しが足りないと感じたワタアメは、弓を構える。
発動するのは夢世界スキル《サテライトアロー》。
星々の明かりを吸い寄せて、こちらも真っ白な光を放つ矢を、ゆっくりと力強く引いて、バグの能力をも利用する。
距離としてほんの百メートルほど。ワタアメであれば必中の距離。
「琢磨……サイカ……よく頑張った」
と、ワタアメは手向の言葉を呟く。
そしてワタアメが放った矢は、レクスの背後から襲う一筋の光となる。
「なニィィィィィィィイ!!!」
強烈な矢を受け、力が弱まったレクスを、サイカと琢磨が押し切る。
影を照らす眩い光。そんな光りの衝撃と共に、レクスは跡形もなく消え去っていく――――
消滅する寸前、散り際のレクスにはブレイバーゼノビアらしき幻影が見えた。
「――――母さん――――」
その時、光の波がサイカや消え行くレクスを中心に地球全体を走り抜け、再びノイズが駆け巡る。一瞬だけ色が反転した様にも見え、まるでゲームで言うところの世界全体にプログラムの不具合が発生したかの様な症状が垣間見える。
ほんの十秒にも満たない僅かな時間だけだったが、それは不気味でもあり、綺麗な光景だった。
全ての力を使い切ったサイカは気を失い、バグ化が解け、全ての装備が消滅しながら、地面へと落下する。
それをクロードが駆け寄って受け止めた。
「いつも無茶しやがって……」
と、クロードは眠るサイカに優しく微笑みかけた。
俺もサイカとのリンクを解除する前に、
(お疲れ様)
と声を掛けた。
一方で、ブランバグと激しい戦闘をしていたオリガミは、レクスが消滅した事で体内の種が停止。サイカと同じく変身と装備が全て解け、気を失って落下を始めた。
それに気付いたブランバグは攻撃を中断して、オリガミを空中で優しく受け止める。
だが、イグディノムバグの存在と驚異だけはそのままだった。
まだ暴れ足りないといった様子で、再び八本腕から光線を放とうとする。
ルビーやナポン、そしてジーエイチセブンやケークンが総出で対処しようとするが、その巨大を前に致命打を与える事叶わず。
続いてロウセンが残っている右腕でビームライフルを放ち、イグディノムバグの胴体に直撃させたが止まらない。
そして再び、光線が八方向に放たれてしまった。
山が削れ、せっかく鎮火したばかりの山で、再度火災が発生。
再戦の戦火が巻き起こったその時だった。
一台の航空自衛隊の輸送機が遥か上空を通り過ぎるのが見え、そこから飛び降りる五名のブレイバーがいた。
「これがこっちで言う所の、残業問題というやつかしら」
そんな小言を無線で言いながら、舞い降りてきたのはブレイバーケリドウェン。それと、その部下のメイド達だった。
メイド達がパラシュート降下で他のブレイバー達と合流を図る中、ケリドウェンは悠々と降下して、イグディノムバグの頭上へと移動してくる。
そしてケリドウェンは、武器群を召喚してこう言った。
「このデカブツの処理は、わらわに任せなさい」
この後、ケリドウェンとイグディノムバグの戦いがどうなったかなんて、語るまでも無いのかもしれない。
それほど一方的な戦闘展開が行われた。
ケリドウェンによる蹂躙がホテル周辺で行われている頃、逢坂吾妻はレクスの加護が消え去った事で著しく衰退していた。
血反吐を吐きながら、片手で痛む胸を押さえ、森林を抜けて警察の仮設司令本部が設置されている所までやって来ていた。
その場にいた警察官や自衛隊員が吾妻に気付き、その場が騒がしくなったと思えば、吾妻にスポットライトが当てられた、周囲を取り囲んできた。
必要以上に近付かないように一定の距離を保ち、向けられる複数の銃口。
吾妻はそんな状況の中でも笑みを浮かべ、そして叫ぶ。
「明月琢磨ァァァァァァァァァッ!!」
名を呼ばれ、少し離れた所に停まっていたBCUの指揮通信車の装甲扉をゆっくりと開けて、俺は外に出た。
今にもその場に倒れそうな吾妻の顔は青白く、それでいてまだ闘志に燃えている。彼がこれから何をしたいのかが見て取れる。
吾妻に怯える千枝と、多くの警察官や自衛隊員に見守られながら、俺は吾妻に歩み寄って、彼を哀れ見る。
【解説】
◆ブレイバーロウセン
夢世界『アーマーギルティⅤ(ロボット対戦ゲーム)』出身のブレイバーで、機械仕掛けの人型巨大ロボット。
自由にカスタマイズしてオリジナルロボットでの戦いが楽しめる夢世界出身で、ロウセンの主要武器は片手持ちで連射可能なビームライフルと、背中に背負った大きな剣になる。
状況に応じて左腕にシールドを装着できる事や、頭部にバルカン砲を仕込んであるのは夢主のこだわりでもある。
又、彼の奥の手として搭載されている『フォーミュラシステム』は、著しくエネルギーを消費する代わりに、しばらくの間、機動力が格段に上がる能力である。それが終わると、エネルギー切れでまともに動けなくなる。
◆ブレイバータケル
夢世界『ワールドオブアドベンチャー(MMORPG)』出身の男ブレイバーで、アヤノの実の弟である飯村武流が夢主。その為、アヤノやサイカを惑わせる為にレクスが現実世界へ召喚する事を企てた。
タケルの得意な武器は大きな槍。現在、夢世界ではサイカに匹敵するレベルとなっていて、潜在能力は並外れているが、ブレイバーとしては経験が浅く、レクスに貰ったバグの力もまだ未熟だった。
異世界ではミリアと言う女性ブレイバーと恋仲であったが、ミリアは夢を失い結晶化してしまい、最後までミリアの夢が戻る事を信じ続けていた。しかし、その願いは叶わず、ミリアはバグ化。彼はミリアバグの手によって消滅した過去を持つ。その為、タケルはミリアの夢主に対して強い憎悪を抱いていて、レクスにそれを利用された。
今回、タケルはワタアメとの実力差を見抜けず、あっさりと敗北して消滅する事となった。
◆機械バグ人形オリガミ
レクスによって強制的に強化と洗脳をされたオリガミは、プロジェクトサイカスーツとバグとブレイバーの力が融合した新しい姿となった。
人型は保ちつつ、左腕はビーム兵器。右手には恐ろしく長い剣。そして龍の翼と尻尾。
その迷いの無い戦闘力は凄まじく、左腕から放たれるビーム砲はワタアメのサテライトアローにも匹敵する威力を誇る。
◆バグの王レクス
感情と戦場は音楽として楽しむレクス。かつて次元の狭間を支配していたサマエルによって生み出された影の様な実体無きバグである。
主な能力は、自在に空を飛び、身体の形を変化させる事や、影による攻撃を行う。そしてバグを服従させ、種によるブレイバーの洗脳、更には生物にバグの力を分け与える事を得意とする。
知性の高いバグでもあり、とある計画の為に、ブレイバーアマツカミを育て、シノビセブンを利用し、アヤノを犠牲にする事で次元に穴を開けた。
現実世界にまで侵入する事に成功したレクスは、ブラックハッカーバストラや海藤武則と知り合い、彼と共に第三次世界大戦を引き起こそうと企てるも、琢磨とサイカによって阻止されてしまう。
その対策として逢坂吾妻を利用した新たな計画を立てたが、想像を遥かに超えるサイカの実力を前に敗れた。
◆次元の管理者サイカ
サイカバグ完全体と、琢磨の管理者としての能力が融合して最終形態となったサイカ。
色が黒から白へと変わり、その姿はバグの存在と対極する神の化身の如く、神々しい。
そんなサイカが自らの手で創造した新たな武器『シンセイケン』は、一振りでレクスを消滅させ、惑星一つに衝撃を轟かせた威力だった。




