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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
73/128

73.バグの居ぬ間に洗濯を


 人の疲れが癒される瞬間は、どんな時だろうか。


 寝ている時、酒を飲んでいる時、風呂に入っている時、友人と会話をしている時、読書をしている時、それともゲームをしている時だろうか。たまにはそんな休息を得なければ、人もブレイバーも自らの力を百パーセント発揮する事なんてできないと俺は思う。


 バグの目撃情報は後を絶たず、日本全国を飛び回るBCUのブレイバー達。彼らだって立派な労働なのだから、それなりの報酬は日本円で与えられている。

 でも戦う事しか知らない彼らには、その使い道はほとんど無い様で、衣食住が揃ってしまっている今の環境では尚更なんだと思う。


「ツーチョー? なんだそれ、食べれんのか?」


 なんてクロードが言った時には、政府が特別に用意した彼の通帳には一千万近い大金が入っていたのだから、もう訳が分からない。

 ちなみに税金だとか、健康保険料とか、やたらと引かれる物はしっかり引かれているのだから政府も抜け目が無い。基本不死身のブレイバーに健康保険って意味あるのだろうか。






 BCUの本部施設の中には、大浴場が設けられている。

 クロードやジーエイチセブンは特に風呂が気に入った様で、彼らに誘われて俺も一緒に入る事が多く、今日も男三人と一匹で浴場に足を運んでいた。


 俺が洗髪を済ませ、ボディソープで泡立たせたタオルで身体を洗っている時だ。


 先に湯船へ浸かっていたクロードが気持ちよさそうに浴槽の縁に両肘を掛けながら、

「ふう、やっぱり何処の世界でも風呂は最高だぜ」

 と、気持ちよさそうに天井を見上げていた。


 ブレイバー達が活躍している向こうの世界でも、風呂という文化は存在していたらしい。

 浴槽浴が心身に与える効果は大きく分けて三つと言われていて、温熱作用、静水圧作用、そして浮力による癒しがある。その中で最も重要なのは温熱作用で、温かいお湯に浸かることによって、体の表面から皮膚の下までジワジワと熱が伝わり、血管の拡張によって血液の流れがよくなる。人間はどの世界でも、その有効性に気付いて行き着いてるという事なのだろう。


 それが果たしてブレイバーの特殊な身体にどれほど有効なのか分からないけど、身体が温まる事に快感があるという事には変わりないのだ。つまり風呂による癒しが彼らにとって重要。俺もそうだ。


 頭に濡れたフェイスタオルを乗せ、湯船に胸の辺りまで使ったジーエイチセブンが瞑想している横で、クロードは天井を見上げたまま言葉を発した。


「向こうはどうなってんだろうなぁ。ミッティやケイが言うには、バグとの大規模な戦争状態になってるってのに、俺たちはこんな事してていいのかよ」

「俺たちは退場した身だ。こうやって第二の使命を貰ったんだから、こっちの事だけ気にしてろ」

「とは言ってもよ。まだ知り合いがいるんだぜ? なんつーか、仲間が戦ってんのに、なんか手伝ってあげれねーかなってな」

「無いな」

「別に言い切る事じゃねーだろ。だって、こっちには琢磨がいるんだぜ? 何とかしてくれんじゃねーのか。なあ琢磨」


 クロードはそう言って、身体を洗ってる俺の方に顔を向けて来たが、とりあえず無視する。


「クロ。いくら琢磨でも出来る事と出来ない事がある。それは俺たちも然りだ」

「おうおう、相変わらずジーさんはお堅いねぇ」


 二人がそんな会話をしている所に、身体を洗い終わった俺が合流して、つま先からゆっくりと湯船に入る。

 身体が人肌よりも数度温かいお湯に包まれ、俺の体温が上昇していくのが自分でも分かる。皮膚と血と筋肉が、心と一体化してしまったかの様だ。これが温熱作用……なるほどね。


 さて、俺たち三人はこうやって一緒に風呂へ入る仲ではあるが、俺にとってクロードという存在は少々複雑な気持ちにさせられる。だってサイカとクロードは、今生の別れをした間柄であり、クロードの死に際を号泣して見送ったという記憶があるからだ。

 俺が隣に浸かったので、クロードは別の話題を持ち掛けてきた。


「それで、千枝とは何処まで行ったんだよ?」

「ん? どこまでって?」

「おいおい、俺の夢主じゃねーんだからよ。分かんだろ? 男と女が付き合うってのは、つまりそう言う事だろーが」

「……うん、まあ、千枝はそういう事にはトラウマがあるからね」

「トラウマ? ……ってなんだ?」


 ジーエイチセブンが俺に代わって答える。


「心の傷の事だ。クロには無縁だな」

「はあ? 俺にだって心の傷の一つや二つ……ある……うん、あるぞ。たぶんな」

「女心と男心を一緒にするな」


 ブレイバーは夢主と似ると言うけど、ジーエイチセブンは確かに夢主とよく似ているし、クロードだって正に男子高校生を相手にしてるみたいな気分にさせられる。

 じゃあ俺とサイカはどうだ。俺はサイカに……似ているのか? その答えは、向こうでサイカと行動を共にしていたクロードに聞いてみれば分かるか。


「なあ、クロ」

「ん?」

「俺はサイカに似てると思うか?」

「なんだよ急に。サイカは女だぞ? それこそ男のお前と、どう見比べろって言うんだ」

「そう……だよな」

「でもまあ、似てるんじゃねーの。上手くは言えねーけど、雰囲気っつーか、考え方が似てるって感じは確かにあるぜ」


 雰囲気……考え方……あまり実感が湧かない。

 サイカとの事を思い出そうとする俺だったが、クロードが急に話題を変えてきたのでその思考はどこかに吹っ飛ばされる事になる。


「それよりよ。せっかく男同士で集まってるんだ、男らしいトークをしようぜ」

「またか」

 と、ジーエイチセブンが呆れ顔になるのは、これが初めてじゃないからだ。


 クロードはきっとこう聞いてくるだろう。


「女達の中で、誰がいいんだよ。誰が気になるとか、そう言うやつだ」

「それを俺に聞くってどうなんだ」

 と、俺が言うのも二度目な気がする。


「千枝ちゃんは論外だ。もう琢磨の身内みたいなもんだからな」

「身内って。お前なぁ」

「で、どうなんだよ。そりゃずっと一緒に仕事してんだから、少しは好みとかあんだろ。男勝りだけどしっかり出てる所は出てるケイか? それとも抜群なボディバランス持ったミッティか? まな板チビエロ博士か?」

「本人たちが聞いたら怒られるぞ」


 ちなみにお気付きかもしれないが、ケイと言うのはケークンの事で、ミッティはミーティアの事だ。そして、まな板チビエロ博士と言うのは……明月(あかつき)朱里(しゅり)の事である。クロードは彼なりにそれぞれの女性の特徴を掴んでそういう風に言っているのだろう。


「いいんだよ。向こうだって似た様な会話してんだろ。で、どうなんだ」

「どうって言われても」


 あまりそういう目線で見た事が無い。

 だからこそ、女性として何処に魅力を感じてるかなんて、聞かれてもすぐには答えられない。と言うか、クロードが言ってくるのは身体的特徴ばっかりだな。


 俺が答えられずにいると、ジーエイチセブンが口を開いた。


「琢磨はサイカを創った張本人だぞ。サイカと千枝ちゃん以外に、好意を持ってるかなんて聞く方が野暮ってもんだろう」


 さすがジーエイチセブン。自分でも思ってもいないけど、言われて見ればその通りなのかもしれない。


 しかしクロードはその言葉に、つまらなそうな表情を浮かべ、

「はあ? 男って生き物は、近くにいる女性に気を取られるもんだろうが。そう言うジーさんはどうなんだよ」

 と、ジーエイチセブンに切り返していた。


「ふむ……そうだな。真琴(まこ)さんなんか、大人の魅力があっていいんじゃないか」

「調査部の真琴か……ジーさん、なかなか良い趣味持ってるじゃねーの。確かに、あれは隠れ女神だな」


 隠れ女神ってなんだよ。

 そんなクロードの言葉を聞いて、ジーエイチセブンは思い出したかの様にもう一人の名前を出す。


「隠れと言えば、下村(しもむら)レイと言ったか、自室に篭って全然顔見せない女がいるな」

「あー、確かにそんな奴もいたな。ホワイトハッカーだっけ? でもあれは……前に見かけた事があっけど、なんて言うか、お化けだな。もう生きてる世界が違う」


 お化けって……レイさんごめん。これはクロードの妄言だから、許してくれ。


 湯船で男三人が下らない会話で盛り上がっていると、黒紫色の塊がぷかぷかとこちらに流れて来た。

 バスケットボールぐらいのサイズで、耳と尻尾の生えたその生き物は、気持ちよさそうにお湯の中を漂流している。


「おい、そういやこいつって……」

 と言うクロは、すっかり彼女の存在を忘れていた様なので、俺が説明してあげる事にしよう。


「ワタアメだ」

「ちょっと待てよ。冷静に考えて見れば、ワタアメって女だよな? 一応」

「まあ、そうだね」

「なんで男湯にいんだよ」

「成り行きで」

「いやいや、女が男湯にいるっておかしいだろ」


 ワタアメは俺のところまでゆっくりと流れ着くと、

「なんじゃ。わっちはもう男だとか女だとか、関係無いぞ。今はな」

 と、リラックスして気持ちよさそうに発言する。


「元女だろうが!」

 と、クロードが指摘した。


「見られたからって別に減る物もなし。安心せい。別に今の発言をぺらぺらと喋る気はありんせん。じゃがまあ、わっちはわっちでお主らの色んな大きさを見れて感服はさせてもらってる」

「色んな大きさってなんだよ」


 ワタアメが俺のすぐ目の前まで流れ着いてきたので、手で触ってやる。

 餅みたいに柔らかく、低反発クッションの様に心地良い弾力がそこにあった。触る度にワタアメの耳がピクピクと反応する様は、見ていて面白い。


「くすぐったいのぅ」


 そう言うワタアメは満更でも無い様子だ。

 俺はワタアメのぷにぷにを堪能しながらも、ジーエイチセブンに話を振る。


「そう言えば、ワタアメとジーさんはブレイバーとしても付き合いが長いんだったね」

「ん、ああ、まあな。大分初期から知り合いだったし、共に向こうの世界を旅していた時期もある。とは言っても、ワタアメは例のマザーバグ実験の後の話だけどな。ワールドオブアドベンチャーで葵のワタアメを演じているのも、知っていた。あの首都対抗戦の日、急に夢世界で俺の夢主を脅してきた時は、驚かされた」

「首都対抗戦の日?」


 するとワタアメが口を挟んできた。


「ああでも言わんと、世界放浪中のジーさんは戻って来てくれんじゃろ」


 二人にしか分からない会話をしている様で、この話を紐解くには、きっと俺やサイカの記憶だけでは足りない。

 あの首都対抗戦と言うのは、もしかしたら俺とサイカが最初に出会って、バグも初めてゲーム内に出てきたあの日の事を言っているのかもしれないな。


 すると俺よりも置いてけぼりを食らっていたクロードが口を開いた。


「そっちの夢世界の話されたらついて行けないぜ。んで、ワタアメはこんなバグになる前はどんなんだったんだ? この前のミッティとの戦いで、身体が半分結晶化しててもあれだけ戦えてたってことは、相当強いってのは分かったんだけどよ」

「万全のわっちなら、この場の誰よりも強い。勿論サイカにだって負ける気はせん。バグの力だって使いこなせるし、キャシーよりも上だと自負しておる」

「その姿で言われても説得力ゼロだぞ」


 そう言うクロードはもっともであるが、嫌味を言われても全く気にしてないところを見ると、ワタアメは本当に自信があってそう言ってるのだろう。と、思った矢先、ワタアメの尻尾が伸びてクロードの頭を叩いていた。


「あいたっ!」

 と、間抜けな声を上げるクロード。


 するとジーエイチセブンが言った。


「ワタアメは気分屋で考えがよく分からないし、つかめない女だけどな、確かに戦闘能力は本人の言っている通りだってのが俺の認識だ」

「そうじゃろう、そうじゃろう。崇め奉れよ主ら」

「まあ、その、なんだ、そんな姿で現れるのは……なんと言うか、意外ではあるけどな。とりあえずワタアメと長い付き合いがある俺から言える事は一つだ。ワタアメは一匹狼タイプに見えるが、そうじゃない。誰かと一緒にいないと死ぬとか言い出すし、夜も誰かと一緒じゃないと眠れない、猫と言うより兎みたいな奴だ」


 猫よりも兎だなんて、とても意外な事を聞いた気がする。ただここ数日のワタアメの動きを思い返してみれば、納得のいく言葉でもあった。


「確かに、ワタアメがこっちに来てから、俺の傍から離れてないな。寝る時も布団に潜り込んで来るし」

 と、俺はワタアメを凝視する。


「な、なんじゃ。別に良かろう」


 改めて言われてしまったことで、恥ずかしそうにする丸い生き物。

 ちょっと可愛いと思ってしまった俺がいる。


 しかしクロードはまたワタアメに向かってふざけた事を言い出してしまった。


「俺と一緒に寝たいなら、まずは女の姿に戻ってからにしろよなー」


 再びワタアメの尻尾が伸びて、

「あいたぁ!」

 と、クロードの叫びが浴場内に響いたのは言うまでも無い。


 でもよく考えてみれば、そんな一人でいる事が苦手だというワタアメが、こんな訳の分からない現実世界で二年も孤独でいた事を考えたら……それはもう彼女にとって地獄だったのではないか。計り知れない孤独と戦い、人目を避けて、人知れずにバグと戦っていたのだと考えると、胸が痛くなる。

 だからこそ、俺はワタアメをこうやって救う事ができて、湯船に浮かばせてあげれている事に、これ以上の幸せはないと思った。



 では、今この世界の何処かにいると思われるサイカはどうなのだろうか。

 ワタアメと同じ様に、たった一人で、今も何処かで寒い夜を過ごしているのではないだろうか。



 その後、脱衣所で男三人、瓶に入った牛乳を飲み干した。と言うか、ジーさんの筋肉が凄い。クロードは細マッチョなアイドル体型で、ジーさんはボディビルダーみたいだ。

 俺はドライヤーでワタアメの身体を乾かしてあげていると、隣に置いてある扇風機の前で仁王立ちしているジーさんが思い出した様に話しかけてきた。


「そう言えば、エオナに会ったんだってな。どうだった」

「どうって言われても、ジーさんによろしくって言ってたよ」

「そうか。あいつ、まだ向こうで頑張ってるんだな」

「うん。バグとの戦争の真っ最中だってさ。向こうも大変みたい」


 すると、それを椅子に座ったまま長湯で逆上せた身体を冷やしているクロードが言った。


「時間軸が同じくらいと考えれば、あっちも二年くらい経ってるって事だよな。まだ戦争してると考えると、とんでもねーな。俺がまだ生きてた時は、そこまで規模の大きい戦いにはなってなかったはずだけど、ジーさんは何か知ってるか?」

「原因となったのは、バグの国だろうが……いったい何が起きたかまでは把握できていない。琢磨はどうだ?」

「彩乃さんが引き金になったって事だけ知ってる」


 乾いたワタアメが、ぴょんと飛び跳ねて俺の頭に乗り、説明をしてくれた。


「レクスの仕業じゃろうな。あいつはバグの王として君臨し、世界支配を望んでおった。いや、むしろそんな事はあいつにとってただの土台作りで、真の目的は次元の支配じゃ」

「次元の支配だって? 何を知っているんだ」

 と、俺が問う。


「琢磨はもう勘付いているのではないか。わっちとキャシーは、ゼノビアによって救われるまで、狭間で永遠の時を彷徨い、その過程で真理を見たんよ。レクスもそうじゃ」

「真理?」

「狭間とは次元の狭間を意味する。そんな存在は、わっちらの存在意義を根底から覆すものじゃ。現実世界と異世界、果たしてどちらが本物なのか。どちらも偽物なのか。その答えにレクスは至ったんよ。それこそ、生みの親であるサマエルでさえも利用して、支配を成し遂げようとしておる。その事にこっち側で最初に気付いてわっちという存在に接近してきたのは、ゲームマスターの一号という訳じゃな」

海藤武則(かいどうたけのり)……」

「1号の本名は知らぬが、その男が1号だと言うのなら、そうなんじゃろう。奴はわっちに色んな事を教えてくれたが、その時はまだ、普通の人間だったと記憶しておる」

「普通の人間が、バグを操るなんてできるはずがない」

「わっちと接点が無くなってから何があったかなど、知らぬのだから聞かれても答えられん」

「……なあワタアメ。そんなに前から特別な存在となっていたなら、どうしてサイカを遠ざけようとしたんだ。なんで彩乃さんを連れて行った。あんな事」

「今更言い訳にしかならんじゃろうが……葵と同じ特別な魂を持つアヤノは、必ずレクスに利用される。じゃからアヤノはわっちが保護をしたかった。サイカには……強い覚悟もないまま、何も知らないまま、こっちに踏み込むべきでは無いと思ったんじゃ。あの時はわっちも焦っていた。結局は何も上手くいかんかったし、サイカに乱暴な事をしてしまったのは悪かったと思っておる」


 ワタアメの説明によって、段々と今まで不明瞭だった事柄が紐解かれていく。彼女なりにサイカを思っての行動の数々だったのかもしれないけど、それにしても不器用過ぎだ。そして、ワタアメが懸念していた通り、サイカは巻き込まれ、奮闘した末にいなくなってしまったという訳だ。

 そしてワタアメは案の定、サイカよりももっと前から『特別なブレイバー』となっていたという事実も、本人の口から明らかとなってしまった。


 遅い。何もかもが遅すぎだ。

 でも今更、ワタアメを責めたって何にもならない。それは話を黙って聞いていたジーエイチセブンとクロードだって分かっている。


 そしてワタアメは俺の頭の上から洗面台へと飛び降り、振り返りながら聞いて来た。


「して、元サイカの夢主よ。お主はお主で何やら変わった存在になってしまっているようじゃが……まだ、わっちらに隠している事がないかえ?」


 核心を突く様な質問をワタアメがしてきた。

 さて、どうしたものか。これ以上の説明を、この場で話すにはまだ時期尚早だ。俺だって心の準備ができていないし、もう少し先延ばしにしたいところである。






 だから、男三人と一匹がそんなやり取りをしている最中、隣の女湯で起きていた事に話をすり替えて見る事にした。

 ワタアメの問いに対する俺の答えが気になっているかもしれないけど、今回はサービスの方を優先しよう。そういう回だしね。きっとそっちの方が需要あると思うからね。


 女湯では、千枝とケークン、そして朱里が湯船に浸かっていた。

 男湯よりも浴槽が広いし、浴場も綺麗になっているのは男女差別があるのかもしれないけど、とにかく彼女達もまた、一時の寛ぎを堪能しているのだ。


「極楽極楽ー。やっぱ風呂は最高だなー」

 と、ケークンが火照った顔を上に向けて言い放った。


 そこへミーティアが身体を洗い終わって、頭と身体にバスタオルをしっかり巻いた状態で浴槽へと足を運ぶ。

 だらしない格好で男みたいに浸かっているケークンを見て、ミーティアはしかめっ面で足を止めた。なぜミーティアがそんな顔をしたのかと言うと、彼女の目線の先には、ケークンの長い髪がそのまま束ねもせずに床や湯船に伸びている光景がそこにあったからだ。


「ケイ! なんなのその髪は! ちゃんと束ねないとみっともない!」

「別にいいじゃんかー。他に客がいるって訳でもないんだし。あたしは気にしないよ」


 ミーティアはそう言われ、他の二人に目を向けると、千枝はもともと髪が短めなので良いとして、朱里も髪を束ねてはおらず、赤い髪が湯船の中で踊っていた。

 なので、ため息を吐きつつ、湯につま先から入ろうとしたミーティアをケークンが言葉で止めた。


「おいおい、バスタオル巻いたまんま入る方がマナー違反だろーが」

「えっ!?」

「そういやみんなで一緒に入るの初めてだもんな。いいか、風呂ってもんは、タオルを使わずに入るのが当たり前だって真琴さんが言ってたぞ。日本人のマナーだってさ。なぁ千枝」


 突然、話を振られた千枝だったが、防水機能付きの携帯ゲーム機でゲームをしながらコクリと頷いた。


「だろぉ。だからミッティ、外せ外せ」

「えっ、でも……」

 と、顔を赤くしてもじもじするミーティア。


「別に恥ずかしがることじゃないだろ。ここに男がいるって訳でもないし、あたしらだってルールに則って入ってるわけだからさ」

「わ、わかったわよ」


 ミーティアは勇気を振り絞ってバスタオルを外し、綺麗に折りたたんで置いた後、改めて湯船に浸かる。

 手で胸を隠し、顔を赤くして恥ずかしそうにしていたが、肩まで浸かった事で少し安心感を得たようで、普通に湯船の底へお尻を着けて座った。


 隣にミーティアが座ったが、特にケークンは話しかけてくる事なく、今にも寝るんじゃないかというくらいうっとりとした表情で目をつぶっている。

 少し離れたところでは千枝がうつ伏せで浴槽の縁に両手を掛け、携帯ゲーム機のゲームで遊んでいる。そんな小さな背中の横では、朱里が口元まで浸かりながら憎悪と羨望と嫉妬に満ちた感情の目つきをミーティアとケークンに向けてきていた。ぶくぶくと泡を立てている。


「なによ」

 と、ミーティアが朱里に尋ねた。


「お前ら、良い加減にしろよ。なんだそのナイスバディは。なんだその無駄にツルツルな肌は。可愛いにも程があるだろう。わしもブレイバーと同じ人種になったってのに、この格差はなんだ。わしに喧嘩でも売ってるのか?」


 するとケークンがふっと微笑して答える。


「当たり前さ。あたしとミッティは、ワールドオブアドベンチャー生まれ。しかも体を創ってくれた夢主は男なんだ。理想のプロポーションってやつよ。ま、たまにブレイバーの中には変な風に創られちゃう可哀想なやつもいるけどね」

「ぐぬぬ。おい、千枝も人間代表として何とか言ってやれ」


 朱里がそう言ってきたが、特に他の人の身体に興味もない千枝は、

「んー、別にぃー」

 と、携帯ゲーム機のディスプレイから目を離さなかった。


「何をやってるの?」


 そう言って、ミーティアが湯船の中を四つん這いで移動して、千枝のすぐ後ろまできて覗き込む。

 映っていたのはワールドオブアドベンチャーのゲーム画面で、千枝はオリガミを操作してモンスター狩りをしている所だった。


「それ、もしかして私たちの夢世界の……へぇ、夢主からはそんな風に見えてるのね……ん?」

 と、ミーティアが自身の生まれ育ったゲーム画面に関心したのも束の間、ミーティアは千枝の背中にふと目をやった事で、驚きに打たれる。


 そう、千枝の小さい背中には古傷が無数に残っていて、切り傷や火傷痕の痛々しい見た目がそこにあったのだ。

 ミーティアにとっては、異世界で歴戦の兵士が体に残っている古傷を見た事があるが、それとはまた違う傷痕である。特に火傷の痕は、煙草の火を押し付けた様な小さな痕。切り傷も細かく沢山あって、剣や刀などの武器で斬られたと言うよりは、酷い拷問でも受けたのかと思わせる。


 この平和の象徴とも言える自衛の国で、こんな事があるのかと、ミーティアはしばらく言葉を失ってしまった。が、何とか気を取り直して、恐る恐る口を動かした。


「千枝、この傷痕は?」

「んー、昔、ちょっとね」


 なんて事を言って、ミーティアに構わずゲームを続ける千枝。


「ちょっとって! これが自然に付いた傷な訳ないでしょう!」


 すると、ケークンが言った。


「ミッティは千枝ちゃんのソレを見るのも初めてだったか。前につるんでた男にやられたらしい。あたしも初めて見た時は驚いたな」

「つるんでた男って……琢磨か! あいつこんなことを!」

「待て待て待て。琢磨は今の男だろ。前って言ってるだろ前って」

「じゃあその『前の男』の居場所を教えなさい」

「知ってどうすんだよ」

「斬る」


 そう言うミーティアの目は本気だった。今すぐにでもここを飛び出してしまいそうな気迫もある。


「ちょいちょい。お前まで警察に目を付けられるつもりか? 本人が忘れようとしてるのに、騒いでぶり返すな」

「でも! こんな事が許されるの!? この国は奴隷制度も無い、武力紛争も無い平和な国なんでしょ! それがどうして、こんな事が許されて良い訳ないじゃない! 警察は何をやってるの!」

「落ち着けよ。あたしらがどうこうする事じゃないって」


 口調に怒気が混じるミーティアを、ケークンが宥める横で、その様子を(うかが)っていた朱里が口を開いた。


「ドメスティックバイオレンスと言ったか……実に興味深い。劣等感の強い人間が、自身の優越感の為に親密な相手に暴力を振るう。その傷痕は、そんな闇を抱えた人間が優秀であると実感したいが為の証なのかもしれんな。そんなものを付けられても、相手を信じたいと思った志だけは尊敬に値するな」

「おい、何もそんな言い方することはないだろ」

 と、ケークン。


 朱里は何か興味深い事があると、ぶつくさ独り言を言う癖があり、二年経ってもそれは変わらない。

 そうやって周りに言われ放題な千枝だったが、特に気にする素振りもなく、ゲーム機を持ったままミーティアの方向に向きを変えて座った。


「別にもう昔の事だからさ。今はたっくんがあたしの彼氏で、たっくんは優しいから、それだけで良いの。他は何もいらない」


 本人がそう言った事で、ミーティアもやっと落ち着きを取り戻し、拍子抜けした様に力が抜けた。


「それで、琢磨とは何処までいったんだ?」

 と、話を切り替えてきたのは朱里。


「どどどこまでって、手を……繋いだ……ぐらい、あと、ちゅう……とか」

「ふむ……まぁ琢磨の場合、優しいと言うよりはヘタレだからな。どうせ千枝が震えて怖がるから、手が出せないってところだろ」

「そんな事言わないで!」

「わしは琢磨と一緒の布団で寝た事が何度もあるぞ」


 ポチャリ。

 千枝が驚きで両手に持っていた携帯ゲーム機をお湯の中に落としてしまい、ゆっくりと湯船の底へと落ちて行ってしまった。防水なのでお湯の中でもゲームは起動したままであり、その画面には先ほどまで千枝が操作していたオリガミの姿が映されている。


 そんなゲーム機を落としてしまうほど動揺を隠せない千枝を見て、朱里は勝ち誇ったかの様な表情を浮かべた。ただ潜り込んで一緒に寝た事があると言うだけなのだが、あえてそれについては話さない朱里である。

 だけど、千枝にとっては大問題であった。金魚みたいに口をパクパクさせて、行き場の無い両手が固まっている。


「たっくん……たっくん……」


 ただ琢磨の名前を呼ぶだけの自動人形となってしまった千枝に向かって、朱里は言葉を添えた。


「悔しかったら、そんな傷を理由にせずに、堂々と琢磨に接する事だな。長袖で肌を隠して、いつまでも震えた子猫のままじゃ、恋人として見て貰えんぞ」


 するとミーティアが言った。


「安心しなさい。何かあったら私が琢磨を斬るから」

「それはダメ!」


 そんな会話のやり取りを聞いて安心したケークンは「ふぅ」と息を天井に向けて吐いた後、思い出したかの様に言い出した。


「そうだ。みんなに面白い体験させてやるよ」

「面白い体験?」

 と、ミーティアがきょとんとした顔になる。


「にひっ。まぁ見てろって。おーい、ゼニガタマルー、いるかー!」


 ケークンがそう言うと、何処からともなく機械的な音声が聞こえてきた。


『はい、ケークン。ご用件はなんでしょう』

「ジャグジーを起動してくれ」

『分かりました。ジャグジーを起動します』


 ケークン以外の三人が突然の機械音声に、思考が追いつかず戸惑いの表情を見せている中、浴槽の仕掛けが動き出す。

 浴槽の側面や底などに備えた装置から気泡が吹き出て、水面がぶくぶくと激しい泡を放出し始めた。


「なにこれ!」

 と、ミーティアが驚き、

「おーこれは凄い!」

 と、朱里が目を輝かせる。


 千枝は慌てて沈んでいた携帯ゲーム機を回収して、浴槽の外に置いていた桶の中に避難させた。

 そうやって気泡に包まれた女四人は、すぐにその気持ち良さに気付かされ、和やかな笑顔が零れる事となった。


 特に会話もなく、各々が気泡による刺激を堪能して、安楽の時を過ごす。

 そのはずだったが、しばらくして浴場の自動ドアが開いた事で空気が変わる。四人が一斉に顔を向けると、そこには真っ白な肌で高身長、そして床に着きそうなほど長く無造作のダークフロンドヘアを持った女性が立っていた。


 下村レイである。


 意外な人物が浴場にやって来たことで、あまりの意外さと、初めて見る彼女の裸に誰もが唖然としてしまう。


「なんだ、お前たちか」

 と、レイは手ぶらで浴場に入ってきた。


 そして洗い場に移動して、

「ゼニガタマル、お願い」

 と、声を発しながら風呂椅子に座る。


『かしこまりました』


 鏡の横に穴が開いて、機械式の手がスポンジを持って飛び出して来たと思えば、器用で繊細な動きでレイの身体を洗い始めた。髪も顔も身体も全て同時にだ。

 レイは何もしていないのに、全自動ロボットが効率的に洗ってくれるという機能がそこにあった。


「「「「はああーーー!?」」」」


 今まで手洗いで洗ってきた彼女たちにとって、レイが見せつけてきたそれは衝撃であり、思わず声を上げてしまう。


「ん? どうした?」

 と、ロボットに長い髪を丁寧に洗われながら、顔を向けてくるレイ。


 なぜ先に入ってる四人が口を開けたままこちらを見ているのか、レイにはさっぱり理解できないといった様子だ。

 だけど、この全自動洗身マシーンもさることながら、下村レイが風呂に来ているという事実が可笑しくて笑いが込み上げてくる。ミーティアもケークンも、千枝も朱里も、腹を抱えて笑った。今この時、この場は胸に温かいものが滝の如く流れ込んできたかの様な、そんな空気に包まれた。


 気泡溢れる湯船の中で笑い声を上げる四人を見たレイは、

「まったく、おかしな奴らね」

 と、微笑するに至った。






 その後、女湯でどんなやり取りがあったかと語りたいところだけど……そうだね、少し飛ばして、それぞれが浴衣を身に付けて脱衣所から出た所から話そうと思う。

 偶然か必然か、男性陣と女性陣は鉢合わせる事となった。


 そしてどうぞ使ってくださいと言わんばかりに置いてある卓球台が目の前にある。

 するとケークンとクロードは二ヤっと笑い、何か面白い遊びを思いついた。ので、何をやるのか察した下村レイは何も言わずにその場を去って行った。


 そう、ここからは男と女と猫バグの『卓球勝負』が始まる事となる。

 なぜか卓球台とピンポン玉はあるのにラケットは無いし、勝手に勝ち抜き形式で全員参加になるし、ケークンとクロードはノリノリだ。まぁ、付き合ってあげるしかなさそうである。


「さぁ勝負だ男ども!」


 ケークンがそう言って自信たっぷりな表情で、スリッパを手に持ってそのつま先を相手に向ける。

 するとクロードもスリッパを持ち言い返す。


「良い度胸だゴリラ女! やったれジーさん!」

「俺かよ!」


 ジーエイチセブンはいきなり指名されるとは思っていなかったので気が抜けたが、

「しょうがないな。付き合ってやるか」

 と、スリッパを手に持った。



 スリッパ卓球。

 ラケットの代わりにスリッパを使うこと以外は、普通の卓球と同じルールで行われ、実際に大会も開催された事があるスポーツ。だからスリッパを使っているからと言って、決して気が抜ける勝負ではない。しかもそれをやるのがブレイバーなのだから、普通の試合にはならないはずだ。




 ケークンとジーエイチセブンの勝負は、最初からパワーとパワーのぶつかり合いでかなり良い勝負だった。しかし、ケークンが勢い余ってピンポン玉を粉々に粉砕してしまった為に敗退。

 続いて、運動音痴の千枝と朱里はジーエイチセブンに手も足も出ずに敗退。


 女性陣の大将として登場したのはミーティア。


「だらしない。女の意地ってやつを私が見せてあげましょう」


 腕捲りをしながらそう言うミーティアの両手にはそれぞれスリッパが有り、最初から得意の二刀流である。

 彼女の卓球は見事なもので、ジーエイチセブンが打ち込む玉を全部弾き返し、しっかりコート外に落ちる玉も見極め、そして完勝した。


 次はクロードが出る。


「ジーさんに勝ったくらいで良い気になるなよミッティ」


 自信たっぷりなクロードであったが、得意な射撃とは訳が違った為か、ミーティアに完膚なきまでに叩きのめされ敗退した。

 そして男側の大将として残ったのは俺になる。


「えぇ、俺もやるの?」

「やったれ琢磨! 俺たちの仇を取ってくれ!」

 と、クロードが持っていたスリッパを俺に託して来た。


「やるしか……ないか」


 俺はスリッパを構える。


「たっくん頑張れ!」


 そう言って熱い眼差しを向けて来ているのは、両腕でワタアメを抱きかかえている千枝だ。お前はどっちの応援をしてるんだ。

 そして卓球台の向こう側にいるミーティアは、俺が相手でも容赦するつもりは無いらしく、真剣な表情をこちらに見せて来ている。これは勝てないかもしれないな。


「私は貴方を倒します。千枝ちゃんの為に!」

「えっ!?」


 何言ってるんだこいつ。と思った矢先、ピンポン玉が飛んできた。


 速いっ!


 だけど甘く見たなミーティア。

 俺は学生時代に野球部だった。得意技は格闘ゲーム。そしてもう人間じゃ無い。


 音速で飛んできたピンポン玉を打ち返す。そしてミーティアも打ち返してくる。

 ミーティアに隙は無く、何処に打っても鋭く返してくる。


 必死に抵抗する俺と、スリッパ二刀流で華麗に踊るミーティアを見ていたワタアメが、千枝の腕の中で解説した。


「やるのぅ。琢磨の動きも意外じゃが、やはりミーティアのあの技は厄介じゃ。あれではまるで一人で二人を相手にしている様なもの。いくら琢磨でも、これは無理じゃな」


 実際、ワタアメの言う通り、スリッパが壊れるんじゃないかと思うくらいに奮闘したものの、俺の負けで終わった。


「ミーティア……少しは手加減しろよ」

 と、俺が息切れしながら言う。


「どう! これが女の力よ!」


 ミーティアの一人勝ちで、男性陣の完敗。という情けない結果を前に、動いたのはワタアメだった。

 千枝の腕から飛び出たワタアメが卓球台の上に乗る。


「卓球のルールは理解した。どれ、わっちが調子に乗ってる小娘に、上には上がいるという事を教えてやるしかあるまい。琢磨、スリッパを寄越せ」


 そんなロールプレイングゲームのスライムみたいな体でいったい何ができるのか理解できないが、とりあえず俺はスリッパを差し出す。

 ワタアメは伸ばした尻尾でスリッパを器用に巻き取り、それを振り回して軽く準備運動した。それを見たミーティアは言う。


「卓球において、台に触れるのはルール違反よ」

「スリッパを両手に持ってる方も大概じゃろう。なに、わっちの体に玉を当てる事ができたら、お主の勝ちでいい。どうじゃ? 逃げたいなら逃げたいでわっちは一向に構わんぞ」

「ふざけた事を。良いでしょう。その勝負乗るわ」

「良い覚悟じゃ。わっちにとってもお主には借りがあるからの。ほれ、掛かってきんしゃい」

「ええ、二度目の敗北を味あわせてあげるわ!」


 ブレイバー対レベルワンバグ。

 もはや男と女の戦いでは無くなり、稲城市であった戦いのリベンジ戦となっている。ミーティアの手には剣ではなくスリッパ、ワタアメの尻尾には短剣ではなくスリッパ。まあ、命の危険性は無いだろう。


 ワタアメの尻尾捌きはまるで鉄壁で、文字通りそこに壁でもあるかの様に全ての玉を打ち返していた。

 ミーティアのスリッパ捌きも相当なものだが、ワタアメはもう次元が違う。


「ふむ。この体にも慣れてきた」

 と、ワタアメは平然とどんな玉でも拾っていた。


「やるわね! なら、これならどう!」


 ミーティアが強烈な一打をワタアメの本体に向かって放つも、ワタアメは全く動じずに尻尾で持ったスリッパでそれを弾く。

 もう何というか、必死なミーティアに対して、ワタアメは卓球台の上で余裕を見せる魔王だ。


 二刀流の彼女はフォアハンド打法を基本としながら、ツッツキ、ドロップショット、フリック、ドライブ、ロビング、カットといったあらゆる卓球の技を駆使してしぶとく粘っているけど、じりじりと猫に得点を許し、やがてミーティアは負ける事となる。

 いや、もう、ミーティアが勝てないんじゃ誰も勝てない。例えオリンピックの金メダリストだってワタアメに勝つのは無理だろう。


「宮本武蔵スタイルもその程度かえ?」

「くっ。もう一回よ! 次こそ!」

「お主の十一点ストレート負け。何度やっても結果は同じじゃ」


 うん、俺もその通りだと思う。

 そう言えば、卓球って大きな大会だとストレート勝ちしてはいけないという暗黙のルールがあるとか、昔聞いたことがある。


「てか、宮本武蔵って、どこでそんな言葉覚えたんだワタアメ」

 と、俺が問う。


「ずっと暇な時が多かったのでな。拾った漫画で学んだまでじゃ」


 宮本武蔵が出る漫画って……もしかしてアレか?

 まあいい。とにかく、いつの間にか俺のすぐ隣まで寄って来ていた千枝がいたので、俺は彼女の肩に手を回して、そっと自分の方へと引き寄せた。


 嬉しそうな表情を浮かべて寄り添ってくる千枝の髪から、シャンプーの良い匂いがする。


 そうやって少し良い雰囲気になった俺と千枝、負けた事を悔しがってるミーティア、卓球の事なんか忘れてジーエイチセブンと話し込んでるケークン、朱里は横にあったソファで寝ていて、クロードはその横に座って缶チューハイを飲んでいる。

 ほんと、こんな学生みたいなノリのこいつらが、自衛隊の親戚で人類を守る組織BCUのメンバーなのだから、ちょっと信じられないよな。


 スリッパ卓球の余韻に浸り、今日のところは解散となる雰囲気だったが、施設内で放送が流れた。エマージェンシーを知らせる電子音と共に、戦術作戦部に所属する女性の声が流れ始めた。


『緊急出動命令。緊急出動命令。千葉県千葉市にある銀行内でバグが発生。陸上自衛隊より応援要請。現在、習志野駐屯地より対テロ特殊部隊が現場に急行、交戦中とのこと。ブレイバー出撃準備。繰り返します。ブレイバー出撃準備。戦術作戦部の明月部長は第一司令室へお願いします』


 俺達の休息も終わりみたいだ。

 浴衣姿のブレイバー達は放送を聞いて移動を開始する。ワタアメはまた俺の頭の上に乗っかって、走っていくブレイバー達を一緒に見守ってくれた。朱里は何も気にせずソファで寝たままである。おいクロード、缶チューハイは置いてったらどうだ。






 

 人の疲れが癒される瞬間は、どんな時だろうか。


 寝ている時、酒を飲んでいる時、風呂に入っている時、友人と会話をしている時、読書をしている時、ゲームをしている時……いや、今回の場合、みんなでスリッパ卓球を楽しんだ事がそうなのかもしれない。たまにはそんな休息を得なければ、人もブレイバーも自らの力を百パーセント発揮する事なんてできないと俺は思う。

 今回、男湯と女湯でされた会話や皆で卓球をした事が、今後どんな意味を成すのかは分からない。もしかしたら意味は無かったのかもしれない。でも一つ言える事は、確実に俺たちの心の距離は縮まったという事だ。


 なあサイカ。いつかキミとこうやって、みんなで、一緒の時間を過ごせる日が訪れると……俺は信じているよ。






◆ゼニガタマル

 下村レイが開発したAIプログラム。元々は下村レイのパソコンで作業のサポートをする役割を持っていたが、BCU本部の施設を作る際に施設管理AIプログラムとなった。その為、施設内部には下村レイの独断で様々な仕掛けが施されており、ゼニガタマルは設備の事は大体何でもやってくれる何でも屋さんに近い存在である。


◆スリッパ卓球

 ラケット代わりにスリッパを使ってやる卓球スポーツ。

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