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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
74/128

74.快刀乱麻を断つ


 民主連合党の杉村(すぎむら)英男(ひでお)です。

 私は、会派を代表して、総理に対し質問いたします。


 今、世界中で正体不明の怪物に人類が恐怖している中、司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変えるなど、合法的な独裁化が静かに進んでいます。

 日本でも、政党間の批判は激烈化し、一強体制の下で、国会の重要な討議機能は機能不全を起こし、公務員は上を見てそんたくし、政党同士は罵り合い、最終的には選挙制度まで数を頼んで強行採決で成立させるなど、民主主義は危機的な状況に陥っています。


 以下、具体例に沿って伺っていきます。

 まず、新宿怪物事件で話題となった対怪物攻性組織『BCU』です。


 対怪物戦略の一つとして、自衛隊員とはまた違った特殊な人種を所属させ、防衛省大臣直属の名の下に大胆な作戦部隊、国民の安全を守る組織だとされています。それでは、百億円を超えるオスプレイを二台も保有しているその組織は、果たしてどれだけの効果があったのでしょうか。

 新宿で百三十名の民間人と自衛隊員が犠牲となったこの数字を、どう説明して頂けるのでしょうか。他にも日本全国で度重なる怪物事件の犠牲者は数え切れません。


 そして噂の絶えない『ブレイバー』と呼ばれる存在についてですが、今では創作の福の神となった『サイカ』がブレイバーの仲間だったという説や、一連の事件はサイカから始まったのではと世論や専門家からは推測されています。

 調査致しましたが、米国でも怪物事件の現場にてブレイバーらしき人種が目撃されていて、『人間兵器』と呼ばれている事はご存知でしょうか。これは明らかに人工的に作られたロボット兵器などではありません。限りなく人間に近いのに特質した身体能力を持っている事から、これは地球外生命体としか説明できません。


 銃砲刀剣類等所持取締法にも従わない彼ら地球外生命体はいったい何なのでしょうか。二年前の二度に渡るネットワークショックや、東京に怪獣が突如出現して多くの犠牲者を出しスカイツリーを破壊した事、これらの事件と無関係ではありませんよね。

 そんな危ない兵器を持っているから、正体不明の怪物に狙われている可能性を科学的・生物学的根拠による考察はできているのでしょうか。怪物の問題はまた別で、直接関係がないのだとしても、この地球外生命体が国際平和を乱し、国際戦争の引き金にならないと、総理は言い切る事ができるのでしょうか。


 このBCUは、国民の安全を守る戦略の一つだと総理は喧伝されました。しかし、その内容が不明確で、地球外生命体を日本へ安易に招き入れ、その存在を隠匿して国民の不安を煽った挙句、理論的根拠も曖昧なまま、犠牲者が増え続けている結果となっています。この現状での総括について………云々。




 俺は自宅でこの国会中継を見ていたけど、飽き飽きするほど長い質疑応答が繰り返され、総理も上手い事説明しているけど結局は時間切れとなる。この杉村さんという議員の言いたい事は理解できる。でも、杉村議員の言っている事には、もしBCUという組織がなかったらどうなっていたか、ブレイバーの存在を詳細に公表してしまった場合に予想される民衆の反応などという問題が考慮されていないと思う。

 ブレイバーの事を地球外生命体と呼称して、それこそ本当に守ってくれている彼らを政治的な争いの道具として扱ってしまっている様にしか俺には聞こえなかった。


 そんな事を日本の政治家達が話し合っている時、ブレイバーの研究が日本よりも進んでいて、新しい技術の発明と開発が進んでいるアメリカで事件が起きた。

 園田(そのだ)真琴(まこ)からこの報告を受け、録画された映像を見せられた時は、そんなまさかと正直驚いたし、俺はもっと『サイカ』について考えなければならないと思った。






 アメリカ合衆国南西部にあるニューメキシコ州。

 

 その郊外の工場地帯地下に位置する場所に、世界的な大手民間軍事会社であるブラッディメイカー社が極秘裏に行っている生物兵器の研究施設がある。非常に高度な設備を持っており、最新鋭の武装をした兵士により警備は厳重。地上部分は工場に偽装されており、地下施設内部へは工場の巨大エレベーターで降下する造り。最深部には非常用の鉄道の引き込み線があり、市外へ繋がっているとの事。

 まるで映画に出てきそうな施設だ。


 アメリカ中央情報局によれば、この会社に違法実験の疑いや、テロを目論む動きが有り、予てより監視を続けていた。そしてその証拠を掴み、特殊コマンド部隊によるテロリストの逮捕・殺害計画を極秘に企画していたそうだ。

 しかし、そんな彼らの計画の実行を目前として、研究施設にて異常事態が起きた事で、急遽特殊コマンド部隊が実戦投入される事となったそうだ。今回は、それについて話して行こう。






 事が起きる少し前、研究所の最深部にある所長室で、現所長のチャールズが高級椅子に座り、葉巻煙草を吹かせながら通信会話をしていた。肥満体型で白髪、派手な色のワイシャツとネクタイに白衣を羽織ったチャールズ。その通信相手はバグの王であるレクスである。

 彼の端末ディスプレイに映る黒くて不気味な存在であるレクスは、なぜかとても楽しそうな口調でチャールズに話しかけてきた。


『やぁチャールズ。御機嫌よう』

「レクスか。久しぶりじゃないか」

『首尾はどうだ?』

「問題無い。実験は最終段階。もうすぐだ。もうすぐ最強の兵士が完成する」

『それは素晴らしい。私からの供物が役に立ったようで何よりだ』

「ふん。それは良いとして、たまにはこちら側に顔を見せたらどうだ」

『ああ。キミたちが神の力を手に入れる頃には、そうする事にしよう』

「それで、ミスタータケノリは今何処にいるんだ」

『彼は里帰り中だよ』

「日本か……」


 チャールズは吸い終わった葉巻を灰皿に置くと、続けて言った。


「それで、わざわざ進捗を確認する為だけに私に連絡をしにきたのか」

『……察しが良くて助かる。私から一つ、忠告だ』

「忠告?」

『サイカに気を付けろ』

「次元の旅人か。ふっ。日本のブレイバーが一匹出てきたところで、何ができる」

『忠告はした。後はチャールズ次第だ」


 それだけ言って、レクスとの通信は一方的に切られた。





 チャールズとレクスがそんな会話をしている時、正に地上の工場で事が起きていた。

 時刻は午前〇時を回ろうとしている深夜、工場の正面ゲートで見張りをしている兵士が、道路の真ん中を堂々と歩いて来る人影を発見した。


 自動ゲートを守る見張り塔から外の様子を見ていた兵士二人は、最新鋭の防弾ボディアーマーに身を包んでライフルを両手に完全武装をしている。

 その内の一人が歩いて来る人影に気付き、隣に立つもう一人の肩を叩いた。


「おい、誰か歩いて来るぞ」

「こんな時間に誰だ」


 そう言って、ゲートを照らす照明とは別に、設置されているスポットライト二個を起動させ、外灯も無く真っ暗な道路を照らした。

 ライトの光で鮮明になった人影は、狐面で顔を隠し、赤いマフラーをなびかせた女だった。


 サイカである。


 兵士の一人がマイクを持ち、拡声スピーカー越しにサイカへと向かって声を出した。


「そこの女、止まれ。ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」


 だが、サイカは歩みを止めなかった。ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。


「止まれ! それ以上前に進んだら撃つぞ!」


 声を出している兵士とは別の兵士がライフルを構え、

「どうする」

 と、聞いて来た。


 銃口を向けられても、足元に威嚇射撃をされても、構わず歩いて来る仮面の女がそこにいる。


「警告はした。撃て」

「了解」


 兵士はライフルの引き金を引く。まずは単発、サイカの片足を狙って銃弾が発射された。

 しかし、弾がサイカに到達する頃には、彼女の身体は移動していて、銃弾は後方の道路に傷を付けた。


 弾を外してしまった兵士は、今度は胴体を狙って単発撃ち。

 またサイカの身体が横に動いて外れた。二発目も三発目も、まるで幻でも見せられているかの様に外れた。


「ちっ、何やってんだよ」


 痺れを切らした兵士がマイクを置いてライフルを構え、スコープを覗いた時、そこにはもうサイカはいなかった。


「なっ!?」


 サイカが消えた。と、思われたが、こっちに向けて疾走してきていた。


「こいつ!」


 そこから兵士の二人はライフルをフルバーストで連射したが、予測の出来ない動きで左右に飛びながら接近してくる女に銃弾を当てる事ができなかった。

 サイカがデッドラインを超えると、巨大で分厚い自動ゲートの両脇に設置されていたセントリーガン(自動機関銃)が反応。走るサイカを認識して銃弾を連射し始めた頃、サイカは道路を蹴って飛躍し、見張り塔の上へと着地。その間、鋭い苦無が放られていて、兵士二人の頭に突き刺さり、ライフルを連射していた兵士は絶命した。


 そしてセントリーガンが放った弾を含めても、サイカに銃弾は一発も当たっていない。


 銃声の音と、至る所に仕掛けられていた人感センサーが反応した事で、工場に侵入者を警告するサイレンが鳴り響いた。

 すぐに敷地内を見回っていた兵士達や、建物の中にいた兵士達が最新鋭ライフルを持って外に出てきて、侵入者の捜索が始まる。


 高い壁に囲われ、兵器生産の施設が立ち並び、夜の静けさに包まれていたが、一斉に壁際に等間隔で設置されている見張り塔のスポットライトが点灯。

 侵入者を探す為に、消えていた外灯も光が灯っていった。


 サイレンの音と共に、あっと言う間に敷地内が明るくなっていくが、サイカは気にせずに施設の屋根から屋根へと飛び移りながら疾走して行く。


コンタクト(接触)ォ!」

 と、兵士の一人が叫ぶ。


 屋根を走るサイカを見つけた兵士が次々と発砲を開始。

 するとサイカは屋根から飛び降りてきたと思えば、スパーンスパーンと光の如き刀捌きで、兵士達を斬り伏せた。銃声と兵士達の叫びが、あちらこちらで響いて行く。


『敵だ! 応援を……うわあああっ!』『なんだこいつ!』『相手は一人だ!』『何処に行った!』『あああああ!』『こっちだ! うがっ!』『どうした! 応答しろ!』『何で当たらないんだ!』『くそっ! 敵を見失った!』『ちょこまかと!』『化け物!』『撃て! 撃てぇぇ!』『至急応援を求む!』『こっちだ!』『がっ!』


 各所に設置されていた自動セントリーガンの認識速度もサイカに追いつかず、誰も彼女に弾を当てる事が叶わない。

 外に響く銃声が段々と弱くなっていく中、まだ一度もサイカを発見できずに走り回っていた兵士の一人が、倒れている仲間二人を発見して駆け寄っていた。


「アンディ! オリバー! しっかりしろ! おい!」


 二人とも首を斬られていて、血だまりの上で絶命していた。


「くそっ!」


 今すぐにでも侵入者を発見して仇を取りたいという気持ちと、こんな手練れを相手にして死にたくないという気持ちと、そんな考えが頭で葛藤して、息遣いも荒くなる。

 目眩がするほど激しい動揺をしているのは、走り回っていたからという訳でも無さそうだ。そんな彼に司令部より通信が入る。


『こちらHQ(司令部)、状況を伝えろ』

「敵の襲撃を受けた。人数は不明。何人もやられてる。かなりの手練れだ」

『了解。エレベーターで増援を送る。必ず排除して身元を調べろ』

「わかっ……!?」


 通信で会話をしながら背後に気配を感じた彼は、自分の首に苦無の刃を当てられている冷たい感触を感じたので言葉が詰まってしまった。

 何か下手に声を出したら殺される。そんな殺気が彼の生存本能を駆り立てる。


『どうした?』

「いや……なんでもない。通信終了」


 そう言って、彼は無線通信のスイッチをオフにする。

 振り返ろうとしたが、首に押し当ててきている刃物の力が強くなったので、振り返るなという意図が読み取れたので動く事をやめた。


「武器を捨てろ」

 と、サイカが指示を受け、彼は手に持っていたライフルを地面に落とす。


「女か?」

 と、問いを投げるも、サイカはそれを無視して質問を返してきた。


「ここの地下で何が行われているか知っているか」

「地下? 俺は地上警備担当だ! 何かでかい計画がある事は知ってるが、詳しくは知らない! 頼む。俺はこんなところで死ぬ訳にはいかないんだ。殺さないでくれ」


 そう言うと、少しだけ首に突き付けられている刃の力が緩んだ気がした。


「…………エレベーターまで案内しろ。そうすれば危害は加えない」

「あ、ああ。分かった。オーケー」


 すると首に当てられていた苦無をサイカは引いてくれた。

 彼が周囲に気を配ると、もうほとんど味方の兵士が近くにいない事を悟る。銃声が止み、転がる兵士の死体と破壊されたセントリーガンが見える。


 これをこの背中にいる女が一人でやったのかと思った彼は、背筋が凍りつく思いだった。

 そしてゆっくりと歩きだし、サイカをエレベーターがある施設へと誘導する。歩きながらも彼は、後ろを黙って付いてくるサイカの方を振り返ろうとは思えなかった。振り返った瞬間に首を斬り落とされる。そんな気配が肌に伝わってくる。


 いつ殺されるかも分からない緊張感を背負って歩き出し、しばらくしてから後ろの彼女が話を始めた。


「何度やっても同じだった。でもキミを選ぶと、不思議と良い所まで行けるんだ」

「どういう意味だ?」

 と、質問をしてみたが、サイカは沈黙してしまった。


 エレベーター施設に到着して、網膜認証式の自動ドアを彼を使ってまんまと開けると、そこには大量の物資搬入が可能な巨大エレベーターがあった。

 普段はここにも最低二名は兵士の配置があるはずだが、今の戦闘で外に出てしまったらしく、丁度良く内部はもぬけの殻だ。エレベーターのカゴも地上側にあるので、すぐに出発できる状況である。


 それを目視で確認したサイカは、

「もういい。ありがとう」

 と、お礼を言って一人でカゴに乗り込み行先階を設定する操作盤を触り始める。


 先ほどまでサイカに脅されて恐怖していた兵士の男は、そんな狐面で赤マフラーの女を見て、不思議な感覚を覚えた。

 敵のはずなのに、多くの仲間を殺した女だというのに、何処となく悪い人間ではないのではないかと、そんな風に感じ取れてしまったのだ。だからこそ、何かここの地下研究所にどうしても行かなければならないという理由があるのではと考えるに至った。


 彼はここの地下の施設で何が行われているかなど、本当に何も知らされていない。

 何か『やばい実験』が行われていると噂で聞いた事がある程度であり、もしかしたらそれが本当にとんでもない研究で、それを阻止する為に来た特殊工作員か何かなのかと思わせた。


 だからこそ、彼はその狐面の女を少し応援してやろうかと、そんな気の迷いが生まれてしまい、気が付けば話しかけていた。


「女、そのエレベーターを動かすにはパスワードが必要だ」

「三、二、〇、八、五、九」


 驚く事に当たっていた。

 彼が前にたまたま知る機会があったエレベーターのパスワードを、サイカは知っていたのだ。


「どうしてそれを……」

「もうこんな所で働かない方がいい。案内ありがとうサム」


 彼は更なる衝撃に心が襲われる。

 初対面のはずなのに、サムという彼の名前を言ってきたからだ。


「どうして俺の名を?」


 そう聞いてみたが、エレベーターの乗場ドアが閉まってしまい、狐面の彼女は見えなくなった。

 謎めいた彼女は、結局のところ最後まで謎多き発言をして、サムの質問にも一切答えずにエレベーターで地下へと降りて行った。残されたサムは、誰もいないこの場所にただポツンと取り残され、侵入者を知らせるサイレンだけが虚しく聞こえてくる。サムにとってそれは夢心地である。


「いったい何だってんだ……」


 サムはそんな事を呟きながら、外に出るとそこは死屍累々の光景があった。

 警報しか聞こえない静けさから察するに、サムも生き残りはほとんどいないと判断できる。


「さて……どうしたもんか」

 と、サムはそう呟きながら今後の行動を悩む。


 まだ新米兵士の彼にとってはこの場で倒れている仲間達は単なる職場仲間に過ぎず、付き合いがあったと言っても一年足らずである。学生時代の友人達の方が付き合いが長く、ここの仲間達とはプライベートで遊んだ事すらほとんど無い。だからこそ、この悲惨な光景を見て怒りの感情が湧いてこなかったのだ。

 先ほどのサイカが暴れていた時だって、上からの命令によって迎撃に出たが、命を張る気なんて更々無かった。


 サムは近くにあった階段にとりあえず座り、状況を整理する為に思考を巡らせる。

 地下の防衛に加勢しに行くか……地上の生き残りを探すか……この場から逃げ出すか……それとも、あの興味惹かれる仮面の女を追って様子を見に行くか……そんな事を悩みながら、サムは電子タバコを取り出し電源を入れて口に咥え、無臭の煙を口から吐いた。






 その頃、地下の研究所は当然ながら大騒ぎとなっていた。

 地上が襲撃された事で警報のサイレンが鳴り響き、兵士達が装備を慌ただしく装着して廊下を駆け右往左往している。


 そんな中で、生体兵器研究室にいたチャールズは、被験体が入ったまま並べられてる培養槽の前で研究員達と実験経過報告を受けていたが、騒ぎの音を聞きつけてイヤホンマイクを片耳に装着した。


「HQ、チャールズだ。どうした。これは何の騒ぎだ」

『地上に侵入者が現れ、地上隊が交戦しましたが全滅した模様で……』

「全滅!? 全滅だと!? 敵は何人だ」

『それが……映像で確認する限りでは一人です』

「そんな馬鹿な話があるか」

『なので現在、増援部隊を地上へ……なに、ちょっと待って下さい!』

「どうした」

『兵士を脅し施設内に侵入。女が一人、中央エレベーターで降下してきます!』

「一人……ブレイバーか……」


 ブレイバーである事を予想した事で、チャールズはレクスが言っていた事を思い出す。


「サイカ……」

『いかがなさいますか』

「S隊を中央エレベーター前に集結させろ。フル装備だ。相手が誰であろうと容赦はするな。全弾ぶち込め」

『了解。S隊を使います』

「しくじるなよ」


 民間軍事会社であるブラッディメイカー社が誇る『S隊』とは、元エリート軍人達で構成された精鋭部隊で、人体に装着される電動アクチュエーターや人工筋肉などの動力を用いた外骨格型フルアーマー装備の部隊である。

 所謂、パワードスーツとも呼ばれるこの装備は、アメリカ軍では正式採用され、日本の自衛隊でも試験運用がされている段階の装備。ブラッディメイカー社はこれを独自に改造して、防刃と防弾の強固な装甲に加え、『バグ因子』を利用した改造を施している。


 黒色の多機能ヘルメットや肩にブラッディメイカー社のロゴが描かれた彼らS隊は、サブマシンガンを手にエレベーターホールとなる広場へと集結。

 パワードスーツを着た二十名の隊員が、左右に広がり、それぞれがエレベーターの出入り口に銃口を向け構える。設置型セントリーガンを背負った隊員が二名、少し前に出て、手早くそれを設置した。


「セントリーガン・ワン、設置完了! 起動!」

「セントリーガン・ツー、設置完了! 起動!」


 地上にも各所に設置されていたこの自動セントリーガンは、識別信号を持たない生命体を感知すると自動的に排除するというシステムが組み込まれている。


 S隊の隊長はセントリーガンを設置した隊員が数歩下がって発射態勢に入るのを目視で確認しながら、

「HQ、配置に着いた。エレベーター内の様子はどうか」

 と、司令本部に連絡を取る。


『映像を確認。依然、エレベーター内に女が一人、現在も降下中』

「袋の鼠だ。止めるなよ。蜂の巣にしてやる」


 エレベーターの到着階はこのホールのみであり、電光板を見れば着々と降下しているのが分かる。


「来るなら来て見ろ。総員、構え!」


 到着まで残り五。


レーザーサイト(光学照準器)オン!」


 到着まで残り四。


「まだだ」


 到着まで残り三。


「俺が指示を出す」


 到着まで残り二。


「スタンバイ……」


 到着まで残り一。


「スタンバイ……」


 エレベーターが到着。

 ゆっくりと開かれる扉の隙間から狐面と赤マフラーの女が見え、右手には剥き出しの日本刀が握られている。隊長の発射指示と、自動セントリーガンの発砲開始はほぼ同時だった。


「ファイア!」


 二十丁のサブマシンガンと、二個のセントリーガンから一斉射撃が開始された。

 その轟音と閃光は凄まじく、特に自動セントリーガンによる毎秒百発の弾は生体反応が無くなるまで撃ち続けられる。弾丸は金属音を伴って乱れ飛び、エレベーターの入口周辺の壁と、エレベーター内部の壁に数万に及ぶ穴を開ける。


 その弾の数百は確実にサイカの身体に命中していて、力無い人形の様に弾丸で押されて壁へ押し付けられていた。

 生体反応が消えたのか、セントリーガンが発砲を停止。それを見た隊長がハンドサインで射撃停止を指示したことで、全員は発砲を停止した。エレベーターが開かれてから発砲停止まで、僅か十秒。


 確かにエレベーターの中にいた女に弾が当たったのが見えた。が、そこに死体はおろか、人影すらない現状がある。


「いない!?」

 と、隊長は驚きで心臓が高鳴ったが、すぐに『普通の人間では無い』ことを理解して次の指示を出す。


「総員、装填しろ! 来るぞ!」


 S隊の二十名は、一斉射撃で弾が減っていたマガジンを交換する。


 そして訪れる不気味な静寂。隊員達の緊張による息遣いまでもが聞こえ、そこには何もいないのではないかとも考えたくなる静かな空気が流れる。

 隊長は耳を澄ませて、足音などの音を聞き取ろうとする。しかし、相手の場所を特定できる様な音が一切無い。


『こちらHQ、状況を』

 と、司令本部から通信が入った。


「エレベーター内に誰もいない。いや、誰かはいた。消えたんだ」

『それはこちらでも見ていた。しかしそんなはずはない。よく探せ』

「了解」


 隊長は腕に装着されている操作パネルのボタンを押し、ヘルメットの赤外線サーモグラフィー機能を起動させる。

 視界が熱映像に切り替わり、これで例えステルス迷彩で姿を消していても察知ができるはずである。


「いなっ―――!」


 スパンっと、刀の光が走った。


 何かと思えば、隊長の頭がヘルメットと一緒に地面に落ちて転がる。


「えっ」

 と、隣にいた隊員がヘルメットの下で目を丸くした。


 S隊の残り十九名が状況を理解する前に、背後に回り込んでいたサイカの一人が、二人目の首を斬り落とし、そして三人目は首に苦無を刺し、四人目の首を刀で突いていた。

 パワードスーツの僅かな弱点である、首の隙間をサイカは的確に狙う。


 他の隊員達が一斉にその向きを変え、あっと言う間に四人を斬ったサイカに銃口を向けた。しかし、そんな彼らの背後に、三人のサイカが現れた。

 狐面が四つ、全く同じ姿をしたサイカの複数出現により、S隊は大混乱に陥る。サブマシンガンの弾は虚しく四方の壁に穴を開けるだけ。


 四本の日本刀が、ばったばったとパワードスーツの隊員達を竹みたいに斬りまくる。


 サイカはパワードスーツの隙間を把握している様で、脇の下や肘裏、膝裏などの可動部を的確に攻撃する事で、S隊を翻弄した。設置された自動セントリーガンは視界外で認識する事ができず、後ろで激しい戦闘が起きているにもかかわらず微動だにしていない。


 隊員の一人が高周波ナイフを取り出して、サイカに近接戦を挑むも、幻覚に攻撃でもしているのではないかと錯覚するほどにサイカの動きを捉える事ができない。

 そして勇敢にもナイフで挑んだ隊員の首が斬り落とされる頃には、S隊は全滅していた。


 サイカの二人が、念の為に動かぬ自動セントリーガンを後ろから叩き斬って、中枢部分を破壊する事で二つのセントリーガンを停止させた。


『こちらHQ、状況を報告せよ。状況を報告せよ』


 転がったヘルメットから通信の声に答える事が出来る者は誰もおらず、サイカは次の行動に移り、その場からいなくなっていた。そこは一面が血で染められたエレベーターホールとなった。






 サイレンは鳴り止まず、緊急事態を知らせる非常灯が廊下を赤く照らす。通信指令室から施設内全域に向けて放送も開始され、各所で配置についた兵士達が自動セントリーガンを設置しながら、ライフルやショットガンを持って待ち構える。


『侵入者有り! 侵入者有り! 総員戦闘配置! 研究員はシェルターへ退避、隔壁閉鎖、防衛レーザーシステム作動!』


 迷路の様に広い研究所内で、隔壁シャッターが降り始め、壁からは高出力・高密度の赤外線光線を放つ殺人を目的とした自動レーザーガンが顔を出す。

 そんな中、四手に別れたサイカが、それぞれの廊下を疾走する。


 セントリーガンの自動生体認識を超えるサイカにとって、レーザーガンも脅威ではなく、持続的に放たれ追尾してくるレーザーの線を華麗な身のこなしで回避。地面を蹴り、壁を蹴り、時には天井までを利用して数々のレーザーを回避しては、苦無を投げてレーザーガンを無力化していく。

 そして隔壁シャッターが完全に閉まる前に滑り込み、更に向こう側へ。


 待ってましたと言わんばかりに、隔壁シャッターを潜ったサイカに向けて兵士がロケットランチャーが放つ。

 サイカはロケット弾に向かって走り、その弾を空中回避しながら苦無でそれを撃ってきた兵士の頭に刺して無力化。倒れる兵士をサイカは片手で持って、銃弾の盾替わりに使用する。


 近くにいた数名の兵士が慌てた様子で銃を発砲させる。だが、彼らの反応速度ではサイカの動きについていける訳もなく、先ほどのS隊の様なパワードスーツを装着している訳でもない事から、サイカに接近された時点で決着は見えていた。

 そんな様子を監視カメラ越しに見ていた司令本部の通信員長は夢でも見ているのかと、大量の汗を流し、次々と入る兵士達の通信が耳に入って来た。


『こちらアルファ! Fブロックに侵入された!』『フォックストロット全滅!』『こちらチャーリー、Bブロックにも女が来ている!』『一人じゃなかったのか! 情報と違うぞ!』『弾が当たらない!』『セントリーガンが壊れてるぞ!』『至急応援を、わっ―――!』『来るな! 来るなあああああああ!』


 通信員の目の前に表示されたフロアマップを見ると、次々と各ブロックが青から赤へと変わって行く。

 確かにエレベーターに乗っていた所までは一人だった。だが、この状況を見ると確かに複数人いる事が分かる。そして各ブロックの監視映像を見る限りでは、姿形が全く同じの何者かが各所で同時に刀を振り回している。あまりにも奇妙である。


「何なんだいったい……」

「制御室の部隊も全滅! 制圧されました! 隔壁が!」

 と、他の通信員が叫んだ。


 それを聞いた通信員長は、片耳に装着していたイヤホンマイクでチャールズ所長に連絡を入れる。


「こちらHQ。所長、相手はワンマンアーミーです。すぐにプラットホームから避難して下さい……」


 すると、監視カメラの映像に映っていた敵が、一斉に姿を消した。


「消え……た?」

 と、驚愕した瞬間、通信長は背中に寒気を感じた。


 それは視線。それは殺気。

 通信長が後ろに誰かが立っていると感じた。が、その頃には彼の胸を背後から長くて細い刃物が貫いてしまっていた。


「ぅっ……な……に……」


 それ以降、通信司令本部から通信が入る事は無かった。







 チャールズ所長は焦っていた。

 彼は誰もいなくなった生体兵器研究室で、端末コンソールを操作する事で実験中だった培養槽の中にいる生体兵器の解放を試みている。


「現実のブレイバーが、こんなに強いとは聞いてないぞ! たかがブレイバー如きが! この私の研究を邪魔するなど! あってはならん! あってはならん!」


 パスワードの入力完了して、培養槽の内部に覚醒液を流し込む。

 あとは覚醒準備のゲージが溜まったら、培養槽内の液体を全て排出してカプセルハッチを開ければ、生体兵器が動き出す。


 そこへ、生体兵器研究室の出入り口にある自動ドアが開いた音が聞こえ、チャールズの手は止まった。

 中に入ってきたサイカは、並べられた培養槽に目もくれずゆっくりとチャールズに向かって歩いて来る。


 チャールズは迷った。

 懐にはハンドガンがある。だが目の前のコンソールはまだあとひと手間の操作が必要であり、まだ生体兵器を完全開放する事はできない。それでも操作を続行するか否か、チャールズは葛藤した末に選ぶ。


 チャールズは携帯しているハンドガンに手を掛け、振り返り、そして銃口を背後にいる狐面の女へ。

 だが、ハンドガンを持った右手に苦無が刺さった事で、激痛が走り、思わずハンドガンを地面に落としてしまった。


「ああああっ!」


 返り血で全身を染めたサイカから苦無が次々と投擲され、チャールズの右肩、脇腹、そして右太腿にも刺さった。

 そうやって立っている事ができなくなったチャールズは、左肘を地面に着けながら、歩いて来るサイカに向かって言い放った。


「待て! 待ってくれ! ジャパニーズ忍者、いや、ブレイバーサイカ、提案がある! 私達と同盟を結ぼう! いくらでも金は出す。私は世界をバグの手から護る為に、研究をしている善良な研究者だ。今、世界は未知の脅威に晒されているのであろう。だから―――」

「黙れ」

 と、サイカが惨めなチャールズの言葉を冷たく止める。


 サイカはチャールズの手に持った刀でいつでも斬れる位置まで歩いて近づいてくると、そこで足を止めて質問を投げた。


「今一度問おう、このカプセルの中で眠っている者達は何だ」

「ぐっ……人間だ」

「裏ルートで手に入れた人間に、バグ因子を注入するという非道な実験。これが人類を護る為にとほざくか人間。いったい誰に誑かされた。バグ因子は誰に貰った」

「そ、そうだ。レクスだ! レクスに脅されていたんだ! 助けてくれ!」

「レクス……やっぱり」

「こんな実験はもうやめたいんだ! レクスを倒してくれ! そうすれば私は助かるんだ!」

「さっきと言っている事が違うな」


 そう言って、サイカは右手で刀を持ったまま、左手を前に出して手にハンドガンを召喚する。


「銃……?」


 チャールズはこの忍者娘と思われていた女が、意外にも現実世界には存在しない近未来型の銃を出してきた事に戸惑いを覚えた。出された銃は、銃弾を電磁誘導により加速して撃ち出す物で、創作物で手に入れたハンドレールガンと呼ばれる架空の武器である。

 ハンドレールガンを構えたサイカは、チャールズに向かって言った。


「とっておきの一発だ。痛みは与えない」

「化け物……化け物め! お前たちこそが巨悪の根源! お前たちさえいなければ! 私はッ―――」


 サイカはハンドレールガンの引き金を引くと、プラズマ弾が発射され、チャールズの頭が木端微塵に吹き飛んだ。プラズマ弾はそのままチャールズの後方にあった端末コンソールも破壊。それにより解放シーケンスは中断される事となった。

 チャールズの身体が床にドサリと倒れるのを確認してから、振り返り、研究室を出ようとしたところで、突然施設内放送が流れ始めた。


『ここまで奏でてくれるとは意外だったよ』


 その声に、サイカは咄嗟に身構えた。が、研究室内には誰もいない。


「レクス!」

 と、サイカは叫ぶ。


『あのまま狭間と一緒に消えてしまえば楽だったのに、キミはどうして、尚も戦い続けているのかな? なぜこの世界に固執する。何をやっても無駄だと言うのに。どんなに力を蓄えようが、バグは止められない』

「……お前は『意外だった』と言ったな。それが全ての答えだレクス」

『ほう、ではキミがどんな変奏曲を奏でてくれるのか、楽しみにしているよ。さて、このまま拍手も無しに退場させる訳にもいかないな。これは私からの称賛だ。受け取りたまえよ』

「いったい何を……? ハッ!」


 サイカにとっても、このレクスの登場は予想外であった。なので、レクスが言う『称賛』が何なのかが分からない。

 だがその答えはすぐだった。生体研究室に並べられた培養槽に電流が走り、液体の中で眠る者達が一斉に目を覚ました。カプセルのガラスが割れ、緑色の液が大量に漏れ出して床を濡らした。


 培養槽の中から現れたのは、皮膚を黒色に染めた人間。瞳は赤く光り、一歩、また一歩と壊れた培養槽の中から出てくる。その数、十一体。一体だけやけに図体の大きい奴もいる。


「そういう事か!」

 と、サイカは刀とレールハントガンを構えた。






 その頃、最深部にある非常用の鉄道プラットホームにも動きがあった。

 路線の敷かれた長い長い地下トンネルを、銀色のプロジェクトサイカスーツに身を包んだブランが、アンドロイドとして再現されたアマテラス、スサノオ、ツクヨミの三機と、パワードスーツの兵士を乗せたトレインを率いて移動していた。彼らは兼ねてより強襲計画をしていた特殊コマンド部隊であり、今回の騒ぎで緊急出動した。



 俺はアメリカにもブレイバー戦力補強として、何人かのブレイバーを召喚した事がある。

 その内の一人として、栗部蒼羽(くりべあおば)が選ばれ、驚く事に彼はワールドオブアドベンチャーでシノビセブンの幽霊メンバーであるブランのプレイヤーだった。ブランがアメリカから接続していたなんて知らなかった。しかも……いや、その話はまた今度にしておこう。



「どうなってるんだ蒼羽! 作戦開始は今日じゃないだろう!」

 と、ブランは一番先頭を飛びながら蒼羽に話しかけていた。


(ミッションポイントで動きがあった。非正規のブレイバーが単独で奇襲を仕掛けたらしい)

「非正規? 誰だ」

(行けば分かるよ。それよりもブラッディメイカー社はかなりの兵力と最新鋭兵器を揃えているらしい。セントリーガンにレーザーガン、強化外骨格まで揃えてるらしいぞ)

「強化外骨格?」

(パワードスーツの事さ。正直言って、例えブレイバーだって無傷じゃ済まないだろうな)


 二人が会話をしていると、クロエの通信が割り込んできた。


『地上は現在アメリカ軍の一個中隊が包囲完了。中の状況は分かりませんが、気を付けて』

「了解」

(了解)


 やがてブラッディメイカー社の地下研究所に設けられたプラットホームに、ブラン率いる特殊コマンド部隊が到着。

 そこには既に内部から逃げてきた数人の兵士や、研究員達の姿があったが、到着した列車から次々とパワードスーツ部隊が降車して包囲するのを見るなり、彼らは呆気無く両手を上げて降参してきた。


 そしてブランがライフルを構えながら、

「アメリカ軍だ。お前たちに逃げ場は無い。無駄な抵抗はよせ」

 と、念の為に警告を口にする。


 すると酷く怯えたブラッディメイカー社の兵士が一人いたので、ブランはその男のボディチェックをしながら聞いた。


「何があった」

「ば、化け物だ。あんなのに勝てる訳がない!」

「化け物……」

(恐らく、例の単独ブレイバーだろう)


 そこからは特殊コマンド部隊は二手に別れ、十名程度の兵をプラットホームに残し、残り十三名で内部へと移動を開始。

 それと同時、電力源が破壊されたのか、内部の電源は落ちてサイレンも鳴り止み、予備電源による薄暗い非常灯へと照明が切り替わった。


 そんな中での内部捜索だったが、至る所に転がっている兵士の死体があり、壁にも血が付着している。

 よほど侵入者が一方的に暴れ回り殺戮していったのだろう。


 兵士の死体や機能停止したセントリーガンなどを無視して、廊下を進んでいくと、激しい戦闘音と共に少し離れた所で壁が崩れて、一人の女が吹き飛ばされてきた。


「なんだ!」

 と、ブランを始め、他の兵士達も一斉にライフルを構える。


 壁を破壊しながら飛ばされてきたのは狐面の女で、崩れた壁から人型で身長三メートルはある筋肉が超発達した男の様な見た目のバグが出てきた。

 大男バグは、そのまま倒れる女の頭を片手で鷲掴みにして持ち上げる。


 狐面のせいで女の表情は見えないが、かなり激しい戦闘をした後のようで、疲弊しているのが分かる。

 それにくらべ大男バグは傷一つ負っておらず、まだまだ体力は充分といった様子だ。とにかくヤバイバグが現れ、襲撃者と思われる狐面の女ブレイバーが危機に陥っている。


 そんな訳が分からない状況を前に、ブランが問う。


「これはいったいどういう状況だ。どうすればいい」

『待って。まだ状況が掴めていません。これではどちらが敵なのか……』

 と、クロエ。


(こういう時、女を助けるって相場は決まっている! ブラン!)

 と、蒼羽。


『ミスターアオバ! また勝手に!』


 ブランはライフルを構え、

「あのバグを狙え! 対バグ特殊弾に切り替えろ! しっかり狙え!」

 と、その場にいる兵士達に指示を出した。


 赤いテープの貼られたマガジンを装填したライフルから弾が連射され、大男バグに銃弾の雨が命中するが、全く効いている様子は無い。いや、効いていないと言うよりは、空けた風穴がすぐに埋まっているといった様子だ。






 サイカは動いた。

 手に持っていたレールハンドガンの銃口を大男バグの顔、顎の当たりに付きつけ、そして引き金を引いた。凄まじい光線が大男バグの頭を吹き飛ばし、頭を失った事で手が緩んだ。


 空かさずサイカはそこから抜け出し、刀で斬り刻み、怯んだのを確認してからブラン達が援護射撃をしている方向とは逆方向に走り出した。

 大男バグはすぐにその傷を再生、頭もすぐに復元して、サイカの方向へと身体の向きを変えてズシンズシンと重量のある足音を立てながら歩き出す。


「ヤツを行かせるな! アマテラス!」


 ブランに名を呼ばれたアンドロイドのアマテラスが、両手に持った連射式グレネードランチャーを交互に放つ。

 連続して爆発が起き、光と爆風と炎と煙が大男バグを包み、そして見えなくなる。


「前に出る! ゴーゴーゴーゴー!」


 パワードスーツを着た兵士達が前に走り出す。


 エレベーターホール前の広場まで移動してきたサイカだったが、そこで先ほどの大男バグとは別の七体の人型バグに囲まれていた。こいつらはそれぞれ形が多少違うものの、人型で人間と同じくらいのサイズである。武装は無いが厄介な強さである事に違いは無い。


「はぁ……はぁ……」


 これまでの戦闘で息切れしていて、体力の限界が近いサイカであるが、それでもまだ諦めていない。

 夢世界スキルで得意としていた《空蝉》も使った、《ハイディング》も使った、《分身の術》も使った。あと残るは……


乱星剣舞(らんせいけんぶ)!」


 サイカが再び分身の術でも使ったかの様な、複数同時攻撃を発動。更にそこからサイカが編み出した連続技へと繋げていく。

 手に持っていた刀をコガラスマルからノリムネ改へと切り替え、ノリムネ改のブースターを発動させながらの強烈な《一閃》で同時に斬る。


 サイカは更にそこから後ろへと飛び、レールハンドガン二丁に武装を変更。交互にプラズマ弾を連射して、デタラメに撃ちまくった。

 この一連の攻撃で、七体いたバグのうち、五体を消滅させた。いや、消滅はせずに『残骸』が残っている。


 レールハンドガンを空中で残弾ゼロになるまで、二丁合わせて二十発に及ぶプラズマ弾を撃ち尽くしたサイカの背後に大きな影。


「しまっ―――!」


 巨大な金属の塊でもぶつけられたかの様な大男バグの拳が、サイカに直撃して再び壁に叩き付けられた。


「あぐァッ!」


 衝突で壁が陥没して、装着していた狐面が砕け、サイカは力無く地面に落ちる。

 サイカは頭から血を流し、吐血しながらも、片手で顔を隠しながら立ち上がり、指と指の隙間から悠々と歩いて来る大男バグを睨む。


 大男バグの後ろには、まだ残っていた人型バグも二体。完全に壁へ追い込まれてしまい、サイカは絶体絶命となった。


「はぁ……はぁ……ごぷっ……」


 視界がボヤけてきたサイカの口から、ぴちゃぴちゃと音を立てて血が落ちて行く。

 だが、容赦なく大男バグは再び強烈な一撃をサイカに喰らわす為に、拳を振りかぶってくる。




 その時だった。





「こっちだ!」


 サイカの耳に叫び声が聞こえた。男の声だ。

 声がした方向をサイカが見ると、そこには開かれたエレベーターのドア。そして電源の入っていないセントリーガンを持ったサムの姿があった。


 更に大男バグを追いかけてきた、アメリカの特殊コマンド部隊も到着して廊下の角から援護射撃をしてくれている。

 サイカは気力を振り絞って、大男バグの拳を屈んで避け、バグの腕が壁に沈んでる間に走る。


 向かう先はエレベーター。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 連続して技を使用してしまった弊害もあって、足元はふらふらで、とてもエレベーターの中まで行けそうにないサイカ。

 するとサムがエレベーター前にセントリーガンを設置して、前に出て来たと思えば、サイカを両手で抱えてエレベーターに向かって投げ飛ばした。


 体重の軽いサイカは、されるがままにエレベーター内部に放り込まれ、それを確認したサムは走りながらセントリーガンの起動ボタンを押しつつカゴに駆け込む。


「くたばれ!」

 と、エレベータードアの閉じるボタンを押した後に中指をバグに向かって立てるサム。


 大男バグがサイカを追って歩いてきていたが、起動した自動セントリーガンが連射を開始した事で、足止めにはなってくれた。

 エレベーターのドアが閉じられると、すぐにカゴが上昇していく。


 サイカは何とか逃げ切る事に成功した。


「はぁ……はぁ……」


 息切れして疲れ切ったサイカは、再び狐面を召喚して顔を隠しながらも、エレベーター内部の壁に持たれかかった。

 するとサムは言う。


「アレか。ウチの研究所が計画してたってやばい兵器は」

「……ああ」

「目標は達成したのか?」

「アレが動いてしまった事以外は、概ね」

「あんたすげぇよ。女のくせに、たった一人で、なんでそんなに戦えるんだよ」


 サイカは何も言わず、息を整えるのに専念している様子だ。なのでサムもそれ以上は話し掛けず、背中に背負っていたライフルの手入れを始めた。

 サムとサイカを乗せたエレベーターは地上を目指して昇って行く。






 ここまではアメリカ軍が押収した監視カメラ映像で確認できた全てである。

 BCUの記録室で俺が他の仲間達とこの映像を観た時は、色々な面で驚かされた。驚異的なバグを人工的に造り出されていた事実と、それを阻止すべくサイカと思われる狐面の女ブレイバーが決死の戦闘をした事も、その過程で民間兵士を大量虐殺した事も、何もかもがここ日本で起きているバグ出現事件がちっぽけに思えてしまうほど大事件だ。


 しかし、どう拡大解析しても、サイカの顔を映像で確認する事は叶わなかった。

 狐面の女、本当にキミは……サイカなのか?


 今回のアメリカで起きた事件について、園田はこう説明する。


「ブラッディメイカー社は世界的な大手民間軍事会社で、秘密裏にバグを利用した生体兵器の研究と開発を進めていたそうです。今回、このサイカと思われるブレイバーは大きく動きましたが、調べてみれば、社内の幹部が暗殺されるという事件が世界各国で多発していて、何れも殺害方法が一致しています。使った道具は時間で消滅するのがブレイバーですから、苦無などといった証拠は残っていません。ですが、恐らくサイカの犯行で間違いないでしょうね」

「正に世界を駆ける忍者だな」

 と、朱里が続いた。






 サイカの話にはまだカメラの映像では確認できない続きの話がある。

 エレベーターが地上に到着後、しばらく施設内で休んだ二人が外に出ると、スポットライトが当てられてアメリカ軍兵士に包囲されていたのだ。


「動くな!」

 と、兵士の声が響く。


 上空には対地攻撃兵器などを装備する戦闘専用の高性能ヘリコプターが数機。自動攻撃型のドローンまでも飛んでいる。

 逃げ場は無しで、施設内に再び入る為のドアを網膜認証させる暇も無さそうだ。


 サイカに肩を貸していたサムが片手に持っていたライフルを地面に捨てて、手を上げて降参の意思を示した。


「ゲームオーバーか」

 と、サムが呟く。


 するとサイカが小声で言った。


「サム。ここでお別れだ」


 そう言って、何をするのかと思えば、全身を黒のプロジェクトサイカスーツに換装させて瞬く間にサイボーグの様な姿へと変わる。

 そうやってサイカが背中にある機械の翼を広げた事から、サムは飛ぶつもりだと判断できた。そしてサムは咄嗟の思いつきを言葉にする。


「俺も行く」

「え?」

「そっちの方が面白そうだ」

「……好きにしろ」


 サムが身体に捕まってきたので、サイカも彼の腰に手を回しつつ、ブースターを点火して地面を蹴る。


 アメリカ軍兵士の何人かがそれを撃ち落とそうと銃口を向けたが、

「待て、撃つな」

 と、指示が出たので誰も撃ってくる事は無かった。


 そのまま二人は、ヘリコプターも追走を諦める速度で低空を高速移動した。

 風の音と重力で、一切話が出来る余裕は無かったし、サイカも何かを喋るつもりはないらしい。だが、サムにとってこの時のアメリカの夜景は、まるで鳥にでもなったかの様な感覚だった。


 アメリカ軍を振り切り、ニューメキシコ州からミシシッピ州まで飛んだ二人は、人気の無い田舎町の外れに着地した。


「ここまでだ」

 と、サイカはサムを降ろして、狐面と赤マフラーの姿に戻りながら背中を向けて歩き出す。


「おい待てよ。俺はサム・マーフィー。あんた、名前は?」


 その質問に彼女は足を止め、サムに背中を向けたまま、

「サイカ」

 と、答えると、再び歩みを進めその場を去ろうとする。


「これから何処に行くつもりだ。せっかくだ、何処か飯でも食べに行こうぜ」


 その言葉に反応したサイカは足を止め、そしてぐうぐう鳴る腹の虫をなだめようもなくなっていた。


「……ハンバーガー」

 と、サイカが恥ずかしそうに小声で言った。


「なんて?」

「ハンバーガー」


 サイカが何を食べたいのかと理解したサムは、この不死身とも思える細身の女性が突然ジャンクフードを食べたいと言ってきた事が面白可笑しくて微笑する事となった。

 するとサイカは続けて口にする。


「十個」

「……冗談だろ?」


 そんなサムの質問に、サイカは背中を向けたまま何も返して来なかった。

 なのでサイカは本気で言っているのだろうと、サムは判断する。


「オーケーオーケー。そうだな、この辺りなら……ジャムバーガーなんてどうだ」

「ジャムバーガー?」

「行けば分かる。ま、今は営業時間外だろうから、まずは宿を探さないとな」

「宿? 外で寝ればいいだろう」

「……冗談だろ?」


 もうすぐ明け方と思える夜道を、二人は歩幅を合わせて歩き出した。

 このアメリカで起きた騒動は、非正規ブレイバーである少女と、民間軍事会社を急遽退職する事となった青年が出会った最初の話になるけど、この後どうなったかはまたの機会に話そうと思う。






 杉村英男議員にお答えいたします。

 まずブレイバーについてお尋ねがありましたので、そこからお答えいたします。


 他国についての言及は控えますが、ブレイバーについて勘違いをされている様なのであえてこの場で説明をさせて頂きます。

 彼らブレイバーは『人間兵器』や『地球外生命体』などと揶揄される存在ではありません。


 新宿での惨事は、死者が百三十名、重軽傷者は四百名、私も大変胸を痛めました。

 そんな事件がどうして起きてしまったのか、それは『バグ』と呼ばれる異次元の怪物が、ここ地球に侵略を仕掛けて来ているほんの一部に過ぎません。バグは人を喰らいます。バグは現代兵器が通用しません。バグは神出鬼没です。


 自衛隊がバグと戦う為に使用する特殊な銃弾は、ブレイバーの尽力があって開発されました。

 ブレイバーは侵略者に対抗する為の、唯一無二の存在に変わりありません。


 なので私達人類はブレイバーを『人間』として扱い、共存の道を歩む事にしました。それは国民が平等に生存する為の手段だからです。

 その足掛かりとしたのが、防衛省大臣直属の対バグ攻性組織『BCU』になります。これは次世代の公務員であり、新たな自衛隊の一部です。


 人民が主権を持ち、自らの手で、自らのために政治を行う。我が国の民主主義を絶えず発展させていくのは、私たち政治家全員の責任であります。政治家が激しい言葉で互いの批判に終始したり行政を担う公務員を萎縮させても、それが民主主義の発展に資するとは考えられません。

 彼らがいなければ、我が国は崩壊の一途を辿っていた事でしょう。そこで、それぞれが国民の皆様の前にしっかりと政策の選択肢として掲げた旗であり、人類存続を賭けた……云々。






 うん、長い。






【解説】

◆セントリーガン

  機関銃を搭載した無人の砲台が光学センサーやレーダーによって目標を自動的に捕捉、追尾し、射撃するという兵器。今回登場したセントリーガンは持ち運べる台座式で、任意の場所に設置する事が可能となっている。味方を誤射しない様に、識別装置を持っている人物は攻撃しない様にプログラムされている。


◆HQ

 兵士を指揮・統率する本部の事。今回は地下研究所の内部に設置されていた。


◆パワードスーツ(強化外骨格型フルアーマー装備)

 直訳で強化服、半分だけ訳して強化スーツとも呼ばれているほか、ロボットスーツと呼ばれる物も存在する。人間の力を超えて遥かに作業効率の良くする為に用いられるが、この装置は人間の筋力を増強するため、「着用する」という形態で運用される機械装置。重い物を持ち上げる、走る、跳ぶといった、一個人の人間としての動作を強化拡張する目的で使われる

 ブラッディメイカー社が開発したパワードスーツには、防弾性能、赤外線ゴーグル、暗視スコープと言った機能も備えた最新型である。


◆バグ因子

 今後の展開に大きく絡んでくる謎の言葉。サイカはそれが何なのか知っている様だ。


◆特殊コマンド部隊

 アメリカ陸軍の特殊作戦部隊に当たる。


◆ジャムバーガー

 アメリカの一部地域にある名物グルメ。てりやき味のビーフそぼろを大量に挟んだハンバーガーで、てりやきバーガーを肉々しくした一品。


挿絵(By みてみん)

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