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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
序章・エピソード1
9/128

9.夢を失った者

 サイカは不思議な夢を見た。

 見慣れない機械が並ぶ不思議な場所で、スーツ姿の男と見つめ合い、やがて男は手を伸ばしサイカの頬を触ってくる。

 会話も無く、名前も知らない男ではあったが、不思議と温かかった。

 その後はいつもの夢世界で、アヤノと言う人物とのんびりとした時間を過ごす。

 やがて、エムの声が聞こえてきた。


「……カ!! ……サイカ!」


 サイカは目を開けると、そこに見慣れた天井はなく、雲が流れ行く青空が見えた。

 起き上がり、声がした方向を見ると、そこになぜかサイカに背中を向けるエムの姿があった。


「おはよう」

 とサイカは挨拶をする。


「ふ、ふふ服を着てください!!」


 エムは顔を赤くしてそう言うので、サイカは自分が服を着ていないのを思い出し、


「あ、ごめん」


 すぐにサイカは立ち上がって着替を始める。


「どうしたの?」

「えっと、なんか王国直属のブレイバー隊って言うのが来たんです」

「ブレイバー隊?」


 着替え終わったサイカは、エムと共に大通りに向かった。

 ニ人がディランの町の大通りが繋がった広場に到着すると、そこを陣取ったブレイバー隊は整列をしたところだった。

 周りを見れば、怪我人とその手当をしているブレイバーを除き、沢山の住人とブレイバーが、作業を中断して集まっているのがわかる。ブレイバーはそのほとんどが広場の周りにある建物の屋根に集結していて、ざわめきがディランの広場を包む。

 サイカとエムも同じく屋根の上で他のブレイバー達と合流すると、そこにはマーベルとクロードの姿があった。


 まず目を引くのが先日の巨大バグにも匹敵しそうな程、大きな人型のロボット。白い装甲、背中には巨大な剣の様な物、手には巨大な銃、広場の周囲を警戒する様に立っている。

 広場に整列するブレイバーの中にもロボットの様な者もおり、他の者も皆仰々しい装備を身に纏った者達ばかりである。


 サイカはそんな物騒な集団を見ながら、クロードの横まで移動して話しかけた。


「いったい何の騒ぎ?」

「王国直属のブレイバー隊らしい、噂には聞いた事あったが、俺も見るのは初めてだ。あんな時代に沿わない巨大機械人形もブレイバーってか」

「強いのか?」

「見るからにそうだろう。このエルドラド王国のブレイバーの中で、最も優秀な者を集めて結成された精鋭部隊らしいぜ。強くなきゃおかしいよな」


 クロードのその発言を聞いたエムが、

「じゃあ王様の命令で、この町を守りに来てくれたって事なんですよね?」

 と嬉しそうにするが、


「そんな単純な話なら良いけど」

 とマーベルが呟く。


 サイカはそんなマーベルの発言に問いを投げた。


「何か気になる事でもあるのか?」

「先頭にいる恐らく隊長と思われる男を見て」


 マーベルの指示で、サイカ達は先頭にいる鎧の男に注目した。銀色の鎧に赤いマント、背中には如何にも伝説の剣と言わんばかりの白金と金で豪華な装飾がされた剣、右手は対照的で不釣り合いな真っ黒な籠手。整列したブレイバー達を見張るように立つ男の姿があった。


「彼の名前はシッコク。私と同じ夢世界、ファンタジースター出身で、しかも私と同じサーバーなの」

「夢世界で有名人なのか?」

 とクロード。


「ええ、悪い意味で有名人。レベル上げの為ならマナー違反だろうが何だろうが、何でもやる男よ」


 マーベルの話によれば、リーダーと思われるそのシッコクと言う男は、魔剣バルムンクと、右手のゼツボウノコテと呼ばれるニつの神器、超レア装備を使い、神にでもなったかの様な暴言の数々。

 彼が持つバルムンクはそのゲームで最大の攻撃力を誇り、ゼツボウノコテは触れた能力を吸収して自分の能力にしてしまうと言う恐るべき効果が有り、それも相まってマーベルの夢世界では知らない者がいないくらい有名人の様だ。


 マーベルの話を聞いたクロードが意見を述べる。


「でもよ、夢世界ではあくまで夢主が操ってるわけで、こっちの世界じゃ別者だろ?」

「それは……」

 と、マーベルは彼に何か感じる物があるらしく、疑いの眼差しを変える事はなかった。


 そんな話をしている最中、そのシッコクが十分にブレイバーや住人が集まった事を確認した上で、魔剣バルムンクを地に立て口を開いた。


「我々は、エルドラド王国直属のブレイバー隊である。ディランのブレイバー諸君、君達はバグの襲撃に対してよく戦ってくれた。その事に国を代表して感謝の意を表する。そして、安心してほしい。我々が来たからには、バグの脅威を断ち切る事を約束しよう」


 そのシッコクの言葉に、周囲からは安堵の声が漏れ始める。

 その時、サイカは気付いてしまった。シッコクの隣に立つ女剣士、恐らく副隊長と思われる彼女をサイカは見た事があった。


 夢世界での四年間を共に過ごしたであろう、ミーティアだ。


 サイカがそれに気付くと、ミーティアも屋根の上に立つサイカの存在に気付き、しばらく目が合った。だがお互いに表情を変える事なく、先にミーティアが目を逸らす。

 そんなやり取りがあった中、シッコクは話を続けていた。


「今回、バグと戦ったブレイバーなら感じたと思うが、諸君らが戦ったバグ達は普通のバグではない。マザーバグによって統率されたバグだ」


 安堵の雰囲気が一気にどよめきに変わる。


「マザーバグ。知っている者もいるだろうが、バグの司令塔となる極めて異質なレベル五のバグだ。お前達が今まで戦って来たバグとは訳が違う。世界でこれと戦った例はニ度、いずれも討伐には多くのブレイバーが犠牲となった。そして明日、我々もまたそのマザーバグの討伐作戦を行う。消滅の覚悟があるブレイバーがこの町にまだ残っているのであれば、ぜひこの戦いに参加して欲しい。決行は明朝だ。以上」


 シッコクが言い終えると、周囲の動揺に関わらず、ブレイバー隊は解散した。一番目立っていた白い巨大ロボットは、脚と背中のブースターを動かし、凄まじい風を発生させながは空を飛んでいく。


 シッコクはその場に残り、周囲の反応を確認していた所、横からミーティアが話しかける。


「シッコク様」

「なんだ、ミーティア」

「お言葉ですが、他ブレイバーの手を借りずとも私たちだけて勝てる相手ではありませんか」

「慢心だな。お前はマザーバグを理解していない」

「申し訳ございません」

「ミーティア、お前はバグと戦う手段が無い。それは理解しているな?」

「はい。申し訳……ございません」


 ミーティアは苦渋の表情を浮かべ、手を握り締めた。

 そんなミーティアの様子を窺いつつも、シッコクは何も言わず破壊された南門の方角へ移動を始める。いつもは離れず付いていくミーティアだが、今回は立ち尽くし、その背中を見送っていた。


 屋根の上ではブレイバー達がざわついており、皆それぞれシッコクの発言に対しどうするかを話し合っている様だ。


 クロードも、

「マザーバグ……ね。どうしたもんか」

 と考え込んでいる。


 マーベルは相変わらず何か裏があるのではないかと疑っている様子だ。


「三十人以上のブレイバーが全滅した理由がこれね。でも、なぜ彼らがそれを……」

「でもよ、あんな巨大ロボットブレイバーがいるぐらいなんだから、楽勝なんじゃねぇか」


 クロードはそう言いながら、空を巡回する様に飛んでいる白い機械を見上げる。

 エムはサイカの顔を見て質問する。


「サイカは参加するんですか」

「いや、私はパスだ。気が進まない」


 そう言い残して、サイカは屋根から飛び降り、その場を立ち去ってしまう。エムはその後を慌てて追いかけていった。

 そんなニ人を横目に、クロードはマーベルに話し掛ける。


「なぁマーベル」

「なに?」

「サイカって、昔からあんな冷めた奴なのか?」

「なによ突然」

「ちょっと気になってな」

「昔は明るい子だったわよ。よく笑ってよく泣いて、感情豊かだった」

「何があったんだ?」

「さぁ。昔は多くの仲間達がいて、ある日突然、あの子は一人になっていた。私が知ってるのはそれだけよ」

「やっぱりな」

「あんまり詮索すると嫌われるわよ」

「生憎、女性に嫌われるのは慣れてるんでね」


 そう言ってクロードは立ち上がると、

「俺は行くぜ」

 と口にした。


 マーベルはそれが明日の作戦に参加すると言う意味なのか、サイカを口説くと言う意味なのかわからなかったが、特に問う事はしなかった。

 サイカは見回りも兼ねてブレイバーズギルドの様子を窺ったあと、壊れた南門、半壊した教会と見て回り、一旦宿屋に戻る為、路地裏を歩いていた。


 エムはその後ろを黙って付いて来ている。サイカの歩く速度が速い為、何となく機嫌が悪そうである事をエムは感じ取っていた。

 薄暗い路地裏をしばらく進んだところで、サイカが急に足を止めた為、エムも足を止めた。


「エム」

「はい」

「明日の討伐戦、行こうだなんて考えないで。まだレベル五を相手にするには早すぎる」

「でも……」

「いい?」


 肩越しに垣間見えたサイカの睨む様な目を見たエムは、何も言わず二度頷いた。そしてサイカは再び歩き出す。


 壊れた宿屋に到着したニ人。一階の酒場だった場所は椅子やテーブルが散乱しており、バグが激しく暴れた形跡がそのまま残されていた。そしてやはりレイラの姿は無い。

 しかし、何か違和感を感じたサイカは、合図してエムを静止させると、腰の刀に右手を添え姿勢を低くする。

 エムも咄嗟に杖を両手に構えた。


 サイカに声をかけようとしたエムを、

「しっ」

 とサイカが人差し指を自分の口に当てて止めさせた。


 何か気配がする。

 だがそれが何処かわからない。


 バグがいるかもしれない。そんな緊張感が増した空気に、エムは思わず唾を飲む。



 その次の瞬間、サイカとエムの間、天井に空いた穴から人影が落ちてきた。


 着地とほぼ同時、砂埃が巻き上がると、強烈な蹴りがエムを吹き飛ばし、宿屋の出入り口から外に飛ばされていった。

 サイカは振り返りながら抜刀し、そのまま斬る。

 人影は上体を反らしその刀を紙一重で回避すると、そのままサイカの顎目掛けて蹴りを仕掛けてくるが、サイカもそれを後方へ宙返りして避ける。


 サイカが地面に着地すると、今度はサイカに向かって椅子が飛んできたので、それを刀で斬り落とした。

 ニつに割れた椅子の隙間から、瞬時に距離を縮めた相手の剣を紙一重で刀で弾くも、第ニ撃の蹴りを脇腹に受けサイカは吹き飛び、テーブルや椅子を破壊しながら地面を転がった。

 すぐにサイカは立て直すが、驚異的な速度で再び距離を縮めてきた相手の斬撃が襲う。サイカはキクイチモンジでそれに対抗、剣と刀が何度か衝突する。

 その時、サイカは初めて目の前の襲撃者が誰か認識した。


 ミーティアだ。


 その顔にサイカは驚き、一瞬の隙が見えた所をミーティアは肩から体当たりをして今度はサイカを壁に叩きつける。間も無くミーティアの剣が、サイカの右肩を壁ごと突き刺した。

 その激痛にサイカは刀を落としてしまい、思わず両手で自分に突き刺さった刃を持ったが、どうにもならない。


 目の前には突き刺した剣をしっかりと握り、鬼の様な表情を浮かべるミーティアの顔があった。


「ここでは初めましてね」

 とミーティア。


「ミ……ティア……どう……して……」

「どうして? わからない? 貴方にはわからないよね! 夢主に引退宣言をされたブレイバーの気持ちなんて!」


 剣の刺さった肩から止め処なく血が流れて行く。


「私はあと百日もすればバグ化する運命。それだけじゃない。装備を貴方に全部渡した事で丸腰になって、バグとも戦えなくなった。でも幸い、この世界の武器でブレイバーを殺す事はできる」


 そう言って突き刺した剣をかき回す様に動かすミーティア。サイカはその痛みに悶え叫んだ。ミーティアの表情は怒りに満ちていて、サイカが知っている夢世界の彼女とは別人に見えた。


「サイカ、貴女の夢主が悪いのよ。私の夢主を止めなかったのだから! だから私は貴女を恨むしかない! だから貴女を八つ裂きにする! 大丈夫心配しないで、コアは傷付けないであげるから!」


 ミーティアは腰から短剣を取り出し、その矛先はサイカの左目を狙う。


「待て!」


 クロードの声で、その刃は寸前で止まった。


 サイカの頬を一筋の汗が流れ、目に触れる寸前の刃にサイカの思考は完全に停止して、肩に刺さる剣の痛みも忘れていた程だ。

 宿屋の出入り口には、駆け付けたクロードがハンドガンを構え、その銃口をミーティアに向けていた。その後ろにはエムの姿もある。

 クロードは続けて命令した。


「動くな。大人しく武器を下に置いて両手を上げろ」


 ミーティアは肩越しにクロードの姿を確認する。彼が持つハンドガン、銃と呼ばれる武器の脅威をミーティアは知っていた。サイカに向けていた短剣を床に落とし、肩に突き刺した剣から手を放すと、ゆっくり両手をあげる。


「サイカから離れろ」


 クロードの指示を受け、ミーティアはゆっくりと後退。


 一歩二歩後退したところで、ミーティアの踵にキクイチモンジが当たり、その感触を確かめたミーティアは、一瞬でクロードの視界から消えた。

 クロードはすぐに彼女が屈んだと判断、銃口と視界を下に向けると、そこにはサイカの武器キクイチモンジを手に取り構えたミーティアがいた。


 その殺意に満ちた眼差しに、クロードは思わず引き金を引く。


 乾いた銃声が鳴り響くと同時、金属音が鳴る。

 クロードが放った銃弾をミーティアは刀で斬ったのだ。


「なっ!?」

「邪魔をするなあああ!!」


 ミーティアは叫びながら、クロードに向かって走り出す。


 クロードは続けて引き金を何度も引いた。


 ニ発、三発、銃弾を斬りながらミーティアはクロードに向け突進する。

 四発目の銃弾が放たれた時、ミーティアが持つキクイチモンジに異変が起きる。煙の様に、消滅したのだ。消えると共に、その刀はサイカの腰に何も無かったかの様に納刀された状態で戻っていった。


 ブレイバーの原状回復能力。ブレイバーはその身体だけでなく、持ち物や服に至るまで、他者が使用すると本来の持ち主の元に戻ってしまう。


 武器を失ったミーティアに、四発目の銃弾が右胸に当たる。鉄で出来た鎧、胸当てを着用していたミーティアだが、銃弾はそれを貫通。

 それでも前に進むのをやめないミーティアに対し、クロードは容赦無く何度も引き金を引いた。

 ミーティアの上半身に次々と着弾。ミーティアの足は走る事ができなくなり、おぼつかない足取りとなる。

 それでもクロードが放つ十発目となる銃弾は、ミーティアの腹部に命中。彼女は蹌踉めきながらも、怒りの篭った瞳から涙を流し、尚もクロードを睨み付けていた。


 夢世界の血が滾ったクロードは、銃口をミーティアの頭に向けた時、

「クロード!」

 とサイカが叫び、彼は引き金を引くのを止めた。


 ミーティアは崩れる様に両膝を付き、そして倒れる。

 瞬く間に血溜まりが広がり、ミーティアは吐血しながらも、両目から止めどない涙を流していた。


「わたしは……こんな……うぅ……」


 ミーティアは血だらけになった手をクロードに向けて必死に伸ばす。

 サイカは自分の肩に刺さった剣を抜くと、それを投げ捨てる。傷口を抑えながら、倒れるミーティアに近付く。

 うつ伏せに倒れる彼女を仰向きにして、上半身を抱き上げた。

 無残にも銃弾による五つの傷口から、血が流れ続けている。


「すまない、ミーティア。君の夢主を止める事はできなかった。私も、私の夢主も、悔しい思いをしたよ」


 サイカは自分に戻ってきたキクイチモンジを鞘ごと手に取り、ミーティアの胸元にそれを置く。


「この刀は本来キミの刀だ。返せるのであれば返したい。そう思っている。許してくれとは言わない。恨みたいなら恨んで貰って構わない。斬りたいなら私を思う存分斬ってくれ」


 ミーティアはそう言うサイカを見て泣きながら口を動かすが、もう声を発する力が残っておらず、何を言っているのかわからない。

 ミーティアの手がそっと胸に置かれたキクイチモンジを触ると、そのまま力尽き、目を閉じた。

 サイカはそんな彼女をしばらく見つめ、物思いに耽る。

 クロードとエムも悲壮感漂う空気に何も言えず、銃口を下ろし、サイカとミーティアの様子を窺っていた。


 すると銃声を聞きつけ、宿屋の外に何人かのブレイバーが集まって来ており、そこにシッコクの姿もあった。

 シッコクは迷う事なく宿屋の中に足を踏み入れ、クロードの横まで来ると現状を確認する。


「コアは外してある」

 とクロードはシッコクに一言説明すると、シッコクは足を進めサイカの横まで行った。


 意識を失ったミーティアを抱き上げるサイカにシッコクは問う。


「ミーティアの知り合いか?」

「夢世界での知り合いだ」

「そうか。ミーティアの暴走を止められなかったのは私の責任だ。申し訳ない事をした。彼女は夢主が引退して、夢を見なくなったブレイバーの一人。その苦しみを理解してやって欲しい」


 そう言いながらシッコクは膝を付くと、胸元に置かれた刀をサイカに戻す。そして壊れ物を触るかの様に優しくミーティアを抱え、サイカの手から引き取ると、立ち上がった。


「見た所、ここは宿屋か。空いている部屋があれば、ミーティアをそこで寝かせてやりたい」


 サイカは頷き、立ち上がるとシッコクを部屋まで案内する。辛うじて被害が少なく、屋根もあり、借主を失った空き部屋へ。

 ミーティアをベッドに寝かせる頃には、ミーティアの血は止まり、傷口も塞がり始めていた。真っ青だった顔色も徐々に元に戻っている。だが、鎧の下に着た服は再生が始まっているが、鎧に空いた穴は再生の気配がない事にサイカは気付いた。

 シッコクは我が子を見る様な優しい眼差しでミーティアの頭を撫でながら語り出す。


「ミーティアは我が隊でも、飛び抜けた実力を持った剣士だ。とある任務で遠征中の事、作戦前に野宿をした朝、ミーティアの鎧と武器が無くなっていた。突然の出来事だったんだ。それからミーティアは皆の心配を他所に、まるで死に急ぐかの様に無謀な行動が増えた」


 サイカはミーティアが夢世界でサイカに引退宣言をして、貴重な装備を渡して来た日の事を思い出す。


「君は夢世界でミーティアと知り合いだと言っていたが、親しいのか?」

 とシッコクはサイカに質問を投げかけた。


「ええ、かなり長い付き合いで……その……ミーティアの装備は私が……」

「そうか。よほど夢主同士の信頼が厚いのだな」

「でもミーティアの夢主はもう……」

「私は、彼女を最期まで見届けると決めている。何日保つかはわからないが、それでも希望は捨ててはならない」


 シッコクは立ち上がり、俯くサイカを見て問う。


「名前は?」

「サイカ」

「サイカ。そうか、キミが大型バグを倒したって言うブレイバーだな。ならば心強い。明日の討伐作戦、ぜひ力を貸して欲しい」


 サイカは目を逸らした。


 何か事情があると察したシッコクは軽く笑みを浮かべながら、

「無理にとは言わない。気が向いたらで良い」

 と言い残し、先に部屋を出て行った。


 残されたサイカは、しばらくミーティアの寝顔を見つめ、握った拳に力を込めた。


 その頃、エムとクロードは町の広場にいた。

 夜も更け、静かな町に巡回するブレイバーが数人、夜空には満天の星。ニ人は屋根の上でそれを眺めていた。

 エムが口を開く。


「あの女の人、なんでサイカを……」

「夢世界での因縁みたいだからな。俺たちにはどうしようもできねぇよ。夢世界を失うと、情緒不安定になるブレイバーは多いからな」


 そのクロードの言葉の後、しばらくの沈黙が続いた。そして息苦しさを感じたクロードが再び口を開く。


「こんな事を聞いたことがある。俺たちブレイバーが召喚される時、その特徴に一貫性があるってな」

「特徴?」

「条件と言った方がいいのか。それは誰もが夢主に愛されてるって事なんだ。俺たちは何かのゲームで作られたキャラに過ぎないが、サブキャラだとか捨てキャラではない。愛用され、毎日の様に夢主と共にいた。そんな奴がこの世界に召喚されている。エムもそうだろ?」

「そう……なのかな。でも、毎日夢は見ます」

「俺もほとんど毎日、夢世界で殺し合ってるよ。実は今日みたいな人間の襲撃の方が慣れてる。銃弾を剣で斬っちまう様な奴は、さすがに会ったこと無かったけどな」

「クロードさんは怖くないんですか? その、いつか夢世界を失うこと」

「そんな先の事は考えない様にしてる。今を見て明日を生きる。それだけだ」


 エムはそんな事を言うクロードの顔を見ると、彼は曇り無き眼で真っ直ぐ星空を見上げていた。






【解説】

◆マザーバグ

 世界的に有名なバグ形態の一つ。バグの司令塔となる能力を有し、多くのブレイバーを苦しめた逸話があるレベル五バグ。


◆ブレイバーに対する殺傷行為

 バグにはブレイバーの武器しか通用しないが、ブレイバーには通常の武器でも通用する。


◆ブレイバーの装備

 装備は基本的に持ち主以外が扱うと、本来の持ち主であるブレイバーのところまで戻ってしまうと言う特性がある。ただし、すぐにそうなると言う訳ではなく、僅かな時間差がある。


◆ブースター

 機械のはたらき・速度・圧力を増すための装置。ロケットの補助推進装置、電気の昇圧器、無線機の増幅器など。

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