表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
90/128

90.神隠しの森の戦い

 作戦前、BCU調査部の園田(そのだ)真琴(まこ)は俺にこんな事を言ってきた。


「私の妹を、どうか、よろしくお願いします」

 と、頭を下げる園田さん。


 何を隠そう、今回、大蛇に拉致されたと思われる行方不明者リストの中に、彼女の妹の名前があったのだ。

 シノビセブンの一人であるミケのプレイヤーで、ブレイバーミケの夢主でもある立川(たちかわ)明莉(あかり)、旧姓、園田明莉は彼女の妹。身内が攫われたというのに、歯痒い気持ちを抑えて、ここまでBCUの職員として、国を守る為に尽力してきた。


 そんな園田さんが、泣きそうな顔をして、俺やブレイバー達に深々と頭を下げて来たのだ。




 千葉県にある神隠しの森とされる場所は、江戸時代から禁足地とされており、足を踏み入れると二度と出てこられなくなるという伝承とともに有名である。

 とは言っても、今では住宅地の中にひっそりとある森で、広さは奥行きと幅共に僅か一キロ程の範囲であり、決して方向感覚を失って迷うほどの広さとは言えない。


 それでも、古くからこの地に足を踏み入れた者が還らぬ人になったという話があるそうだが、現代においては、なぜこの地が禁足地になったかの理由についても、明確な根拠があるわけではない。いずれにせよ、近隣の人たちはこの森に対して不審の念を抱いており、現在も立ち入る事はタブーとされている。


 この地の歴史に触れる書物には、

「この場所は八門遁甲(はちもんとんこう)の死門であるゆえ、足を踏み入れてはならない、踏み入れた者には必ず害がある」

 とだけ、記されている。




 自衛隊により神隠しの森周辺は包囲され、厳重な警戒態勢が敷かれる中、装甲車に乗ってやって来たブレイバーが二人。

 デルタチーム、黒い迷彩服に愛用武器のアサルトライフルを手に持ったクロードと、同じく黒迷彩にスナイパーライフルを背負ったシロ。


 ここでもまた、かつて夢世界で最強コンビとして活躍していたコンビが人質救出任務を開始しようとしていた。

 既に不自然な霧に包まれている森を前に、クロードは半笑いで言った。


「神隠しの森ねぇ。俺たちが今から戦うのは、果たして神か、ブレイバーか……」


 するとシロが応えた。


「どうだっていい。敵はぶち殺す。それだけ」

「ったく、どうしてそんな子になっちまったんだか、クロードお兄さんは分かりませんよ」

「クロ、僕こそ聞きたいよ。バトルグラウンドで産まれて、なんでそんなに丸いのさ」

「バーカ。大人なんだよ。俺はブレイバーとして先輩だ」


 そう言いながら、クロードとシロは支給された最新鋭のゴーグルを装着。

 ただちに視界サポートの恩恵を受けつつ、BCU本部へ連絡を入れた。


「こちらクロード。森に到着した」

『クロ、神隠しの森の様子はどう?』

 と、俺は問いかける。


「どうもこうも、霧に包まれてるよ。あのミケって奴がいるんだろうな」

『ブレイバーミケについては、ブランから情報をもらってる。霧と幻惑術の使い手で、バグ化をすると蜘蛛になる』

「蜘蛛……ね」

『バグ化する前に仕留められれば理想だけど、もしバグ化されてしまった場合は糸に気を付けて』

「了解」

『人命救助が最優先だからね。それと、シロの動向には細心の注意を払って欲しい』

「分かってるよ。それで、さっき貰ったドーピング剤とやらはどうすればいい」

『先ほど他チームのブレイバーが使用したところ、サイカと同じバグ化の症状が確認できた。強力故に、なるべく避けた方がいい』

「了解」


 クロードはドーピング剤が入った小さな注射器を手に持ち眺めた後、それを胸ポケットに押し込んだ。


「さてと、任務開始だ。シロ、俺から離れるなよ」

 と、銃を構え、神隠しの森に入るクロード。


 後ろをカバーする様に、シロはハンドガンを手に持って続いた。




 中に足を踏み入れて早々、濃い霧によって周囲がほとんど見えない状況となる。

 二人は銃に装着されているレーザーサイトをオンにして、霧の中に赤い線を走らせる。ゴーグルによる視界サポートは、この霧にはあまり効力を発揮しておらず、それでもミニマップによる正確な現在位置把握に役立っている。


 緊張感の足りないシロが、

「あのタクマって人、なんか偉そうで嫌い」

 と、愚痴を漏らした。


「何言ってんだ。実際、シロよりも偉い人だぞ」

「なになに、あの人、強いの?」

「あのなぁ……」

『聞こえてるぞ』

 と、俺が入った事で二人は余談をピタリと止めた。


『クロ、状況は?』

「霧で何も見えねぇよ。厄介な夢世界スキルだな」

『何か罠があるかもしれないね』

「そんなの覚悟の上だ。とにかく、もっと中心部を目指してみる」

『頼む』


 奇襲を警戒して、周囲を念入りに警戒しながら足を進めるクロードとシロ。

 そんな二人の前に影が見えた為、思わず銃口を向けてしまったが、それは物言わぬ地蔵が一つ置かれていた。手入れもされず、かなりの年月が経っている様で、朽ち果てている。


 そして装着しているゴーグルとイヤホンマイクにノイズが走り、強制的に通信が切断された。

 クロードはハンドサインを出し、シロと共に姿勢を深くして、一旦その場は留まる。


「聞こえるか琢磨(たくま)

『…………』


 クロードが通信を試みるも、俺の声が届く事は無かった。


「ちっ、どうなってやがる。これも霧の影響かよ」


 険しい表情で、この後の行動に悩むクロードの後ろで、シロは楽しそうに言った。


「いいねーいいねー。面白くなって来た」

「……行くぞ」


 再び前進を開始。

 現在位置が把握できなくなり、とにかく一度森の外に出ても良いという考えで、クロードはシロを連れて霧の中を進んだ。


 やがて再び影が見え、銃を構える事になったが……そこにあったのは朽ち果てた地蔵が一つ。

 汚れ方からして、先ほど見かけた地蔵と同じと思われる。


「……おいおい、どうなってやがる」

 と、クロードはふと背後を見た。


 先ほどまで、確かに後ろを歩いていたシロの姿がなくなっている。

 クロードは焦った。冷や汗が止まらず、周囲に敵がいるかもしれないという恐怖感から、銃を構えて辺りを見渡す。


「落ち着け俺。シロの事だ。単独行動か迷子になっただけって可能性もあんだろ」

 と、自分に言い聞かせるクロード。


 しばらく待った後、クロードは行動を開始する。

 周囲を警戒しながら、とにかく前進。地蔵が見えたら少し方向を変えて前進。再び地蔵が見えたら方向を変える。そうやってこの森の突破口を探りながら、クロードは四度目の地蔵を前にした。


 その時、ガサッという物音を聞き流さなかったクロード。

 迅速に音がした方向へ移動して、茂みをかき分ける。


 そこには、手足を縛られ地面にうつ伏せで倒れている女性がいた。白い布一枚の薄着で目隠しもされた、二十代くらいの若い女性。意識はある様だ。

 クロードは人質の民間人と判断。駆け寄って、ナイフで手足を縛る縄を切り、目隠しを外しながら話し掛ける。


「おい、大丈夫か」

「あ、ありがとうございます。貴方は……?」

「貴女を助けに来たヒーローさ。ここで何があった? 立てるか?」

 と、クロードは手を差し伸べ、女性は立ち上がる。


 黒髪で痩せていて、美人な女性だ。


「私は気付いたらここに連れて来られてて……他にも捕まってる人が……あっちの方から逃げて来ました」


 女性が指した方角は、まだクロードが一度も向かったことのない方角だった。

 この先に何かがあると感じたクロードは、固唾を飲み込む。


「犯人の姿は見たか?」

「いえ、ずっと目隠しをされていたから……」

「名前は?」

「明莉……立川明莉」

「俺はクロード。とにかくここからキミだけでも連れ出したい。付いてきてくれ」


 そう言って、クロードが歩き出そうとすると、明莉が止めてきた。


「待ってください。夫が……夫が捕まってるんです」


 その言葉に、クロードは思わず明莉の顔を見る。

 明莉は真剣な眼差しを向けてきており、結果としてクロードはこの後の行動に迷いが生じた。他の人質を探す為に、明莉を連れて回るべきか、それとも一旦は出口を探すべきか。


 しかしここは霧で方向も分からない森の中。先ほどから起きている不思議現象もあって、出口をすぐに見つけられるとも限らない。安全の為、明莉をここに置いて単独で動くという手もクロードは考えたが、それもそれで大事な民間人を見失ってしまう可能性にも繋がる。

 クロードはしばしそんな事を考え、至った結論を口にした。


「オーケー。危ない事に変わりないけどよ、仕方ねぇな。俺に付いてきてくれ、他の人質を探す。明莉さん、とにかく俺の背中だけ見て、付いてきてくれ」


 明莉は頷いた。


 それから、明莉が示した方向に歩みを進めるクロード。

 やがて先ほどの明莉と同じく、目隠しをされ手足を縛られた民間人が三人、縄で樹木に括り付けてある現場に到着した。どうやら全員女性の様で、意識がなく、ぐったりと顔を下に傾けている。


 クロードはそれを見るや否や、慌てて近づいて、ナイフで縄を切り解放した。

 意識が無い為、もたれ掛かってくる女性達は皆、顔や腕の至る所に打撲痕があり、暴行を受けた形跡が見受けられた。


「酷い事しやがる……」


 それでもまだ息はしている事を確認しつつ、後ろに立ってる明莉に背中を向けたまま話しかけた。


「明莉さん、運ぶのを手伝って……」


 その時、クロードは不自然な点に気付いてしまう。

 まず、先ほど出会うに至った明莉は、打撲痕が無く、更にはここまで厳重に縛られていた状況であれば簡単には抜け出せないはず。そして何よりも目の前に、その明莉とよく似た女性が眠っているのだ。


 しかし時既に遅く、クロードは後ろから刃物で刺されていた。

 心臓部を狙って胸を貫く短刀の持ち主は、先ほど助けた明莉である。


「気付くのが遅いどすえ。イケメンのお兄さん」


 その声は、先ほど聞いた声とは変わっていて、明らかに別人が背後にいるのだと分かる。

 こんな事をする奴は、きっとこの場に一人だけ。ブレイバーミケである。


「あら、コアを狙うたんどすけど、外れてまいましたなぁ」

 と、短刀を容赦無く抜き、血を払うミケ。


 クロードは傷口の痛みを我慢しながらも振り向き、持っていたアサルトライフルを構えて発砲。

 そこに立っていた白い忍び装束に狐面の女性は、溶け込む様に霧の中に消えてしまい、放った十発ほどの銃弾が当たった様子は見受けられなかった。


 騙された。その悔しさが胸にこみ上げ、後悔と共に流れ出るのは傷口から流れ出る大量の血。

 痛む胸を抑え、クロードはその場で片膝を地面に着く。


「くそったれが!」

 と、思わず叫んでしまうクロード。


 ミケが使用したのは夢世界スキル《忍法霧変化》で、霧の中限定で特定の人や物に姿を変える事ができるというもの。更には霧を発生させる夢世界スキル《忍法霧隠れ》の副効果として、霧の中では自在に姿を消せるというものだ。

 そんなミケによる術中の中心で、何処からか彼女の声が聞こえてくる。


「この霧の中で、うちには勝てまへんよ」

「はっ、自惚れるなよ忍者女。それほど最強のブレイバーなら、こんな所にはいないだろう」


 予期せぬ方向から苦無が飛んできて、クロードの肩に刺さった。


「ぐっ」

 と、痛みに耐えながら、苦無が飛んできた方向に撃ち返すクロード。


 銃弾は霧の中へと虚しく消えていき、何処かの樹木に着弾する音が聞こえた。


「うちを倒さな、この霧から出られまへん。そういう意味では、この神隠しの森は相応しい場所どす」


 今度はクロードの背中に苦無が刺さった。


「何が神隠しだ。妖怪にでもなったのかよお前は」

 と、マガジンをライフルに装填するクロード。


「この地で伝承とされてる神隠しとは、人が作ったまやかし」

「なに?」

「この森はかつての自殺の名所。死にたい死にたいと、自らに言い聞かせた愚かな人間が、ここに来ては首を吊る」

「だったらなんで神隠しなんて言われてんだ」

「人知れず、自殺したとは悟られへん様に死体を処理しとった人間がおったのやろう。その証拠に、ここの土の中には無数の遺体が埋葬されている。悍ましや悍ましや」


 これがこの『神隠しの森』に纏わる伝承の真実とでもいうのだろうか。

 どうしてミケが、現地の民でも知らない様な情報を手に入れる事ができたのか、誰にも分からない。もしかしたら、彼女が独自に一般人へ成りすまし、その様な噂を聞いた上で、穴を掘り調べたのかもしれない。


 クロードは問う。


「だったら何だって言うんだ。こんな事をして、人様に迷惑掛けて、こんな戦いの先に何がある!」

「あちらの世界も、こちらの世界も、人の命は儚く脆い。誰かが大切思うとっても、本人はそれと気づかず自らの命を絶ってまう。なぜ? どうして?」

「……何言ってんだか、わかんねーよ」

「弱き者はてづから死選び……こはき者ばかり残りぬ……去る悲しみが続かば、始めより弱き人などあらずべし」

「ちっ。話にならねぇ女だ」


 クロードは集中する。霧の中、この近くに必ずミケがいる。その場所を見抜き、銃弾を当てればこっちの勝利。

 そう考えた矢先、クロードの耳元に狐面が近づいていた。


「あんたは、あじない恋をした事はおまへんか?」


 耳を擽り、芯に迫る様な、背筋がゾッとする言葉だった。

 そんな至近距離であってもクロードが銃口を向ける頃には、そこにミケの姿は無い。まるで幽霊の様に、ミケは霧の中を出たり入ったりを繰り返し、血を流し困憊するクロードを弄ぶ。

 まるで霧そのものと戦っている様な、そんな絶望感がクロードを襲う。


「どうしたらいい……サイカ、お前ならどうする……」


 クロードはこの時、サイカであればこの状況をどう打開するのか考えた。しかし、思い浮かぶのは、超人的なパワーで捩じ伏せるサイカの姿。

 超人的……とするならば、胸ポケットにあるドーピング剤が思い浮かぶが、バグ化したところで見えない敵がどうにかなるとも思えない。では、この場において考えられるのは、クロードが持つ近代兵器。はぐれてしまったシロの存在。そしてシロの装備はスナイパーライフル……それに装着されていた物を思い出す。


 クロードは閃き、そして大声で叫んでいた。


「シロォォォォォッ!!!」


 霧に隠れた森に響き渡るクロードの声。

 そして訪れる静寂に、ミケはあざ笑いながら、腰の日本刀を抜刀。


「叫んだ所で、この霧の中では仲間はなんもできひん。まずは一人目、そろそろ、消えておくれやす」


 その時だった。

 鳴り響いたのはスナイパーライフルの発砲音。発射された銃弾が、透明化しているミケの狐面を掠め、彼女の髪の毛が数本飛び散った。その破壊力に彼女の顔を隠していた狐面を砕き、こめかみ部分に傷がぱっくりと開く。


 あと数センチ、横にずれていればヘッドショットが決まっていた。そんな攻撃だった。


 ミケが夢世界スキル《空蝉》で回避行動する判断も追いつかなかったほど、一瞬の遠距離攻撃。

 それをやったのは、ここから百メートルほど離れた場所にいたシロだった。


 シロのスナイパーライフルには、サーマル暗視スコープと呼ばれる光ではなく熱を検知し、映像化するモジュールが搭載されていて、ミケ自身の体温によりその場所を認識。生い茂る樹木の間から、チャンスを待ち、そして放たれた銃弾だった。

 当然、思わぬ攻撃にミケは咄嗟に移動しながら、銃弾が飛んできた方向を見る。


 そこで再び銃声。

 動く標的に対し、今度は胴体を捉えた銃弾は、見事にミケの身体を貫いた。が、それは《空蝉》による幻影で、ミケは回避に成功していた。


 撃たれた方向から射線を切る為、ミケは太い樹木に身を隠す。


「なんで!」

 と、声を上げるミケ。


 クロードはニヤッと笑った。


「サーマルスコープって知ってるか忍者女。知らねぇよなぁ!」


 そう言って、クロードは自身夢世界装備のサーマルスコープを召喚。それをアサルトライフルに装着しながら続けて言い放つ。


「こいつはバトルグラウンドでも中々使う機会もない貴重装備だけどよ、ここでなら使い放題ってやつだ」

「小癪な!」

「お前が言うなよ。小癪で大いに結構! 命を賭けた戦いにルールはねぇ! 近代兵器の反撃開始だぜ!」


 そこからは正に一方的な戦いとなった。

 ミケが姿を表せば、すぐに認知されて銃弾が飛んでくる。そうやってミケはクロードに近付く事すらできず、ただ銃弾に怯えて身を隠し続ける事しかできなくなった。


 シロは発砲したら移動、発砲したらまた移動を繰り返し、ミケに場所を悟られない様に動く。

 クロードは民間人を守る様に陣取り、姿勢は低く、その場から動かず周囲を警戒。ここまでの出血により多少の目眩はするものの、今では出血は止まっている。


「いつまで隠れんぼしてるつもりだ」

 と、クロード。


 すると、透明化で隠れる事をやめたミケが、意を決して外に飛び出し、日本刀を片手に左右に素早く動きながらクロードへ接近。

 クロードもそれに反応してアサルトライフルを発砲するが、ミケの高速移動にエイムが追いつかない。


 ミケはブレイバーとしては今まで一度も見せた事のない夢世界スキル《叢雨(むらさめ)の太刀》を発動。


「我が剣技は流水の如く……秘剣、叢雨の太刀」

 と、水が迸る刀でひらりと舞い、右へ左へその身を流し、そしてクロードを斬る。


 完全に《叢雨の太刀》が入ったその手応えに、思わず笑みを零すミケ。

 だが、斬られたはずのクロードは痛がる様子も無く、その場に立っていた。


「なっ!」

 と、驚くミケにクロードは言う。


「もしやと思って、今さっき防弾着を仕込んでおいて正解だったぜ」


 クロードがサーマルスコープを召喚した際に、自身に仕込んだのは防弾着。それは防刃の役割も担ってくれていて、圧倒的な防御力がミケの刃を防いだのだ。

 クロードはアサルトライフルからショットガンに武器を換装。


「これなら避けられないだろ」

 と、引き金を引こうとするクロード。


 絶体絶命のピンチを前にして、ミケが思い付いたもう一つの秘策は……


 夢世界スキル《忍法霧変化》で、サイカに姿を変えることだった。


 赤い忍び装束に、腰にはキクイチモンジ、クロードの知っているサイカそのものに変化する事で、動揺を誘う。


「待ってくれクロード。私だ」

 と、サイカの声で喋る。


「待たねーよ」


 クロードは冷めた目で、ほとんど躊躇する事なく、ショットガンの引き金を引いた。

 銃声と共に炸裂弾が飛び交い、サイカの姿をしたミケにそのほとんどが命中。その勢いでミケは後方に吹き飛び、身体中に付けられた穴から血を吹き出しながら、地面を転がった。


 そのダメージでミケの変化も解け、元の姿へと戻る。

 そんな彼女に向けて、クロードはもう一度ショットガンを構えながら言い放つ。


「サイカはもっと可愛いぜ。お前さんも美人なのは認めるが、性根が腐ってるんじゃ台無しだ」


 血だらけで地面を這いつくばりながら、ミケは叫ぶ。


「なんで……なんで……アマツカミ……助けて……アマツカミ……」


 さっきまでの態度とは一変して、急に弱々しく呻き声を上げているミケ。


 その間、遠くで狙撃態勢に入っていたシロが、走って近づいて来て、スナイパーライフルを背中に担ぎながらクロードの横に立った。


「もう終わり?」

 と、シロ。


「見りゃわかんだろ」


 クロードは今度はハンドガンに武器を換装して、ミケに近付く。銃口を向けつつ、先ほどから気になったことを口にした。


「ブレイバーミケ。お前なんでバグ化の力を使わない。その程度で終わる実力じゃないだろ」

「誰が……誰が……あんた達の様な下賤のブレイバーに使うものか……!」

「その自尊心のせいで、ここで消えるんだぞ。良いのかよそれで」

「まだッ! まだ……うちは終わってへん……」


 クロードがミケに与えた猶予は、せめてもの慈悲であり、女を少しでも傷付けたくないという願い。

 もがき苦しむミケは、指先から少しずつ肌を黒く変色しながら、黒く染まった眼球で涙を流していた。


 その涙が何を意味してるのか、そんな事をクロードが考える内、シロが言った。


「何やってんのさ先輩。殺されそうになったのに、女だからって手加減してんの?」

「いや、まあ……だってよ……」

「さっき戦いにルールはねえとかカッコイイ事言ってたのに、呆れた」

 

 そう言いながら、クロードに代わってシロがハンドガンの銃口を向ける。


 しかし、その時だった。


 ミケは白いプロジェクトサイカスーツに身を包み、それと同時に黒い液体に包まれ、真っ黒に染まる。


「アマツカミの願いを叶える為! うちは負けられへんの!」


 シロは焦りながらもハンドガンで連続射撃するも、銃弾は弾かれる。

 その間にもミケはバグ化を果たし、背中から蜘蛛のような八本の脚、全身が刺々しい真っ黒で高身長なバグへと変貌していた。


「シロ離れろ!」

 と、クロードが距離を取りながら叫ぶ。


 しかしミケバグの体から伸びた鋭い棘が飛び出し、シロの身体を貫いた。


 勝ちを確信したが為の油断。


「かはっ! ほんと、くだら……な……」


 口から血反吐を吐き、コアを損傷した為に直ちに消滅が始まるシロ。


「シロォォォォ!!」

 と、クロードは彼の名を呼ぶも、あっさりと、煙の様に、シロは消滅していった。


 そして光を失ったホープストーンの欠片と、使われる事の無かったドーピング剤入り注射器がポトリと地面に落ちて、それを見たミケバグは狂った様に笑う。


「アハッ! アハハハハハッ! 九仞(きゅうじん)(こう)一簣(いっき)()く! 残念どすなぁ!」


 ミケバグはたちどころに巨大化。大きく真っ黒な蜘蛛になりながら、上半身だけ剥き出しの女性が愉快そうに笑っている。

 圧倒的なまでに膨れた憎悪と、強者の威圧感。


 クロードは自身の死の予感と共に、かつてエルドラドであったマザーバグを思い出していた。

 それ程までの絶望がそこにある。


 仲間も失い、目の前には異世界で言うところのレベル五級のバグ。

 目の前の敵も脅威とは別に、先程から意識が戻って叫び声を上げながら怖がっている民間人に気づいたクロードは、彼女達の所に駆け寄る。


「見るな! とにかく走れ! 全速力で逃げろ!」


 人質だった女性三人は訳も分からないまま、おずおずと立ち上がって、よろよろと覚束無い足取りで走り出した。

 その様子を見たミケバグは言った。


「人質やらどうでもええ! あんたを始末できればそれで!」

 と、八本の脚を動かしてクロードに迫る。


「女性に迫られるのも悪くない!」


 クロードは一度武器を投げ捨て、胸ポケットからドーピング剤入りの注射器を取り出す。そして迷う事なくそれを自分の腕に刺し、注入した。

 たちまちクロードの肌が黒く変色、バグ化が開始される。


 その間、両手にリボルバー式グレネードランチャーを二丁召喚。そのグレネードランチャーは、本来の物よりもバグ化の力で形が変わっていて、禍々しい武器となっていた。


「これで恨みっこ無しだ! 全弾ぶっ放す! 俺が消えるのが先か! お前が消えるのが先か! 勝負だミケ!」


 そう言い放ったクロードは、両方のグレネードランチャーの引き金を連続で引く。

 黒色のオーラを纏ったグレネード弾が、連続で放たれ、対抗するミケバグは腕から蜘蛛の糸を飛ばす――――






 神隠しの森を覆っていた濃い霧が段々と晴れて来たと思えば、森の中から断続的な爆発音が響き渡った。

 森の中心から立ち昇る黒煙と、爆発により倒れる樹木が見える。

 BCU本部の司令室では、モニターに映っていたクロードの視界が途絶えてしまった。どうやら例のクスリを使うと、こうなってしまうらしい。


 シロの生体反応が消失して、クロードのバイタル数値が激しく上昇。

 まだ決着が分からない状況の中、三人の女性が次々と神隠しの森から出てきて自衛隊に保護される所が映像で確認できた。


 その保護された女性の中に、お腹の膨らんだ女性の姿も確認でき、すぐに自衛隊員の一人から通信が入る。


『立川明莉様を保護しました! 無事です!』


 その報告に、俺の横で心配そうに状況を見守っていた園田さんが、嬉し涙をポロポロと流す。


 まずは人質の救出には成功。

 しかし、霧が晴れても尚、まだ森の中から戦闘音が続いており、クロードが単独でミケバグと戦っている。


 俺はその状況を前にして、決断をした。


「A班、B班、対バグ特殊ライフルを装備。ただちに森へ突入後、ブレイバークロードを援護してくれ!」

『『了解!』』


 森の外で待機していた重装備の自衛隊員十二名が、対バグ特殊ライフルを持ち、神隠しの森の中へと入っていく。

 戦闘音を頼りに進み、ミケバグとクロードが壮絶な戦いをしている所に到達するのはすぐだった。


 一定の距離を保ちつつ、自衛隊員は左右に展開。ミケバグを取り囲む。

 その様子は彼らのヘルメットに付いた小型カメラで見えており、俺は後ろで座って見ている矢井田司令に目線を向ける。


「発砲を許可する」

 と、矢井田司令。


 その言葉に聞いたオペレーターが、

「発砲許可、下りました!』

 と、現地の自衛隊員に伝えた。


 今回突入した二班のリーダーが更に伝達。


『撃ち方用意! 標的、前方蜘蛛形バグ! 一斉射撃! 撃てぇぇぇッ!』


 神隠しの森の中で、大暴れするミケバグに対バグ用の銃弾の雨が降り注ぐ。

 クロードも使い慣れたアサルトライフルを手に取り、そして銃弾の嵐に苦しみ半壊まで追い詰めたミケバグをスコープ越しに確認。


「うちはまだ死なない! 生きたい! アマツカミの為! アマツカミの為!」


 そんな事を叫ぶミケバグに対し、クロードは一言。


「さよならは言わないぜ」


 クロードは引き金を引く。

 一発だけ放たれたその銃弾は、ミケバグの胸に直撃。音を立てて、コアが砕け散った。




 先程まで大暴れしていたミケバグも大人しくなり、ゆっくりと消滅を開始。

 その様子を見て、自衛隊員達も一斉に発砲を止めた。


「あぁ……死にしところで……汝はそこなりや……」


 それが、消え際にミケが放った、安らかな最期の言葉だった。

 こうして、デルタチームの神隠しの森での人質救出戦は、辛くも勝利で幕を閉じたのである。






【解説】

◆神隠しの森

 今回登場した森はフィクションであり、実際には存在しない場所です。


◆ 八門遁甲の死門

 占術の一種。八卦八門八星を立て、それに冬至より立冬に至る各節を配して盛衰、吉凶を占う法。

 主に出陣や出向の際に用いたとされ、最初は古く中国の軍師・策士が利用して大成された事から、有名になったという。

 その中で死門と呼ばれるのは、その名の通りこの世からあの世へ入る門とされ、人の死去を司る。


◆ブレイバーミケ

 夢世界『ワールドオブアドベンチャー』ではサイカと同じシノビセブンの一人であり、レクス及び逢坂吾妻に従うブレイバー。白い忍び装束と狐面がトレードマーク。自在に霧を発生させ、その中での透明化と幻惑による攻撃が得意。奥の手として『叢雨の太刀』と言う必殺技も持つ。

 彼女は、異世界で人間の男性と恋仲であったが、不幸が重なり、相手は自殺をしてしまい死に別れした暗い過去を持つ。

 その後、後を追おうとしていたミケを、アマツカミが拾い、バグ勢力へ加担する切っ掛けとなる。

 そして命の恩人でもあるアマツカミに寄り添い、彼の為であれば何でもすると誓いを立てた。

 レクスから与えられたバグの力は、使うに相応しい相手にしか使わない事が彼女の信念であった。


◆シロクロコンビの活躍

 今回の神隠しの森で行われた人質救出作戦では、夢世界『バトルグラウンド(バトルロイヤル形式FPSゲーム)』シリーズ出身の、クロードとシロが選ばれた。

 彼らの夢主は、過去にシロクロコンビとしてゲーム内で名を轟かせていた事もある。

 近代兵器を使い熟し、実戦では大いに活躍が見込めるブレイバーであったが、シロの経験不足と未熟さと、クロードの甘さによって、ブレイバーミケに対して苦戦を強いられた。


◆九仞の功を一簣に虧く

 土で非常に高い山を築く時に、最後にたった一杯の土が足りないだけでも完成しない意味。長い間の努力も最後のほんのちょっとの手違いから失敗に終わってしまう事のたとえ。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ