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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
71/128

71.新宿殲滅戦


 俺が今まで召喚してきたブレイバーのその後は、大きく分けて二つに分かれる。


 こっちの世界にそのまま存続する者と、役目が終わったらあっちの世界への帰還を望む者。

 今回、俺が久々原さんから召喚したエオナは後者であり、彼女はまだ向こうでバグとの戦乱の最中であった。ブレイバーとして彼らは生を全うしていて、こっちの世界での事はあくまでついで程度である。


 エオナはそれでも、初めて会った自身の夢主との会話を明け方まで楽しみ、そして日の出と共に帰還を望んだ。


「また会おう」


 そんな別れの挨拶をしたエオナは、久々原さんとワールドオブアドベンチャーで経験した思い出話を楽しんで満足した様で、別れ際の言葉が少なかったと思う。


「そっちも大変だろうけど、頑張って」

 と、俺はエオナの小さな頭に右手を乗せる。


「それはお互い様。ジーさんにもよろしく伝えておいてくれ」

「わかった」

「……それじゃあ、頼む」

「ログアウト」


 俺の右手が青く光り、エオナの身体は光の粒となって空へと舞い上がり消えて行く。その中から一つ現れた白い光が、久々原さんの胸の中にそっと静かに戻っていくのも見える。そしてまだ輝きを失っていないホープストーンが、ぽとりと床に落ちて転がった。

 これでエオナというブレイバーは、一旦の役目が終わり、向こうの世界へと帰還する事となる。


 きっと彼女は、今回の出来事を仲間のブレイバーに話すだろう。

 そうやって互いの世界で起きている事を共有して、団結して行くのが俺とブレイバー達との絆となっているのだと思う。


 帰りの福岡空港で、俺は久々原さんをBCUに来ないかと誘った。エオナという貴重な戦力は久々原さんを通さないと実現しない事なので、こうやって今までも仲間の勧誘をして来ている。


「いきなりは無理ばい。行くなら大学も休学しないかんて思うし、親の説得もあるけん。ばってん、前向きに検討します」


 そんな模範解答が久々原さんの返事だった。


 あれだけの非日常を経験して、それでも久々原さんが東京まで来てくれるかどうかは五分五分といったところだろうか。

 交通費や住居は一切心配しなくて良い事だけは伝え、推薦状を手渡し、俺と千枝は久々原さんと別れて東京行きの飛行機に乗った。






 帰りの機内でどう過ごしたとか、東京に着いてから何を食べたとか、そんな事を説明していても仕方が無いのでもう少し実のある話をしよう。

 さっきブレイバーの中には『こっちの世界にそのまま存続する者』もいると言ったけど、実はBCUには既に四人の強力なブレイバーが務めているのだ。


 俺が今まで召喚して来たブレイバー達は、二年前に狭間で得た『サイカの記憶』と『ブレイバーからの紹介』が頼りになっていて、そこから夢主の特定と選別をして召喚に及んでいる。

 そしてその中で、あっちの世界に帰還する必要が無い……いや、『帰還する事が出来ないブレイバー』と言ったら何となく理解して貰えるだろうか。


 今回は少し、彼らにスポットライトを当てて話して行こうと思う。






 俺が福岡での任務を終えて、数日が経った頃、東京都新宿区でバグ出現の事件が起きた。

 時刻は二十時過ぎ。新宿駅のすぐ近くに位置する新宿センタービル付近で、人間と同じくらいの大きさをした蜘蛛の様なバグが大量発生して通行人を襲い始めた事を切っ掛けに、警察が辺り一帯を封鎖。新宿警察署の目と鼻の先だった事もあって、警察の対応は驚くほど早かった。


 その後、内閣総理大臣からの緊急出動命令を受け、練馬駐屯地から陸上自衛隊一個連隊が出動。ビル周辺一キロの範囲で包囲網を敷いた。

 現れたバグは動かなくなった人間の捕食が第一優先で、包囲網の外へと出ようとはして来なかった。それもあって避難誘導は何とか迅速に行え、やがて自衛隊による包囲網の中に民間人はいなくなった。


 そんな中で、目視で確認できただけでもバグの数は三十体ほど。

 バグ出現から自衛隊による包囲網が完成するまでの僅か一時間の間、約百人の死者と約三百人の重軽傷者が出るという惨劇の場所となってしまった。そして妙な静けさが地球の重力を強めてしまったのではないかと思えるほど、重苦しい空気になり新宿センタービル前を支配していた。


 そして臨時設置された天幕の中では、通信係による部隊間の指揮連絡のための通信が行われている。


「民間人の避難完了です!」

「了解。撃ち方始め! 繰り返す、撃ち方始め!」


 綺麗な隊列で包囲網を固めていた部隊の分隊長が通信を聞き、そして隊員達に命令する。


「撃ち方用意! 一斉射撃! 撃てぇぇ!」


 民間人の避難が完了した知らせと同時、新宿のど真ん中で自衛隊による銃弾の嵐が飛び交う。こんな事が日本で起きるなんて、信じられないかもしれないけど、今となっては初めてという訳でもないんだ。

 蜘蛛型バグは、ビルの側面に張り付いていたり、道路を縦横無尽に動き回り、ある所では息絶えている人間を貪り食べている。



 上空には自衛隊の偵察ドローンが飛び回り、更にその上空で旋回しているテレビ中継のヘリコプターでは、レポーターが必死に状況を説明していた。


「たった今、民間人の避難が完了したとの情報が―――あっ! 今、自衛隊が発砲を始めました! 発砲しています! 信じられない光景です! 至る所で銃声が鳴り響いてます! ビルには蜘蛛のような怪物が無数に張り付いており、道路でも人が襲われてる姿も見えます! 大変な事になって参りました!」



 本来、通常兵器が一切通用しないバグであるが、自衛隊の対バグ特殊ライフルとなった一九式小銃が放つ銃弾にはホープストーンが組み込まれており、バグに対してダメージを与える事が出来ている。

 実はこの新宿での戦闘が、自衛隊にとってもこの特殊武装を初めて使用する場でもあった。


 自衛隊が次々と蜘蛛バグを消滅させていく。


 それもこれも、こうやって自衛隊が戦う術を得たのは明月(あかつき)朱里(しゅり)という異世界からやってきた天才少女の発明のお陰でもある。コアを撃ち抜けば消滅してしまうのだから、それはまるで彼らにとってはシューティングゲームの様な感覚に近い事だろう。

 撃って消える、撃って消える、撃って消える。


 ついには習志野駐屯地から派遣された陸上自衛隊の対テロ特殊部隊までもが到着し、洗練された動きで小隊が包囲網の中へと突入を開始。大通りを二手に分かれ、建造物の壁に沿って歩き、死角を作らず的確にバグを仕留めて行った。

 また、周辺各ビルには狙撃隊も配置され、彼らの連携は見事としか言いようがない。



 おっと、俺は別に自衛隊の事を話したい訳じゃないんだ。

 この新宿での戦いは、自衛隊の圧勝と思われた。が、そうじゃなかったんだ。


 倒しても倒しても、蜘蛛バグは何処からともなく現れて、一向に数が減る気配が無かった。

 自衛隊が使っている特殊ライフルの弾もまだ準備が不十分だった事もあり、段々と弾切れを起こす隊員が増えていく。


「弾だ! 弾をくれ!」


 そんな怒鳴り声が飛び交い、補給係の隊員が弾を大量に背負って走り回る事となっていた。

 自衛隊員も襲われ始め、段々と犠牲者が出始めた所で、防衛省大臣直属の対バグ攻性組織『BCU』に所属するブレイバーが現場へと到着した。


 自衛隊が死闘を繰り広げる新宿の上空を、最新鋭輸送機オスプレイが通り過ぎたと思えば、そこから一人飛び降りてくる。

 二百五十メートル程の高さから飛び降りたのは、ブレイバーのケークン。彼女は戦場の中心位置に飛び降り、普通の人間であれば無傷では済まない落下の衝撃を耐え、舞い降りた。


 自衛隊の装備と比べれば、私服にも見える軽装をした彼女は、決め顔で言いたかった台詞を一つ。


「待たせたな」


 こっちの世界に召喚されてから学んだ決め台詞だったが、ライフルの発砲音で騒がしい戦場なので、誰も聞いている者はいない。

 それでもケークンは言えたという事実に満足気で、笑みを浮かべながら受け身の低い姿勢からゆっくりと立ち上がる。


「うぷっ」

 と、せっかく格好良く登場したのに、乗り物酔いで血の気が引いて足元がふらつくケークン。


「これだから空飛ぶ機械は苦手なんだ。えっと……数は……ひー、ふー、みー……へぇ、なかなか多いじゃん」


 そんな事を言ってケークンは見える敵を数えながら拳をポキポキと鳴らし、小さく飛び跳ね、軽く準備体操を行うほどの余裕を見せる。

 すぐ近くで人間を食べていた蜘蛛バグがケークンに気付き、素早い動きで噛み付こうとしてきた。するとケークンはそのバグを見る事なく、後ろ回し蹴りでバグを吹き飛ばしてしまう。


「まずはひとつ」


 蹴り飛ばされたバグはビルの壁に叩き付けられ、豆腐を壁に叩きつけたかの様にぐしゃりと潰れ、そして消滅した。

 そこからケークンは気を取り直し、夢世界スキル《残影》を使って高速移動を開始。


 殴りと蹴りで、周囲の蜘蛛バグを反応すらさせる暇もなく潰していく。さながら長時間露光の映像の様に、ケークンの残像が線を描き、その線が触れたバグは尽く消滅した。

 跳躍力も凄まじく、ビルからビルへと跳んで壁に張り付いているバグをも倒す様は、空を飛んでいる様に見えた。




 そしてもう一人、警察の封鎖ラインぎりぎりまで群がっている野次馬や報道陣、オカルト集団などを掻き分けて進む男がいた。


「はいはーい。通るよー。ちょっと失礼ー」


 鎧を着て、背中には大きな剣、左腕には盾を装着した彼の名はジーエイチセブン。仲間内からはジーさんという愛称で呼ばれる髭面男だ。

 側から見ればコスプレイヤーにも見える彼が、人混みを抜けて民間人に下がる様に叫んでいる警察の元まで辿り着いた。


 ジーエイチセブンが防衛省大臣直属の対バグ攻性組織『BCU』のメンバーである事を証明する手帳を見せると、警察は道を開けてくれたので、足早にそこを通り過ぎた。

 自衛隊による包囲網も、同じように手帳を見せて通してもらい、やっとの思いで戦場へと到着。


 蜘蛛バグの大きさや動きを観察した彼は、

「レベル二寄りの三って所か」

 と、バグの強さを目視で測っていた。


 そこで彼がまず向かったのは、自衛隊の対テロ特殊部隊の所だ。

 頭の上を銃弾が飛び交っている中でも、ジーエイチセブンは堂々と歩き、部隊の隊長と思われる人物に近寄った。そして彼は言う。


「俺が前に出て惹きつける。援護は任せた。誤射はしてくれるなよ」

「誰に言っている」

 と、隊長はハンドサインで指示を出し、陣形を援護態勢に変えた。


「頼んだ」


 ジーエイチセブンはそう言い残し、右手で背中に背負った剣を抜き、左腕で盾を構え、地上で一番バグが密集している所へと走り出した。

 剣士の夢世界スキル《ディバインシールド》を発動して、大きな盾を金色に輝かせ防御力を大幅に上げると、挑発スキルの《タウント》で周囲のバグの群れを挑発。


 捕食していたバグも、自衛隊員に襲い掛かろうとしていたバグも、全てその挑発の気配に釣られ、バグ達が一斉に彼の元へと走り出す。ビルの側面を移動していたバグまでもが、道路の真ん中で構えているジーエイチセブンに向けて飛び掛かっていた。

 自衛隊の対テロ特殊部隊は空かさず隊列を組み、ライフルを構えると、隊長が命令した。


「援護射撃!」


 放たれる銃弾は、ジーエイチセブンの周辺に群がる数十体のバグを次々と消滅させて行く。討ち漏らしたバグは、ジーエイチセブン自らが右手で握った剣で斬り、左腕の盾でシールドアタックを仕掛けてバグを弾き飛ばしていた。





 二人のブレイバーの登場は、その存在自体を初めて見る自衛隊員にとって奇妙であった。

 明らかにこの場にそぐわない時代遅れの装備で、生身でとんでもない破壊力を見せつけてくる彼らを目撃した自衛隊員の一部は、見惚れて撃つのを止めてしまっている者もいる。


「なんだあれは……」

 と、思わず口に出してしまった一人の隊員の横で、ベテランの隊員が説明した。


「怪物専門の特殊部隊BCUには、異次元から来たブレイバーと呼ばれる戦闘のプロがいる。俺も見るのは初めてだが……きっとあいつらがそうなんだろう」

「銃弾が怖くないのか?」

「怖がるような奴らに見えるか?」

「……アメコミのヒーローかよ」


 一部の隊員達がそんな無駄話をする程、ブレイバーの登場で戦況に余裕が出来たという事だ。

 そんな中でも、ジーエイチセブンが多くのバグを釣ってくれたおかげで、動きやすくなったケークンがビルからビルへと飛び移り、ジグザグに上を目指していた。


「さて、親玉は何処かね」


 この無数に出てくる蜘蛛バグ達には親がいると睨んだケークンは、付近のビルの何処かに其れがいると勘ぐり探しているのだ。バグの動きからして、建物の上層部にいるはず。

 ケークンの読みは当たっていた。新宿センタービルの四六階に位置する場所で、ビルの側面にポッカリと空いた穴を発見したのだ。そこから蜘蛛バグが出てくるのも確認しつつ、ケークンは向かいにあるコクーンビルの窓を蹴って跳び、その穴へと飛び込む。


 そこにいたのはオフィスの中心に出現した大きな植物の蕾、少し紫がかった黒色のバグだった。

 図体は大きく、部屋中に蔦を伸ばして、周囲に放置されているパソコン端末を取って食べている。そうやって体内に要素を取り込んで溶かし、バグを生成しているのだろう。


 ケークンが飛び込んだ時には、正に次のバグを生成して頭から放出しようとしている場面だった。


「よう、こんな所でマザーバグの真似事か?」


 そう話しかけると、蕾バグはケークンの存在に気付き、端末を食べる事を放棄して蔦を伸ばしてくる。

 ケークンはそれを身軽な動きで避けるが、ちょうどスキル《残影》の効果が切れてしまった事もあって、鞭の様に攻撃してきた蔦に弾かれ、窓ガラスを突き破り、外へと飛ばされてしまった。


 咄嗟に窓の縁を掴んだケークンは、何とか落下を免れ、

「あぶねぇあぶねぇ」

 と、苦笑いを浮かべる。


 すると今度は、ケークンが片耳に装着していたイヤホンマイクに通信が入った。


『悪いなケイ。俺が仕留めさせて貰うぜ』

「はっ!? 待て待て! アレはあたしの獲物だ!」


 ケークンに通信を入れたのは、そのビルの穴が良く見える百メートルほど離れた位置でホバリングして待機していたオスプレイの中。電子制御がされた最新型スナイパーライフル・マイルメーカーを構えているブレイバーの男だった。

 金髪で黒の迷彩服とマフラーを着て、オスプレイの中から狙撃態勢に入っている彼の名はクロード。


 スコープ越しに穴の中に見える蕾を捉えていて、ケークンの通信を入れた直後、彼は引き金を引いていた。この時の彼はアドレナリンが大量に分泌され、周りの物音が耳に入らなくなっている。オスプレイのエンジン音とプロペラが風を切る音だけが、彼の脳内に響いて、引き金を引いてから弾が出る時間までもが非常に長く感じるほどだ。

 口径八・六二ミリの特殊ラプアマグナム弾が、ビルに空いた穴を通り抜け、蕾バグに命中。クロードは続けて二発目、三発目と弾を捻じ込み、やがて一発の弾がバグのコアへと到達した。


 ケークンがよじ登り、部屋の中へと戻る頃には親玉であったその蕾バグは消滅を開始していて、まんまと良い所を持って行かれた事に彼女は不満げな様子でオスプレイを見る。


「ふざけんなよ! 手柄横取りしやがって!」

『決して漁夫の利しようとしてた訳じゃねーからな。お前がピンチだったから助けた。それだけだ』

「はぁ!? アレの何処が! 大体クロはいつも安全な所からバンバンバンバン撃ちやがって、たまには前出て戦えっての!」

『それが俺の戦い方だ。お前だってな、毎回毎回オオモノばっかり狙いやがって。少しは敵の数を減らす努力をしろよ。文句言う暇あったら残りのバグを片付けろ』



 通信で口喧嘩を始めた二人の会話は、地上でバグの残党狩りをしているジーエイチセブンの片耳に装着しているイヤホンマイクからも聞こえていた。

 また始まったかと、呆れ顔を見せながらジーエイチセブンは通信に割って入る。


「うるさいぞお前ら! 少しはBCUとしての自覚を――」

『『ジーさんは黙ってろ!』』


 こうなるとしばらく止められない。

 ジーエイチセブンはそれ以上何を言うでもなく、そっとイヤホンマイクの電源を落とし、自衛隊員と共にバグを追いかけた。


 そんな時、彼らは見てしまった。


 ビルの屋外広告で、ワールドオブアドベンチャーの電子ポップが大きく掲げられていて、そこにサイカが映っている。まるでそこにずっといたかの様に、昔と変わらぬ忍び装束のサイカが息づいて、笑顔をこちらに向けて来ていた。

 ジーエイチセブンはそれを見上げ、クロードは上空を飛ぶオスプレイからそれを見下ろし、ケークンは割れたビルの窓からそれを眺める。そして次元を跨いだ先駆者とも言えるサイカとの思い出をそれぞれが思い出し、各自が笑顔のサイカと見つめ合う事となった。


 すっかり落ち着きを取り戻したケークンが、

「なあクロ。サイカに会ったら、どうするつもりなんだ?」

 と、クロードに問いを投げた。


『……さあな、考えた事ねーよ。作戦完了だ。ケイはジーさんと合流後、予定通り新宿御苑に来い。そこで拾う』

「……了解」






 そうやって自衛隊とBCUによるバグ殲滅作戦は勝利で幕を閉じた。

 この時の被害は、民間人の死者が百三十名、四百名あまりが重軽傷を負い、警察や自衛隊員も数名負傷者が出た。最終的に百体近くは出現していたと思われる怪物を相手に、たったこれだけの犠牲で済んだのは、やはり彼らブレイバーの活躍があっての事だと俺は思っている。


 しばらくはニュース番組や新聞で大きく騒がれ、彼らブレイバーの事も噂される様になるだろう。

 でもそんな事を気にしてる程、俺たちにだって余裕は無いんだ。バグという異次元生物が、なぜこっちの世界に現れる様になったのか、その謎を追いながら戦い続けているのだから、世間体なんてどうだっていい。


 さて、新宿でそんな大事件が起きた日、俺はBCU本部の施設にいた。ここの説明もしておこう。

 BCUの本部は東京都江東区に設けられた四階建ての建物。陸上自衛隊の厳重な警備に守られていて、網膜認証やら赤外線センサーなどの防犯セキュリティを揃え、最新テクノロジーの詰まった施設となっている。オスプレイを二台保有している為、屋上には二台分の発着場もある。

 内部の施設としては……司令公務室、第一司令室、第二司令室、作戦会議室が三つ、監視室、記録室、修復室、朱里研究室、下村専用室、次元技術研究室、ホープストーン製造施設、トレーニングルーム、仮眠室が複数。そして浴場までもが設けられ、これでもかと言うくらい部屋や施設が用意されていて、その全てが自動ドアである。


 BCUの戦術作戦部に所属するメンバーが揃い、新宿の中継映像を映した沢山のモニターが取り付けられた第一司令室に俺はいる。

 新宿でのバグ殲滅戦がいったいどうなってしまうのかと、体に沁みるような緊張に襲われながらドローンによる中継映像を見守っていたし、クロードが親玉を仕留めて戦闘が無事に終了した時は安堵の息を漏らしていた。


 やがて現地に出向いた三人のブレイバーが戦いも終わり、オスプレイで本部がある東京都江東区まで帰還を始めた時だ。

 新宿から三人が戻ってくる直前、今回の任務には参加しなかった四人目となるブレイバーが別任務を終えて帰還していた。オスプレイで到着して早々、第一司令室まで鬼の形相で彼女はやってきた。


「琢磨! 琢磨はいるか!」


 新宿での作戦が終わり、喜びの空気に満ちたこの司令室に怒りの感情を持ち込んできた。

 俺が振り返ると、彼女の拳が俺の頬を殴り、首の骨が折れるんじゃないかというくらい重たい衝撃に襲われた。床に倒れた俺が見上げると、そこには西洋の鎧を纏い、赤と青の双剣ツインエッジを背負った金髪の女剣士がいた。


 彼女の名はミーティア。


 周囲の者達が驚きで静まり返る中、俺を何の躊躇も無く殴り飛ばし怒気を帯びたミーティアは、歯を食いしばって睨みつけてきた後に言った。


「サイカはどうしたの!」


 今回紹介したブレイバーの中で、一番サイカの事を気に掛けているのはこのミーティアで、だからこそ福岡であった事を聞いた彼女は怒りを覚えたのだと思う。

 女性に刺された事はあっても、殴られたのは初めてかもしれない。きっと彼女にとっては、行方不明の親友に出会ったのに逃げられてしまった間抜けな男とでも見えているのだろう。まあ、確かにその通りではある。


「すまない」

 と、俺は謝罪の言葉を口にする。


 口の中が切れた様で、血の味がした。


「サイカを見つけたんでしょう! なんで連れ帰って来なかったのよ! それでもサイカの夢主なの!? 男のくせに情けない奴!」

「まだサイカだと確定した訳じゃない」

「だったらそれを確かめるのが筋ってものでしょう! サイカかどうかも分からないで、なぜ見す見す帰って来たの! ふざけないでよ!」


 俺が立ち上がると、ミーティアはもう一度殴ろうとしてきた。

 だけど倒れた俺を空かさず支えた増田(ますだ)千枝(ちえ)が、間に割って入って両手を広げた為、彼女の拳は止まる事となる。


「たっくんに暴力はやめて!」


 ついでに殴られるかもしれないという恐怖に膝を震わせた千枝は、それでも俺の事を守ろうと前に出てくれたんだ。千枝にとってトラウマレベルで苦手な暴力に対して、彼女は一歩も引く様子は無い。


「私は琢磨に話がある! 退いて!」

「退かない!」


 一触即発といった様子だったが、司令室の自動ドアが開き、貫録のある司令が来た事で状況は変わった。


「騒がしいな」


 彼は元内閣サイバーセキュリティ特別対策本部に勤めていた矢井田(やいだ)淳一(じゅんいち)

 俺がサイカと出会った初期に関わった事がある程度だが、BCUの司令として任命され、この組織の最高責任者でもある。


 ミーティアは自身の身分もわきまえている為、矢井田司令の姿を見るなり脚を揃えてお辞儀をした。


「新宿の作戦、終わった様だな。それで、こんな所で喧嘩か?」

「失礼しました」


 ミーティアの後ろで、殴られて頬が赤くなっている俺の事を見た矢井田司令は悟る。


「……サイカの事か。福岡での事は聞いている。逃げられてしまったそうだが、気に病む事は無い。ネットコミュニティや防犯セキュリティが充実したこのご時世、すぐに発見されるはずだ。それよりも……」


 矢井田司令と一緒に司令室へと入ってきていた明月朱里と園田(そのだ)真琴(まこ)がいて、園田が続いた。


「例の映像の分析が終わりました。どうぞ記録室へ」






 福岡で事が起きた際、俺が身に付けていたスマートグラスには小型カメラが付いていて、『あの時』の映像は録画されていた。

 BCU調査部に所属する園田を中心に、あの時俺が見た事を分析していたのだ。


 つまりあの時見た彼女についても、少しは進展が見込めるという事だ。


 記録室は物が溢れていて、少々手狭で薄暗い部屋。そこに良い大人が数人集まっているのだから、ほとんど密着状況になってしまった。その中でも鎧を着ているミーティアはとにかく場所を取っていて、周りが嫌そうな目線を送るが、ミーティア自身は特に気にしていない様子だ。

 俺と矢井田司令が前に出て、そして端末の前の椅子には朱里が座り、園田が立ったまま端末を操作する。やがて巨大スクリーンに映像が映され、園田が解説を始めた。


「まずはこの男から」


 海藤武則(かいどうたけのり)を名乗っていた男の映像が映された。


「やはりこの男、海藤武則で間違いありません。二年前、ネットワークショックが起きる少し前に偽名で日本に戻ってきており、日本全国を転々としていた様です。特に特定の住所はありません。その目的は分かりませんが、目撃情報によれば、神社を回っている様です」

「神社……なぜ?」

 と、俺がつい聞いてしまった。


「不明です。神頼み……海藤はこの時、天と言う言葉を使っていますが、恐らくバグに関係する何かを指しているのではないでしょうか。天の宿命……もしかしたら、サイカの事や明月さんの事情を少なからず知っているのかもしれませんね。そして、これです」


 海藤がホープストーンを使い、バグを出現させる瞬間が再生され、五体のバグが現れた所で停止する。

 人の手によってバグが現れた事に、その場にいる一同がざわめいたが、園田は構わず続けた。


「海藤が出したバグですが、分析した結果、明月さんの証言通り、ワールドオブアドベンチャーに登場するダークヴェインというモンスターの容姿そのものです。鎧、剣、どれも酷似しております」


 ゲームに登場するモンスターの画像も並べて表示され、確かに似ている事が証明された。

 それを見た矢井田司令が質問する。


「バグを操るか……普通の人間の仕業とは思えんな。この男も狭間に関わり、特殊な力を得たという事か」

「そう解釈するのが一番納得できますね。引き続き、海藤の行方も探って行きます。そして……」


 映像は切り替わり、狐面で赤マフラーの彼女が映し出される。



 俺はこれを待っていた。ずっと……福岡で彼女を見たあの時からずっと。この瞬間を。

 そんな俺の期待に応える様に、狐面の女が身に付けている装備品の分析結果も文字で表示され、園田は順を追って説明した。


「結論から言います。恐らくこのブレイバーは、サイカと暫定できます」

「えっ!? じゃあやっぱり!」

 と、俺は思わず身を乗り出してしまった。


「はい。まず彼女が身に付けている物ですが……この露出の多い鎧。これは『ファーストファンタジー』と言う名作ロールプレイングゲームに介入したサイカが身に付けていました。そしてこの赤いマフラーは、漫画『恋語り』に介入した際に主人公から贈られた物で、この作品に登場したサイカはこれをよく身に付けています」


 ファーストファンタジーのパッケージと、恋語りの表紙が表示され、それぞれのサイカの絵が映し出される。片方はCG、片方は漫画の一コマ。

 それは……俺の知らないサイカだった。


「この仮面は、ワールドオブアドベンチャーのアイテムです。そして彼女が使っているこの刀も、同じゲーム内にあるコガラスマルと言う武器です。明月さん、これに見覚えはあるのではないですか?」

「ある。お面は首都対抗戦に参加した際に付けていた物だし……その刀だって、俺が……」

「……思い出の品という訳ですね。それであればやはり、サイカである事は濃厚になります」


 そんなやり取りを聞いていたミーティアが興奮を抑えられず震えている。

 サイカである事が間違いないと言われてしまっては、彼女だって居ても立ってもいられないはずだ。今すぐにでも飛び出して探しに行きたいのだろう。俺だってそうだ。


 物言いたげなミーティアに代わって、俺が発言した。


「サイカは必ずまた現れる。海藤同様、引き続き彼女の事も追ってくれ。どんな些細な情報でもいい。サイカが何処で何をしているのか、それを俺にくれ。一つ残らず」

「ええ、了解しました」


 するとそのやり取りを聞いていた朱里がふっと微笑して、

「男らしくなったじゃないか」

 と、呟いた。


 続けて黙って聞いていた矢井田司令が口を開ける。


「勘違いするなよ明月くん。彼女が今も味方でいてくれている保証は何も無い。もし人類に害を成す存在であれば、他のバグと同様に駆逐する必要がある。それだけは心得ておいてくれ。ミーティアもだぞ」


 矢井田司令がそう言って、俺とミーティアに目線を送ってきた。

 日本の事をこの場の誰よりも思い、そして今まで守り続けてきたという彼の視線は圧力となって、俺やミーティアの気持ちを引き締めてきた気がする。


「了解です」

 と俺が返事をすると、ミーティアも少し遅れて、

「わかり……ました」

 と歯を食いしばった。






 そして新宿バグ殲滅戦でのヒーロー三人を乗せたオスプレイが到着する。

 彼らにもサイカの分析結果は最優先で話してやらないといけない。それが彼らの気持ちにどう影響するのか分からないけど、それでも、かつて日本の為に強大なバグ達と戦ったブレイバーの事は、俺の口から話してあげないといけない。そう思った。


 今回話したのは、こっちの世界にそのまま存続するブレイバー達。

 ケークン、ジーエイチセブン、クロード、ミーティアの四人は、向こうの世界でそれぞれの理由で命を落とし消滅した者達だ。そんな彼らは、まるでサイカの意志を引き継いだかの様に、このBCUで日本の為に戦ってくれている。


 そしてこれからも、久々原さんのエオナの様に、俺たちの力となってくれるブレイバーが他にもいるはずだ。

 俺はサイカと戦友でもあるブレイバー達にもっと会って、サイカの話を沢山聞いてみたい。彼らの目に映ったサイカが、いったいどんな存在だったのか。そうやって俺の中にあるサイカの記憶が、偽りで無い事を確かめたい。


 それぐらい許してくれるよな。サイカ。






【解説】

◆対バグ特殊ライフル

 自衛隊が制式化した自動小銃だった物の改造強化型で、使用する弾はホープストーンが埋め込まれている。これにより、ブレイバーでなくてもバグへダメージを与える事が可能となった。発明者は明月朱里。

 ただし、量産に成功はできていない為、弾も含めて配備状況は悪い。


◆陸上自衛隊の対テロ特殊部隊

 特殊作戦群の訓練内容、保有する装備などは創設時から一切公表されていない。


◆オスプレイ

 ヘリコプターのように垂直に離着陸でき、飛行機のようにスピードが出て航続距離も長いという「いいとこどり」の性能を持つ輸送用垂直離着陸機。輸送機なので、機内に様々な物資を搭載するスペースがあり、人員も移送できる。離着陸時はヘリコプターのようにプロペラを上に向けてゆっくり上昇・下降、飛行中はプロペラを前に向けてジェット機のように飛行する。

 便利な乗り物ではあるけど「高価な割に事故を起こしやすい危険な航空機」と言うイメージが強く、様々な角度から問題視されている。

 今回出てきたオスプレイは、それの最新鋭機に当たる。


◆「待たせたな」

 あの蛇が活躍するゲームの名台詞で、ケークンはそれがお気に入り。


◆スナイパーライフル・マイルメーカー

 次世代の狙撃銃。クロードの為に配備されたこの銃は、弾薬の装填など狙撃する際の準備作業をいくつか自動で行ってくれるセミオート式。電子制御装置が取り付けられており、スコープは着弾点を設定できる様になっている。


◆特殊ラプアマグナム弾

 軍の狙撃手が使用する強力な長距離用実包に電子制御が埋め込まれた特殊な銃弾で、スナイパーライフル・マイルメーカーが狙った着弾点に向かって飛ぶ仕組みになっている。

 クロードはそれを対バグ用に改造した銃弾を使う。


挿絵(By みてみん)

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