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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
89/128

89.白貫トンネルの戦い

 日本の禁足地域とされる白貫(しらぬき)トンネルは、北海道にある廃線のトンネルで、『日本の黒歴史』とも言われている。

 百年以上も前、本トンネルは凄惨な労働で建設されたことで有名で、集められた労働者は僅かな食事と過酷な労働から、明治時代に工事開始から完了までの約三年間で三百人を超える死者を出したという。


 施工当時、重労働と栄養不足により労働者は次々と倒れ、倒れた労働者は治療されることもなく体罰を受け、遺体は現場近くの山林に埋められたといわれる。近くの町には慰霊碑が建てられていて、今でも多くのお供え物が置かれている事からも、悲惨な現場であった事が分かる。

 そんな曰く付きの場所はやがて立入禁止区域とされ、出入り口は封鎖、日本地図からもその存在が消される事となった。


 電気も来ておらず、昼間でも中は真っ暗で何も見えないトンネルの入り口に、軍用ヘリから飛び降りた二人のブレイバー。

 ブラボーチーム、赤頭巾のルビーと金色鉤爪のナポン。


 飛び去るヘリを見送り入口周辺に手際良く展開する自衛隊員を横目に見たナポンは、

「へぇ、なんだいあの鉄の箱は。自在に空を飛んでるじゃないか」

 と、楽しそうに笑った。


 ルビーが反応する。


「機械ばかり達者でも、バグと戦えず、ブレイバーに頼るようじゃこの世界の先が見えてるわね」

「そうかぁ? あたいは有り寄りの有りだと思うけど」

「は?」

「だってさ、こうやってこの世界で再会できたのは、この世界で起きた奇跡じゃん。こんな奇跡が起こせる世界なんだから、捨てたもんじゃない」

「……呪われた奇跡など、見てられないわ」


 そんな会話をする二人の前に、トンネルの入り口を塞ぐ鉄の壁が立ちはだかる。人が入れる隙間などなく、中に入ることを完全に拒む壁。


「ひゅー。なんだいこれは。こんなところに敵がいるのかい?」


 二人の片耳に装着されたイヤホンマイクに俺は通信を入れる。


『こちら琢磨(たくま)。ブラボーチーム、状況を聞きたい』


 急に片耳に声が入ってきたので、驚く二人だったが、すぐにナポンが返答した。


「あーあー、聞こえてるかい?」

『大丈夫、聞こえてるよ』

「洞窟の入り口は鉄の壁で塞がれてる。他に入り口があるなら回ろうか?」

『塞がれてる? ……そのまま強行突破できそう?』


 ナポンは鉄の壁をコンコンと叩いて、その厚みを確認した後、

「遠慮しなくて良いのなら」

 と、返事した。


『了解。そのまま強行突破。トンネル内部を捜索してくれ。人間の保護が最優先。敵ブレイバー及びバグには注意してくれ』

「任せときな。行くよ、ルビー」


 そう言いながら、ナポンは鉤爪で鋭く鉄の壁を切り裂き、大穴を開けた。

 早速、中に踏み込む二人だが、待ち受けていたのは真っ暗な闇。薄気味悪い灯火一つ無いトンネル内部だった。


『二人とも、渡したゴーグルを付けて』

「ゴーグル?」


 何のことか忘れてしまってるナポンに、ルビーがゴーグルを装着しながら、もう一つのゴーグルを渡す。

 一見、何の変哲もない透明なゴーグルだが、脇には小型カメラとライトが装着されていて、暗闇を最新鋭の技術で鮮明にする機能が搭載されている。


「うひゃー、なんだいこりゃ」

『それは君たちの視覚をサポートしてくれる。あと、博士から貰った例のクスリは、いざと言う時だけ使う様にしてほしい』


 二人とも懐から注射器を取り出して、確認した後、それをしまった。

 ゴーグルによる視覚サポートに驚くナポンの横で、眼帯の上からそのゴーグルを取り付けたルビーは口数も少なく、何処か顔色が悪かった。

 すぐにルビーの異変に気付いたナポンが声を掛ける。


「どうした?」

「感じない? ここは何か嫌な気配が満ちているわ。さっきから左目が痛いの……」

「左目が? やめておくかい?」

「何言ってるのよ。貴女がいるのに、敵前逃亡なんて……有り得ないわ」

「そうかい。でも無理はするな。ルビーの顔色が悪くなる時は、いつも悪い事の前触れさ」


 そんな会話をしながら、二人はトンネルの奥へと足を進める。

 風もなく、長く長く続く暗闇に、二人分の足音だけが反響して響き渡る。途中、脇に小部屋の様な横穴がいくつも見かけたが、中には何もいなかった。


 本当に何かがいるのかと疑いたくなるほどの静寂があり、何より奇妙なのがネズミ一匹見かけない事だ。

 奥に進めば進むほど、ここだけ季節が変わってしまってるのではないかと思えるくらい、酷く冷えた空気が、肌を震わせ、白い息が口から溢れる。


 不気味な気配を感じ取りやすいルビーは、足取りが重く、縮こまってしまっている。それを横目で見たナポンは、気を紛らわしてあげるために声を掛けた。


「なんだかミラジスタであったテロ事件を思い出すよ」

「こんな時に何?」

「正直、キャシーは強かった。今回の相手とキャシー、どっちが強いんだろうね」

「……私たちが負ける訳ないじゃない」

「そう。あたいとルビーは負け知らず。樹海で迷って樹海の主と戦った時も、あたい達は負けなかった」

「そんな昔の話、よく覚えてるわね」

「覚えてるさ。だから今回も大丈夫。世界は違えど、あたいとルビーのコンビネーションは誰にも負けない。だろ?」

「そうね……」


 そして二人は二手に分かれる道に突き当たった。

 それは事前の説明には無かった道で、線路も二つに分かれている。ゴーグルに表示されているミニマップにも、この道は表示されていない。ナポンはすぐに琢磨へ連絡を試みた。


「分かれ道だ。どっちに行ったらいい」

『分かれ道? ……て、す……から……こえ……か……て……れ……ザザザザザ』


 とても聞いてられないほどの酷いノイズが走り、通信が途絶。ノイズ音が続き、自動的に通話がシャットアウトされた。

 幸いにもゴーグルの視覚サポートは機能しているが、表示されているミニマップも当てにならない。


 ルビーが口を開く。


「話では、ここは一本道と言ってたはずよ」

「あたいもそう記憶してる。でもこれはいったい……」

「二手に分かれる?」


 ルビーがそう提案するも、ナポンはルビーの表情を見て、

「いや、ここで分かれるのは危険だと思う。二人で行動しよう」

 と、言った。


「分かったわ」

「ルビー。その嫌な気配が濃い方はどっち?」

「こっち」

 と、ルビーは右を示した。


「ならこっちだ」


 二人は右に進み、その先の下り坂を下っていく。

 ゴーグルに表示されていたミニマップの現在地は、道無き道を進行している事になっている。


 まだまだ先が長そうな道を前に、段々と足取りが悪くなっていくルビー。

 ナポンは再び声を掛けた。


「ルビー、向こうでは、もう一人のあたいには会えたかい?」

「……ええ」

「良い奴だった?」

「そうね。貴女に似て、無鉄砲なところは変わりないわ」

「はは。そりゃ良かった」

「でも……」

「でも?」

「私の事は憧れの眼差しだけで、愛は感じないの」

「愛? そんなの、一緒にいれば自然に芽生えるものじゃないか」

「二代目ナポンはもっと別の――」


 その時だった。

 複数の物音が発生し、複数の赤い瞳の輝きが暗闇に浮かび上がる。


「殺気!」

 と、ナポンが戦闘態勢に入る。


 遅れてルビーも手に持っていた鎌を構えた。

 ゴーグルがバグを自動認識、その数を割り出し、更に暗闇で見えない形もデジタルに浮かび上がらせる。


 前方と後方に大小様々な形のバグに囲まれていて、こちらに向かって一目散に駆けて来ている。

 ナポンとルビーは言葉を交わす事なく迎撃を開始。互いに飛び掛かって来るバグを次々と斬り裂き、爪と鎌が躍り狂う。


 斬っても斬っても増援が現れ、切りが無い状況が続き、ナポンは大型バグを消滅させたところで、ナポンがルビーに指示を出す。


「埒が明かない! 前に出るよ!」


 二人はバグを斬りながら走り出し前進を開始。

 ナポンとルビーは互いに隙をカバーしながら、バグを斬り捨て、やがて縦穴の開けた場所へと到達する。


 その場所は吹き抜けの様になっていて、周りに牢獄と思われる鉄格子付きの横穴が目立つ。ここだけ壁掛けのランタンによる灯りで、明るくなっていた。

 中央には、ロープで宙に吊るされた人質と思われる人間が五人。虫の様なバグが無数に壁へ張り付いていて、完全に包囲される事となった。


 その異様な光景を目の当たりにしたナポンは、

「バグの巣!?」

 と、驚きの声を上げる。


 後方の通路もバグの群れに塞がれ、周囲を這いつくばるバグ。その数は三十を超える。

 そして思わず目が行ってしまうのは、中央に吊るされた人間の五人。全員意識は無く、生きているのかどうかは分からない。


 そんな吊るされた人間の間を、ゆっくりと降下して来る人物が見えた。

 青の忍び装束に、狐のお面で顔を隠し、腰と背中に刀が三本。


 忍びの男は言った。


「諸君らが拙者の相手か。女が二人、サイカもいないとは、舐められたものだ」


 ハンゾウは地面に降り立ち、二本の刀を抜き、そして構えた。

 ナポンとルビーも武器を構え、そしてナポンが問い掛ける。


「あんただね、この世界に住む夢主を困らせてるブレイバーってのは。なぜこの世界でこんな事をしているんだい。その吊るされた人間は、夢主か?」

「逆に問おう。諸君らはなぜ戦う。縁もゆかりも無いこの地で、突然呼び出された諸君らが戦う理由が何処にある。この人間を守る意味が何処にある」

「何を言う青忍者。縁もゆかりもあるさ。ここはブレイバーの創造主が住む世界だろう」

「創造主など、理りから外れた我らにとってただの偶像。そこに価値など存在し得ない」

「そうかい。なら話にならないね。ルビーは人命救助を。あたいはあいつの相手をする」


 そう言い残し、ナポンはハンゾウに向かって突撃を開始。

 ルビーは夢世界スキル《デスサイズスロー》で、周囲のバグを蹴散らしながら、吊るされた人間の回収に向けて飛躍する。


 一方、ナポンとハンゾウの戦闘が開始されている。ナポンの爪が周囲の迫り来るバグも巻き込みながら炸裂し、ハンゾウは身軽な動きでそれを回避して行く。

 互いに二本の腕を駆使した斬って避けての高速な攻防で、刃が肌に触れるか触れないかのギリギリの戦い。


「なるほど。何処ぞの夢世界か分からぬが、戦闘慣れしているな」

 と、ハンゾウ。


「こちとら踏んできた場数が違うんでね!」


 ハンゾウは飛び上がり周囲に十個の手裏剣をばら撒くと、全てがナポンに吸い寄せられる。ナポンは横に飛び回りそれを回避。避けきれなかった手裏剣が皮膚を掠り傷つけた。

 追撃でハンゾウから苦無も投擲されるも、ナポンはそれを全て爪で弾いていく。が、その内の一本が爆発苦無だった。


 爆発で吹き飛ばされ壁に叩き付けられたナポンに、バグが群がるが、ルビーの投げられた鎌がフォロー。


「ルビー助かった!」

 と、ナポンは前に出る。


 ハンゾウは多種多様な忍術スキルをナポンに向けるが、ナポンはそれを全て回避しながらハンゾウに接近。

 近距離まで近づかれた事で、再びハンゾウは刀で斬り付けるも、ナポンは素早く背後に回り、爪で斬り裂く。


 ハンゾウはその攻撃を夢世界スキル《空蝉》による幻影で回避。そのまま距離を取った。

 その時、ナポンは自身の身に異変を感じる。


 先程、手裏剣によって付けられた傷口周辺が痛み、目眩が起きた。


「な……に……」

 と、ナポンは片膝を地面に着ける。


「拙者の武器には全て麻痺毒が仕込んである。ダメージを受けたが最後、ワールドオブアドベンチャーの回復薬無しでは数時間動けなくなる」

「ご丁寧にどうも」


 それでもナポンは前に出る。

 身体が完全に動けなくなるその前に、ハンゾウを仕留めに行く。


「まだ動くか! ならば!」

 と、ハンゾウは青いプロジェクトサイカスーツに装備を換装。


 宙を自在に飛び回り、ノリムネによる強烈な一閃が放たれる。

 ナポンは夢世界スキル《クレイジーボディ》で強制的に俊敏性を上げ、一閃を回避。壁を駆け上り、そして飛び上がる。


 ブーメランの様に飛び回るルビーの鎌がハンゾウに接近、ハンゾウがそれをノリムネで弾いたところを、ナポンが背後を取る。


「捉えた!」

 と、ナポンは夢世界スキル《サイレントスペース》によりブラックホールを発生。


 ハンゾウの動きを封じた所で、

「ルビー!!」

 と、ナポンが叫ぶ。


 吊るされていた人間を回収して、周囲のバグを粗方消滅させたルビーが、両手でしっかりと大鎌を持ち高々と飛躍して、空中で縦回転。

 その勢いで動きが封じられたハンゾウに攻撃を仕掛けた。


 ルビーの鎌がハンゾウに届くその瞬間、ハンゾウがバグ化を開始。

 ナポンによる呪縛を強制的に解くだけでなく、凄まじい衝撃波がナポンとルビーを吹き飛ばした。


 ハンゾウは黒く染まり、体格が二回り以上も大きく、そして岩の様な強靭な体。それでいて、プロジェクトサイカスーツの翼をそのまま引き継いだかの様な機械的な翼が生えている。


 麻痺毒により立ち上がれなくなっているナポンの元に、ルビーが駆け寄った。


「ナポン!」

「へへ、しくじっちまった」

「馬鹿! 動ける?」


 ナポンは起き上がろうとするが、力が入らない。

 それを見たルビーは、ナポンを庇う様に前に立ち、鎌を構えた。


 黒いオーラを纏うハンゾウバグは、

「さて、何処まで耐えられるかな」

 と、両腕を広げ、周囲に紫色の球を発生させ、それを周囲に飛ばした。


 紫色の球は壁に跳ね返り、不規則に飛び回る。

 ルビーは大鎌を踊る様に振り回して、迫る数々の球を斬り飛ばす。


 止まる事を知らない球による攻撃を前に、ルビーは鎌で相殺するのが精一杯。


 その様子を見たハンゾウバグは、

「これならどうだ!」

 と、高速移動を開始。


 その先にはルビーが回収して床に寝かせていた人間達。

 その中にハンゾウバグ自身の夢主がいると言うのに、肥大化させた拳で動けない人間に攻撃を仕掛けたのだ。


 ルビーは走る。球による攻撃を受けながらも、人間を庇い、ハンゾウバグの強烈な拳を鎌の柄で受け止めた。

 ハンゾウバグはそのまま両腕の拳で連続攻撃を繰り出し、ルビーの防御を崩そうとする。


「舐めるんじゃ無いわよ!」

 と、ルビーは夢世界スキル《カマイタチ》を発動させながら、斬り返す。


 無数の風の刃に斬り刻まれ、ハンゾウバグは堪らず距離を取る。が、次は両手持ちのプロジェクトサイカランチャーを手に召喚してきた。

 ハンゾウバグは愉快そうに言う。


「人間を庇い、いつまで耐えられるか!」


 フルチャージで放たれるビーム砲。

 そのあまりにも無慈悲な閃光を前に、ルビーは自身の死を覚悟する。


 しかし、そこに向かって高速で動く影があった。

 ルビーを守る様に全身を使って覆いかぶさり、ビーム砲の直撃を背中で受け止めたのはナポン。


「ああああああッ!!」


 ナポンの悲痛な叫び。

 あまりにも突然の出来事で、ルビーが状況を理解する頃には、プロジェクトサイカランチャーによる射撃が終わっていた。


「な、何やってるのよ……ナポン……何やってるのよ!!」


 そう言うルビーの前には、真っ黒に焦げて見るも無残なナポンの姿。

 麻痺毒の影響で、立ち上がる事もままならなかったナポンが、ルビーを守る為に限界を超えて動き、そして庇ったのだ。


「逃げ……ろ……ルビー……逃げろ……」

「なんで! なんでよ!」

「ルビー……あんたしかもう……そいつらを守ってやれる奴は……いない……から……行けルビー……行け!」

「貴女を置いて行ける訳ないじゃない!」


 そんな二人のやり取りを見ていて、ハンゾウバグはプロジェクトサイカランチャーの第二波を溜めながら笑っていた。


「これは滑稽。不利と解れば忽ち友情ごっこか! 人間は五人! 全員連れて逃げるなど出来る訳が無かろう! 諸君らの負けだ!」


 次のビーム砲を、ナポンが耐えられるかはずもない。

 だからと言って、一人で逃げられる場面とも思えない。


 そんな絶体絶命の危機に際して、ルビーは思い出す。

 出発前、BCU本部で明月(あかつき)朱里(しゅり)から渡された、見るからに怪しそうな液体が入った注射器があった。


『いざと言う時に使え』

 と、俺が通信で念を入れた物。


 ブレイバー用に開発された一種のドーピング剤と説明は受けているが、詳細は不明。

 それでも、この局面をひっくり返すには、それを使う以外に方法は無いと、ルビーは考えた。


 ルビーは邪魔なゴーグルと眼帯を投げ捨て、小さな注射器を懐から取り出して、腕の適当な箇所にそれを当てがう。

 注射器は針が刺さるや否や、自動的に一瞬で液体の投与を始め、わずか一秒でルビーの体内に流し込まれた。


 それとほぼ同時にプロジェクトサイカランチャーの第二波が放出され、ルビー達は光に包まれる。




 まず現れたのは巨大な黒い大鎌。

 ルビーが本来持っている大鎌とは三倍ほど大きくなったソレは、サイカランチャーによるビーム砲を斬り裂いていた。




 高熱の光が消え去った時、無残なナポンの横に立っているのは、眼球と、腕や肩の皮膚が黒く染まったルビーの姿。右目は青く、左目は金色のまま、光っている。

 この時、ルビーは血が沸騰でもしてるかの様な、体内の熱を感じ、視界が鮮明、片手で持っている大鎌がとても軽く感じていた。


「バグ化した!?」

 と、驚愕するハンゾウバグ。


 ルビーは沸る興奮を理性で抑えながら、笑った。


「感じるわ。力がみなぎる。身体が軽い!」


 ルビーにとって、壁を一枚超え、新たな境地に到達した喜びは、自然と悪魔的な笑顔を作り出していた。


 それを横目で見たナポンが、

「ルビー……?」

 と、力無く彼女の名を呼ぶ。


「ナポン。あとは私に任せて」


 ルビーは大鎌を構え、戦闘態勢に入る。

 まるで黒い炎を纏ったかの様な大鎌は、更に大きさが増した様に見える。それをルビーは片手で軽々と持っていた。


 ルビーの姿を見て、ハンゾウバグの思考は混乱していた。


「それは選ばれし家族だけの力! 何をした小娘!」

「私も選ばれたって事で良いのかしら?」

「違う違う違う違う! 断じてそんな筈は無いッ!」

「だったら、その身で確かめてみたらどう!」


 動き出すルビー。

 ハンゾウバグは紫色の球を飛ばしながら、サイカランチャーを発射する同時攻撃で迎撃。


「見慣れた攻撃ね!」

 と、ルビーは大鎌でそれらを全て薙ぎ払い消滅させる。


 ハンゾウバグは、ランチャーからノリムネに武器を変更。正面から急接近するルビーを斬る。

 ルビーの光るオッドアイが残光を残して、彼女の姿が消えた。


「消え――」

「何処を見ているの」


 ハンゾウは頭上から声が聞こえた為、目線を上に向ける。

 そこには大鎌を両手で高々と振り上げ、今正に振り下ろし攻撃をする瞬間のルビーがいた。


 まるで餌に喰らい付く黒龍の如く、頭上から襲い来る大鎌に対し、ノリムネのフルパワーで応戦するハンゾウバグ。

 その二つの衝突は、壁や地面が歪んでしまうのかと思えるほど凄まじい衝撃波を発生させ、押し負けたハンゾウバグが地面に叩きつけられ、埋まった。


 ルビーは容赦無く追撃を加え、地面に埋まるハンゾウバグに何度も何度も鎌で攻撃する。

 まるで穴でも掘ってるかの様に、ルビーの鎌が地面の亀裂を広く深くしていく。と思えば、再び激しい衝撃音と眩い光が辺りを照らし、ルビーの身体は上に飛ばされていた。


「調子二乗ルナァァァァ!!」

 と、ハンゾウバグは形態変化し巨大化。


 地面の破片と砂埃、そして埋まっていたと思われる砂塗れの白骨を宙に撒き散らしながら、ハンゾウバグは巨体となりて、頭上から再び落ちてくるルビーに対して反撃を開始する。

 怒り狂った様子のハンゾウバグは、もはや武器を持たず、己の大きな拳のみで殴り掛かっていた。


 ルビーは連続攻撃の初撃こそ身に受けたものの、続く拳の連打を身のこなしと大鎌を使って回避。

 ハンゾウバグの片腕を斬り落とし、胴体に斬り込みを入れて地面に着地した。そこからは巨体化で動きが鈍くなったハンゾウバグに対して、ルビーが細かくしなやかな立ち回りで芸術的にも見える斬り込みを刻んで行く。


「諸君ラ諸共、生キ埋メ二シテクレルワ!!」


 負けを悟ったのか、ハンゾウバグは大きく口を開けて、光線のチャージを開始。

 その巨大さもあって、間違いなくルビーを攻撃するというよりも、このトンネルそのものを崩壊させる狙いの自爆攻撃。避けてたら生き埋め、受ければ無傷では済まない、そんな絶望的で圧倒的な破壊光線が今放たれる。


 ルビーは、それも斬るつもりで大鎌を構えた。彼女の瞳の光は輝きを増し、鎌を纏う黒い炎が燃え盛る。

 それから破壊光線と大鎌が衝突するのはすぐの事、その圧倒的なまでの威力にルビーの身体はジリジリと押されていく。


 ルビーは耐える。耐える。耐える。


 しかし、それももう限界となりかけたその時、同じく肌を黒く染めバグ化をしたナポンがそっと現れて、ルビーの鎌を一緒に持った。


「一人で頑張らなくていい。あたいも一緒だ」


「ナゼダ! ナゼ諸君ラハ抗ウ! 人ハブレイバーヲ道具トシカ思ッテイナイ、愚カナ生キ物ダトイウノニ! ナゼダ!」


「なぜ? そんなの決まってるでしょ」

 と、ルビー。


「あたいとルビーは、数え切れないくらい沢山の夢主の、負けたくないって願いを背負って、ここまで戦って来たからさ!」

 と、ナポン。


 二人の力でルビーの大鎌が強化され、黒き炎が巨大な刃となり、破壊光線を斬り裂く――――!!







 その日、白貫トンネル周辺を震源とした、最大震度四強の地震が北海道で発生した。

 トンネルからは砂埃が吹き出して、聞こえてくる崩壊音は、外で待機していた自衛隊員達も中で起きている異常を察するには十分な状況である。


 BCU本部の司令室にもその状況がオペレーターを通して伝えられ、モニターに映っていたルビーとナポンの視界は途絶えた。


「ブラボーチーム、通信が完全に途絶。リンク映像消えました」

「復旧できないのか!」

 と、俺が焦りの声を上げる。


「ダメです。先ほどの衝撃でゴーグルも完全に壊れてしまっています」

「くそっ、肝心な時に! 救出隊突入準備、カウント開始」

「了解。救出隊、準備に入ります。一三◯◯を持って、救出隊は内部に突入をお願いします」

「無事でいてくれよ……」


 中の状況が完全に分からなくなってしまった今、あとは中でハンゾウバグと戦っていた二人の無事を祈るばかりである。

 先ほどの光線、アレに打ち勝っていようが、地震を発生させる様な凄まじい衝撃があった事は確か。人質の人間と一緒に生き埋めとなっている可能性も高く、最悪な事態が想定できる。二人のブレイバーは朱里が開発していたドーピング剤を使う事態にも陥っていた。


 あのルビーとナポンが苦戦していた。それ程までの強敵がそこにいたのだ。


「……救出隊突入を開始しました」


 ドローンによる空撮映像で、防塵装備とライトを持ってトンネルの中に踏み入る自衛隊員達数十名が確認できる。

 生存者がいるのかどうか、重苦しい緊張感に包まれ、映されている現場の映像をただ観ている事しかできない。


 しばらくして……突入した自衛隊員からの通信が入る。


『ザザッ……要救助者発見! 繰り返す、要救助者発見!』


 ある者は自衛隊員に支えられながら、ある者は担架で、五人の民間人が砂埃に塗れて真っ白になりながら、トンネル内部から次々と運び出された。その中にはジーエイチセブンの夢主である藤守(ふじもり)(とおる)の姿と、バンゾウの夢主である立川(たちかわ)健太(けんた)の姿があった。

 山岳地帯の為、救助ヘリが迅速に収容を開始。


 遅れて、二人の女性ブレイバーが互いに肩を持って支え合いながら、傷だらけで同じく砂埃で真っ白な姿で、トンネルの外に出てきた。ドーピング剤の効力が切れ、元の姿に戻ったルビーとナポンである。

 二人は上空で空撮の為にホバリングしているドローンを目線を送り、ナポンが拳を大きく掲げて任務完了の合図を出してきた。




 俺は思わず安堵の息を漏らす。

 こうして、ブラボーチームの白貫トンネルでの人質救出戦は、勝利で幕を閉じたのである。




 青空の中、上空から近づいてくるヘリコプターを眺めながら、ナポンは言った。


「なあ、ルビー」

「ん?」

「無敗記録、更新じゃん」

「ほんと危なっかしくて、奇跡みたいな勝利よ」


 この時、ルビーが見せた嬉しそうな笑顔はきっと、ナポンにしか見せない笑顔なのだろう。






【解説】

◆白貫トンネル

 今回登場したトンネルはフィクションであり、実際には存在しない場所です。


◆ブレイバーハンゾウ

 夢世界『ワールドオブアドベンチャー』ではサイカと同じシノビセブンの一人であり、レクス及び逢坂吾妻に従うブレイバー。青い忍び装束と狐面がトレードマーク。器用貧乏に何でも使いこなし、毒による攻撃が得意。

 彼は、異世界でレクスやアマツカミと出会うまでは正義の為に戦う善良なブレイバーだったが、人間による差別によって住む家も無い惨めな生活を経験。

 その後、家族の様に大切にしていたブレイバーの消滅を切っ掛けとして人間不信に陥り、ハンゾウはブレイバーだけの楽園を求め、正義を捨ててしまった。


◆ルビーとナポンの無敗記録

 夢世界『ネバーレジェンド(対人戦ゲーム)』出身の二人は元々、異世界側でルーナ村の事件に巻き込まれるまでは共に旅をしていた仲であり、旅の途中で起きた戦闘は全て勝利している。

 その中でも、エルドラド王国にある『樹海』で樹海の主と呼ばれるバグとの戦いも勝利。後にあったミラジスタのテロ事件でも、キャシーと戦い勝利している。

 正に勝利しか知らない最強コンビなのである。

(二人の初登場は二章の十八話)


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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