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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
93/128

93.セルーナホテルの戦い

 陸上自衛隊福島駐屯地。

 その敷地内に、元々は別の目的で建設されていた施設を突貫工事で改造。全長十八メートルの巨大人型ロボット、ロウセンを地下に収納する事に成功した。


 出撃時刻となり、ブザー音と共に自衛隊員が慌ただしく動き回っている。

 ロウセンがライトアップされ、彼に繋がれていたコードが取り外される中、緊迫した基地内の通信音声が聞こえてきた。


差永山(さながやま)で戦闘が始まった』

『敵は何者なんだ! 状況はどうなってる!』

『テロリストと警察が交戦中。負傷者が出てる』

『俺たちに出撃要請は来てるのか!?』

『まだだ』

『まだ!? じゃあこのロボットは何だ! 出撃許可は下りてるのか!』

『特務隊の秘密兵器だそうだ』

『BCUか。こんな物、空自の管轄じゃないのかよ。好き勝手やりやがって』

『いいからハッチ開けろー!』


 ロウセンのグリーンアイが光り、付近から整備班が撤退していく。

 それと同時、地上へ出る為の天井ハッチがゆっくりと開き、ロウセンの足元の台が持ち上がって、女性オペレーターによる施設内放送が聞こえてきた。


『ハッチ開放。上昇開始。バイタル値異常無し。周囲、風向百三十度、風速十八ノット、発進に支障無し。これは演習ではありません。繰り返します。これは演習ではありません』


 駐屯地の真ん中に、地下からゆっくりと上がってきたロウセンは、地上にその姿を露わにする。

 それはヘリコプターや戦車よりも大きく、盾とビームライフルを持った、物言わぬ白い巨人。その見た目から、ロボットなどと言われるが、歴としたブレイバーだ。


『ブレイバーロウセン。発進どうぞ』


 そう言われ、ロウセンは動いた。

 目の前で誘導棒を振っている隊員に誘われて、一歩前に出たロウセンは、そのまま背中のブースターを吹かし飛び立つ。その速度は戦闘飛行機に匹敵し、福島の夜空へと消えて行った。





 差永山の山中にあるセルーナホテルは、バブル時代に建設されていた超大型のリゾートホテル。

 東京ドーム二個分にも匹敵する広さに、十四階建てで、地下まであり、予定されていた数十種類の店舗予定箇所と、病院やプール施設。まるでそこ自体が観光地として完結する様な、大規模ホテルになる。


 しかし、バブル崩壊によりこのホテルの建設は完成を前にして中止。建設業者は夜逃げでもしたかの様に、機材をほとんどそのまま残して放置されてしまった。

 その為、何とも不気味な建物となってしまった訳ではあるが、決してここで人が殺されたとか、幽霊が出るなんて事実は無いので、心霊スポットという訳でもない。


 そこが異次元暴力主義組織『大蛇(おろち)』の本丸であるとの情報を掴んだ警察は、福島県警と福島消防を総動員でこの差永山周辺を閉鎖。包囲網を敷き、付近の道路も交通規制を掛けるという大掛かりな作戦に出た。

 勿論、この事は新宿と札幌に続き、世界が大注目する事件であり、報道陣も多く集まっている。報道ヘリやドローンは規制され、作戦区域内の飛行行為は禁止となった。


 作戦区域内で任務に当たるのは、警察本部から派遣された特殊強襲部隊。

 五人一組で編成された班が六組。合計三十名の部隊が、作戦行動に入っている。そこには生物に反応するというバグの特性を突いた攻撃ドローン数機や、試験中の四足歩行の大型無人攻撃ロボットも導入されている。


 武装は対バグ用特殊弾を搭載したライフルと、通常のサブマシンガンやショットガン。そしてナイトビジョンゴーグル。

 フル装備で山中の森林を隠密行動する隊員達に指揮官から通信が入る。


『ドローンがモンスターを発見。プランCへ移行。モンスターの弱点は心臓部。核を破壊すれば無力化が可能』


 ホテルの屋上に立っている海藤武則(かいどうたけのり)が、次々とバグを召喚して放っている姿を警察のドローンが捉える。が、その瞬間にバグによって破壊されてしまった。


『ホテル屋上に容疑者の一人を発見。注意しろ』


 海藤が放ったバグは、かつて九州で琢磨達が対峙した時と同じ、額から伸びる二本の長い角と赤いオーラを纏い、黒騎士を思わせる騎士を思わせるダークヴェインバグ。

 真っ黒な剣を持ったダークヴェインバグが量産され、警察部隊に襲い掛かるべく、ホテルから飛び降りて森の中へと消えて行く。


 そんなバグと、警察部隊が交戦を開始するのはすぐの事だった。

 三つの班が、派手に銃撃を行い、バグを誘き寄せ着実に仕留めて数を減らす中、二つの班が正面玄関に忍び寄り、もう一つの班が大回りして裏口へと回り込む。


 入り口では隊員の一人がマイクロスコープで内部の状況を把握、敵の待ち伏せや爆弾などが無い事を確認した後に、正面と裏口から同時に突入を開始した。


 正面玄関から入ってすぐ、吹き抜けとなっている広いエントランスの真ん中に、女性が立っていた。

 まるで奴隷の様に、薄汚れた布切れ一枚の服で、手足を鎖で結ばれた女性。増田(ますだ)千枝(ちえ)が気力の失われた表情で立っている。


 正面から突入した十名の隊員は、周囲を警戒した後に千枝に注目する。

 下手に近付かず、ライトで彼女のアザだらけの顔を照らし、ヘルメットカメラによる行方不明者リストとの顔照合を行う。


「要救助者を発見」

 と、隊員の一人が小声で指揮官に知らせた。


『酷いな。十分に警戒しろ。人質の保護を優先』

「了解」


 エントランスの真ん中に囚われの千枝が一人だけポツンと立っている状況に、罠がないか慎重に探りながら散開して、二人が千枝の元に足を進めた。

 裏口から潜入した班が広いホテル内部を捜索してる間、緊張感に包まれたエントランスで十分に周囲の安全を確保したその時だった。


 吹き抜けの最上階付近から飛び降りてくる男が一人。

 まるで重力を無視したかの様に、千枝に向かってゆっくりと降下してくる男は逢坂吾妻(おうさかあずま)だった。


 突然の登場に、千枝の元に寄ろうとしていた隊員二人も、一旦距離を取る。

 吾妻は赤い目を光らせて、余裕の笑みを浮かべ、降下しながら声を上げた。


「やぁ警察の諸君。ごきげんよう。そしてようこそ、我が城へ。歓迎するよ」


 しかし、彼らは吾妻の挑発には乗らず、一斉に銃口を吾妻に向けていた。

 状況を映像越しに確認した指揮官から通信が入る。


『テロリストのリーダーだ。危険な能力を持っているとの情報有り。警戒を怠るな。確保ができそうに無い場合、現場判断で射殺して構わない』


 吾妻は千枝の横に降り立つと、

「判断が遅い遅い。こんな民間人の至近距離に俺を立たせちゃったら、君ら、撃ちにくいよね」

 と、吾妻は千枝の顎を持つ。


 吾妻の目が光り、千枝はこれから彼が何をするのか悟る。


「やめ……て……おねがい……」


 千枝はガクガクと震えながら、首を横に振った。が、吾妻はお構い無しに、言った。


「警察の皆さん。世間を騒がせてるブレイバーが、どうやって生まれるか、見た事あるかい? 無いよねぇ?」


 そんな事を喋る吾妻だったが、隊員の一人がハンドサインで合図を出した事で、二人がサブマシンガンに持ち替えながら吾妻に接近。

 丸腰の吾妻を、まずは取り押さえる算段だったが、吾妻は急に日本刀を手に召喚して、斬り掛かってきた。


 スパーンスパーンと、流れる様に二人の隊員が斬られ、サブマシンガンを撃つことなく血飛沫を上げて倒れる。

 吾妻は返り血で汚れながら、笑っていた。


「丸腰だから行けると思った?」


 今の攻撃で千枝から離れ、長い刀を持った事で危険度が増した吾妻に対して、発砲のサインが出る。

 八人の隊員による一斉射撃。夜の廃墟ホテル内に銃声が響き渡った。


 しかし、広いエントランスを飛んで高速で動き回る吾妻に銃弾が当たらない。

 右へ左へ、上へ下へ、曲芸師の如く華麗に銃弾を避けた後、吾妻は千枝の背後に着地。千枝の首を持って、唱えた。


「我は支配者……ブレイバー接続……ログイン……」

「やだ! やだぁぁぁ!」


 嫌がる千枝を他所に、天から光の柱が降り注ぎ、眩い光が発せられた事で、ナイトビジョンゴーグルを装着したままだった隊員達は思わずそれを外す。

 そんな中で、吾妻は千枝の胸に手を入れ、そこからブレイバーの冥魂を取り出していた。


 吾妻はホープストーンを懐から取り出して、冥魂と融合させる。


「来い。ブレイバーオリガミ」


 他に誰もいなかったこのエントランスに、桃色髪の派手な忍び装束を着た女ブレイバーが現れる。腰には刀、頭には狐面。


 オリガミは音も立てずに地に立つと、まずは欠伸をした。


「ふわぁ……」


 目の前に警察部隊が銃口を向けてきているというのに、呑気に少し眠そうなオリガミは、吾妻に向かって質問を投げた。


「……誰?」

「初めまして。ブレイバーオリガミ。俺は……レクスの使者。お前たちのここでの主人さ」

「ふーん」


 心底興味無さそうな反応を見せた後、今度は千枝の顔を見た。


「……私の夢主?」


 千枝は泣きそうな顔をしながら、頷いた。


「そう」


 オリガミは次に目の前で銃を構えている者達に目を向ける。


「……敵?」


 吾妻が答えた。


「俺たちの計画を邪魔する奴らだよ」

「……そう」


 その間、警察部隊も情報に無い新たなブレイバーの登場に、戸惑っていた。


「何も無い所から人が出てきたぞ。ブレイバーか?」

 と、隊員が指揮官に問う。


『分からない。データベースに登録がない』

「どうしたらいい」

『敵対行動を取る様なら容赦はするな』

「了解」


 静まり返る空間。

 オリガミの行動次第で戦闘が再開されるといった場面だが、オリガミは動こうとはしなかった。召喚されたばかりで戸惑っているのか、周りを見回すばかりである。


 すると吾妻が言った。


「皆殺しにしろオリガミ!」


 その言葉に、隊員達は一斉にオリガミを警戒して銃の引き金に手を掛けた。


 オリガミが答える。


「拒否」

「は?」

 と、吾妻が唖然としてしまった。


 オリガミは隊員達に背中を向けて、千枝の元に向かって歩み寄ってきたので、吾妻は手で持っていた刀でオリガミに斬り掛かった。

 するとオリガミは腰の刀を抜いて、それを受け止める。


「お前、俺に逆らうつもりか?」

「人間は殺さない。それが約束」

「約束だぁ? ここでは俺がキングだ! 俺に従え!」

「拒否」


 オリガミはするりと吾妻の刀を受け流し、そのまま千枝の前に移動すると、千枝に顔を近づけて無表情で聞いた。


「タクマを好き?」

「……え?」


 突然の質問に少し驚く千枝だったが、質問内容を理解して、うんうんと二回頷いた。

 すると、まるで感情が無いようなオリガミが、少し笑顔になった様に見えた。そんな彼女が、すぐに次の質問を投げてきた。


「サイカを好き?」


 千枝は頷く。

 すると次の瞬間、パチンと音を立てて、千枝は頬に平手打ちをされていた。オリガミは少し眉をひそめている。


 千枝はオリガミの行動に訳が分からず、頭を傾げる。

 しかしもっと訳が分からずに怒りを露わにしているのは、そのオリガミの後ろに立ってる吾妻だった。


「レクスが薦めてきたから呼んだってのにさぁ。どいつもこいつも、使い物にならないなぁ! なにがシノビセブンだよ」


 オリガミはそんな台詞も無視して、千枝を担ぎ上げ、ぴょんと飛躍して吹き抜けから十階の方まで上がって見えなくなった。

 その行動に、計画を狂わされた吾妻は頭を掻き毟り、そして叫ぶ。


「シャーク!」


 名前を呼ばれ、すぐに空から降ってきたのはブレイバーシャークだった。


「あいよ」

 と、大きな剣を肩に担いで、立ち上がるシャーク。


 隊員達に指揮官から通信が入る。


『ブレイバーシャーク。排除対象だ。仲間割れが起きた様だな。何にせよ人質がこの場からいなくなったのは好都合。発砲を許可する』


 隊員達は一切に遮蔽物に移動しながら銃撃態勢へ入った。

 それを見て、吾妻は言った。


「やれ」


 シャークは隊員達の射撃よりも早くバグ化。

 銃の発砲が始まる頃には、一人目の隊員の身体を剣で真っ二つに切断していた。


「おせぇ!」

 と、笑いながら大剣を振り回し、次々と斬り捨てて行くシャークバグ。


 銃弾と断末魔が飛び交う中、吾妻は怒りに満ちた表情で、

「あの女……」

 と、オリガミの後を追って跳んでホテルの内部へと消えて行った。





 そんな中、裏口から潜入していた班の五人は、監禁されていた人質の一人、池神(いけがみ)尚文(なおふみ)を発見していた。


「最上階の隅部屋で要救助者を発見。怪我をしている」

 と、無線で報告する。


『一人か?』

「一人です。どうやら別々の部屋に監禁されている模様」

『了解。現在、エントランスホールで戦闘が行われている。正面は回避して、非常階段から脱出しろ』

「了解」


 隊員は見事な連携で速やかに尚文の拘束を解除し、廊下へと連れ出した。

 だが、部屋を出てすぐの廊下で、隊員の一人がハンドサインで静止する様に指示をした。


 聞こえてくるのは足音。そして、人影。

 突き刺す事に特化した大きな槍。

 短い茶髪に、武器に見合わず少し小柄な身体。


 ブレイバータケルだ。


 持っている武器から即座にブレイバーであると判断できた為、尚文を庇う様に展開。銃を構える。

 状況に怯えた尚文は隊員に話しかけていた。


「な、なあ、ここは何処なんだ。あんたら警察の特殊部隊か?」


 しかし隊員達から答えが返ってくる事はなかった。

 むしろ、敵を前にして悠長に話をしている余裕が無い状況である。


 タケルは槍を構えながら、

「ミリアの夢主を差し出せ」

 と、言ってきた。


 当然、隊員達には彼が何を言っているのか理解する事が出来なかった。だが、とにかく逃げ道を封じられている状況の打開が最優先。

 一人が発砲開始のハンドサインを出した瞬間、タケルが消えた。


 正確には、タケルは消えたのではなく高速で接近してきており、隊員の一人が反応する間も無く槍で突かれ、壁に串刺しにされていた。

 人間の反応速度を凌駕する人間離れした動きに、慌てて各自発砲を開始。


 隊員一人が民間人の尚文を連れてその場から走り出し、他の隊員三人がそれを追わせまいと銃撃でカバーする。

 タケルの素早い動きに、弾が当たる気配も無く、また一人槍で突かれた。





 一方、ホテル周辺の戦闘も激化していた。

 武則の手によって次々とホテル屋上から放たれるダークヴェインバグを相手に、ここまで死傷者九名、半数以上の隊員が犠牲になっている。


 それでも着実にバグを無力化、消滅させる警察特殊部隊。彼らはこの日の為にバグの事を研究し、訓練を重ねて来た事が分かる。

 武則が持つホープストーンも残り僅かとなった時、彼の後ろに大きな影が現れた。レクスである。


 レクスは武則に向かって言った。


「見事な演奏だ。正にキミは、この戦場の指揮者に相応しい」

「小童を掻き立て、この様な戯れを天は許すか」

「言っただろう。神など人の偶像。ブレイバーの存在が示す真実から、人は目を背ける事しかできない」

「左様。だからこそ、私は人道を離れ、天にこの身を委ねると決めた」

「今からキミは神に等しき存在となる。奏でてくれ。この世界に恐怖を与える旋律を」


 そんな会話をしている武則を、数百メートル離れた高台にて狙撃態勢に入っていた狙撃班二名が捉えていた。


「配置に着いた。対象を確認。狙える位置だ。何か変な奴と一緒にいる……影か……?」

『対象を無力化しろ』

 と、指揮官。


 隣で双眼鏡を覗いてる観測手が指示を出す。


「距離二百五十。修正……上に二、右に四。送る」


 観測手が手元の小型端末に入力を行うと、スナイパーライフルのスコープにデジタル映像で弾道の予測軌道が表示される。狙撃手はその指示に従い、スコープの照準を移動させた後、呼吸を止めた。

 数秒後、スナイパーライフルの引き金が引かれ、弾丸が放たれる。


 その弾丸はホテル屋上にいた武則の胸に着弾し、貫通した後、彼は地面を転げた。


「命中」

 と、観測手。


『頭か?』

「胴体上部。防弾の様子も無く、致命傷を与えた」

『了解。引き続きホテル屋上を見張れ』

「了解」




 一方、尚文を連れて非常階段を駆け下りる隊員一人は、十階に差し掛かった所で、千枝を連れたオリガミと遭遇していた。

 出会い頭だった為、反射的にオリガミに銃口を向けてしまった隊員だったが、彼女に戦闘の意思は無い様に見えたので、力が抜けた。


「女!?」


 驚く隊員を他所に、オリガミは担いでいた千枝を下ろして手足の枷を指差す。

 外せという意味と捉えた隊員は、備えていたハンドガンを取り出し、二発発砲して壊した。


 それを確認したオリガミは、千枝の手を引っ張って階段を駆け下りて行ったので、尚文と隊員も後を追いかけた。

 一階まで降りて、裏口から外に出たところで隊員が一度足を止め、オリガミに銃を向けた。


「待て!」


 オリガミも足を止め、千枝や尚文も止まった。


「こんな時になんだよ!」

 と、尚文。


 隊員は構わずオリガミに質問する。


「女、お前はリストに無い。何者だ。所属を言え」


 オリガミはゆっくりと振り向き、

「後ろ」

 と、小さな声で言った。


「なに……ッ!?」


 隊員が振り向こうとした時、既に背後には吾妻が立っており、背後から隊員の胸を日本刀が貫いていた。


「いつの……間に……」


 吾妻は刺した刀を抜くと、膝から崩れ落ちていく隊員を蹴っ飛ばしてその場から退かした。

 そして血塗られた刀の矛先をオリガミに向け、吾妻は言い放つ。


「何をしてるのかな。ブレイバーオリガミくん」

「逃亡」

「ホントにさぁ。猫じゃないんだから、好き勝手しないでくれるかな」


 オリガミは刀を構えながら、横で怯えてる千枝と尚文に言った。


「走って」

「え?」

 と、千枝。


「走って」


 淡々と、温度の感じられない言葉。

 それでも、このオリガミは今、民間人二人を庇おうとしてくれているというのは誰にでも分かる。


「行こう!」

 と、尚文が千枝の手を引っ張って走り出した。


 山中の森林へと変えようとする時、千枝は振り返りながらオリガミに向かって叫んだ。


「オリガミ! 生きて! 死なないでぇ!」


 走り去る二人を追おうと足を踏み出す吾妻だったが、オリガミがさせまいと間に入ってその足を止める。

 吾妻は舌打ちをして、言った。


「お前のせいでゲームが台無しだよ。なんなんだよお前!」

「私は……こんな事の為に協力してた訳じゃない」


 怒りが頂点に達した吾妻は、何も言わずにオリガミに斬り掛かっていた。

 ホテルの裏口前で、吾妻とオリガミの戦闘が開始され、銃声響く闇夜の中を二つの日本刀の輝きが、乱れ咲く。





 一方、ホテルの正面エントランス。

 隊員最後の一人が、シャークバグに頭を鷲掴みにされ、投げられ壁に叩き付けられていた。隊員はそのまま絶命。


 シャークバグは一人で、警察の特殊隊員八名を全滅させていた。

 それでも何発かの銃弾をその身体に受けたシャークバグは、人の姿に戻り、口から血を吐きながら一言。


「あー、しんどい……」


 そのまま、エントランスの真ん中で大の字に倒れた。

 その頃、最上階で戦っていたタケルも、隊員達を全滅させて勝利していたが、無傷では無く、壁にもたれ掛かっていた。





 一方、ホテルの屋上では、自身の血でできた血溜まりの真ん中で、仰向けに倒れる武則がいた。

 まるでここが今戦場になっているのが嘘の様に、空いっぱいに星空が広がり、星座がハッキリと見える。武則は死際にその景色に見惚れていた。


 ホテル周辺に放ったダークヴェインバグは、全滅した様で、四足歩行の無人ロボットと、十名ほどの特殊部隊隊員がホテルの正面の方に姿を見せている。

 警察のドローンが飛んできたので、レクスは手を伸ばしそれを即座に破壊しながら、武則に言った。


「姉さんと関わった事で、この世界で最初に真理を知った人間でありながら、最後には私まで辿り着いた。その功績は讃えよう」


 武則は手を空に向けて伸ばす。今にも手で取れそうな星をその手で掴もうと、手を伸ばした。


「私は……何の不自由もない良い人生だった。病弱な妻に先立たれても……不幸とは感じなかった。綺麗な星だ……きっとこれが私の人間としての最期の景色……天の思し召し……なのだろうなぁ……」

「命の火が消える時は、いつも美しい音が聞こえる」

「後は任せたぞ……天に抗いし最悪の友よ」

「ああ」


 武則とレクスはそんな会話をした後、夜空に手を伸ばす男は力尽きた。

 そしてレクスは、武則を自身の影で包み、そして黒く染まったホープストーンを彼の身体の中へと埋め込んだ。






 一方、ホテル正面で、四足歩行無人ロボットと共に慎重に建物へ接近する隊員十名に指揮官から通信が入った。


『突入部隊三班が全滅した。人質の民間人を二名確保。残り一名がまだ建物内に取り残されていると思われる。敵はモンスターと思え。容赦はするな』

「了解」


 何処からブレイバーが出てくるかも分からない状況に、隊員達がゆっくりとゆっくりと建物へと近付く。

 その時、隊員達の目に、ホテル屋上で何か黒い物体が膨れ上がるのが見えた。


「なんだあれは!」


 建物の一部を押し潰しながら現れたのは、八本腕の巨大な怪物。

 かつてサイカ達がゲームマスター達と共に倒した事もある、レベル五バグ。


 イグディノムバグである。


 その大きさは十四階建てのセルーナホテルより更に大きく、札幌に現れた巨大バグと同サイズ。夜の山中に怪物映画さながらの黒い怪物が姿を現した。

 当然、これほどまでの規模のバグが出るとは予測していなかった警察側も皆焦りを見せた。


『なんなんだこいつは! 聞いてないぞ!』

 と、指揮官。


 まず、ドローンと四足歩行無人ロボットによる一斉射撃が行われるが、対バグ用の銃弾がまるで効いていない。

 それどころか、八本の腕を使ってロボットを掴み、捕食を始めた。


 隊員達も一斉に射撃をしたが、やはり効かない。

 ライフルが有効ではない為、すぐにグレネードランチャーによる爆撃や、狙撃隊による狙撃が行われた。


 しかし、それでも傷一つ付ける事ができなかった。

 そして八本腕の先が光ったと思えば、そこから放たれるのは八本のレーザー光線。隊員が数名巻き込まれ焼死。


 光線により火災が発生した。


 一瞬でホテル周辺が地獄絵図となり、山火事の炎がイグディノムバグを怪しく照らす。

 その光景を空から高みの見物をしていたレクスは、指揮棒を振って音楽を奏でていた。


「想像により創造された神の化身! オーメン! 素晴らしいレクイエムだ!」

 と、ご満悦の様子である。


 突然の怪物襲来と、とても勝てる相手では無い事から、隊員達は各自逃亡を始めていた。

 怪我をして動けない隊員を引っ張って逃げている者もいれば、一目散に全てを見捨てて逃げている者もいる。


 イグディノムバグは、口から黒く染まった複製ドローンバグを次々と放つ。その数は食べた数よりも多く、三十にも及んだ。

 ドローンバグは逃げ惑う隊員達を追撃。搭載されたライフルから銃弾が放たれ、隊員達は一人、また一人と射殺されていく。


 その光景は、現場近くに設置された仮設司令本部にも映像で送られてきていた。

 先程まで、指揮官をしていた男は、悔しそうに机を両手で叩き、汗を流しながらこう言った。


「なんて事だ……こんな……有り得ん!」


 隣の通信係の男が、

「被害は甚大です。どうしますか?」

 と、問いかけてくる。


 今回は警察だけで対処を目標としていた為、指揮官にとっては苦肉の策が一つだけあった。

 隊員隊の命には代えられないと、彼は決断する。


「くそっ……至急、BCUに応援要請を……現場指揮をBCUに譲渡する」

「了解しました」


 通信係の男は、すぐにBCU本部へと連絡を始めた。





 一方、燃え盛る炎と、暴れるイグディノムバグを背後にしてオリガミと吾妻の戦闘はまだ続いていた。

 距離を取って得意の手裏剣で攻撃を仕掛けるオリガミに対して、吾妻はあえて詰め寄って刀で斬る。オリガミはそれを避けて距離を取るの繰り返し。


「ちょろちょろと逃げるな!」

 と、吾妻は飛んでくる手裏剣を刀で弾く。


 その時、オリガミの背後から急速に接近する影があった。

 オリガミが振り返った時、低空飛行で高速移動して来た銀色のプロジェクトサイカスーツ。ブレイバーブランがそこにいた。


 ブランのノリムネがオリガミを襲い、刀で防ぐも、その勢いにオリガミの刀が折れ、オリガミ自身も吹き飛んでいた。

 ブランは感情に任せて言った。


「オリガミ! ここで何をしてる! 人質は何処だ!」


 しかし、ブレイバーリンクでブランの視界を見ている栗部蒼羽(くりべあおば)が、少し状況が変なことに気付く。


(待てブラン。奥にいるのは逢坂吾妻。今、あの男とオリガミが戦ってなかったか?)

「どういう事だ?」

 と、ブラン。


(分からない。無闇に攻撃せず、様子を見よう)

「わかった」


 ブランの構えの力が抜けた。

 完全に三つ巴となった状況に、吾妻は頭を掻き毟って怒りを口にする。


「次から次へと。鬱陶しい……おいレクス!」

 と、吾妻はレクスを呼ぶ。


 オリガミは刀を修復して、ブランに向かって構え直しながら言った。


「ブレイバーは倒すべき敵」

「オリガミ。俺とお前は同志だった。共に平和な世界を目指す仲間として、戦って来たじゃないか! なのになぜこうなった! 何処で俺たちは道を違えた!」


 無表情なオリガミは、そのブランの問いかけを聞いて何を感じているのかは分からなかった。


「……私は……」

 と、オリガミが言いかけた時、彼女の背後に影が現れる。


 レクスである。


 レクスはオリガミに取り巻き、彼女の耳元で囁く様に言った。


「おやおや、どうしたんだいオリガミ。キミらしくないじゃないか」

「……人は殺さないって約束」

「おー、そうだった。そんな約束もしていたね」

「ブレイバーと戦う」

「ここでそんなワガママは通用しないよ」

「辞退」

「辞める? 私の計画から降りると言うのかい?」

「そう」


 するとレクスは大袈裟に笑って見せた。

 オリガミは動こうとするが、影に巻きつかれていて身動きが取れない様子。


 それを見たブランは、

「そいつの言葉に耳を傾けるな!」

 と、飛び掛かるが、レクスの目に見えない攻撃で逆に吹き飛ばされていた。


 邪魔なブランを一旦退場させたところで、レクスは再度オリガミに言葉を掛ける。


「オリガミ、キミはもしかしたら……自分の意思で私の仲間になったと勘違いしているのかもしれないね」

「え……」

「さて、キミはいったいいつから、人を殺さずブレイバーだけを消滅させるという立派な思想を掲げたのか思い出せるかい? そしていつから、サイカを憎んでいたのか……自分の記憶に聞いてみるといい」

「私に……種を……?」

「キミと、ブランだけは不協和音だったからね」


 その言葉に、オリガミの顔色に絶望が浮かんでいた。

 信じられないと言った様子で、ガクガクと顎を震わせているオリガミを前に、レクスは続けて言う。


「兄弟達の分まで、キミにはもっと悲壮感漂う音楽を演奏して貰う。そういう、ヤ・ク・ソ・クだ」


 レクスはオリガミの中に仕掛けていた種を、再稼働させた。

 オリガミの眼球が黒く染まり、黒い血管が浮かび上がり、彼女はもがき苦しむ。


「い……や……消えたく……な……ああああッ!」


 彼女の苦痛を訴える叫びに、ブランが再び空を飛び、突撃をして来た。


「やめろおおおおおお!」


 しかし、レクスの影がオリガミを包み込み、ブランの刃は弾かれた。


 影に埋もれつつあるオリガミは、

「ブラン……」

 と、手を伸ばしていた。


「オリガミ!」


 ブランがその手を掴もうとするが、オリガミは完全に影の中へと引き込まれ……僅かなところでその手を掴む事は叶わなかった。


 その一連のやり取りを、瓦礫に座って眺めている吾妻は退屈していた。

 だが、この後影の中から現れる新しいオリガミを見て、吾妻は歓喜して、ブランは驚愕する事となる。






 一方で、イグディノムバグは戦域を広げて大暴れしていた。

 付近にいる人間を全て根絶やしにする勢いで、光線が山を焼き、ドローンバグが人を襲っている。更には四足歩行無人ロボットに模したバグを出現させ、進撃させ始めていた。


 警察と消防隊による包囲網は崩れ、野次馬や記者達は我先にと逃げ出していた。


 もう目も当てられない酷い光景に、一筋の光が空を駆けてやって来る。


 一面が燃え盛る樹木に囲まれた場所、イグディノムバグを正面に捉え、少し距離を置いて地面に着地したのは白い巨大ロボット、ロウセン。

 この場面で最も頼りになる希望のブレイバーが、左手に盾、右手にビームライフルを持って降り立った。


 まだ現場に残っている警察官達は、空から突然現れた白い巨人を目の当たりにして、皆口をポカンとさせる。


「なんだ……あれは……自衛隊はあんなモノを開発していたのか……?」

 と、驚きの声を上げる隊員が一人。


 併せて、他で任務に当たっていたルビー、ナポン、クロード、エオナの四名も運送ヘリに乗って現れ、空から飛び降りてバグ狩りを始める。

 そして俺を乗せた装甲車も近くに到着。俺は装甲車を飛び出し、まずは警察の仮設本部のテントで先ほど保護されたばかりの千枝を探す。


「たっくん!」

 と、千枝が俺に向かって走ってきた。


「千枝!」


 泣きながら俺の胸に飛び込んでくる千枝を、俺は両腕で包み込み、まずは生きている事の喜びを分かち合った。







【解説】

◆セルーナホテル

 今回登場したホテルはフィクションであり、実際には存在しない場所です。


◆警察の特殊強襲部隊

 日本警察の威厳を示す為に行われた今回の人質救出作戦は、厳しい訓練の成果として順調な走り出しだった。

 結果としては、ブレイバーとイグディノムバグを前に、撤退を余儀無くされる甚大な被害を被る事となった。


◆ブレイバーオリガミ

 夢世界『ワールドオブアドベンチャー』ではシノビセブンの一人であり、レクスに従うブレイバー。黄色の忍び装束と狐の面がトレードマーク。手裏剣を得意としており、百個の手裏剣を同時に放つ事ができる。

 オリガミは元々、異世界でブランと共に旅をしていた仲であった。冬の国オーアニルで、アマツカミやレクスと出会った後、レクスの洗脳によってオリガミがブランを裏切る事となる。

 それ以来、人は殺さずブレイバーだけを始末すると言う約束と共に、レクスやアマツカミに良い様に扱われていたが、今回、現実世界に呼ばれたのは初めてだった。


◆ブレイバーブラン

 夢世界『ワールドオブアドベンチャー』ではシノビセブンの一人であり、巨悪に一人で抗ったブレイバー。灰色の忍び装束と狐の面がトレードマーク。サイカにも負けない剣術使いで、糸で相手を束縛する術も得意とする。

 異世界では、オリガミに裏切られた事で、彼らに従う振りをした後、たった一人でレクスやアマツカミ達に対抗して戦ったが、オーアニルの地で敗北した。その際、ブレイバーサイカだけは、シノビセブンの仲間達と戦わせまいと言う信念だけで行動していた。

 敗北後は極寒の地で放置されると言う屈辱を味わい、ケリドウェンの手によって消滅させられた経緯を持つ。

 現実世界では、アメリカ側に所属するブレイバーとして栗部蒼羽と共に活躍。今回は日本のBCUを支援する為に来日していた。


◆海藤武則

 スぺーズゲームズ社の元社員で、WOAの初代ゲームマスターを務めていた男性。

 定年退職間近で、ブレイバーワタアメと知り合い、ブレイバーの存在を知り得た。

 スペースゲームズ社を退職後、彼は渡米し、そこでブレイバーについての独自研究を進める。その過程で、レクスと知り合っていた。

 レクスは武則を通して、様々な国際テロリストにコンタクトを図り、世界戦争勃発の足掛かりにしようとしていた。


◆イグディノムバグ

 かつてゲーム内でサイカ達がゲームマスターと協力して倒したレベル五のバグが、現実世界に現れてしまった。

 八本の腕から放たれる光線と、食べたものを模してバグ化させる力も健在である。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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