91.富士溶岩洞窟の戦い
デルタチームの作戦が終わり、シロが消滅したとの報告をクロードから受けた。
その時、BCU本部にはまだシロの夢主、小沼直光が待機していた事もあり、矢井田司令の指示で速やかに一つの実験が行われた。
それは『現実世界側で消滅したブレイバーを再度召喚できるのか』というもの。
今回、現実世界側でブレイバーが消滅に至ったのは初の事例であり、BCUとしても、俺個人としても、調べておくべき事柄なのは間違いない。
結果から言えば、出来なかった。
探る事までは可能だが、夢主からブレイバーの冥魂を掴む事叶わず、召喚にまで至れなかった。
この事は、現存するブレイバー当人達にも伝えられ、彼らの曖昧な希望が音を立てて崩れ去る。それほどの衝撃を与えた事だろう。
よって、先の戦いでブレイバーミケを相手に健闘したクロードは、もう二度と現実世界でシロと出会う事はできないという事になる。
静岡県に存在する富士溶岩洞窟は、鎌倉時代にあった富士山の噴火によって出来た自然洞窟で、最長二十キロメートルもある巨大な洞窟。中はまるで迷路の様に入り組んでいて、全てを把握できていない巨大迷宮として古くから知られている。
江戸時代には修行僧による修行の場として利用され、『ここで百日の生活ができれば、過ちを悔い改めた事とする』という風習があったそうだ。
そういった背景も有り、この洞窟の入り口には立派な鳥居が建てられ、洞窟内部の最深部に近い場所に仏像が収められた祠が設けられた。
そんな場所が、なぜ禁足地とされたのか歴史を追いかけると、大正時代から明治時代にかけて、安易な気持ちで中に入った者がそのまま遭難して還らぬ人となってしまう事件が多発。罪を悔い改めるどころか、天罰を受ける場所と言われる様になった事と、少しの地震で崩壊の恐れがあるとされ、昭和の時代が終わる頃には立ち入りが禁止され、入り口も厳重に封鎖された。
この洞窟の入り口は一つのみ。
入り口を塞いでいた木板は何者かに破壊されている事から、中に誰かが入った事はほぼ間違いなく、他の現場と同じく、自衛隊による厳重警備が成されている。その間、何人たりとも人の出入りはされず、今日この日、二人のブレイバーが中に足を踏み入れた。
富士溶岩洞窟で人質救出任務に当たるのは、チャーリーチーム、シッコクとエオナである。
この二人は、異世界側での戦闘経験が豊富である事や、シッコクの圧倒的なまでの戦闘力の高さも相まって、途中で出現したバグを一匹残らず消し飛ばしていた。
最深部の祠がある広間に到着するまでの間、二人は声での連携はほとんど必要としておらず、ほぼ無言のアイコンタクトのみで意思疎通を図っていた。
シッコクが魔剣バルムンクを振るえば、バグを木っ端微塵にする衝撃波が炸裂して敵を一掃。細かい残党はエオナが得意の抜刀術で素早く処理する。
そうやって難なく最深部まで辿り着いてしまった二人は、そこにあった広間の中心で、祠の前に胡坐をかいて座っている赤い忍び装束に、鬼のお面で顔を隠すアマツカミを発見する。
「そこまでだ!」
と、エオナはいつでも斬り掛かれる様に構える。
道中、そして最深部に位置するこの広間も、至る所にロウソクの灯火があり、状況を視認できるほどの明るさは確保されている。
シッコクとエオナが侵入して来たというのに、座ったまま動こうとはしないアマツカミ。
そんな彼の前にある石台には、まるでこれから生贄にでもするかの様に、大の字ではり付けにされた男性が一人。アマツカミの夢主、増田雄也の姿があった。
雄也がはり付けにされてる台の周りには、恐らく人質の民間人だったであろう六人が絶命した状態で転がっており、おびただしい量の血溜まりが出来ている。
そんなこの世とは思えぬ悲惨な光景を前に、エオナは思わず目を背けてしまった。
アマツカミは落ち着いた様子で、ゆっくりと話を始めた。
「エルドラドの英雄シッコク。なぜお前がそこにいる」
「英雄になった覚えなどない」
「そうか。大罪人となり、英雄を捨てたか」
「何度も言わせるな」
そんな二人の会話に、エオナは何を言っているのか理解が追いつかなかった。が、この場において、それを言及しようとも思えなかった。
目の前にある六人の死体。これについて問うべきであると、エオナは判断する。
「それをやったのはお前か!」
と、エオナ。
「家族の契りを交わした我らなら分かる。我らの同胞が二人……先ほどこの世を去った」
「当然だ。お前たちに勝てる見込みなんてない!」
「当然だと? ならば、この人間の死も、当然の報い。同胞の無念を、この俺が示したと言えよう」
「報復と言うか!」
怒りで今にも飛び出しそうなエオナの横で、シッコクは何かを考え、じっとアマツカミを見つめている。
すると、台に仰向けではり付けにされている雄也が言葉を発した。
「千枝は! 千枝は何処にいるんだ!」
と、必死にもがく雄也。
縄と苦無で完全に固定されていて、雄也は抜け出すことは出来そうにない。
そして助けが来た事で急に騒がしくなったせいもあり、アマツカミは短刀を取り出して、座ったまま雄也の腹部にそれを力強く突き立てた。
「あああああっ!!!」
激痛に叫び声を上げる雄也に、アマツカミは言い放つ。
「貴様の妹はここにはいない。いればこの手で殺している」
「……ふざけ……やがって……千枝に手を出したら――」
「手を出したら……何だ?」
と、刺した短刀を一度抜き、今度は雄也の肩に刺す。
「ぐあぁぁあっ!!!」
刺された事で、雄也から流れ出る血が、石台から地面へと伝っていく。
やりたい放題の状況を前に、焦りを見せるエオナはシッコクに言った。
「こんままだと、あん人も死んでしまう! 戦おう!」
「奴のあの余裕。何かあると見るべきだ」
「そげん事ば言いよー場合やなかやろ!」
状況を映像で確認していた俺も、通信で指示を試みた。
『ザザザッ……人質の……が……くれ……こえて……か』
激しいノイズのせいで、こちらの声が二人に伝わらない。
白貫トンネル同様、やはり洞窟の中となると電波が不安定になりがちで、指示系統に支障を来すのが問題だった。
この時、シッコクは片耳に付けていたイヤホンマイクを投げ捨てながら、エオナに小声で話しかける。
「奴と人間との距離が近すぎる。私の剣では、巻き込みかねない」
「だったら私が」
エオナはそう言い残し、すぐに走り出した。
刀の鞘を持ち、抜刀の態勢を取りながら、十分な距離を詰めたところで神速の一閃をアマツカミに浴びせる。
その攻撃を座った状態から飛び上がって避けたアマツカミは、日本刀を持つエオナに対して素手で反撃を仕掛けた。
独特で、とにかく速い、そんな格闘技でエオナの連続斬りも全て回避してきた。
そしてエオナは腹部に強烈な一撃を喰らい、吹き飛ばされ、地面を転がる。
さらにアマツカミは、すぐに立ち上がろうとするエオナの顔面に蹴りを浴びせて、更に地面を転がす。
今の攻防で、戦闘の実力はエオナが負けている事は分かる。が、お陰で民間人からアマツカミを遠ざける事には成功していた。
アマツカミの背後からシッコクの魔剣が振り下ろされ、アマツカミは咄嗟にそれを跳んで避けるが、その衝撃波に身体を押された。
一歩遅ければ消されていた。そんな威力を目の当たりにしたアマツカミは微笑する。
「母さんを倒しただけの事はある」
「母さん?」
「父さんを救った真の英雄ゼノビア」
「ゼノビアの何を知っている」
「何を望み、何を悔いていたのか、俺達はその意思を受け継ぎ、行動している」
「ゼノビアがこんな事を望んでいたと言うのか?」
相変わらず訳の分からない会話をする二人に、エオナが割って入った。
「さっきから何の話をしてるんだ!」
と、もう一度アマツカミに攻撃を仕掛ける。
エオナが得意とする夢世界スキル《霞の構え》からの連携スキル《月光・発》による突き技。そして連携スキル《月光・開》による薙ぎ払い。
アマツカミは背中の刀を抜いて、それを全て受け流し回避し、斬り返した。エオナはそれを避けて、一旦距離を取る。
戦闘技術において、エオナよりも上に立つアマツカミは言った。
「やめておけ。その程度の腕では、我が身に傷を付ける事も叶わん」
言葉でエオナを牽制ひたアマツカミは、改めてシッコクの方にその身体を向けた。
「シッコク。母さんと戦った貴様の腕がどれほどのものか、全身全霊を持って試してやろう」
そう言うアマツカミの身体が炎に包まれたと思えば、一瞬で変化した。全身の皮膚を黒に染め、全身をバグ化。
その姿はまるで鬼の顔を持つ狂戦士といった容姿で、全身から黒と赤が混じったオーラを発生させた。
手にはノリムネ改を細く長くした様な刀。その刀身は炎を纏って激しく燃えている。
火の鬼神アマツカミバグ。
かつてサイカと対峙し、互角に戦った事もある彼が、シッコクを前にして手抜き無しで最初から全力で戦う事を選んだ。
熱い闘志が、シッコクの肌を刺激し、重苦しい空気が辺りを駆け巡る。
シッコクはエオナに言った。
「あの民間人を連れてここから逃げろ」
「えっ?」
「お前の実力では奴の相手にもならない。それであれば、一人でも多く助けてやるべきだ」
「……勝てるのか?」
エオナのその質問に、シッコクはアマツカミバグを睨んだまま鼻笑いで返した。
「……分かった。御武運を」
そう言い残し、エオナは走る。石台にはり付けにされ、短刀を刺されたままの雄也の元へ。
アマツカミバグはそれを阻止しようとエオナに向かって瞬間移動するも、その振り下ろされた炎の刀を、同じく瞬間移動で間に入ってきたシッコクの魔剣が止める。
「お前の相手は私だ」
と、シッコク。
エオナは石台周辺の死屍累々な光景を前に、顔を背けながら接近。雄也を縛る縄を解き、刺されている短刀を抜いて、担ぎ上げた。
そして大量出血で顔色が悪くなっている雄也を両手で持って、出口に向かって全速疾走。
アマツカミバグは何度かシッコクと剣を交わらせた後に、逃げるエオナの背中を見て言った。
「まあいい。その男はもう助からん」
エオナがなんとかその場から走り去り、見えなくなった事を確認したシッコクは、全ての配慮を捨て、魔剣バルムンクを振るった。
通常のバグであれば一瞬で塵となる最大火力だが、アマツカミバグはそれを諸共せず、獄炎を振り撒き反撃。
洞窟が崩壊する危険性もある衝撃の数々が、壁を削り、石台を割り、祠を破壊し、そしてアマツカミバグが放つ火炎が辺りを焼き尽くしていく。
戦いの場所は移動していき、更に奥へ奥へ。所によっては天井や地面が崩落して、誰も足を踏み入れた事の無いであろう空間へと二人は入っていく。
ロウソクによる灯火がない場所でも、アマツカミバグの炎によって明るく照らされ、互いを視認できていた。
シッコクの魔剣がアマツカミバグを捉え、アマタカマバグは壁を破壊しながら奥へと吹き飛んだ。シッコクは空かさず追う。
そこは一面が明るい広い空間だった。
流れるマグマと、マグマによる池、ゴツゴツとした岩場が多く、何よりも異常なまでの高温に包まれた。
アマツカミバグはマグマに臆する事なく、マグマ溜まりの中に飛び出ている岩場に着地。
シッコクは天井の崩壊で入ってきた場所が塞がれてしまったのを横目で確認した後、アマツカミバグに話しかけた。
「お前たちはなぜ戦場を分けた。分散して人数不利な状況を作るとは、あまりにも愚作」
「気になるか。兄弟の死は、我々の計画に必要な事。より完全に近い存在となる為の一手に過ぎん」
「戦に敗れ、ブレイバーを召喚させ、自ら消滅する事が計画だと?」
「レクスから何も聞いてないのか」
その言葉に、シッコクの表情が険しくなった。
返事が無いので、アマツカミバグは加えて話し出す。
「そうか。こちらの世界は初めて……だったな。大罪人」
「ヴァルキリーが言っていた『次元繋ぎ』が、関係しているな?」
「ご名答。さすがは母さんの力をその手に宿している男と言うべきか」
「では、遠慮なく始末してしまって良いのだな。鬼よ」
「タダでやられる程、この俺の命は安くない」
そう言って、アマツカミバグが先に動いた――――
断続的な地震と、遠くで激しい戦闘音や天井が崩壊する音が聞こえる。
すぐにでも引き返してシッコクを助けたい気持ちを抑えながらも、エオナは血だらけの男を両手に抱えて走っていた。
幸いにも道中のバグは殲滅したので、邪魔が入る事は無い。だが、絶望的までに遠い出口が、エオナを焦らせていた。
このままだと、出血多量でこの人間が死んでしまう。ブレイバーであればなんて事の無い傷だが、人間はそうではない。
ロウソクの明かりを頼りに、疾走するエオナに通信が入った。
『繋がった!』
と、俺が第一声を放つ。
「琢磨か」
『まず状況を教えてほしい』
「シッコクはアマツカミと交戦中。私は今、唯一の生存者を運んで出口に向かってる」
『視界映像を確認。その人は増田雄也。アマツカミの夢主で、千枝の兄だ』
「アマツカミは自分ん夢主ば刺したんか!?」
『……そうなる。その人の容態は?』
「重傷だ。血が止まらないんだ」
『分かった。外に医療班を待機させておくから、絶対に連れ出してくれ』
エオナが喋っているのを聞いていた雄也が、今にも消えてしまいそうな弱々しい声で言葉を放つ。
「ブレイバーさん……琢磨と……話させて……くれないか」
それを聞いて、エオナは一旦立ち止まって、腰を落としながらも耳のイヤホンマイクを雄也に付け替えてあげた。
この時、雄也の顔色を見て、エオナは絶望する。せめて少しでも話す時間を作ってあげたい一心で、エオナは雄也を膝の上で抱き抱え、そっと片手で傷口の一つを抑える。
雄也は消えそうな気力を振り絞って話し出した。
「琢磨……いや……サイカ。聞こえてるか?」
『聞こえてる』
「俺の不注意で……ドジっちまった……迷惑掛けたよな……ごめん」
『謝らないでくれ。吾妻の事は、俺のせいでもある』
「なんかさ……さっきまで痛かったのに……今はなんも感じないんだ……俺、死ぬと思う……」
『何弱気な事言ってるんだよ。大丈夫、大した事ない怪我だから』
「なあ……覚えてるか。俺とサイカが初めて会った時のこと……」
『忘れるわけないだろ』
「俺と、サイカと、オリガミと、最初は三人で……よく遊んだよなぁ……馬鹿やって……楽しくてさぁ……」
『そんな話、後でいくらでも聞いてやるから。今は気をしっかり持って』
「……楽しかったんだ……あの時は……みんないて……シノビセブンができて……楽しかった……」
エオナが雄也の視力が失われた目を見て、
「琢磨、もう……」
と、俺に状態を伝えてきた。
『……頭領。僕も、楽しかったよ。千枝のことで揉め事もあったけど、それも含めて楽しかった。またシノビセブンのみんなで集まろうよ。今度はギルド作ってさ。首都対抗戦で、砦攻め落としてさ。そしたらオフ会また開いて、美味しいお酒飲もうよ』
「ギルドかぁ……いいね……千枝……なんて言うかな……」
『オリガミは、サイカがいれば何でも喜ぶさ』
「あぁ…………」
『頭領?』
雄也の目蓋の動きが止まり、眼球も動かなくなった。
「千枝を……頼んだ……アカツキタクマ……」
『頭領! あんたがいなくなったら、誰が千枝に飯を作ってやるんだよ!』
「……美味しいカレーを……食べさせ……て……」
『千枝が迷った時、誰が叱ってやるんだよ! なあ!』
「…………」
エオナは事切れてしまった男の目に手をかざして、そっと目蓋を下ろしてあげた。
そして、イヤホンマイクを自分の耳に付け替え、エオナは言った。
「外には必ず連れ出す」
『……頼む』
エオナは、先ほどよりも重くなったとも思える雄也を抱えて立ち上がり、また走り出した。
力の無くなった腕が垂れ下がって、もう、指の一本すらも動く気配はなく、エオナは雄也の血で血塗れにりながらも、その足を進めた。
BCU本部で、俺は涙を流していた。
アマツカミの夢主、増田雄也が死んだ。それはつまり、本物のアマツカミが死んだという事。
彼との思い出が走馬灯の様に頭をよぎり、最後は雄也にとって最愛の妹でもあるオリガミと、千枝の顔が浮かんできた。
ごめん千枝。ごめん千枝。俺は、君の大切なお兄ちゃんを……救ってやる事が出来なかった。君の宝物を……守ってやれなかったんだ。
本当に……ごめん。
ドローンによる空撮映像で、血で汚れたエオナが雄也を両手に抱えて、ゆっくりと洞窟から出てくる姿が確認できた。
しかし、状況は感傷に浸っている猶予を与えてくれない。
オペレーターが叫んだ。
「ブレイバーシッコク、バイタルに異常発生!」
俺は涙を裾で拭い、気持ちを切り替える。
「シッコクの映像を見せてくれ」
と、指示をすると、コマ送りの様な飛び飛びの映像がスクリーンに表示された。
それを見ながら、先ほど洞窟から脱出して来て医療班に雄也の引き渡しを終えたエオナは通信を入れた。
「琢磨だ。シッコクが苦戦してる。至急援護に向かってくれ」
『分かった』
エオナは走り出し、溶岩洞窟の中へと再び入っていく――――
マントは焼け焦げ、鎧も破損、切り傷だらけでボロボロになったシッコクは、まるで無傷のアマツカミバグに攻撃を仕掛ける。
灼熱の炎を長い刀から振り撒くアマツカミバグは、シッコクの距離に入らない様、器用に跳び回り避けてくる。
「シッコク。お前はブレイバーを何だと思っている。人間の道具か? 正義の味方か? それとも、異星人とでも言うか」
と、アマツカミバグ。
「世迷言を。ブレイバーとは、次元の修復者」
「修復? 面白い事を言う。いやはやどうして、的を射ているのも悪くない」
「その口振り。バグがなぜ存在するのか、知っているな?」
「承知の上。吾妻は現実世界の混沌を望むが、そんな事は我らの野望の前では小さき事よ」
そんな事を言いながら、アマツカミバグはシッコクの懐へ飛び込み、その一刀でシッコクを斬り裂いた。
シッコクは紙一重で致命傷を防ぎつつ、斬り返す。
アマツカミバグは斬り飛ばされ、シッコクはそれを追撃。斬り飛ばして、更に斬り飛ばして、空中でアマツカミバグが無防備となった瞬間を見逃さない。
「炎を操るバグは、マグマに耐えられるか!」
と、シッコクは言い放ちながら、剣を振り落とした。
アマツカミバグはマグマ溜まりへ叩き落され、全身が燃えた。
その様子を近くの足場に着地して見下ろすシッコク。
時同じくして、シッコクがいるこのマグマ溜まりの空洞が、激しい戦闘が行われた為に崩壊を始め、音を立てて岩や土が落下してきていた。
アマツカミバグは、マグマの上で身動きが取れなくなりながらもこんな事を言ってきた。
「これで……終わりではない。これが、始まりだ……」
そう言い残し、アマツカミバグは激しく燃え上がり、そしてコアが高熱で損傷。
ゆっくりと消滅して行った。
シッコクはアマツカミバグの消滅を見届けた後、崩壊する瓦礫の中へと消えて行った。
「ブレイバーシッコク、生命反応消失! バイタルサイン確認できません!」
と、オペレーターの声が司令室に響き渡る。
俺は耳を疑った。
しかし、シッコクの視界映像も途切れ、完全に神隠しの森で消滅したシロと同じ状況になっている事実が目の前にある。
「そんな……」
と、精神的な衝撃に俺の膝の力が抜けそうになっていた。
俺が召喚して、交渉して、共に戦ってくれると言ってくれたブレイバーが……消滅した。しかも、あのエルドラド王国の、誰よりも気高く強いシッコクが……ミーティアが親愛するシッコクが……消滅した。
最深部に向かって走っているエオナから通信が入った。
『琢磨! どうなってる! 状況を教えてくれ!』
俺は答える気力が無くなっていた。
代わりにオペレーターがエオナに状況を包み隠さず報告している声が聞こえる。
そして、司令室の自動ドアが開く音。
本部待機中のミーティアが、シッコク消滅の知らせを受けて、駆け込んできた。
「シッコク様は無事なの!?」
俺の精神に追い討ちをかける様なミーティアの質問だった。
ミーティアは、俺の顔を見るなり、ショックのあまり床に座り込んでしまう。
「嘘……でしょ? シッコク様が……? 有り得ないわよそんなの……機械の故障じゃないの……?」
ミーティアは這いつくばりながら、俺に縋り付く様に迫ってきた。
俺は何て答えればいいのか、言葉が見つからず、返事ができない。その今にも泣きそうなミーティアの瞳から、目を逸らす事しかできなかった。
「まだ……私、何もシッコク様と話せて無いのよ。この世界のこと、面白いこと、みんなのこと、まだ何も……話せてないの。なのになんで……なんでよおぉぉッ!」
ミーティアの悲壮感漂う泣き声が、司令室にいる全ての人に聞こえた。
その後、エオナと探索班による洞窟内捜査が行われ、最深部で眠っていた六名の遺体も回収された。いずれも雄也と同じく失血死と認定された。
念の為、シッコクとアマツカミの捜査も行われたが、発見する事は叶わず、洞窟内の損壊も激しい事から捜査は断念。両名とも消滅と認定された。
更に、神様が追い討ちを掛ける様に、今回の民間人の死者の中に、ミーティアの夢主の名前がある事も確認される事となる。
その知らせを受けたミーティアは……絶望に染まり、目の光が消えてしまった。
ケークンとジーエイチセブンが、ショックで物も言えず立ち上がれないミーティアを起こして連れて行く光景は、痛ましかった。
人質七名は全員死亡。ブレイバーもシッコクとアマツカミが安否不明で消滅扱いとなってしまっては、今回の富士溶岩洞窟の救出作戦は失敗と言える。
だけど、俺までここで崩れて行く訳には行かない。なぜならまだ、他の作戦が残ってるからだ。
オペレーターから伝言が入る。
「予定時刻になりました。エコーチーム、ブレイバーケリドウェン、ナーテ、ユウアール、シェイム、ナギ、作戦区域に入ります! 映像出ます!」
それを聞き、俺は自分の頬を両手で叩いて気合を入れ直した。
【解説】
◆富士溶岩洞窟
今回登場した洞窟はフィクションであり、実際には存在しない場所です。
◆ブレイバーアマツカミ
夢世界『ワールドオブアドベンチャー』ではシノビセブンのリーダー的存在であり、レクス及び逢坂吾妻に従うブレイバー。赤い忍び装束と鬼の面がトレードマーク。炎の忍術と剣術を得意とする。
彼は異世界でレクスによって召喚され、レクスに育てられた経緯がある。
その後、レクスの計画を実現させる為、彼は同じシノビセブンのブレイバーを探し出し、自らの仲間に引き入れていた。実はブレイバーサイカも、勧誘対象であった。
アマツカミのバグ化した姿は、火の鬼神の様だった。
◆消えたシッコク
今回の富士溶岩洞窟で行われた人質救出作戦では、シッコクとエオナが選ばれた。
ファンタジースターとワールドオブアドベンチャーと言う異なる夢世界出身の二人だったが、異形の力を持つアマツカミに対して、エオナは撤退を余儀無くされる。
シッコクはアマツカミと対戦するも、結果としては、ほぼ相討ちに近い形で幕を下ろした。
◆気になる会話
シッコクとアマツカミの会話には、現時点で当人にしか分からない意味深な台詞があった。
◆増田雄也の死亡
琢磨の彼女、増田千枝の兄であり、シノビセブンのリーダー的存在として活躍していた雄也。
彼は根っからのアニメオタクで、生涯独身を誓っている妹思いの男だった。
今回、大蛇の策略によって誘拐され、救出作戦の最中、失血による死亡が確認された。
享年二十七歳の若さだった。
◆ミーティアの絶望
消えたシッコクと、夢主の死亡報告を受けたミーティアは、泣き叫び、自力で立てないほどの精神的ショックを受けてしまった。
ブレイバーにとって夢主は命も同然。彼女の夢主は享年三十歳、まるでゲーム世界の彼そのものみたいに、明るくて元気な男性で、最愛の妻と二歳になる娘がいた。
ミーティアはそんな夢主に、暇を見つけては度々会いに行っていた。




