85.長い浮き世に短い命
ココ太郎という人物を覚えているだろうか。
彼はワールドオブアドベンチャーのプレイ動画配信で一躍有名になり、スペースゲームズ社による公式放送にもゲスト出演をした事がある動画配信者だ。警察が調べたところ、彼の本名は池神直史と言う事が分かっている。
池神尚文はワールドオブアドベンチャーのゲーム内で起きたバグによる一連の騒動を切っ掛けとして、スペースゲームズ社に不信感を抱く。それからは純粋にゲームを楽しむ配信をするという気持ちを、何処かに捨ててしまった様だ。
そして独自に、個人的に、時には探偵の力を借りるなどして、スペースゲームズ社が隠蔽しようとしていたバグとの戦いを調査していた。それらで分かった話を、顔出し配信で度々リスナーに向けて語っていた。
そんな彼の配信を俺は昔からよく観ていたから、その内容が真実なのかどうかも当然分かる。だってそれは、俺が経験した数々の事件の事だからね。
池神尚文はココ太郎として、精一杯頑張っていたと思う。本当の事と嘘が入り混じる情報の中で、彼なりに考察して、新型コンピューターウイルスから始まり、ブレイバー、バグ、被害者ユーザーについて説明していた。ここでの被害者ユーザーというのは、ゲーム内に出没したバグによってアカウントデータが破損したユーザーのこと。
そんなココ太郎は今ではすっかり板に付いたようで、スペースゲームズ社や日本政府の陰謀論を語る考察系配信者になっていた。
そうさせるのは彼の正義感か、それとも注目されたいが故の行動か、本人のみぞ知る変化である。
なぜ、そんな話を始めたのかと言うと、彼、ココ太郎が衝撃的なインターネット生配信をしたからである。
【スペースゲームズ社がやばい】
配信日、二◯三五年、四月一日、午前二時頃。
世間一般的にはエイプリルフールとされるこの日。多くの企業が三日前に起きたテロ事件を考慮してエイプリルフール企画を自粛している中、個人で配信されたココ太郎の映像は衝撃的な内容だった。
映像は自宅のアパートの一室で、電気の付いてない薄暗い部屋からカメラで自撮りをしている様子だった。
『待って待って。マジ無理。やばいって。ほんと勘弁してくれ。あぁ……マジでコワイ……』
そんな風におびえた様子で、自分の顔を映しているココ太郎。
寝不足なのか、目の下にクマが出来た無精髭の面構え。挙動不審な様子で、何かに酷く怯えている。手には包丁を持っており、息は荒く、あらゆる物音に敏感となっている。
『はぁ、はぁ……みんな観てるか……配信されてるよな。あーあー……大丈夫か……俺、殺されるかもしれない……ヤバイ現場を見た。みんなも、知ってるだろ……怪異生物だよ。話題のやつ。名前は……えっと、なんて言ったっけ……はぁ……とにかく、俺は見ちまった。スペースゲームズ社は……ッ!』
玄関扉に何かが衝突したような大きな物音が聞こえ、ココ太郎は思わず言葉を止めてしまった。息を殺し、じっと玄関がある方を見る。
その緊張感が画面を通してこちらにまで伝わってきそうな映像。まるでホラー映画のワンシーンの様な雰囲気で、ココ太郎は小声を発する。
『外に何かいる。やべぇって……まじやべぇって……ここまで追われてきた。逃げてきた。たぶん奴は俺を殺すつもりだ。その為に呼び出してきた。俺は死ぬかもしれない……俺は見ちまった。警察に電話したけど間に合うのかな……ええっと……ニュースでやってた、オオ、オオサカ……アズマ……だっけ。あいつは、スペースゲームズ社と繋がってる。見たんだよ。見たんだ。この目で。そんなつもりはなかった! あいつが会ってたのは……めが……』
パリーンというガラスの割れる音。どうやら部屋の窓ガラスが割れた様で、そこから何かが侵入してきた。
ココ太郎は震える手で包丁を振り回す。
『なっ……来るなバケモノ!』
カメラが一瞬、黒い何かを映す。赤く光る目は、人ではなく何か大きな動物の様にも見えた。必死に抵抗するココ太郎。
地面に落ちて転がるカメラは、アングルが明後日の方向を向いてしまい、ベッドの脚が映される。
『あああああああああああッ!』
断末魔の叫び。カメラの前に包丁が転がってきたと思えば、人が倒れる音と共にココ太郎の手が映った。そして、身体を引っ張られたのか、そのままその手はずるずるとフレームアウトして見えなくなる。
その後、警察官が駆けつけて来るまでの僅か十分間、カメラは配信されたまま放置されていた。
この日はエイプリルフールと言う事もあり、その放送を見たリスナーの多くは、ヤラセではないかと疑っている。が、警察が調査したところ、確かに誰かが部屋に侵入して襲撃した跡があったそうだ。ココ太郎のSNSアカウントも、その後は更新されていない。
池神尚文はそのまま消息が分からず、まるで神隠しにでもあったかの様に、そこから消えてしまった。なので、大蛇事件の行方不明者リストに二十二人目として池神尚文の名前が追加される事となった。
三二九・大蛇事件発生から三日後、二◯三五年、四月一日。
この日の朝、BCU本部に俺たちが会うべき人がやって来た。スペースゲームズ社の従業員、ワールドオブアドベンチャーのプロデューサーを務める高枝左之助だ。
今まで一切連絡が取れなかったのに、急にアポイントが入れて訪問して来た高枝さんは、スーツ姿に眼鏡、整髪したビジネスマンとして俺たちに会いに来た。
俺、矢井田司令、園田真琴の三名で対応。
応接室まで案内して、テーブルを挟み、三対一で向かい合わせに座ったところで施設管理AIのゼニガタマルが人数分のお茶を出す。
まず、高枝さんは謝罪の言葉を口にした。
「この度は、弊社の元社員である笹野が取り返しのつかない事件に関与していた事、深くお詫びさせてください。申し訳ございません」
矢井田司令が答える。
「こうやって面と向かって話すのは久しぶりだね高枝くん。今回の件、許容……と、言えない状況である事は理解しているかね?」
「はい。弊社としても、元社員の笹野がテロ組織に関与してしまっているという事は、重く見ていまして、警察への情報提供は惜しまない所存です。笹野がユーザーデータベースから、情報を盗み出していたのも判明しています」
それを聞いた園田さんが質問する。
「では教えて頂けませんか。まず、笹野栄子容疑者についてです。勤務態度や彼女の思想も含め、分かる事を教えてください」
「彼女は管理部で私の部下でした。二〇三〇年、新卒でスペースゲームズ社に入社。誠実な性格で、マニュアルを重んじる女性でした。遅刻や欠席も少なく、健康的で、会社のビジョンやミッションにも忠実に対応する模範的な存在で、彼女の同期と比べても、高い評価をしていたという認識です。なので……私個人としても、弊社としても、信じられないの一言に尽きます」
「二年前頃からそんな彼女にも何らかの変化があった……と聞いておりますが?」
「どうでしょうね。その頃、私も昇格をして立場が変わってしまった為、正直、彼女の勤怠や評価については気にしていませんでした」
「なるほど。では、次にネットアイドルとして活動しているシノビセブンについて教えてください。大蛇事件が起きたあの日、シノビセブンのメンバーは仮想世界にログインしていたという証言があります。行方不明者リストに含まれていて、大蛇のメンバーに彼らのブレイバーがいた事も見ています。ブレイバーがどうやってこの世界に来るか、貴方はご存知ですよね。本当に彼らは接続していたのでしょうか?」
「それについても調べはできています」
高枝さんは鞄からタブレット端末を取り出して、しばらく指で操作した後、その画面を見せてきた。
それはアマツカミ、ミケ、カゲロウ、ハンゾウのログイン履歴だ。高枝さんは説明する。
「シノビセブンの四名、彼らの履歴を調べましたが、行方が分からなくなったと思われる日以降、ログインは確認されていません」
俺は思わず大声を出して、立ち上がってしまった。
「そんなはずないッ! ネットステーションやシノビセブンのアジトにいて、オリガミと会話してるのを俺は見てた!」
「そうは言っても、私も含め弊社の職員は誰も見ていない。これは信じる信じないの話ではなく、あくまでサーバーデータベース上の記録だよ明月くん」
じゃあネバーレジェンドでの仕事を終えたオリガミが、会話していた相手はいったい誰だったと言うんだ。
「座りなさい」
と、園田さんに促されて、俺は腰を落とす。
そして園田さんは別の話題に切り替えた。
「シノビセブンについては了解しました。では、昨夜未明、動画配信者、ココ太郎の生配信映像はご覧になられましたか?」
「ええ、タイムシフトで見ました。騒ぎになってますからね」
「スペースゲームズ社がやばい……と言ったタイトルで、何かを見てしまい、誰かに狙われてるといった趣旨の映像を配信した後、彼は実際に消息を絶っていて、連絡が取れない状況です。これについて、何か思い当たる事はありませんか?」
「いいえ。そもそも彼は、新型コンピューターウイルス騒動初期から表現の自由を盾に、弊社に対する不満や陰謀論を動画や生配信で広めていました。その全てが事実無根とは言いません。ですが、彼の配信の平均視聴者数は十万人以上、その影響力の高さも含め、社内でも要注意人物としていました。もし行き過ぎた事をすれば、名誉毀損で訴える事も弊社法務部が検討していたくらいです」
「では、彼の被害妄想による虚言と言う事ですか?」
「今日はエイプリルフール。注目度を上げる為の釣り配信……と、現段階では判断してます。悪趣味ですが、この手のネタ動画は使い古された手でしょう。もっとも、仮にそうだったとした場合、こちらも然るべき手段で対応する予定です」
園田さんと矢井田司令は顔を見合わせ、アイコンタクトを取った後、園田さんが更に突っ込んだ質問を投げる。
「逢坂吾妻容疑者と面識はありますか?」
「いえ、ニュースで初めて知りました」
「スペースゲームズ社元社員、笹野容疑者及び、報道こそされてませんが共犯の疑いもある海藤武則。この二人と連絡は取りましたか?」
「連絡は試みましたが、どちらも音信不通ですね」
「なるほど。ありがとうございます」
と、聞いた事を手帳にメモする園田さん。その手際や質問の仕方は、さすが元婦警といったところかもしれない。
すると矢井田司令が意外な話題を出した。
「高枝くん。こんな疑う様な質問をしてしまって、申し訳ないね。私もまさかとは思っていたが、仮想世界での戦いは、ここ現実世界にまで広がってきてしまった。こちらとしても、国民に犠牲者が出てしまってる以上、どんな些細な事でも探らなければならない。それは分かって欲しい」
「重々承知しております」
「二年前、東京での巨大怪物事件で、ご家族が被災したと聞いているが、気持ちの整理は出来ているかね?」
「何処でそれを……」
「小耳に挟んでね」
巨大怪物事件というのは、巨大なキャシーバグが突如として東京に現れ、光線で大暴れした時の事だ。実は、あの時のキャシーバグを止めたのはワタアメのサテライトアローだった事を最近知った。
そして俺にとって、高枝さんの家族が被害に遭ったなんて初耳の情報だ。
高枝さんは神妙な面持ちを見せ、しばらく何かを考えた後、口を開く。
「私の妻と娘はあの日、墨田区のスカイツリーの足元にいました。怪我はしましたが……命に別状はなく、自宅療養中です」
「私も妻があの時被災してね。PTSDを患って、今でも精神病院に通ってる。度合いは違えど、お互い今が踏ん張り時だね」
「……そうですね」
「忙しい中、ご足労掛けた。今日はこの辺りにしておこう。もしかしたら警察からも似た様な質問があとであるかもしれないが、気を悪くしないでくれ」
と、矢井田司令が立ち上がったので、俺と園田さんも遅れて立ち上がり、高枝さんの見送りをする。
施設の出入り口で立ち去る高枝さんの背中に、俺は声を掛けた。
「高枝さん」
高枝さんは立ち止まり、背中を向けたまま反応してくれた。
「何かな」
「俺は……スペースゲームズ社には……高枝さんにも、笹野さんにも、お世話になりっぱなしでした。色々な事で助けられました。だから、二人とも信じたいと思ってます」
「……明月くん、私がキミに言える事はただ一つ。私たちの敵は誰か。その真実を見極めろ。キミにはそれが出来るはずだ」
高枝さんはそう言い残して、歩き出して去って行った。
今、高枝さんらしくない事を言った気がした。真実を見極めろ……とは、どう言う事だろうか。
そんな事を考えていると、隣に立つ園田さんが、
「矢井田司令、どう思いますか?」
と、矢井田司令に話しかける。
「……大きな組織に隠蔽は付き物。とは言え、ゲーム会社とテロリストに繋がりがあるなど、なかなか思いつく事ではない。池神尚文がしていた事は、大なり小なりきっとそれらと関係があると考えるべきだな。明月くん」
「はい」
「念の為、こちらの情報は、どんな小さな事でも、スペースゲームズ社の人間には話さない様に」
「え、でもそれは……」
「内情の共有は必要最低限にする。用心するに越したことはないだろう」
「了解……しました」
大人の世界は残酷だ。かつて共に戦った仲間でさえ、立場の違いと時間の経過がその信頼関係に揺らぎを生じさせる。
何となくだけど、俺はそんな風に思えてしまった。
その日の午後、入院していたブレイバー達が完全完治を認められ退院。あれだけ大怪我をしておきながら、僅か三日で元の元気な姿へと戻ってしまったのだから、流石ブレイバーとも言えよう。
彼らが施設に戻ってくると同時期、警察車両で厳重に護送されてきた二人の人物がいた。
エンキドの夢主、坂本煜。金髪にピアス、洒落た服装をしている男性。
そしてもう一人は、誘拐された藤守徹の息子で、リリムの夢主でもある藤守司。遠くから見れば女性にも見える、白肌で暗い表情をした現役の男子大学生。
二人から事情を聞くと、誘拐された被害者の傾向から、最も狙われる可能性が高い二人として警察が保護したそうだ。
煜は住まいが神奈川だった為、特に危険もなく保護できたそうだ。しかしシノビセブンと深く関わっていた事も加味して、本人の希望もあり、BCU本部まで送り届けられた。
しかし、司は自宅が何者かに襲撃された跡を目撃。身の危険を感じ、友人の家に逃げ込み、事なきを得たとの事だった。
ここにも、逢坂吾妻の想定外がいた。
それは絶望の闇に射す一筋の光に思えた。
更に、この日の夕方頃。
遥々アメリカから来訪してきたという、黒スーツでサングラスを掛けた背の高い男二人組がいた。
二人はマスコミに見られない様に、裏口から秘密裏にBCU本部施設へと入る。見るからに怪しい二人だったけど、矢井田司令が直々に出迎え、そして司令公務室へと案内されていた。
矢井田司令と黒スーツの二人が密談を行う中、俺はまずブレイバー達と交流を図る。
夢主に危害の無かったクロードはさて置き、夢主を誘拐されてしまったジーエイチセブンやケークンはいつも通りだった。割り切っているのか、実感が無いだけなのか、ただ次なる戦いに向けて気持ちを切り替えてくれている。
しかし、ミーティアだけは、その表情に苛立ちを隠せずにいた。
一刻も早く夢主が幽閉されている場所を突き止めて欲しいと、眉間にしわを寄せながらBCU調査部に掛け合っていて、少し目を離せば飛び出して行ってしまいそうだ。
ミーティアの大声が廊下に響く。
「もう場所の目星は付いてるんでしょう! ならすぐに部隊を編制して行くべきよ!」
熱くなると鬼の様な形相で迫る。それは彼女の悪い癖だ。
園田さんが必死にミーティアを宥める。
「落ち着いてください。確かに吾妻の潜伏場所については、いくつかの候補はあります」
「なら!」
「事情があるんです。先日あった大蛇事件の時みたいに、人質を取られ、強力なブレイバーが複数いるのだとしたら、無策は無謀です」
「無謀なのは分かってるわ! それでも守らなければならない人がいるの! 救わないといけない人がいるのよ!」
廊下で行われたその口論は、大勢の人が耳にする事になった。
クロードがそっとミーティアに近付いて、背後から彼女の肩を掴む。
「ミッティ。それぐらいにしておけよ。そんな風に焦ったら敵の思う壺だ」
「クロ。貴方は気楽で良いわよね」
「お前な、少しは頭を冷やせ」
ミーティアは振り向き、クロードを睨みつけながらこう言い返した。
「ブレイバーにとって夢主が全て! 貴方にこの胸の痛みは分からない!」
そう言われ、思わず怒鳴り返そうとするクロードだったが、咄嗟にケークンが間に入った事で静止した。
ケークンは今までにないくらい真剣な表情で、ミーティアを見つめる。次の瞬間には、ケークンの平手打ちがミーティアの頬を赤く染めていた。
驚きながらヒリヒリと痛む頬を手で抑えるミーティア。
それを見ながらケークンは言う。
「この分からず屋。焦る気持ちをみんな抑えてんだ。一人で感情的になってんじゃないよ」
ケークンの夢主は、兵庫県在住の男子大学生だったが、ケークンと少しでも一緒にいる時間を作りたいと一年前の大学卒業を切っ掛けに東京へ引っ越してきた。そのせいでワールドオブアドベンチャーでも関東在住、スペースゲームズ社の管理下に入り、今回あった誘拐計画の対象者に入ってしまったとも言える。
だからケークンは、ミーティアと同じく行方不明者リストに自身の夢主の名前がある。
そんなケークンに頬を叩かれたのがよっぽどショックだったのか、涙目になりながら走り出すミーティア。階段を駆け上がり、屋上の方に向かうのが見えた。
ケークンはそれを追おうとはせず、近くで見ていた俺の方を見て言った。
「琢磨、任せた」
俺は頷いて、隣で頭に小さいワタアメを乗せながら俺の腕に寄り添っているアヤノを見る。
アヤノもいってらっしゃいと言いたげに、頷いてくれた。
俺は走る。階段を駆け上がり屋上へ。
そこには手すりを両手に掴んで、ガックリと肩を落とした金髪女性剣士の背中があった。
俺が話しかける前に、ミーティアが先に口を開く。
「ねえ、琢磨。結局のところ、夢主って人間……なのよね」
「そうだよ」
「向こうの世界での人間は、長く生きても六十歳ぐらいだった。こっちではどうなの?」
「国によって違うけど、ここ日本に限って言えば平均寿命は八十五歳くらいだったと思う」
「随分と長生きなのね。色んな事が絡まって、私たちブレイバーは五年も生きれば良い方。夢主とは運命共同体と思いたいけど、もっとずっと、私たちの方が命尽きるのは早いのよ」
「何が言いたいんだ?」
「貴方とサイカに、二度も救われたこの命。惜しくはないと思いたい。思いたいんだけど……どうしても、もっと長く、人間らしく、思い出を紡ぎたいって、そう思ってしまうの。生きれば生きるほど、その気持ちがどんどん大きくなって、きっと私は夢主が大事なんて思ってない。何よりも自分の命が大事だと思ってる。そんな卑怯な女なのよ」
ことネットゲームには、まるで人間の人生みたいに、流行り廃りのサイクルがどうしても存在する。初期、成長期、最盛期、安定期、衰退期、第二安定期、終期。ゲームだけじゃない。人間がやること全てに、きっと同じ様な周期が遅かれ早かれ存在する。
ブレイバー達はそれを悟っているのだ。人間の長い寿命のほんの一部で発生するサイクルの中で生きている虚しさを、抱えているのだ。
ミーティアが俺に顔を向けないのは、きっと泣き顔を俺に見せない為だろう。シャークバグに対して勇猛を見せた彼女が、自身の夢主の危機に際して弱気になり、悩み、そして涙を流している。
それはとても人間らしく、年頃の女性とも思える様子で、俺は後ろから抱きしめてあげたいと思った。でも、ミーティアの背中にある二本の剣が邪魔だったので、とりあえず静かに彼女の横まで移動して、屋上から見える東京の景色を見ながら意見を述べる。
「俺はさ、シッコクみたいな立派な男じゃないから、ミーティアの支えにはなれないと思う。でも、生きたいと思う気持ちに、人間もブレイバーも関係ないと思うよ。自分の命あってこそ、他人を想いやれるんだから」
「……私はここにきて、まだ何も成し遂げてない気がするの」
「俺だって同じさ。二年前、狭間で人間をやめてからは……迷ってばかりでさ」
「琢磨は……私たちの最期を見届けてくれる?」
その言葉は、マザーバグ、キャシー、シャークという強敵達との戦いで、死ぬか生きるかの境目を経験した女剣士の言葉。戦いに意味を見出す為の質問。
俺は泣いて腫れた目をしているミーティアを見ながら、答えた。
「見届けるよ。それが俺の、君たちブレイバーを現実世界に呼び寄せた使命だと思ってるから」
「なら、貴方は絶対、何があっても、死なないで。あんな奴に絶対負けないで」
あんな奴と言うのは逢坂吾妻の事だろう。
何処となく、屋上でミーティアと見つめ合い、良い雰囲気になってきたところで、屋上入り口の自動ドア付近にに集まってきている気配に気づく。俺とミーティアが振り返ると、そこにはBCUの仲間達が勢揃いしていた。
何かを期待していたのか、ニヤニヤとしている者達が多く、アヤノだけはムスッとした表情でこちらを見ている。
すると、顔を真っ赤にしたミーティアが、
「見世物じゃねーぞ」
と、彼らに笑顔で怒った。こういう時、ミーティアの口調は男っぽくなる。
こんな一大事に、持ち場を離れて何をやってるのかと言わなければならない場面かもしれないけど、今はこれで良いのかもしれないと……思った。
逢坂吾妻率いる大蛇との戦いは、きっと犠牲者無しという訳にもいかないはずなのだから。
父親が誘拐されたというのに、至って冷静な藤守司は、施設ロビーのソファに座って読書をしている。何を読んでるのかと思って聞いてみると、見せてきた本の表紙には『プロジェクトサイカ』の文字。
自分の父親が書いた本を、改めて真剣に読んでるといったところか。
そのすぐ近くで、ワタアメと戯れいるアヤノ。その横で、俺は坂本煜とコーヒーカップを片手に会話をしていた。
「オフ会の時にいた彼女さんは?」
と、俺が問う。
エンキドの夢主である煜は、サダハルの夢主である弥奈子と金髪カップルという印象が強い。それだけオフ会での二人は、インパクトが強い存在だった。
「弥奈子なら大丈夫。今は、北海道の被災地でバイク便やってるよ」
そう言う煜は、コーヒーを一口飲む。が、どうやらコーヒーが苦手の様で、渋い顔をした。
煜の彼女、被災地でバイク便って……ボーイッシュな見た目だった印象はあるけど、そんな男前な事をしているなんて驚きだ。
「じゃあ遠距離恋愛中ってこと?」
「俺も弥奈子も定職に就かない自由人だから。ゲーム以外では一緒にいる事の方が少ないよ」
「へぇ。そんな付き合い方もあるんだね」
「恋愛に決まった形なんてないさ。それよか、やるんだろ?」
「なにを?」
「惚けるな。ブレイバー召喚だよ。話は聞いた。俺からエンキドを呼び出すんじゃないのか?」
まるでそれを望んでここまでやって来たかの様に、煜は言う。でもそんな話はまだ出てすらいない。
「いやいや、ちょっと待って。ブレイバー召喚は、そんな易々とやる事じゃないよ。現実世界の生物だとか武力のバランスが崩れるって専門家の人も言ってて……」
「大蛇って奴らはブレイバーやバグの集まりなんだよな? そんな事言ってる場合じゃないと思うけど。それに、俺のブレイバーならきっと戦力になる。マルチウェポンのエンキド。どんな奴か、俺に会わせてくれ」
「会わせてくれって言われてもなぁ」
確かに、煜と司、そして久々原彩花。この施設内に、即戦力になり得るブレイバーを持つ人物が三名もいる。
だからといって、ブレイバーを召喚して仲間にしますなんて、してしまって良いものだろうか。
「ブレイバー召喚については、司令に相談してみるよ」
と、俺は言った。
まるで俺たちの話を聞いていたかの様な、施設内放送が流れた。戦術作戦部に所属する女性の声だ。
『召集命令。召集命令。これから呼ぶ方々は至急、第一司令室に集合願います。明月戦術部長及び、明月博士、園田調査部長、栗部蒼羽、サム・マーフィー、ミーティア、クロード、ケークン、ジーエイチセブン、ブラン、アヤノ、ワタアメ。矢井田司令がお呼びです』
この放送を聞いた時、俺の中で思い浮かんだのは、先ほど秘密裏に訪問してきた黒スーツでサングラスの外国人。
第一司令室に呼ばれた一同が移動すると、矢井田司令と副司令、そしてやはりと言うか何と言うか、黒スーツの外国人二人もその場にいた。第一司令室にいるオペレーターの方々は皆、席を外していて、一部の主要人物とBCU所属ブレイバー全員がこの場にいるといった状況だ。
まずは俺と朱里、園田さん、蒼羽、サムの五人が並ぶ。その後ろにブレイバー達がずらっと整列して、小さいワタアメはアヤノに抱かれている。
この場だけ気圧が下がってるのではないかと感じるほど、ピリッとした重苦しい空気。それは矢井田司令の存在そのものがそうさせているのかもしれない。
矢井田司令は全員が揃った事を確認した後、ゆっくりと、力強く話を始める。
「先日の大蛇事件での戦い、被害は最小限に留めるができたのは不幸中の幸いだった。明月戦術部長」
「はい」
「大蛇の構成員との戦闘において、してやられた上に、ブレイバーは大怪我を負い、惨敗だったという認識であっているね?」
「……はい」
「その要因は何だったと考える」
「それは……不意打ちの奇襲を受けたこと。そして相手のブレイバーはバグ化を自在に操る能力を有していた為、力の差を見せつけられました。本来、あの力は特別な力で、そう簡単に可能とできるものではありません。何か裏がある……と、俺は思ってます」
バグ化という言葉に、黒スーツの二人が少し反応した様に見えた。
矢井田司令は少しの間を置いて、話を続ける。
「まだ札幌被災地の復旧も始まったばかりで、起きてしまった東京での戦闘だ。事件から三日が過ぎ、日本政府はあらゆる手段で逢坂吾妻との接触を試みた。しかし、やはりあの男は交渉に応じるつもりは無いらしい。彼らはもっと、大きな事を企んでいる事だろう。つまり、これから始まるのは日本を舞台にした、異次元暴力主義組織・大蛇と、我々BCUの全面戦争になる。戦闘は避けられない。だが、今のまま戦ったところで、結果は見えてるとも言える」
そう言われて黙っていられなかったのは、ミーティアだった。
「私たちだけでも戦えます!」
「戦える? 夢主を人質に取られたブレイバーが、百パーセントの全力を出して戦えると言えるのかね。もし目の前で、夢主の首に刃物を突きつけながら出されても、その手を止める事は無いと?」
「それは……」
ミーティアはそれ以上言葉が出なくなってしまった。矢井田司令が想定する場面になった時、怯まず戦う自信が無いと気付かされたのだろう。
それは漫画や映画みたいな話だけど、吾妻ならやりかねないと俺も思う。
矢井田司令は話を続ける。
「逢坂吾妻の確保または抹殺と、大蛇の解体は、総理からも直々の指令が出ている。そして国際平和連盟も本件の早期解決を最優先とする事を総意とした。我々にこれ以上の敗北は許されない。園田調査部長、大蛇の潜伏箇所について報告を」
園田さんがタブレット端末を片手に一歩前に出て、説明を始めた。
「はい。まず、逢坂吾妻容疑者が電話で発言していた『日本の禁足区域』についてですが、こちらは日本全国に数カ所存在します。古来より関係者以外の立ち入りを禁止している場所を除き、信仰的観点から誰も足を踏み入れない場所に絞ると、四箇所になりました」
一つ、北海道にある白貫トンネル。
二つ、千葉県にある神隠しの森。
三つ、静岡県にある富士溶岩洞穴。
四つ、沖縄県にある神の島。
どれも俺は初めて聞く場所ばかりだった。
園田さんは説明を続ける。
「以上、四つの候補のどれか、又はその全てで、四月五日、大蛇の一味がブレイバー同士の戦闘目的で待ち構えていると思われます。又、逢坂吾妻容疑者の潜伏場所についてですが、福島県にあるセルーナホテルと呼ばれる巨大廃墟ホテルに潜伏していると断定しています」
「その廃墟が怪しいという根拠は?」
と、矢井田司令。
「はい。警察の調査によって、大蛇が依頼していた『運び屋』なる存在の元締め関係者から得た情報になります。張り込み捜査を行ったところ、逢坂吾妻容疑者やその他のブレイバーらしき人物が確認できています。更にこの周辺ではバグと思われる怪物に襲われたという情報もあり、人質を収納するには充分な場所である事からも、可能性は高いと思われます」
「警察側の動きは?」
「四月五日、BCUブレイバー部隊の禁足区域進行に合わせ、福島県警がセルーナホテル周辺を閉鎖。警察特殊急襲部隊による突入作戦が計画されています」
その報告を聞いて、俺は思わず口を出してしまった。
「待って、待ってくれ! 警察の特殊部隊って……相手はバグやブレイバーがいるかもしれないのに!」
「BCUの戦力と練度不足が懸念された上での決定事項です。現場の規模、人質の人数、どれをとっても我々だけでどうにかできる案件ではない……と言う事です」
「馬鹿げてるよ。罠だったらどうするんだ」
「決定事項です。ですので、まず我々が考えるべきは、逢坂吾妻容疑者が指定した禁足区域への進行作戦をどうするかになります。以上です」
例え対バグ用の特殊ライフルを使ったとしても、シノビセブンやシャークの一人でもいれば大惨事は免れないはず。良いのかそれで。
何か、何か方法は無いのか。犠牲を最小限に防ぐ最良の策は無いのか。
俺がそんな事を考えていると、矢井田司令が朱里に話を振った。
「明月博士。ブレイバー研究、延いてはバグブレイバーに勝つ手段を作戦当日までに用意する事は可能か?」
俺がネット通販で買ってあげた大きな新品の白衣を着た明月朱里が、前に出て答えた。
大事な話の場だというのに、口にチュッパチャップスを咥えてる事は異世界人だという事で大目に見る。
「ブレイバーリンク装置の調整は順調。先日、琢磨が何処からか回収してきた『種』を解析すれば、ブレイバー用のドーピング剤が作れる見込みだな。それについては、日本の禁止薬物を少々使わせて貰えれば、完璧な物にはなる」
「許可する。必ず間に合わせてくれ」
と、矢井田司令は即答した。
ブレイバー用ドーピング剤?
禁止薬物を使うとか言ってたけど、そんな事まで計画していたのは知らなかった。それぐらいしないと、バグ化を操るブレイバーには勝てない。そう言う事なのだろうか。
そして、矢井田司令は俺に目を真っ直ぐ向け、次に今回の作戦で一番重要と思われる計画を口にした。
「明月戦術部長」
「……はい」
「あらゆる仮想世界から優秀なブレイバーを召喚し、最強のブレイバー部隊を結成せよ。我々が大蛇を捻じ伏せる布石とする」
その命令は、あまりにも唐突で、あまりにも強気で、俺は思わず身震いしてしまった。
俺たちの反撃の一手が、今始まったのだ。
【解説】
◆エイプリルフール
毎年、四月一日には嘘をついても良いという世界中で行われる風習のこと。元々は新聞などで行われていた悪ふざけだったが、インターネットが普及して以降は、様々な嘘が出る様になった。
ちなみに、起源は全く不明である。すなわち、いつ、どこでエイプリルフールの習慣が始まったかはわかっていない。
◆動画配信者のココ太郎
池神尚文は、東京在住でワールドオブアドベンチャーのゲーム実況動画で有名人。彼の動画スタイルは顔出しゲーム配信で、広すぎるWOAの世界を旅してユーザーと触れ合うと言うもの。
しかしそれも過去の話。彼は序章の首都対抗戦中に起きたバグ騒動で、運営管理会社の一つであるスペースゲームズ社に不信感を抱いて以降、関連の情報に対し物申す配信者となってしまった。
果たして、彼は何を見てしまったのか……それとも警察をも巻き込んだエイプリルフールネタだったのか。
ココ太郎が前回登場したのは、一章の一話。
◆タイムシフト
放送されるコンテンツを、リアルタイムに視聴するのではなく、視聴者にとって都合のいい別の日時に視聴出来るサービスのこと。
◆スペースゲームズ社が隠蔽していた事
新型コンピューターウイルス、改めバグがワールドオブアドベンチャーのゲーム内に侵入してきた際、襲われたプレイヤーのアカウントデータが壊れてしまうと言う事態が発生した。
大半が復元する事に成功したものの、一部のアカウントは復元ができなかった。その事を、公表しない対応を行った事で、ネット上にて炎上騒動へと繋がった事がある。
それでも「その様な事実はございません」と、貫き通した。時の経過と、バーチャルアイドルサイカの登場により、ある程度まで沈静化される事となった。
◆坂本煜
ワールドオブアドベンチャーで、日本の中部地方のプレイヤーが多くいるガルム地方の首都マリエラ。そこで持ち前のプレイヤースキルにより『黒の剣士エンキド』として有名人となった男性プレイヤー。序章の首都対抗戦で琢磨が操るサイカと対戦した事がある。
二つ名の由来は、彼が首都対抗戦で砦防衛の戦況を一人でひっくり返した際、様々な剣を持ち替えて百人斬りをした姿が、とあるアニメキャラクターに似ていたからとの事。
本人はそれを恥ずかしく思い、金色の鎧と骸骨の面で黒を隠しているが、あまり効果は無かった様だ。
プレイヤースキルとしては、琢磨が操るサイカよりも上であり、サイカプロジェクトに関わってからは、シノビセブンのメンバーと共にバグ退治に大きく貢献している。
彼女の弥奈子は、ワールドオブアドベンチャーのエンキドの相方で、サダハルと言う名前の女性アークビショップである。サダハルは一章で登場している。
◆明月朱里の研究
バグ化を操るブレイバーに対し、圧倒的な実力差を見せつけられたブレイバー達。
サイカやワタアメは同じ力で対抗する事ができるが、他のブレイバーはそうはいかない。
そこで、朱里は新たなブレイバー強化アイテムを開発中の様だが……




