87.類は友を呼ぶ(後編)
三二九・大蛇事件発生から五日後、二◯三五年、四月三日。
この日の午前中には、黒スーツの外国人二人が第二候補から第五候補までのブレイバーの夢主を連れてきた。僅か一日で当人を交渉して、東京まで連れて来てしまうなんてどんな手を使ったのか想像すらできない。そもそもこの黒スーツの二人は何者なのだろうか。
そんな事をゆっくり考えてる暇も無いほど、俺は周囲から急かされる様にブレイバー召喚を行う事となった。
夜間や悪天候の日でなければ、召喚の際に天から降り注ぐ光も目立たない。それを利用して、BCU本部施設で、自衛隊員やブレイバーによる厳重な警備の中、夢主達からブレイバーを召喚する。
「我は管理者……次元の果てで生まれし生命よ……封印の鎖を解き放つ……無限なる深淵より今ここに現れよ……ブレイバー接続……ログイン……」
俺はこの日、何度この台詞を言う事になるだろうか。
召喚されたブレイバーは応接室で所縁のあるブレイバー立会いの中、俺が面接するということになった。ブレイバーが素直にこちらの要望に応じてくれるとも限らないし、何かあればすぐにログアウトさせる。そういう魂胆だ。
【エンキド】
驚くことに、彼は黄金のプロジェクトサイカスーツで登場した。
エンキドの夢主である坂本煜と共に話し合いを行なったところ、彼はこんなことを言ってきた。
「俺は向こうの世界でも、夢世界でも、終わりの見えない戦いに身を投じていた。なのにお前達は、まだ俺に戦えと、そう言いたいのか」
すると煜が、
「何を弱気なこと言ってるんだ。それでも俺のブレイバーか!」
と、強気なことを言う。
「我が夢主よ。こちら側の世界が危機に瀕しているというのは理解できる。だがそれも人の業。ブレイバーは便利な道具ではない。見た所、文明の発達した良き世界じゃないか。これであれば、ブレイバーがいなくとも、何とかできるのではないか」
「何とかできる状況なら、お前をここに呼んだりはしていない。頼む。俺の為に戦ってくれないか」
煜がそう説得する横で、俺も言葉を加えた。
「エンキド。一日だけで良い。巨悪を倒す為、俺たちの部隊に加わってほしい」
エンキドはしばらく何かを考え、そしてゆっくりと話し出す。
「……すまないが、俺にはどうでもいいことだ。戦う理由がこの世界には無い。そして何よりも……俺は疲れた。他を当たってくれ」
それはブレイバーエンキドの本音なのだろう。
でも黙っていられないのは夢主の煜である。
「なんでッ! なんでだよエンキド! 俺がお前なら絶対に戦うのに!」
「……もしお前が俺の立場なら、同じ選択をする。知った様な口を利くなよ我が夢主。俺たちの戦いは遊びじゃない。お気楽な夢世界と一緒にしないでほしい」
そんな会話が為され、頑なに協力を拒まれ、エンキドを味方にする交渉は失敗に終わってしまった。
今まで協力的なブレイバーが多かっただけに、今回のエンキドの返答には俺も驚いた。だけどそれ以上に、自身のブレイバーが正義のヒーローだと信じていた煜が一番ショックを受け、信じられないといった様子だ。
【リリム】
夢主の藤守司とケークンが同席して、魔法剣士のブレイバーリリムと対面する。
紫色の綺麗な長い髪、エルフ耳、そんな凛々しい顔立ちのリリムはゲーム内で見た七色魔法剣士リリムそのものだった。
親友と会えて上機嫌なケークンが、
「よっ!」
と、笑顔で挨拶したが、リリムは何処か困った様な表情で言った。
「ケークン。エルドラドでの戦いで、消滅したものだと……」
「見ての通り、ここにいる琢磨に救われた。運が良かった。こうやってリリムに会えたのも幸運だな」
「琢磨……」
「ほら、サイカの事は覚えてるだろ?」
「ええ」
「サイカの夢主。それがこの男だ」
リリムは俺に顔を向けてきたので、俺は改めて説明をする。
「初めまして。魔法剣士リリム。先ほど、説明があったと思うけど、今、こちらの世界で大きな戦いが起きようとしてるんだ。相手には敵対するバグやブレイバーが存在してる。そこで、対抗手段として、貴女をここに呼ばせて貰った」
それを聞いたリリムは特に何かを言う訳でもなく、顎に手を添えて長考した。
やがてリリムの目線は、夢主である司に向けられる。
「ども」
と、人見知りな司が短く軽く挨拶した。
司とリリムはしばらく見つめあった後、やっとリリムは口を開いた。
「こちらにもブレイバーを召喚する術が有り、バグが出現して、争いが起きている……って事で、合ってる?」
「概ねその通り」
と、俺が答える。
「では琢磨。向こうの世界が今どんな状況なのか、聞いてる?」
「……バグとの戦争がまだ続いているという事は知ってるよ」
「そう。私を頼りにしてくれた事には感謝する。でも今の私には、余計な事に手を貸す余裕が無いの」
するとケークンが身を乗り出しながら言った。
「おいおい。リリムらしくないじゃん。これは夢主の世界を守ろうって話なんだから、そんな事言ってる場合じゃないだろ」
「ケークンが消滅したあの日から、エルドラドではバグとの戦争状態が続いてる」
「姫様は無事なのか?」
「……」
リリムは沈黙した。
その表情は暗く、何かあったのだと理解できる。
「まさか……嘘だろ?」
「冗談でこんな事は言わないさ。エルドラド王国の王都は陥落した。ソフィア王女殿下は……バグの手に落ちた。最悪な事態に陥っている。いや、新たな局面と言うべきか」
「なんてこった……リリムやシッコクがいるのに、そんな事になんのかよ」
「ツカサと言ったか、私の夢主。キミにこんな事を言うのは申し訳ないと思うけど……私の剣は……錆びてしまった。ケークンとこうして再会できた事も嬉しく思う。でもそれとこれとは話は別。私は力になれない」
その言葉を聞いて、ケークンは何かを言おうとして、ぐっと我慢した様子が窺えた。
しかし夢主の司が、リリムに向かってこう言った。
「あの……ブレイバーリリム。これだけは教えて。ワールドオブアドベンチャーで育って、ブレイバーとして産まれた事にさ……後悔とか……してない?」
こんなに司が話をしているのを初めて見たかもしれない。
そんな真剣な表情を見せる司に対し、リリムは笑顔で答えた。
「何を言ってるの。私は今まで一度たりとも、産まれてこなければ良かったなんて思った事はないさ。魔法剣士として育ててくれた事に感謝もしているよ。でもすまない。今の私は、君たちと共に戦う事ができない」
そう言って、リリムは深々と頭を下げてきた。そんな彼女の表情は暗く、多くの悩みを抱え、疲れ果てた顔をしている。
その後、応接室を出たリリムは、部屋の外で待っていたジーエイチセブンと何やら会話をしていたが、俺たちは次のブレイバーとの交渉に移る。
正直、召喚したブレイバーに協力を断られるといった経験がない俺は、二人連続で交渉失敗してしまった事実に自信を失っていた。
【エオナ】
人を動かす交渉術について、改めて考えさせられる。
互いに利益があり、双方の信頼関係が大前提とするならば、こちらから一方的に戦って欲しいとお願いするだけでなく、相手にとっての戦う意味を提示してあげなければならない。
それは純粋に強者に勝つことに喜びを感じるブレイバーであったり、夢主を守るという気持ちがあれば簡単なのかもしれないが、今回の件でそうではないという事は分かった。
でも具体的な案も浮かばないまま、久々原彩花と共にブレイバーエオナの交渉に移る事となった。
目の前のソファに控えめに座る女サムライのエオナに対して、俺はまず向こう側の事情について聞いてみる事にする。
「エオナ。今、そっちの世界では戦争が激化しているというのは本当?」
「何処でそれを……ああ、信じ難い事だけど、エルドラドの王都はバグによって陥落。私は命辛々なんとか逃げ出し、今は銀の暇と共に……いや、そんな話はここではどうでもいいことだろう」
エオナは自ら話を切り上げ、俺の横に座る久々原彩花の顔を見た後に続けて言った。
「私が必要なのだな。こっちの世界と、私の夢主を守る為に、私を必要としてくれてる。違うか?」
「そうなる」
「……しょうがなかね。私に出来る事があるなら、助太刀しよう」
「いいのか?」
「二言はないよ。それに、ここでの戦いは、向こうで起きてる戦争に影響を及ぼす事は間違い無いからね」
「ありがとう」
俺と久々原さんは、改めて頭を下げた。
エオナは頭を上げる様に促しながら、
「ただし条件がある。いや、お願いと言うべきか。私をここに呼ぶのは必要最低限の時だけにしてほしい」
と、説明した。
それは少しでも異世界側での活動時間を確保したいとの意味で、それほど向こうも緊迫した状況である事が感じ取れる。
俺は快く承諾した。
【シッコク】
ミーティアの強い要望で召喚にまで至ったその男は、白銀の鎧と立派な剣を携え、赤いマントをなびかせ部屋に入ってきた。金髪でハリウッドスターみたいに整った顔立ちを見るに、西洋の騎士様々である。ちょっと右手にある黒く禍々しい籠手が気になるが、確かあれはゼツボウノコテという何とも厨二病臭い代物。
そんな彼の夢主は俺の横に座っていて、坊主にピアス、頬に傷跡残る男子高校生。ガムを噛んで、足を組んで、反抗期継続中なヤンキーだ。
シッコクはどうにも夢主とは対照的な存在である。
その事をお互いに意識してしまってるのか、彼の夢主はシッコクに対し睨みを利かせていて一触即発、今にも喧嘩が始まってしまいそうな危うい雰囲気が漂う。
「へぇ、俺のキャラによく似てんじゃん。なにこれ、新手のドッキリってやつ?」
と、夢主は半笑いしながら周りを見渡して隠しカメラを探す。
その態度を見ても何も言わないシッコクは、部屋の入り口で心配そうな眼差しを向けてきている推薦者のミーティアに目線を向けた。
「シッコク様……」
恥ずかしそうに視線を泳がせるミーティア。
シッコクは夢主と、向こうの世界で消滅したはずのミーティアがここにいる事、そして現実世界と俺という存在を前にして、何かを考えている様だった。もしかしたらあまりにも急な出来事で、混乱しているのかもしれない。
「私がここにいるのは、ミーティアの推薦があったという認識で齟齬はないか?」
シッコクがそう聞いてきたので、俺は頷く。
すると夢主が堅苦しい態度のシッコクを見て嘲笑った。
「なんだよ。ブレイバーってヒーロー映画みたいな奴を想像してたのに、なんだこいつ。胡散クセェ」
「お前はここから出て行け」
と、シッコク。
「あ? なんつった?」
「出て行けと言っている。その態度、その物言い、何様のつもりだ。俺はお前を夢主とは認める訳にはいかない。この場に無用だ。即刻出て行け」
「あんだとぉ!」
立ち上がってシッコクに手を出そうとする男を、俺は止めた。
確かにシッコクの言う通りで、この交渉の場には必要ない人材であると、俺もこのやり取りを見て判断。横で剣を抜こうとしてるミーティアも視線で止めた後、シッコクの夢主には別部屋で待機してもらう事とした。
静かになったところで、俺は改めてシッコクに話を切り出した。
「ブレイバーシッコク。今、この世界は……いや、この国は、バグの存在により危機に陥っている。俺たちの手に負えない所まで来てしまった」
「敵は誰だ?」
「恐らく、そっちの世界で世界戦争を引き起こしたバグの王が、こっちの世界に来て、暗躍している。敵にもブレイバーがいる」
「バグの王……そういうことか」
バグの王という言葉に、シッコクは何かを理解した様子だった。
「シッコク。エルドラドの王都がバグにより陥落したという話は他のブレイバーから聞いてる。エルドラド王国のブレイバー隊隊長として大変なのは――」
「私は死んでいる」
「え?」
「王都での戦いでバグに敗れ、私は死んでいる」
最強とも謳われたシッコクが敗北。それが本当なのだとしたら、一度はバグの大群を退けたエルドラドであっても、更にそれを上回る大戦が起きたということなのだろう。
サイカが身体を張って守った平和は、本当に短い期間だったとも言える。
「もし、ここでもう一度戦って欲しいと言ったら?」
「それだけの価値が、この場所にあるならばそうしよう」
すると話を聞いていたミーティアが前に出てきて、シッコクに向かって話を始めた。
「私とシッコク様が、こうして再会できたこと、全てはこの琢磨の異能力あっての事。私がこの場に立ってるのも、全てはこの国を守らんが為。この世界は……私の知る限り……人間同士の争いが無いと言えば嘘になりますが、数千年の歴史を重ね、多くの人々が平穏に暮らす暖かい世界です。本来、バグやブレイバーの存在など、あってはならない世界です」
「ミーティア、しばらく見ないうちに大きくなったな」
と、シッコクは微笑した。
少し頰を赤く染めて照れるミーティアを他所に、シッコクは俺に言った。
「ミーティアにここまで言わせたこの世界に、私も興味が湧いた。共に戦わせて貰おう」
「ありがとう」
と、俺は深々と頭を下げた。
最強の剣士。彼が味方になるというのは、とても心強い。ミーティアがいなかったら、この交渉がどうなっていた事か、想像もしたくない。
無事に交渉は成功となったところで、ミーティアはシッコクにこんな問いを投げていた。
「シッコク様、貴方ほどの人が、負けるなんて事、よほどの手練れがバグ側にいたのですか?」
「……己の最大の敵は己だった。私は自らの欲望に負け、守るべきモノを見失った。それだけの事」
そう語るシッコクの言葉は重々しく、ミーティアはそれ以上聞こうとはしなかった。
【シロ】
バトルグラウンド3でトップランカーとして活躍している男子大学生の小沼直光から召喚されたのは、ブレイバーシロ。
短い白髪で童顔のシロは、クロードにも似た黒の迷彩服と、マフラーを首に巻いて、大きなスナイパーライフルを背負っていた。
そんなシロとの話し合いに同席するのは、夢主である直光と、彼を推薦したクロード。
最初に口を開いたのはクロードだった。
「よお、俺が誰だか分かるか?」
シロは黙って頷いた。
「久しぶり……と言いたいとこだけど、初めましてになるな。俺はブレイバーのクロード。長い事、お前とは夢の中でコンビを組んでた仲になる」
そう言われたシロは、何を言うでもなく、疑うような眼差しで俺たちを観察してる様子がうかがえる。
警戒されてるのかもしれないと思い、俺は今日何度目してるか分からなくなってきた状況説明をシロに行った。
「だから、俺たちと一緒に戦ってほしい」
説明が終わるまで、最後まで何も言わなかったシロは、ようやくその重たい口を動かす
「何だっていいけどさ。銃は撃たせてくれんの?」
一瞬、あまりにも突拍子もない質問を前に、俺は言葉を失ってしまった。
第一声が何だっていいって……とにかく、横に座ってるクロードですら開いた口が塞がらない状況になってしまっているので、俺が返事をしなければならない。
「敵との戦闘は避けられない。その銃を撃つことにもなると思う」
「よっし。そういうことなら任せときな。バグだろうが何だろうが、一撃必殺で決めてやるよ」
そんなふうに喜ぶシロは、まるで年頃の男の子が銃で遊びたい気持ちを抑えられないといった雰囲気だった。
そう、子供なんだ。このシロというブレイバーは、銃を撃つという事の重さを理解していない様に見える。
クロードが少し身を乗り出して、シロに話を振った。
「シロ、ブレイバーとして活動してどれくらいになるんだ?」
「活動? ここが初めてだけど?」
「ちょっと待て。じゃあお前は……ブレイバーや、バグが何かも理解していない新米ブレイバーか?」
「倒すべき敵だってのは何となく分かったよ。見つけて撃って、殺せばいいんでしょ?」
「理解力が良くて助かるけどな……おい琢磨、推薦した俺が言うのも変だが、こいつは危険じゃないか?」
確かに、このシロは無知が故に銃を発砲する事の重大さを知らない。きっと彼の中で、戦闘はまだゲーム感覚で、俺たちのことはゲームキャラの様に思ってる可能性だってある。
実際、その腕前はどうなのだろうかと考えながらも俺はクロードに言った。
「クロ、シロを部隊に入れるかどうかの判断は任せる」
「は? 俺かよ」
「俺は同系列の夢世界出身のクロが適任だと思う」
「嫌だね。こんな子供のお守りなんてまっぴらごめんだぜ」
「クロ!」
すると、そんな俺たちのやり取りに痺れを切らしたシロが突然動き、素早い動きで腰に備えていたハンドガンを抜いた。
その銃口は俺の頭に向けられ、咄嗟に反応したクロもハンドガンをシロに向けた。外で待機していた自衛隊員やミーティアまでもが、部屋に突入してきて、武器を構え包囲する。
あまりにも一瞬の出来事で、場が凍り付いたかの様な静けさが辺りを支配した。
シロは言う。
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。戦わせてよ。僕はそれしか知らない。誰が敵とか、誰が味方とか、そんなことはどうでもいい」
クロードが答える。
「その辺にしとけよガキ。誰に銃口を向けてやがる。琢磨、こいつは俺に任せてくれ。気が変わった」
威圧的なシロの態度を見て、クロードは面倒を見てくれる事を決意してくれた。
横でアタフタしていたシロの夢主である直光は、
「な、なんかすみません……」
と、シロの代わりに謝ってきた。
「違うよ直光。これは君が謝る様な事じゃない」
シロは冗談だと言いたげに笑みを浮かべ、その手に持ったハンドガンをテーブルの上に置いた。
ひとまずは交渉成立……と言いたい。
【ルビー】
さて、ここからは交渉をする上で厄介そうなブレイバーが続く。
赤ずきんとハートの眼帯がトレードマークの金髪少女は、ネバーレジェンドでもっとも彼女を愛用していると思われるプロゲーマーから召喚された。
むすっとした表情で、常に機嫌が悪そうにしてるのはサイカの記憶通り。
そんなルビーに事情を説明したところ、
「嫌よ」
と、即答に近い早さで返事が返ってきた。
交渉に同席したミーティアは、俺に何か言いなさいよと言わんばかりに目線を向けてくる。
なので俺は協力を拒む彼女になんと声を掛けるべきか、しばし考えた後、口を開いた。
「ブレイバールビー。貴女はあっちの世界で、サイカの旅に協力し、一緒に戦ってくれていたよね。今、こっちでの戦いでも、ルビーの力が必要なんだ」
「よく分からないわ。大体、貴方は誰なの? 私は貴方と知り合いになった覚えもないのだけど?」
「俺はサイカの夢主。サイカといつも共にいた存在と思ってもらって構わない」
「そんなの知ったこっちゃない。ならサイカは何処にいるのよ。怪しいわね」
「サイカは……今はいない。でもこの国の何処かにいる」
「お話にならないわね。アホらしい。事情もよく分からないし、私にこの世界を命張って守る理由なんて微塵も無いわ」
「それは……」
ダメだ。生まれ育った訳でもない現実世界に、命をかけて戦ってくれなんて、やっぱりそんなワガママを受け入れてくれるわけがない。そう思うと言葉を失ってしまった。
今度はミーティアがルビーに話し掛ける。
「ルビー、久しぶり。私のこと、覚えてる?」
「ええ、忘れるわけないじゃない」
「まだ向こうでは戦争が続いてるんでしょ。ルビーは生きてるの?」
「当たり前。私は自分の命が一番大事で、やばくなったらすぐ逃げてる。夢もまだ失ってない。臆病とは言わせないわ」
「ナポンとは会えたの?」
「……ええ。そうね」
と、少し複雑そうな表情を浮かべるルビー。
ミーティアが名前を出したナポンとは、ルビーと同じ夢世界のブレイバーで、彼女の恋仲と言っても良いほど大切なブレイバー。
一人目のナポンはゲーム世界の事情により夢を失い、そして消滅して行った。縁のある村に墓まで設けられ、ルビーが墓参りした姿を思い出せる。
これしかないと思った。
ルビーに少しでも与えてあげられる事は、これしかないと思った。閃いた。
「ルビー。聞いてくれ。もし、俺たちに協力してくれるなら、見返りとして俺がナポンを召喚する。君が想う昔のナポンに」
ルビーの冷めた瞳に、光が差した。
ナポンを召喚できる確証は無い。でも、俺ならできると思ったんだ。リニューアル前のナポンを使い込んでいて、引退したプレイヤーさえ見つけられれば可能性はある。
「何を言ってるの。そんな事できる訳ないじゃない。だってナポンはもう――」
「できる。やってみせる。今こうしてルビーを召喚した様に、俺はブレイバーを夢主から直接召喚できるから。無理ではないはずだ」
「ふ、ふざけないで。騙されないわよ」
「ここに異世界では消滅したはずのミーティアやクロードだっている。それだけじゃ信じられないか?」
ルビーはミーティアの顔を改めて見た。ミーティアも力強い眼差しでルビーと目を合わせ、そして深く頷いて返す。
この時、ルビーは悟ってくれたのかもしれない。俺が言ってる事は冗談ではないと。本当にナポンと会わせてくれるかもしれないと。
ルビーは少し気恥ずかしそうにしながらも、
「……わかったわよ。そういう事なら……協力してあげる」
と、承諾してくれた。
ルビーとは交渉成立。
俺はすぐにネバーレジェンドでリニューアル前のナポンを使っていたプレイヤーについて、情報を集めるように調査部の園田真琴へ依頼した。
【ケリドウェン】
最強のブレイバーとして恐れられた空の魔女が、戦闘を主体とする夢世界出身ではない事実に、誰もが驚いた事だろう。
夢主はヨーロッパ人で、スタディライフピクチャーと呼ばれるオンライン・ライフ・シミュレーションゲームで創造されたケリドウェン。
淡い緑色のドレスに、白を主張した派手で暖かそうなコート。ロープ編みされた青紙にも派手な髪飾り、まるで何処かのお姫様の様な容姿をしたその彼女は、見た物を学習してしまうブレイバースキルの持ち主だ。
ケリドウェンは、ここに来て早々、ここの紅茶が飲みたいと言うのと、俺と二人きりで話したいと望んだ。
BCU施設の事務員がよく飲んでる紅茶が出される。ティーカップまではなくマグカップ。紅茶もその辺のコンビニでも売ってそうな安物。
ケリドウェンはそれでも、文句一つ言わず、紅茶の香りを楽しみながら、それをお上品に口に運んだ。
「紅茶というものは、産地の気候風土で味が変わりますわ。この紅茶は、ここから遠い国、日光を多く浴びる山脈で作られた茶葉といったところ」
ケリドウェンは紅茶について語りながら、紅茶を幾度か口で楽しみ、ゆっくりとカップをテーブルに置いた。
なんと言うか、今まで出会ったブレイバーの中でも、特に変わった雰囲気を持っている女性だと思った。
「サイカの夢主……其方がアカツキタクマなのね。それで、わらわに何用かしら?」
「ブレイバーケリドウェン。単刀直入に言うよ。俺たちの国を守ってほしい」
「何の為に?」
「人命を守る為に」
「守る為に誰かが傷付く戦争をするのね。結局、ブレイバーと関わってしまった世界は、崩壊の道を辿ってしまうのよ」
「こっちの世界での戦いは、少し違うんだ。バグがこっちに来てしまった事で、止む無くブレイバーに頼るしかなかった」
「バグが先に……? 元を辿れば、この世界の人間が、わらわ達を創造した事が始まりという事を、お忘れなく」
「分かってる」
「アカツキタクマ、わらわは幸いにもブレイバーとして生を受けてから三十二年と少し、ここに座って紅茶を口にするまでに、何度屈辱と絶望を味わったか、お分かりでして?」
「ブレイバーとして最年長者である事は承知の上。俺も人間として二十八年、異能力者として二年、恐らく貴女と同じくらいの経験を積んでる」
「同じと考えないでほしいですわ」
ケリドウェンはそう言って、脇に置いてあった日本史の本を宙に浮かせ、本を開いて目を通し始めた。
彼女の夢世界は、元々そうやって学習してステータスを伸ばしていくというゲーム。知識を得る事が、ケリドウェンの生きる力なのかもしれない。
しばしの沈黙。
ケリドウェンはまるでコンピューターマシーンの様に、眼科が小刻みに動き、物凄い速度でページを進めた。それこそ本当に読んでるのか疑わしい速度で、分厚い日本史の本を読んでいる。
ページをめくった時の紙が擦れる音だけが、俺の耳に入ってくる。
そんな僅か三分ほどの静寂の後、ケリドウェンは読み終えた本をパタンと閉じ、元の位置に戻す。
「日本国。面白い国ですわね。向こう世界でも似たような国を知ってはいるけど、きっと数千年の歴史を歩めば、こうやって平和な国になっていくのでしょう。こんな国で、わらわも平穏な日々を送りたかった」
ケリドウェンは寂しそうな表情を浮かべた後、
「それで、貴方がここにブレイバーケリドウェンを出現させたのは、大方、空の魔女として最強のブレイバーであると噂を聞き及んでの事でしょう?」
と、彼女は心底ガッカリした様に肩を落とす。
「そうなる。今、この国を脅かしている敵と戦う為、貴女の力が必要だと判断した」
「その戦いに勝利すれば、平和が訪れると? 繰り返さないと約束できて?」
「それは……分からない」
「でしょうね」
ケリドウェンは経験と知識が豊富だからこそ、無意味な戦いを望んではいないのかもしれない。そんな風に感じる台詞だった。
現実主義なケリドウェンにとって、こちら側の要望はリスクの方が大きい。せめて何か……そう、ルビーとの交渉を思い出せ。
「ブレイバーケリドウェン。俺はブレイバーを召喚できる。向こうで消滅してしまったブレイバーも、もう一度呼び出す事ができるんだ」
それを聞いたケリドウェンの眉が少し動いた。ブレイバーだって、出会いと別れを繰り返して、ここにいる。ケリドウェンほどの長寿者であれば、その経験も相当なもののはずだ。
俺は話を続ける。
「全員とまでにはいかないけど、ある程度のブレイバーであれば、もう一度、召喚して会わせてあげる事ができると思う。それと、今回の戦いを、等価交換という訳にはいかないだろうか?」
「……貴方、自分が何を言ってるのか分かっていて?」
「勿論」
「ふふ、なるほど、そう来るとは予想外。でも、再会なんて生温いですわ。わらわが望むのは、かつてのメイド達と戦場に赴き、バグを蹴散らす事」
「め、メイド?」
最初はメイドと聞いて何のことを言ってるのか理解できなかったけど、詳しく話を聞いてみると納得の内容だった。
敵の策略によって、アヤノを守ろうとして命を散らした最愛の部下。彼女たちとの再会と、その報復を共に成し遂げたいと、空の魔女の信念は燃えていた。
「分かった。ブレイバーケリドウェン。貴女と四人のメイド達を作戦に導入することを約束する」
「交渉成立ですわね」
俺とケリドウェンは握手した。彼女の手は冷たく、歴戦の勇者とは思えない細くて綺麗な手だった。
「タクマ、紅茶のおかわりは頂けるかしら? ティーカップとミルク付きで」
「も、勿論だ」
ニコッと満面の笑みを浮かべたケリドウェン。
俺はすぐに、ケリドウェンのメイドブレイバー四名と、上等のティーカップと紅茶を用意する様、手配した。
【ロウセン】
巨大ロボットと言えば、映画やアニメなど多くの作品で人々を魅了し、憧れの象徴として存在してきた。
でもそれを現実世界で造る事は難しいとされ、あまりにも巨大な動力源が必要な事や、バランス制御や重さといった様々な問題が、実現不能の領域とされ、軍用として開発されているなんて噂も定かではない。
しかしブレイバーとしてなら存在する。
十八メートルはあろう大きさに、白い装甲とグリーンアイ。まるで人類を守る神の巨人とも言える圧倒的な存在。それがブレイバーロウセンである。
場所は変わって陸上自衛隊の習志野駐屯地。
夕暮れをバックに、ブレイバーを総動員して、自衛隊員と戦車による厳重警備の中で、ロウセンは召喚された。
多くの熱い視線に囲まれながら、物言わぬ巨人は周囲を周りを見渡し、自分が置かれてる状況を理解する。
ここで暴れられたり、逃走でもされてしまえば、大騒ぎとなっていたかもしれなかったが、とりあえずは安心といったところ。
それでも戸惑いを見せるロウセンに対し、俺は大声で語り掛ける。
「ブレイバーロウセン! 聞こえるか!」
ロウセンは俺を見て、腰を落とし、頷いた。
俺は話を続ける。
「急にこんな所に呼び出してしまってすまない。ここは君たちブレイバーを想像した夢主達の世界。君はこの世界の創造物によって生まれた戦士だ」
ロウセンのグリーンアイが光った。言葉は理解してくれてる様だ。
「ここは、この日本という国は、比較的安全で平穏な暮らしを保ってきた。でも、こっち側にもバグが来てしまったんだ。それを利用して、悪巧みをしようとしてる奴もいる。もうすぐ戦いが始まってしまう。だから、俺は、君の力が必要だと思っている。ブレイバーロウセン。どうか力を貸してほしい」
俺がそう言うと、ロウセンはゆっくりと立ち上がり、背中のブースターを吐かせた。
激しい風が巻き起こり、周囲の者達が一斉に臨戦態勢に入る。
「待ってください! 撃たないで!」
と、俺が攻撃を止める。
ロウセンはそのまま地面を蹴って、一直線に空を飛んだ。
高々と、遙か空の彼方へと飛んだ。雲にも届く距離まで飛んで、そしてそこで止まる。
ロウセンの視界には、一面に広がる日本の習志野と呼ばれる閑静な街の景色。遠くまで建物が立ち並び、広がる東京湾も一望できる。種類豊富な花木に囲まれた公園、走る自動車や電車、歩く人々、空を飛ぶ鳥。
きっと彼は、そうやって異なる世界の、文化の違いを確かめているのかもしれない。約十分ほど、ロウセンは街の景色を観て、何かを感じ取っている様だった。
ロウセンはゆっくりと降下を始め、そのまま地面に両足を付けた。
周囲の騒つきを他所に、俺の周辺には協力を約束してくれたブレイバー全員が集い、全員がロウセンに熱い視線を向ける。
ロウセンは、ゆっくりと手を前に突き出し、そして……親指を立てた。
その機械の手は、俺たちの希望の手。グッドのサイン。
物言わぬ白い巨人、ブレイバーロウセンとの交渉は成功した瞬間だった。
俺にとってはとても慌しく、気が抜けず、とてもとても長い一日に感じた。
そして明日、俺はブレイバーサイカに会う。
【解説】
◆異世界で起きている事
琢磨達が現実世界側で奮闘する一方で、異世界側でもバグとの世界戦争は激化の一途を辿っている。
話によれば、サイカがいたエルドラド王国は王都が陥落し、ソフィア王女殿下は行方不明。シッコクも消滅してしまったとの事で、非常事態に陥ってしまっている様だ。
◆新たに仲間となってくれる事を誓ってくれたブレイバー
エオナ、シッコク、シロ、ルビー、ケリドウェン、ロウセン、この六名が交渉の結果、協力要請に応じてくれた。
その過程で、ルビーの戦友ナポンと、ケリドウェンの部下であるナーテ、ユウアール、シェイム、ナギの五名を追加召喚する約束をした。
それぞれ今までのお話しで登場してきたブレイバー達なので、どんな人物だったか是非思い出してほしい。




