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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
82/128

82.ブレイバーは猶火の如し

 シノビセブン。

 今、この現実世界に彼ら七人の内、六人が集った。それは決して喜ばしい状況ではなく、ブランは傷付き倒れ、サイカは刀を振るっている。


 ブランはシノビセブンの新メンバーでありながら、驚異的なプレイヤースキルでサイカと並ぶ剣術使い。ただリアルが忙しく、ほとんどログインしている事はない幽霊メンバーだった。

 アマツカミはシノビセブンのリーダーであり、皆から頭領と呼ばれ慕われている。得意技は火術。時より相手の意表をついて麻痺を付与して行動不能にさせる。

 カゲロウは風魔手裏剣の使い手で、ワールドオブアドベンチャーではシノビセブンの噂を聞いて他サーバーの首都シノンから首都ゼネティアまで遥々やってきた。シノビセブンのメンバーになった後、仕事の都合で山形から東京に引っ越してきた。

 ハンゾウはオールラウンダーに何でもできるニンジャで、得意な技は毒付与による妨害攻撃。首都対抗戦でアマツカミに敗れてから、仲間となった。オフ会を切っ掛けにミケと付き合い、その後に婚約。

 ミケはオリガミが連れてきたクノイチで、水の術や幻術を得意としている。シノビセブンの元メンバーと恋仲だった事もある。今ではハンゾウと婚約するに至り、二人で同棲をしている。

 オリガミ……そう、オリガミだけがこの場にいない。


 だけどきっと、俺たちの思い出なんてブレイバーにとって関係ないのかもしれない。いくら夢主が一緒にいる時間が長くても、どんな思い出を紡いでいたとしても、ブレイバーにとっては他人事。

 俺たちの絆は、呆気なくブレイバーによって崩される。


 BCU所属のブレイバー達と自衛隊員が十体いるバグとの大乱闘を行なっている時、サイカはシノビの四人と激闘していた。

 栗部蒼羽(くりべあおば)は負傷して気絶しているブランを救出していて、俺はというとサイカに刺されて倒れた逢坂吾妻(おうさかあずま)の死亡確認をしていた。


 血溜まりにうつぶせに倒れている吾妻は、脈もなく、目を見開いたまま絶命している。これは確実に死んでいる。

 続いて、俺はスマートグラスのカメラを使って現在の状況を録画して記録する事にした。





 四人に分身したサイカは、シノビの四人と対等に戦っていた。

 対等? いや、違う。今のサイカの実力は、こんなものじゃない。ましてやバグの力を使ったサイカであれば、レベル五のバグですら瞬殺する。そんな圧倒的な潜在能力を、彼女は秘めているはずだ。対戦ゲームでよくあるキャラのティアー付けをするのであれば、間違いなくSSクラス。


 サイカAはアマツカミに攻撃。火を潜り抜けた狐が、赤いサイカスーツに斬り掛かる。

 サイカBはカゲロウに攻撃。投げられた風魔手裏剣を避けながら接近して、緑のサイカスーツに斬り掛かる。

 サイカCはハンゾウに攻撃。行く手を阻む手裏剣や忍術の攻撃を突破して、サイカの連続斬りが炸裂。

 サイカDが相手にしているミケは、ブランとの戦闘で疲労しているのか、それとも先ほどの吾妻の蹴りが影響しているのか、その動きが鈍く、サイカが圧倒している。


 半分が橙色の蛍光色に染まっている狐面が四つ、長い赤マフラーが四つ、コガラスマルが四本、それぞれが荒れ狂う刃となって交差する。

 敵の四人もサイカにやられてばかりではない。プロジェクトサイカスーツの背中に装着されたウィングとブースターで彼らは空を飛ぶ。四人のサイカも負けじとプロジェクトサイカスーツに換装、そして空を飛ぶ。


 空中戦に移行しても、サイカはノリムネを使いこなして、互角……と、言いたいところだが、相手四人のプロジェクトサイカスーツは最近アップグレードされた改良型。スピードにおいて、旧型スーツのサイカは負けている様に見える。

 四色のサイカスーツが空中からサイカランチャーを構え、一斉に放射。そのレーザー砲撃は、サイカが避ければBCU本部施設に直撃するコース。


 四人のサイカは集結して、それぞれハンドレールガンを召喚して発射。電磁誘導により加速して撃ち出さられた四つの金属がレーザーを相殺。空中で爆発が起き、閃光が走る。

 すぐにサイカ四人は苦無を投げながら前進、前方にいる敵四人に接近して再び接近戦を仕掛けていった。


 だけど無茶だ。

 サイカは夢世界スキル《分身の術》を使ってから三十秒が経つ。つまり分身が解けて一人になってしまう。人数差で不利になってしまう。


「サイカ! もう時間切れだ! 下がれ!」

 と、俺は叫ぶ。


 だがサイカは引かなかった。

 彼女は装備の性能差や、分身の効果時間なんて考えていない。注意を促す俺の声が聞こえていない。


 でもそうではなかった。四人のサイカが空中戦を継続してしばらく経っても、サイカの分身が解ける気配は無いのだ。

 どう考えても六十秒は経過している。ゲームのシステムではサイカの固有スキル《分身の術》は制限時間が三十秒で、異世界でもそのルールは変わっていなかった。なのになぜ……まさか、サイカはそのシステムからも逸脱しているのか。その高みに至っているとでも言うのだろうか。


 俺がそんな事を考えながら、サイカ達の戦闘に夢中になっていた事で、後ろから接近しているバグに気付いていなかった。

 大きなゴーレムの様な姿をしたバグが、大きく腕を振り上げ、俺を狙っていた。


「琢磨ッ!」

 と、ミーティアの声が聞こえた。


 俺が振り返るとそこには黒紫色の大きな壁。


「いつの間に!」


 焦る俺は咄嗟の判断ができず、ゴーレムバグの拳が俺に向かって来た。

 そこへ遠距離から援護してくれたのはクロードだった。


「やらせるかよ!」

 と、手に持ったアサルトライフルに装着しているグレネードランチャーを発射。


 グレネード弾がゴーレムバグの頭部に直撃して爆発。

 バグの態勢が崩れ、合わせてミーティアが飛び込み斬り掛かってる隙に、俺は走って距離を取る。


 ミーティアは凄まじい剣捌きで、ゴーレムバグを圧倒。夢世界スキルを使うまでもなく、あっと言う間にコアを砕き、ゴーレムバグを消滅させた。

 気が付けば、周囲で暴れていたバグ達は全滅していて、ケークンが最後の一体を夢世界スキル《発勁(はっけい)》で消滅させていた。


 勝機が見えた!

 そう思ったのも束の間、俺が目を離した隙に上空では敵のシノビ四人が一斉にバグ化。アマツカミバグ、カゲロウバグ、ハンゾウバグ、ミケバグがプロジェクトサイカスーツをも取り込んだ姿になっていた。


 そんな強敵を前にして、サイカは分身が消えてしまい、一人になったところを猛攻されて叩き落とされた。

 俺の目の前に墜落してきたサイカは、コンクリートの床に埋まる。普通の人間なら絶対に助からない衝撃が、床に穴を空けてしまったのではないかと錯覚する衝撃が、そこにあった。


「サイカ!」

 と、俺は駆け寄る。


 翼も壊れ、プロジェクトサイカスーツが半壊してしまっているサイカだが、まだ意識はある様だ。壊れたフェイスパーツの隙間から見える赤い瞳が、俺を睨んでくる。

 サイカは言った。


「お前、何をしてる! 人を助けに行くんだろ! あいつの思い通りにはさせないんだろ! なんでそこに立ってる! 止まるな! 動け!」


 その言葉は、俺に本来の目的を思い出させてくれた。

 飯村彩乃と増田千枝、二人に危険が迫っている。吾妻が倒れたからといって、吾妻の計画は今も実行中なのだ。


 サイカはそれが解っていて、分が悪い戦況の中、俺に時間を作ってくれていたんだと気付かされる。

 彼女の戦いに見惚れているだけだった俺は……馬鹿だ。


「サイカ……なんで……」

 と、俺は問おうとする。


 ザザッ。


 立ち上がろうとするサイカだったが、そこで更なる異変が起きた。

 ノイズ……そう、ノイズだ。まるで仮想世界の中みたいに、視界が一瞬モノクロになって、辺りの全てにブロック状のノイズが走った。一度だけでなく、ザザッ、ザザッと、何度も起きる。俺やブレイバーの身には何も起きておらず、物や自衛隊員にだけノイズが起きている。


(来るよ)


 来る?


 そこで俺は動く影に目が行った。

 吾妻だ。絶命して倒れていたはずの吾妻が、むくりと立ち上がって首をポキポキと鳴らしていた。彼が立ち上がった事で、連続して発生していたノイズが収まった。


 彼がサイカに刺されたところを見ていた全員が唖然とする中で、吾妻は言った。


「痛いなぁ。一回死んじゃったじゃないか」

「そんな……コアを刺されたはずなのに」

 と、俺が言うと、吾妻は刺された胸元を見せながら嘲笑う。

 

「加護の力でコンテニューさせて貰ったよ。不老不死……という訳じゃないんだけどね。でもこの程度であれば……俺を殺す事はできない」


 刀で貫かれたコアは、すっかり元に戻っていて、傷口も見る見るうちに塞がっていった。


「回復してる……」

「琢磨。キミもこれくらいできるだろう」


 そう言った吾妻の背中から翼が生えた。カラスの様な黒く大きな翼だ。

 吾妻は羽ばたき、上空にいる禍々しい姿をしたバグブレイバー四人に合流してしまった。


 死から蘇って、翼を生やして空を飛ぶだって? それにサイカに刺される寸前にこいつは銃を召喚していた。まるでブレイバーが武器を召喚する時みたいに、吾妻は召喚技術を持っている。

 俺にもできるのか。そんな事が。


(できるさ。それこそが存在の根源たらしめる創造の力)


 敵は空を飛んでいる。あんなのを相手にしてたら、二人を助けにいくなんて出来っこない。

 どうしたらいい。何が最善の選択なんだ。


 バグブレイバー四人と合流した吾妻は、こちらを見下ろしながら仲間たちに指示を出す。


「ここでラストゲームにしてしまうのは惜しい。ここは引こう。慎ましくね」


 それを聞いたアマツカミバグが応えた。


「承知した」

「もっとサイカと戦いたいだろうに。理解が早くて助かるよ。ん?」


 吾妻は気づいた。施設の屋上、ヘリポートに駐めてあるオスプレイの上に立つブレイバーの存在。

 白い毛並みと獣耳、そして猫の尻尾、手には弓を構えている。吾妻たちに(やじり)の先を向け、そして太陽の光を吸収して光り輝いていた。


「霧が晴れてるおかげで、良い光が降りてきている」


 そう言うワタアメは腕だけをバグ化で黒く変色させ、目一杯に矢を引いていた。射線の上を的の中心、両足の先が一直線でつながる立ち方。足は逆八の字。弦を引いている手の人差し指をあごの下につけ、弦を引く腕の肘は下がっていない。

 そんな綺麗な弓の構えでいて、人並み外れた力で弦いっぱいまで矢を引いていた。


「ワタアメ!?」

 と、俺が驚くと、ワタアメは笑みを浮かべる。


「よもやシノビセブンに矢を向ける事になろうとは……実戦は久しぶりじゃ。手加減はできん。空の塵と化せ、悪に墜ちた仮初めの兄弟達よ」


 ワタアメの夢世界スキル《サテライトアロー》はワールドオブアドベンチャーで見た事がある。

 でも彼女が放ったその矢は、それをも遥かに超える特大威力だった。SF映画に出てくる宇宙戦艦の主力砲みたいに、極太な光線。矢が撃ち出された衝撃は風圧となって、俺たちを襲った。サイカが使うハンドレールガンも相当だが、この矢は比べ物にならない。


 そんな強烈な矢が光の線となって向かう先にいる敵、アマツカミバグが焦りを見せていた。


「なぜワタアメ姉さんがここにいる!」

 と、アマツカミバグが吾妻を庇う様に前に出て、プロジェクトサイカランチャーを構え、放つ。


 バグの力で改造されたそのランチャーは、本来のビームとアマツカミの火炎術、そしてバグの光線が混じった破壊光線だ。

 すぐにサテライトアローと破壊光線が激突。再び凄まじい爆発が起き、閃光が走り、轟音が響き、そして爆風が吹き荒れる。


 まるで大きな爆弾が空中で爆発したかの様だ。ワタアメもアマツカミバグも、こんな危険な技を持っていたんだ。ティアーランクSSクラスがここにもいた。

 人間兵器……戦争の道具……この力は、あまりにも危険すぎる。


 衝突の結果としては、アマツカミバグの右半身が吹き飛ばされる形となっていた。

 矢一本でこの威力。ワタアメの矢は爆発を耐え、アマツカミバグのランチャーと身体を貫き、後方にいたハンゾウバグやカゲロウバグを負傷させて、そのまま空の彼方へと消えて行った。


「ちっ」

 と、仕留め損ねた事に対して舌打ちするワタアメ。それはアマツカミバグの光線さえなければ、全員を吹き飛ばす事が出来たはずだったからだ。


 吾妻は悠々と距離を取ってその状況を傍観していて、そして楽しそうにほくそ笑んでいた。


「ククッ。へぇ、なるほど。琢磨もそんな隠し玉を持っていたとは……良いじゃん良いじゃん。こうでなくては! ゲームってのは難しければ難しいほど面白い!」


 そう言う吾妻はワープゲートを召喚。空中に黒い穴が開いた事で、負傷したバグブレイバーのシノビ四人はその中へと入って行く。

 一番最後、吾妻がその中に入ろうとしたところで、俺は叫んだ。


「待て! 何が目的だ吾妻! こんな事をして! バグやブレイバーを使って、何をするつもりなんだ!」


 吾妻は肩越しにこちらを見て、

「何って……言ったろ。これはお前が大好きなゲーム。キミ達がヒーローで、俺達がヴィラン。ああ、もしかしたら俺はダークヒーローになるのかもしれないけど……どちらにせよ、世界を賭けたロールプレイングってやつさ。せいぜい楽しもうじゃないか。何でも知ってる琢磨くん」

 と言い残し、ワープホールの先へと消えて行った。


 逃げられた……何もできなかった……何も!


 彼らが消えた事で周りを囲っていた霧の壁が消え、東京の景色が鮮明に広がった。

 オスプレイの上から矢による狙撃を終えたワタアメは、俺の方を見て言った。


「次はお主の番じゃ。琢磨」

 と言い残し、人型の姿から元の丸いバグの姿へと戻ってしまった。


 ワタアメは人型になる事で力を発揮できるが、エネルギーを一定以上使うとバグの姿へと戻ってしまう。そのエネルギーの補充は、俺から吸収している……らしい。

 そんな彼女が、大切なエネルギーを使って放った矢は、良い意味でも悪い意味でも可能性を感じさせる一撃だったと思う。


 俺は状況が良くなったのを見て、イヤホンマイクを使いながら関係者全員に指示を出す。


「彩乃さんと千枝を救う! オスプレイ発進準備! ケークンとクロードは豊洲のマンションへ! 俺は千葉の病院に向かう! 敵にはブレイバーがいる。戦闘になった際は、被害を最小限に抑えてくれ」


 皆から良い返事が返ってきた。

 すぐにオスプレイ二機が起動、俺たちはそれぞれに乗り込み出発する。向こうの状況はまだわからないけど、吾妻の言い方から察すれば、それぞれに敵のブレイバーが出向いてる事になる。


 気が付けば、サイカはまた何も言わずにその場からいなくなっていた。けど、少なくとも、サイカが俺の味方であってくれる神出鬼没なブレイバーである事が、今の戦いで証明できたと思う。




 病院に向かうオスプレイの中で、俺はスマートフォンで増田千枝に電話を掛ける。すると、彼女はすぐに出てくれた。


「もしもし、琢磨だけど」

『たっくん、どったの?』

「今、どこにいる?」

『え? リビングにいるけど、なんで?』

「それが……詳しい事は後で話すよ。とりあえず今、ケークンとクロードがそっちに向かってる。絶対にそこから出ないで」

『う、うん。分かった。なんかやばそうだね。声で分かる。大丈夫、絶対出ないよ。それに、今、笹野さんとタケルさんって人が来てるから、一人じゃないよ』


 笹野さんと言うのは、スペースゲームズ社の笹野栄子(ささのえいこ)さんの事だろう。

 だけどタケルさんって誰だ。そもそも、笹野さんが今日訪問するなんて聞いていないが……でも、彼女なら安心だろう。タケルさんというのも、スペースゲームズ社の関係者なのかもしれない。


「分かった。とにかく笹野さん達と一緒に、ケークン達が到着するまでそこにいて。いいね? 俺もちょっと用事が終わったら、すぐ行くから」

『分かった。待ってる』


 俺は千枝の安全を確認した事で、安堵の息を漏らした。

 セキュリティは万全のマンションだ。しかも九階にある一部屋なのだから、大丈夫だろう。




 作戦はこうだ。

 俺、ミーティア、ジーエイチセブン、ワタアメ、自衛隊員二人を乗せたオスプレイがAチーム。千葉にある大学病院へ急行する。

 ケークン、クロード、明月朱里、自衛隊員四人を乗せたオスプレイがBチーム。別働隊として豊洲にあるマンション、俺の住居となっている部屋へと向かう。こちらは十分も掛からずに到着できる見込みだ。


 Aチームのオスプレイが東京から千葉への境を超える頃、俺はシノビセブンのみんなに電話を掛けたけど、電話に出る事は無かった。

 増田雄也や立川夫婦も、電話が繋がる事はなかった。少し前までゲームにログインしていたのだから、無事である事は間違い無いはず。だけど、何処か胸騒ぎがする。何かが、何かが起きてる。


 園田(そのだ)真琴(まこ)から通信が入った。


『明月さん。落ち着いて聞いてください。先ほどの逢坂吾妻の発言を受け、ワールドオブアドベンチャーのシノビセブンメンバー、アマツカミ、カゲロウ、ハンゾウ、ミケ、四名のプレイヤー住所へ警察を向かわせました。しかし、不在でした。又、それぞれの勤め先に確認を取ったところ、無断欠勤をしているとの情報が有ります』

「待ってくれ。今日、ついさっきまで、ゲームにログインして活動しているところを見た。普通に会話もしていたんだ。おかしいだろ」

『ええ。なので念の為、スペースゲームズ社に問い合わせを試みましたが、ログイン情報及び履歴に関しては個人情報に当たるため、正規の手続きを踏んだ上での令状が必要になるとの事で事実確認は取れませんでした』

「そんな……高枝さんに言えば、そこを何とかしてもらえないんですか?」

『高枝さんは不在との事でした』

「吾妻は彼らを預かっていると言っていた。この前の騒動といい、誘拐されている可能性が高い。だから引き続き捜査を進めてほしい」

『了解しました。それにしても、逢坂吾妻が言っていた事は本当でしょうか。明月さんと同じ力が有るとほのめかしていましたが……信じられません』

「見た事は信じるしかないよ。不可解だけど、もしかしたら俺よりもこの超能力を使いこなしてるのかもしれない。それよりも、まずは二人の身柄の安全が最優先だ」

『そうですね。この件は看過できない事態です。海堂との関係性、逢坂吾妻及び非正規ブレイバーに関して、BCU捜査員は警察と連携して事件捜査に当たります。明月さん、いえ、明月戦術部長。何処に敵がいるか分かりません。気を付けて』

「分かってる」

『ブレイバーのご加護があらんことを』


 俺たちAチームを乗せたオスプレイが病院に向かう中、まるで俺たちの行く手を天が阻んでいるかの様に、雨が降り出した。先ほどまで晴れ模様だった空が、灰色に濁り、ポツポツと雨水が落ちて来たのだ。






 三月末、桜前線が通り過ぎ、開花した桜の木に囲まれた大学病院。花を散らすことになろう雨が降り続く。

 そこで今正に、事件が起きる。平日の昼間でまだ病院の利用者や働く従業員が行き交う中で、眼帯で髭面の男、シャークがやって来ていたのだ。


 シャークは頭に黒の眼帯を着けたビジネススーツ姿で、人に紛れて堂々と病院の廊下を歩き、そして飯村彩乃がいる特別療養環境室に向かっていた。その足取りに迷いは無く、手には丸く純巻きされた縄を持っている。

 その時、彩乃の父親である飯村義孝(いいむらよしたか)が看病の為にその場にいた。病室のベッドで人形の様に遠くを見ている彩乃に対して、病院食を口に運んであげる義孝。食べる意思が弱く、口からポロポロと食べ物や涎が零れてしまっているが、それでも義孝はそれをハンカチで拭って、娘に食べさせようとしていた。


 そこにやって来たのがシャークだった。

 個室である病室の自動ドアが開いた事で、誰か知り合いが来たのかと義孝が振り返った時、シャークの強烈な蹴りが義孝の顔面を襲った。衝撃で病院食が床に散らばる中、シャークはまず義孝に殴る蹴るの暴行を加えた後、近くにあった椅子に用意していた縄とテープで縛りつける。


 シャークは言った。


「騒ぐな。俺の邪魔をしたら、お前の娘を殺す。息子もこちらで預かってる。お前に抵抗する余地なんて無いぜ」

「くっ……なんなんだ……どう言うつもりだ。こんなことをして」

「イイムラ家の大黒柱。確か警察の仲間だったか。お前、この騒動の原因が何か知っているか?」

「原因? ブレイバーやバグの事を言ってるのか?」


 そう質問する義孝は頭から出血していて、殴られた事で顔が膨れ上がっていた。シャークはそんな力無い義孝の顎を持ち上げ、顔を近づけながら言い放つ。


「俺は、お前たち人間が大好きなブレイバーだ。恨むなら自分の子供が、何も知らずにゲームでうつつを抜かしていた事を恨め。俺もな、無責任に俺たちで弄ぶお前たち人間を許しはしねぇ」

「ゲーム……だと……んぐッ」


 シャークは容易していたガムテープで義孝の口を塞ぎ、

「娘にばかり気を掛けて、息子が今どうなっているのかも気付いてねぇんだから、めでたい奴だ」

 と、義孝の腹部に殴りを入れて振り返る。


 そこにいるのは、目の前で父親が暴力を受けているのに無反応な彩乃がいた。


「あああ……あうぅ……」


 シャークはそんな彩乃のベッドに近付いて、楽しそうに微笑みながら見下した。

 義孝が必死に止めようともがき、椅子が倒れるも、固く結ばれた縄はビクともしない。身動きがほとんど取れない。


 シャークは何処か遠くを見ている彩乃に話しかける。


「アヤノ。俺はお前の事はよく覚えてるぜ。俺にとって最後の夢世界の記憶は……お前だ。あのゴブリン村での戦いは面白かった。初心者同然のお前に、俺の夢主は翻弄されたんだからな。むしろ俺は尊敬したんだぜ。土壇場で力を発揮する奴は嫌いじゃねぇ。だがよ……なんだその姿は。がっかりだぜ。なあ?」

「うぅ……あぁう……」

「ちっ。こんな哀れな女に利用価値が本当にあるのか疑問だが、まあ吾妻が言うんだから仕方ねぇか」


 そう言って、シャークは彩乃を自分の肩に担ぎ上げた。


 そこへ騒がしい物音で駆けつけてきた看護師が自動ドアを開けた事で、

「な、何をやってるんですか!」

 と、大声を出された。


 なのでシャークは素早く出入り口にいる看護師に近付き、そして蹴る。

 蹴られた看護師は吹き飛ばされて廊下の壁に叩き付けられた。それを目撃した廊下の通行人が悲鳴を上げるのはすぐの事。


「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー。騒ぐ事しか能の無い動物が」


 病院内が騒ぎになっているというのに、シャークは焦る素振りも見せない。

 彩乃を担いだまま、廊下を悠々と歩き、駆けつけてくる警備員を蹴り飛ばし、そのまま病院の正面ゲートへと向かう。


 当然、この様な襲撃に慣れていない病院の対応は遅く、警備員が警察に連絡を入れてる間にシャークは外に出ていた。外は雨。先ほどはポツポツと降っていた雨も、本降りとなっている。

 病院の出入り口付近では運び屋のミニバンが待機しており、シャークはそこに向かって歩く。


 シャークの耳に、雨音ではなくプロペラ音が聞こえた。と思えば、病院の上空をBCUのオスプレイが通り過ぎ、そして旋回して戻ってきた。

 低空飛行するオスプレイから俺、ミーティア、ジーエイチセブンの三人が飛び降り、シャークの前に着地。遅れて小さいワタアメも降りてきて、俺の足元に着地。ミニバンへの通り道を塞いだ事で、シャークの足を止める事に成功した。


「かっ! 随分と派手なご登場だ! 良いねぇ! ヒーローは遅れてやってくるってか!」

 と、シャークは笑った。


 上空のオスプレイは垂直離着陸モードに変形した後、ホバリング状態となり、自衛隊員二人がライフルの銃口をシャークへと向けていた。勿論、発砲許可は降りていないので、現時点ではただの脅しである。むしろこんな民間人の多い場所で、無闇に撃たせる訳にもいかない。

 病院内では警備員達が建物の外に絶対に出ない様に、出入り口の封鎖をしてくれている。


 シャークは上空から銃を向けられている事を目視で確認している時、ミーティアとジーエイチセブンがそれぞれ剣を構え、そして俺がシャークに言葉を掛ける。


「その人を放せ」

「お前が明月琢磨か。吾妻から話は聞いてるぜ」

 と、シャークは担いでいた彩乃を乱暴に放り投げ、濡れたアスファルトに彩乃が転がった。


 出入り口で待機していた運び屋のミニバンは、それを合図に発進して逃げて行った。

 俺達が来た事で、あっさりと彩乃を連れ去る事を諦めた様だ。それはまるで、元々そうする計画だったかの様だ。


 人形みたいに動かない彩乃は、そのまま道路に倒れたままだが、シャークの目と鼻の先の位置なので迂闊に近づく事が出来ない。

 俺はシャークに問う。


「ブレイバーだな?」

「そうだ。俺の名はシャーク。そこの二人も、装備からして俺と同じ夢世界出身のブレイバーってところか」

「同じ? ワールドオブアドベンチャーの?」

「ああそうか、こんな姿じゃ分からないのも当然か。ちょっと待ってな。窮屈に感じていたところだからよ」

 と、シャークの身体が光り、身に付けていたビジネススーツが破け、そして軽装鎧の姿へと変身した。


 背中には大剣。その装備は、正にワールドオブアドベンチャーの中級装備の数々。

 しかもミーティアやジーエイチセブンと同じ、剣士の装備そのものだった。


 シャークは片手に大剣を持ち、いつでも交戦できる意思を見せながらも俺に言ってきた。


「お前、アヤノの知り合いなら、なぜこの状態で放っておいたんだ」

「なに?」

「まさか知らないのか?」

「なんのことだ!」

「かっ! めでてぇ奴がここにもいたか! いいか。この女の冥魂(めいこん)はまだ狭間に取り残されてるらしいぜ。この出来損ないの人形は、未発達なブレイバーの冥魂が入ってるって訳だ。そんな事も気付かないで二年も放置していたのかよ! はっは! 鬼畜の所業だぜ!」


 シャークは心底楽しそうに、大笑いした。それは完全に俺の事を馬鹿にしている目だ。

 俺もそのシャークの言葉に動揺してしまった。シャークの言葉から察するに、彼は俺の能力を理解していて、もしかしたら俺の能力で呼び戻せる事が出来ると知っているのかもしれない。もしそれが本当に可能なのだとしたら、彩乃の二年間に及ぶ闘病生活はいったい何だったのか。その虚しさを想像しただけで、俺の胸ははち切れそうだ。


 そんな俺の動揺を察したミーティアが声を掛けてきた。


「琢磨。気を確かに。あいつの口車に乗せられちゃダメ」

「あ、ああ……そうだな」


 そうだ。まずは彩乃を救い出す事が優先。シャークが言った事は、後で考えよう。

 雨が降りしきる病院の出入り口、桜の並木道の真ん中で、しばらく膠着(こうちゃく)状態だった。が、シャークが次に放つ言葉が、戦闘前の緊張感を高めた。


「さて。このタイミングでお前たちが来たとなると、プランCだな。プランCは確か……何も気にせず暴れろ……だったか」

 と、シャークは大剣を構えた。


 それを見たジーエイチセブンがシャークに忠告する。


「やめておけ。相手が誰で、ここを何処だと思ってる」

「ふっ。良い事を教えてやろう。俺は吾妻の手によってこっち側に来た訳じゃない。二年と少し前、俺は不完全なバグとしてここに来た。吾妻が言うには、俺は現実世界で最古のバグだそうだ。そして俺は自分の夢主を喰った。人を食って逃げて隠れての繰り返しの中で、吾妻と出会えた事はラッキーだったぜ。俺は失う物も守る物も何もねえ」


 今、なんて言った? 現実世界で最古のバグ? それに、夢主を喰った?

 シャークの説明を聞いていたワタアメが言った。


「ブレイバーがバグになる様に、その逆もまた然りという事じゃな。気をつけろ。このブレイバー、わっちと同じで普通じゃありんせん」


 もはや戦闘は免れる事はできないと判断した俺は、ミーティアとジーエイチセブンに小声で作戦を伝える。


「二人はあいつの注意を引いてくれるだけでいい。仕留めようなんて考えるな。俺とワタアメで彩乃さんを回収してこの場から逃げる。そしたら二人も引いてくれ」

「「了解」」


 俺たちの作戦会議が終わったところで、シャークがニヤリと笑う。


「作戦会議は終わりか? さっさと始めようぜ。お前らの内、誰かが動いたら戦闘開始だ」


 雨がアスファルトを打つ音が響き、シャークとの静かな睨み合いが続いた。遠くでパトカーのサイレン音も聞こえる。

 ブレイバー達の反射神経であれば、いくらでも合わせてくれるはず。だったら、俺が最初に動こう。


 三……


 二……


 一……


 走れっ!


 俺が前に駆け出すと同時、ミーティアとケークンが前に出た。

 まずはシャークが挨拶代わりに、夢世界スキル《ソードウェーブ》で地面を走る風の刃を飛ばしてきた。


 それは俺に向かって飛んでくる攻撃だったが、直線上には彩乃が倒れてる。彩乃を救い出せるかどうかのギリギリのタイミング。シャークは最初からこれを狙っていたに違いない。

 だけど間に合った。俺についてきていた小さいワタアメが、尻尾を伸ばして倒れている彩乃を引き寄せ、俺がそれを受け止め、横に飛んで風を回避。


 その時には、ミーティアがシャークに斬り掛かっていた。

 ミーティアは夢世界のソードスキル《ソードクイッケン》を発動。ミーティアの身体が金色に輝き、攻撃の威力は落ちる代わりに攻撃速度が上がるスキルだ。


 金色に輝き、二刀流による凄まじい勢いで斬ってくるミーティアに対し、シャークは対応していた。

 遅れて剣を振るうジーエイチセブン。ミーティアはそれを背中で察知して、ジーエイチセブンの攻撃に合わせて身を引いた。


 正に阿吽の呼吸と言ったところか。ミーティアとジーエイチセブン、速さと重さによる二人の連携がシャークを襲う。

 シャークはそれらを防ぎ、反撃しながらも笑っていた。


「かっ! そんなものかよ正義のブレイバー! もっと力を見せてみろ! もっと俺に生きる事の喜びを! 感じさせてみろ!」


 シャークは二人の連携攻撃に難なく反応して、WOAの剣と剣が激しく交差する。

 ジーエイチセブンのシールドアタックと、ミーティアの二刀連撃。シャークはその強靭な身体で、時には皮膚を黒く染めて鋼の如き皮膚強度で防ぐ。シャークが返し技として大剣を振り回し、付近のコンクリートやアスファルトを削る。


 三人のブレイバーの戦いはすぐに激化していった。病院の敷地内で収まらず、ミーティアが蹴飛ばされた事が切っ掛けで近くにあった立体駐車場の中へと移動。駐車している車を飛び越え、ブレイバー達は駐車場で戦う事となった。

 現場に偶然居合わせた民間人も何人かいた。恐怖して逃げ出す者もいれば、チャンバラごっこや映画を見ている感覚なのか、スマートフォンで写真撮影している者もいる。その場から逃げようともしない危機感の無い彼らに、痺れを切らせたジーエイチセブンは叱咤した。


「逃げろ! 死にたいのか!」




 一方で、彩乃を救出した俺はまた別の問題に直面していた。

 俺に抱きかかえられる形となった彩乃が、泣き叫びながら必死の抵抗をしてきたのだ。


「あああああッ!! ぅあああッ!! あああぁーー!!」

 と、顔面蒼白にして暴れる彩乃。


 先ほどシャークに担がれていた時は、あんなに無抵抗で無反応だったのに、俺を見た事で態度が一変した。恐怖という感情で、手足をジタバタさせて、どうにかして俺の手から抜けようとしてくる。

 その様子を見て、ワタアメが言った。


「一旦離せ琢磨!」


 俺が彩乃を地面に降ろすと、彼女は腰を抜かし四つん這いになりながらも、俺から逃げようとした。それはまるで突然現れた凶悪犯から、雨の中必死に逃げようとする病衣姿の少女だ。

 するとワタアメが再び人型ブレイバーの姿へと変身して、彩乃を介抱する様に取り押さえ、彼女の目を見ながら声を掛ける。


「わっちじゃ。ワタアメじゃ」


 ワタアメの顔を見た彩乃は少し落ち着きを取り戻した様にも見えた。ワタアメは彩乃の肩を持ちながら、優しく話しかける。


「彩乃にもアレが見えるんじゃな。怖ろしいと思う気持ちも分かる。じゃが、怖がらないで良い。大丈夫じゃ」

「うう……あうぅ……」


 不安を目で訴える彩乃。雨が降り続く桜の下で、水が滴るワタアメの表情は真剣だった。真っ直ぐ彩乃の目を見て、そして優しくこう語る。


「わっちがいる。わっちが守る。約束、随分と遅くなってしもうたが、今こそ果たそう」

「あしゅえ……えっ……あああえ……」


 ワタアメに抱きつく様に縋り付く彩乃。

 そしてワタアメはそっと抱擁しながらも、俺を見てこう言ってきた。


「琢磨。わっちから一つ、提案がある。お主にしかできない事じゃ」

「俺に何かできるのか?」

「成功するかどうかは分からない。じゃが、先ほどシャークが言っていた事が真実なのであれば、恐らく今の彩乃はアヤノと冥魂が入れ替わってしまってるはずじゃ。つまり、狭間に接触できるお主の力であればあるいは……と、思った。試す価値はあるじゃろ」


 彩乃を救う。すぐ近くでブレイバーとブレイバーが戦闘を行なっているこの状況で、ワタアメは俺にブレイバー召喚を行えと提案してきたのだ。




 その頃、警察が着々と到着していて、病院周辺に大量のパトカーが集っていた。

 BCUの要請を受け、辺り一帯を封鎖。病院の裏手から民間人の避難も開始されていた。一時危険地帯として、報道ヘリは上空エリア規制により来ていないが、地上の警察包囲網の外では報道陣も集まってきている。かなりの騒ぎとなってきてしまっていた。


 そして立体駐車場内では、まだブレイバーの戦闘は続いている。

 シャークが夢世界スキルによる強烈な一撃で、駐車場の床に穴を空け、ジーセブンが崩れたコンクリートと共に階下へ落下。


 粉塵が舞う中、ミーティアがシャークの懐へ飛び込む。ミーティアの右手に持つ赤のツインエッジと、左手に持つ青のツインエッジが唸る。

 夢世界ワールドオブアドベンチャーでは、連続で攻撃を与えたり受けたりする事でゲージが溜まり、最大まで溜める事で真価を発揮するツインエッジ。その効果が既に発動していて、ミーティアの二刀流剣術、最速最大の威力が出ている。


 しかし、シャークは両腕をバグの力で硬化させ、身の丈ほどある大剣を右手で軽々と扱い、余った左手でミーティアの剣を的確に防御していた。

 そしてシャークは言った。


「どうしたよ! ブレイバーの力はそんなもんかぁ!? 軽い軽い! 軽すぎるぜっ!」


 余裕の無いミーティアは一瞬の隙を突いた斬撃を出すも、それはシャークの誘いだった。

 赤のツインエッジが弾かれ、ミーティアに大きな隙ができた。そこへシャークの回し蹴りが炸裂し、ミーティアの腹部に蹴りがねじ込まれる。


「かはっ!」

 と、ミーティアは蹴り飛ばされ、コンクリートの柱に激突。


「やっぱり女はダメだな。二刀流でどんなに速かろうが、軽い、柔らかい。そんなんじゃ一生俺には勝てねぇよ」


 そんな余裕の台詞を吐き捨てるシャークに対し、床に空いた穴から飛び上がってきて剣を振るったのはジーエイチセブン。その両腕から振り下ろされた剣を、シャークは剣で受け止める。


「良いねぇ! そのタフネス! そのパワー! 戦い甲斐がある!」

 と、シャークは一旦距離を取ったと見せかけて、空かさず斬り掛かる。


 だが、シャークの剣はジーエイチセブンを透き通って空振りした。一瞬だけ驚いたシャークだったが、彼はすぐにそれが何なのか理解した様で、ニヤリと笑う。

 ジーエイチセブンは反撃の一撃をシャークへお見舞いしながら、言った。


「念属性鎧! 全ての物理攻撃が俺には通用しない!」


 よく見れば、ジーエイチセブンが身につけてる鎧が別の物に変わっている。それは彼が咄嗟の判断で装備の換装をしたということ。

 斬り飛ばされたシャークは駐車されている車に激突して止まった。そして高々と鳴り響く車載防犯ブザー音。


「夢世界の対人装備か! 良いねぇ! 最高だ! だが……無敵って訳じゃねぇ!」


 そう言い放つシャークは、持っていた剣を地面に突き立て手放すと、両腕をバグ化させて防犯ブザー鳴り響く車を持った。と思えば、すぐにそれをジーエイチセブンに向けて投げる。

 更に片腕を突き出し構えたシャークの手から、光線が放たれた。それは夢世界スキルではなく、バグの力によるものだ。


 ジーエイチセブンの目の前で車が爆発。盾を構えるも間に合わず、ジーエイチセブンは爆風に吹き飛ばされた。が、なんとか別の駐車されている車がクッションになってくれた。

 飛び散る車の破片、そしてガソリンに引火した事により燃え上がる炎。


 ガソリンによる爆発的な燃焼。非常に強い燃焼性を持つ気体が床に滞留し続けてる向こうで、シャークは全身を黒く染め、大きな角を生やし、インド神話のナーガを彷彿とさせる姿へと変化していた。シャークが持っている大剣も黒い影に包まれ、形が大きく変化している。

 ジーエイチセブンは酷い火傷を負いながらも何とか立ち上がると、復帰したミーティアも合流した。二人が武器を構える目の前に、燃える炎の向こうにシャークバグの姿が見える。


 身震いしてしまうほどの威圧感を放ちながら、シャークバグは言った。


「お前らがどれだけ温い環境で過ごしてきたか良く分かった。その程度とは、がっかりだぜ。だからな……ここからは戦闘じゃない。俺が一方的になぶり殺す時間だぜ!」






 立体駐車場で爆発と共に火災が発生。大量の黒煙が建物から噴き出していて、中から戦闘音が聞こえる。

 車が吹き飛ばされ落下していたり、光線が飛び出してきたりと、想像できないほど壮絶な戦いが起こっている事は間違いない。むしろあれだけ派手に戦っているとなれば、ミーティアとジーエイチセブンも無傷という訳にはいかないだろう。


 だからワタアメも少し急かして来た。怖がる彩乃を優しく抑えて、俺の方に向けてきている。

 彩乃は先ほどよりはマシにはなったけど、やはり俺の事が怖い様で、ブルブルと身体を震わせ、涙目になっている。


「おあい……お……あああ……うぅ」


 ワタアメが彩乃の耳元で囁く。


「大丈夫。大丈夫じゃ」

「わた……あえ……わたあえ……」

「わっちはここにおる」

 と、彩乃の震える手をワタアメがそっと握る。


 俺は彩乃に近付く。目は赤く光り、右手が青い輝きを放つ。

 そしてゆっくりと飯村彩乃の胸にその手を入れ、彼女の心を通して次元の扉を開いた。


 手を挿入された彼女は自身の体の高揚を感じ、甘い吐息を口から漏らす時、俺は儀式めいた言葉を口にする。


「我は管理者……開くは次元の扉……求めるは彷徨える冥魂……呼び覚ませ……この手に掴め……ブレイバー接続……ログイン……」


 雨雲の一部に丸い穴が空いて、光の柱が降り注ぎ、まともに目を開けてられないほどの真っ白な光が周囲を明るく照らす。

 その光は、周辺にいる者全員が目撃する。その中には救出されて駆け付けてきた彩乃の父、義孝もいた。


 戦闘中だったブレイバー達も一度その手を止め、シャークバグですら見惚れてしまう輝き。

 シャークバグはこの時、胸に何かが湧き立って来る様な感動が響いていた。恐ろしいほどの情熱に感動するシャークバグは、その大きな赤い眼を輝かせている。




 飯村警部、こんな形で約束を破ってしまってごめんなさい。俺は貴方の娘、飯村彩乃を救おうと思います。

 これが……結果的に彼女をこの動乱に巻き込んでしまった俺の罪滅ぼしです。許しは請いません。ただこれから起こる事も含め、謝罪させてください。本当にごめんなさい。





【解説】

◆ティア―ランク

 主に対人戦のゲームにおいてのキャラクターの強さを表すランキングの事。

 キャラの相性やスキルの強さから総合的に判断され、プロプレイヤーやゲーム攻略サイトが決める事が多い。


◆サイカの分身の術

 三十秒間、四人に分身するサイカが得意とする夢世界の固有スキル。

 それぞれがサイカ本人であり、制限時間経過後は三人が消えてランダムで選ばれた一人が本物になる。

 ゲームでは分身はAI操作、ブレイバーサイカが使うこのスキルは全員がサイカの意思を宿している。又、この二年の間にサイカはこのスキルを独自に強化した様だ。


◆改良されたプロジェクトサイカスーツ

 今ではシノビセブンのメンバーと、エンキドが所有するプロジェクトサイカスーツは、最近改良がされて性能が上がっている。

 しかし、別行動をしているブランとサイカのスーツだけは旧型のままであり、性能差ができてしまっている。


◆ブレイバーワタアメ

 小さいワタアメはバグの姿であり、琢磨エネルギーをチャージする事で一時的に人型ブレイバーの姿へと変身できる。

 彼女が持つ夢世界の固有スキル《サテライトアロー》は、ゲーム内でも屈指の威力と射程距離を誇っているが、ブレイバーワタアメが放つのはバグの力を応用する事で更に威力が上がっている。


◆ブレイバーシャーク

 元々はバグとして現実世界にやってきたシャークは、人を喰らう事で徐々に成長し、人目を避けて生き長らえてきた。

 シャークは逢坂吾妻に出会った事で、バグから人型ブレイバーへと姿を変える術を手に入れるに至った。そんなシャークは、ゲーム内でプレイヤーキラーとしてアヤノと戦った因縁がある。

 ミーティアとジーエイチセブン、二人のブレイバーと戦う彼の実力は未知数であり、まだ何かを隠している。


◆冥魂と飯村彩乃

 冥魂とは身体に宿って心の働きをつかさどるとされるもの。人やブレイバーの肉体にやどる精気のこと。

 飯村彩乃の冥魂は特殊な性質を持っており、二年前にレクスが現実世界への橋渡しとして利用されて以降、狭間消失に巻き込まれ行方不明となっている。そして飯村彩乃に戻ってきた冥魂は、彩乃本人ではなくブレイバーアヤノの未発達な冥魂との事だが……

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