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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード4
70/128

70.リアルサイカ

挿絵(By みてみん)


 二年前、俺は「貴方は人間ではなくなりました」と大学病院の副病院長に宣告された。


 俺は大切な人を救うどころか、よく分からない異次元の世界で刺されて命を落としたのだ。確かに俺は彼女にノリムネと名付けられた次世代の刀で胸を貫かれ、大量出血で死んだはずだった。

 なのになぜか目覚めた時には病院のベッドの中で、生命維持装置に繋がれ、家族に見守られていた。まるでRPGでモンスターに敗れて、お城で復活してしまったみたいに、俺は息を吹き返してしまったんだ。


 おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。


 その代償として、俺は人間と呼べる存在ではなくなった。

 姿形は以前のままだし、周りからは普通に見えるかもしれない。でも、そうじゃない。


 そんな波乱に満ちたあの日から、二年と言う月日が流れ、時は二〇三五年の三月。

 普通の人間であれば俺も歳を取って三十歳になっていたであろうか。ここまで色々な事があったし、たくさんの変化があった。そうやって俺と俺の周りは様変わりしていった。


 全て説明をしていると、今俺が乗っている飛行機が福岡空港に着陸してもまだ時間が足りないと思うので、この場では割愛しようと思う。大丈夫、少しずつ説明していくし、これから起きる事を見ていれば何となく察しが付くはずだ。




 福岡空港に向かう飛行機の機内、プレミアムクラスという貴賓のように待遇された席の窓際に座っている俺の横では、増田(ますだ)千枝(ちえ)が眠っている。

 パーカーのフードを被って、すやすやとその可愛い寝顔を見せていた。


 千枝は俺が人間では無くなった事ですら受け入れてくれて、変わらぬ信頼と愛情で俺の心を安心させてくれた。

 だから俺も千枝と真剣に向き合い、彼氏彼女として付き合う事になったのもすぐだった。


 色んな事情を知った上でも尚、千枝は俺の為に何処までも付いていくと宣言してくれたんだ。こうして福岡に向かっている事にも何の疑問も持たず、ただ俺という化け物の支えになる為にここにいる。

 そんな千枝の存在が、今の俺にはとても有り難い事であると思うし、掛け替えの無い大切な存在であると認識もしている。


 千枝の寝顔を横目で見ていると、機内にアナウンスが流れ始めた。


『皆様にご案内致します。この飛行機はおよそ十五分で着陸致します。シートベルトを緩みの無いようしっかりとお締め下さい。小さなお子様をお連れのお客様は、お子様をしっかりお抱き下さい。お使いになりました座席のリクライニングとテーブル、プレミアムクラスのお客様はフッドレストとレッグレストを元の位置にお戻し下さい。お化粧室のご使用はお控え下さい』


 そんな女性の声を聞いて目が覚めた千枝が、眠気眼を擦ったので俺は微笑みながら声を掛けた。


「おはよう千枝。そろそろ到着だってさ。シートベルト付けて」

「あ、うん。おはようたっくん」


 千枝は腰のシートベルトを装着したので、俺もシートベルトを締めながら千枝に言った。


「その呼び方、なんか慣れないんだけど」

「別にいいじゃん。てか、あたしの事はちーちゃんって呼んでって言ったのに」

「嫌だ」

「たっくんのいけず!」

「どうとでも言え。俺はあだ名で呼び合うなんて反対だ」


 そんなやり取りをしながらも、俺と千枝を乗せた飛行機は福岡空港へと着陸した。






 なぜ俺が九州にまでやって来たのかと言うといくつかの理由がある。


 二年前、第二次ネットワークショックが起き、そしてアメリカで狭間作戦が行われた後、狭間は消滅した。

 それ以来、こっちの世界では世界中で『怪物』の目撃情報が多発していて、犠牲者も出始めている。それはここ日本でも同じで、先週は東京で、ひと月前は大阪で、この世の物とは思えない怪物が現れて人を襲い喰らうという事件が起きた。


 そして、今回はここ福岡でも事件が発生して、民間人が犠牲になり交戦した警察官も命を落としたと聞いている。

 一連のニュースは控えめに報道されてはいるものの、国民の不安は最高潮に達しているとも言える状況で、俺は防衛省大臣直属の対バグ攻性組織『BCU』の一員として派遣されてやって来た。


 日本国民の安全を守る為、日本全国を飛び回り『怪物』を探し出して退治するという大義を背負っているのだ。

 それと、福岡には俺にとっての『重要人物』がいて、その人に会うという目的も兼ねている。





 手荷物受取所で少ない荷物を受け取り、到着ロビーを抜けると、ブックストアが目に入ったので千枝の提案で立ち寄る事となった。

 千枝が恋愛漫画を探している間、俺は適当に平積みされた本や面陳列で並べられた本の表紙に目を配る。


 サイカが描かれた表紙が多い。


 俺が狭間から帰還した時、俺にとって現実と呼べるこの世界は大きな変化があった。

 それはサイカという少女が、様々な物語と作品に介入してくるという事態だ。何を言ってるか分からないかもしれないけど、世間一般的に広まっている漫画や小説や絵本に、サイカが突然現れる怪奇現象が起きてるんだ。


 既に出版されている熱血ヒーロー物だろうが、ダークヒーロー物だろうが、日常生活物だろうが、所構わず文章やイラストでサイカが現れては、物語を改変してしまうという作者泣かせな出来事。ゲームにおいても同様で、様々なジャンルのゲームデータに介入したサイカが登場していった。元々バーチャルアイドルとして有名だったサイカだった為、この現象は世間を大いに盛り上げた。

 サイカが介入した作品は、どんなにマイナーな作品であっても、どんなに古い作品であっても飛ぶように売れ、やがて彼女は『創作物に忍ぶ福の神』なんて呼ばれる存在となったのである。


 当時は出版社や制作会社が慌てて作品の販売中止にするなどの大事になったりもしていたが、防ぐ手立てもない現象である事と、世間のサイカを求める声に応えて多くの企業が許容する事となり、それから二年と言う月日が流れた。今ではもはや当たり前の文化になったのは言うまでも無い。

 日本。いや、世界において、サイカの名を知らぬ者はほとんどいないと言っても良い程、彼女が大きな存在となっている。



 でも、サイカが俺の所へ戻ってくる事は無かった。



 ワールドオブアドベンチャーのアカウントに彼女の姿は無かったし、スペースゲームズ社にキャラクターの復元をしてもらっても、復元されたサイカが自ら動き喋る事は叶わなかった。

 だからもう俺のサイカは何処にもいない。それでも、サイカは創作物の世界で生きている。


 心中複雑な気持ちで、並べられた本の表紙を眺めてしまうのはそんな理由があるんだ。


 千枝は逆にこの状況を楽しんでいる部分もあって、サイカが介入した作品の噂を聞きつけては、それを買い漁るのが今の趣味になっている。俺の気も知らないで、お構いなしだ。サイカが大好きな千枝らしいと言えば千枝らしい。

 今、千枝がセルフレジで購入している一冊の漫画も、発行部数が二千万部を超える大人気コミックシリーズで、途中の話にサイカが介入したという事らしい。表紙まで作者の絵柄で描かれたサイカになってしまっているほど、元々その作品に登場していたかの様な扱いである。店舗側としてもサイカの介入作品である事をポップで大々的に宣伝してるのだから、よほど売れ行きが見込めるのだろう。


「お待たせ」

 と、買い物が終わった千枝がやって来た。


「あって良かったな」

「まぁ恋愛物って好き嫌い分かれるしね。あたしとしても、サイカが他の男とイチャラブする姿なんて見たくないんだけど、背に腹は変えられない! このビッグウェーブに乗るしかない!」

「その情熱には恐れ入るよ」

「たっくんはもう少し興味持てばいいのに。たっくんのサイカだよ?」

「もう俺のじゃない。世界のサイカ。創作の座敷童になったんだよサイカは」

「そうやって冷めてるから、いつまで経ってもサイカが戻って来ないんだってば」

「二言目にはいつもそれだな。さぁ行くぞ」


 俺の頭の中にはサイカの記憶がある。それだけで十分だと思うし、それ以外は認めたくもない。そんなことを言ったら、千枝はなんて言うだろうか。

 そんな事を考えながら、俺は先に歩き出してブックストアを後にする。


「ちょっと待ってよぉー!」


 後ろから追いかけてきた千枝は、ごく自然に俺と手を繋いで来た。これもいつもの事なので、俺はそのまま千枝を受け入れて、手を繋いだまま歩みを進める。




 それから地下鉄で天神まで移動して、ラーメン屋で匂いの強烈な豚骨ラーメンを堪能。その後、徒歩で大名地区まで移動してセレクトショップを見て回った後、個人経営のカフェに立ち寄った。

 まるでただ博多までデートしに来た様にも見えるが、あくまでこれはついでであり、決して遊びに来た訳じゃない。重要人物との約束までたまたま時間があっただけで、暇を潰したまでの事なのだから、そこは勘違いしないでほしい。


 カフェの店内で、パンケーキを食べる千枝を眺めながら、俺はおもむろに電子タバコを取り出して吸い始める。すると千枝が少し嫌そうな顔を見せつつも、唐突に話し掛けてきた。


「ねえたっくん」

「ん?」

「こっちの世界にサイカがいるかもしれないなんて、本当に信じてるの?」

朱里(しゅり)が言った台詞だけど……俺がここにいるんだから、サイカがいたって不思議じゃない。そうだろ?」

「でも……」

「これから会う人が、その鍵を握ってる」


 千枝の口元に生クリームが付いている事は、しばらく黙っておく事にしよう。


 後は他愛も無い会話をした後、カフェを出たらキャナルシティ博多と言うショッピングモールに向かう為にバスに乗った。そこでやっと生クリームの存在を千枝に伝えてあげたことで、千枝は顔を真っ赤にしながらパーカーの袖でそれを拭った。

 バスとすれ違う自衛隊のトラックや、警察のパトカー。何処に行っても警戒態勢に入っている自衛隊員や警官の姿が多いのは、やはり怪物の出現があったからだと思う。


 キャナルシティ博多でも様々な店を見て歩いては、時折喫煙スペースの名残の場所で俺が喫煙する。千枝はタバコの煙が苦手なはずなのに、俺の側から離れようとはしなかった。

 俺のストレス解消に付き合わせてしまって、こればかりは申し訳ないとも思う。


 先ほどもこの福岡で怪物が現れたから来たと説明したけど、実はその怪物と戦う刀を持った少女を見た目撃情報が多い。事件が起きたのは夜だったのでハッキリとしてないが、一部の目撃者からは「サイカに似ていた」と言う情報があるのだから、これを俺が見逃す訳にもいかないだろう。


 そしてこの福岡で待ち合わせをしている重要人物は、その目撃者の一人で、更には怪物と戦う為の鍵となる人物。

 元々ワールドオブアドベンチャーで知り合いだった事もあり、俺がある程度事情を話したら彼女は快く会う事を承諾してくれた。


 待ち合わせは博多駅博多口前広場。俺たちはキャナルシティ博多で適当に時間を潰し、その場所に向かうと、事前情報通りの服装で彼女はそこにいた。


 ブラウンのスキニーパンツに、ブルーのカーディガンを羽織ってミニバッグを肩に掛けた女性が人混みの中で俺と千枝を発見すると、近寄って来てお辞儀をしてきた。

 彼女の名は久々原(くぐはら)彩花(さいか)。奇遇にもサイカと同じ名前を持つ女子大生である。リアルでは初対面なのだから、まずは挨拶から。


「エオナさん?」

「はい。はじめまして。こんにちは」

「はじめまして。俺は元サイカの中の人、明月(あかつき)琢磨(たくま)。こっちは……」

「増田千枝です。ども」

 と、千枝も照れくさそうに俺の背中に隠れながら続いた。


 俺は千枝に構わず話を続ける。


「えっと……ややこしいから久々原さんでいいかな?」

「え、あ、はい」

「先日あったという怪物騒動の件、わざわざ協力してくれてありがとう。えっと、現場は確か……」

筑紫(ちくし)駅と言う所ん近くにある公園で、えっと、凄か慌てとったけん、あまり助けにならんかもしれません」

「大丈夫。とりあえず現場までタクシーで行こうか」


 俺は再び、千枝と久々原さんを引き連れて駅前のタクシーに乗ると、移動を開始した。千枝が助手席に乗り、俺と久々原さんが後部座席。互いに初対面という気まずさもあってか、会話はそれほど生まれなかった。

 そして約三十分ほど掛けて、筑紫ふれあい公園という場所までやって来た。


 勘定を済ませ、三人がタクシーから降りると、そこには公園と呼ぶには何処か寂しい遊具の無い公園があった。周りに高い建物も無く、見渡しが良い場所だった。

 公園の入り口は立ち入り禁止のテープで中に入れない様になっており、その前には花束など慰霊の為のお供え物が多数置かれている。その横に武装した陸上自衛隊員の姿もあるので、間違いなくここが悲劇のあった現場だと理解できた。でも俺は、念の為に久々原さんに確認する事にした。


「ここが?」

「はい。こん近くに用事があって、夜にたまたま通りかかったんですけど……」

「たぶん警察にも散々聞かれたと思うけど、まずその怪物について教えてくれるかな?」

「夜やったけん、最初は大きな猿か何かかて思うたんです。よう見たら、真っ黒で赤か目をした気持ち悪か生き物が人ば……食べよったと……したら、うちよりも先に目撃した人がおって、すぐに警察が来たんです。でも……」

「その警官も襲われてしまったと」

「……はい。えぐくて腰ば抜かしてしもうて」


 話しを聞く限り、やはり怪物というのはバグの可能性が高い。バグは人を喰らう。

 今まで都心に出現する傾向にあったバグの魔の手が、こんな町にまで及んでいたなんて……本当に厄介な存在だ。


 俺が気になっているのは、その後起きた事だ。


「それで、ネットやテレビで噂にもなってる刀を持った女性というのは何処から?」


 そう質問すると、久々原さんは公園に面した大きな建物の上を指差した。


「うちが襲われそうになっとったら、あそこから苦無が飛んできて化け物に刺さったんです。見たら、女ん人が立っとって。暗うてよう見切らんかったけど、確かに女ん人やった。手には刀も持ってました」

「苦無……刀……」

「女ん人ば見た化け物が凄か怒って、いきなり戦い始めて。もう凄かったばい。まるで映画ん様やったんです」

「その戦いはどうなったの?」

「女ん人が化け物ん腕ば斬り落とした思うたら、化け物ば慌てて逃げて行ったとです。そしたら女ん人はそれば追いかけて走って行ってしもうたとです。あっちの方に」


 そう言って、久々原さんは刀を持った女が現れた建物とは逆の方向を指差した。


「その女の人、目撃者によればあのサイカに似ていたという情報もあるんだけど、久々原さんから見てどうだった?」

「んー、こらへんな街灯も少のうて、暗かったけんハッキリとは見切らんかったけど……確かに似てはいたて思います。ばってんワールドオブアドベンチャーで明月さんが使うとったサイカよりは、もっとリアルで、大人びて見えました。服装も違うたと思います」

「なるほど」


 その刀を持った女が『ブレイバー』である事は間違いないだろう。バグが次々と出現している中、複数の創作物を行き来できるサイカが現れたとて不思議では無い。

 いつから、何の為に、そんな疑問ばかりが俺の頭の中を駆け回って行く。


 考え込む俺に向かって、今度は久々原さんが質問を投げてきた。


「あん化け物は何と? 明月さん、何か知っとーと?」

「言っても信じられないと思うけど、久々原さんが見たのは異次元の怪物。何等かの形でこっちに来てしまっているんだ」

「怪物って……じゃあ明月さんは何ね? サイカがこげんこつになっとるんと何か関係があると?」

「それは……この場では語り尽くせないほど色々あったよ」

「サイカ、色んな作品ば介入して、大変な事になっとーですよ。歴史ん教科書にすら載っとーばい? ゲームんキャラクターがこげんこつになるなんて普通やなかばい」


 すると後ろで黙って聞いていた千枝が割って入ってきた。


「久々原さん。サイカの事は、たっくんが一番苦労していて、大変なんです。それ以上踏み入るのなら、貴女もそれだけの覚悟を持って聞いてください!」


 珍しく千枝が感情的に強い口調で言ったのは、二年前のあの日から誰よりも俺の傍で見守ってくれていて、色んな事情を把握してくれているからである。

 もう普通の人生を歩めなくなってしまった俺を、誰よりも気遣ってくれてるに他ならない。


「千枝、大丈夫」

 と、俺は千枝にそう言って久々原さんを改めて見た。


「ごめんなさい」


 久々原さんはそう言って頭を下げてきた。


「ゲームでのサイカを知っていた人なら、みんな同じ事を思ってる。どうしてサイカが。なぜサイカが。ってね。でも実は違うんだ。サイカや俺だけじゃない。久々原さん、キミも無関係ではない事なんだよ」

「え? どげんことですか?」

「それは……」


 俺が説明しようとしたその時、俺のポケットに入っていたスマートフォンがブルブルと震えた。

 こんな時に間が悪いと思いながら、久々原さんに断りを入れつつ、通話に出る事にする。ディスプレイには明月(あかつき)朱里(しゅり)の名前が映されていた。


「もしもし」

『あーあー、マイクテスト、マイクテスト』

「聞こえてる」

『琢磨。お取込み中のところ悪いが……朗報だ』

「お前、朗報の安売りを始めたんだな」

『わしがどうでも良い情報に対して朗報なんて言葉を使うわけなかろう』

「それで?」


 朱里は恐らく、バグ対策部隊『BCU』の本部に設けられた監視室から連絡を入れて来ている。


『福岡でヤツを発見した。当たりだ』


 朱里がヤツと言うのは、もう一人の重要人物。東京や大阪でバグが出現した際にも、数々の防犯カメラに映り込んでいた不審人物である。

 バグの出現に何らかの関係性があると疑っていて、その身元も含めて調査中である。


「何処で?」

『福岡空港、博多駅、そして筑紫駅の防犯カメラに度々映っている』

「正体は分かったのか?」

『当然だ。園田が説明する』


 そう言って、朱里は電話を別の人物に手渡した。


『明月さん、園田です』


 代わった女性は園田(そのだ)真琴(まこ)

 元千葉県警察本部サイバー犯罪予防課にいた彼女は、度々サイカとの出来事に関わってきた経緯もあって、防衛省によるBCUの設立に伴い組織に参加してくれた人物の一人である。


『男はスペースゲームズ社の元社員、海藤武則(かいどうたけのり)。アメリカで行方不明となっていた人物です』

「スペースゲームズ社の?」

『はい。彼はワールドオブアドベンチャーの運営初期から管理部門でリーダーを勤め、退職した後に渡米し、その後行方不明となっていました』

「初代ゲームマスターの1号か……それで、いつから日本に?」

『それについては分かりません。現在、入国記録を探っているところです。海藤が最後に確認できたのは本日の午後二時頃、筑紫駅近くの防犯カメラに映っていたのが最後です』


 午後二時と言えば、ちょうど大名のカフェで休憩していた頃だ。

 腕時計で時間を確認すると、針は午後六時を示していた。なのでおよそ四時間前には、このすぐ近くにいたと言う事になる。


「サイカの目撃情報は?」

『ありません。しかし、三十分ほど前、そこから北の位置にある宮地岳周辺、近隣住民より刃物を持った不審人物が動物を追いかけて森に入ったという通報が有りました。現在、警察が現場に向かっているとのこと』

「宮地岳……分かった。すぐに向かう。この事は高枝さんに伝えておいてください」

『了解です。宮地岳へのルートを送ります。ブレイバーのご加護があらんことを』


 通話が切れた事を確認して、スマートフォンをポケットに戻す。すると事情を察した千枝がすぐにバッグからスマートグラスを取り出して、俺に手渡してくれた。

 スマートグラスを耳に掛け、電源をオンにした途端、俺の視界には進むべくルートが浮かび上がった。大体三キロほどで、徒歩でも行ける距離だ。いつでも追加の情報が聞ける様に、連動したイヤホンマイクも片耳に装着する。


 早速移動したいところだが、まずは久々原さんに確認を取らないといけない。


「久々原さん。もし真実を知りたいのであれば、俺たちに協力してくれるのであれば、一緒に来て欲しい。どうする?」


 久々原さんは息を呑み、しばらく沈黙した後、強い眼差しを俺に向けたままコクリと頷いた。


「ありがとう。じゃあ付いて来てくれ」

 と、俺たち三人は移動を開始する。






 宮地岳へ向けて走って移動する最中、耳に装着していたイヤホンから朱里の声が聞こえた。


『新たな情報だ。宮地岳周辺を見回っていた警察官が、怪物と戦っている人を発見したとの事だ。場所は陸上自衛隊桜谷射撃場跡地。宮地岳のすぐ近くだな。ルートを変更する』

「分かった」


 怪物と戦っている……やはりサイカなのか。

 視界に映されたルートが変更され、少し目的地までの距離が伸びた。タクシーでも使えば良かったかと少し後悔しつつも、後ろを走っている久々原さんに重要な質問をする。


「久々原さん。ワールドオブアドベンチャーは、まだ遊んでくれてる?」

「え? あ、はい。大学生になってから時間も出来たけん、最近はよう遊んどります」

「そうか。それは良かった」

「は? え? どげんことですか?」


 俺はいくつかのカードを手に入れた事で、無力だったあの頃とは変わった。バグを実際に見るのは初めてじゃないし、何よりもサイカの戦いの記憶を得た事で、もはや怖い物無しといった所だ。

 だからこれから起きる事を受け入れる覚悟はいくらでもある。対処する自信もある。


 身体能力や体力が向上している為、千枝や久々原さんは俺の走りに付いてくるのに精一杯といった様子だ。これでも控えめに走っているのだが、彼女たちにとってそうではないらしい。


「ま、待ってくださいー」


 走る速度を落とし、彼女たちに合わせながらも県道の緩やかな坂道を登り、途中で森に入り近道をする。

 森を抜け、現場となる元射撃場の入口でパトカーランプの光が良い目印になると共に、警察官が既に現場へと来ている事が分かる。




 陸上自衛隊桜谷射撃場跡地。

 宮地岳の森の中に設けられたその広場は、その名の通り、陸上自衛隊が射撃訓練をする場所として利用していた場所で、今は使われなくなった場所である。


 長い間放置されていた為、雑草が生い茂り、朽ち果てたトタン屋根の射撃スペースに警察の制服を着た中年男性二名が拳銃を両手に持ち、物陰で隠れていた。

 なので俺たちはまず警察官の元に駆け寄り、俺が手帳を掲げながら身分を説明する。


「防衛省のBCUです。状況を教えてください」


 警察官の一人が大量の汗を流しながら、緊張した面持ちで応えてくれた。


「びーしーゆー? そげんお偉いさんがなしてこげん所に。まあよか。あいつば何とかしてくれんかね。俺たちが言うこついっちょん聞かん。それどころか、ありゃ人間やなかばい」


 そう言われ、俺は射撃場の奥に目をやると、そこで刀を振り回す少女を見た。

 すっかり日も暮れ、零れる月明かりが反射して刀が妖しく輝き、その残光が夜の闇に曲線を描いている。


「あん赤かマフラー。あん人ばい! うちば助けてくれたんな!」

 と、久々原さんが証言してくれた。


 黒髪短髪で、白肌を多く露出させた黒の軽装鎧を身に付け、赤いマフラーで口元を隠している。

 そんな女性が、目で追うのも大変なほど激しい動きで長いマフラーをなびかせて、巨大な猿の様な形をしたバグと戦っている。ただ、もう決着は付いてしまったようだ。


 俺達が彼女らを視界に捉えてすぐ、散々切り刻まれて弱っていたバグの胸を、少女の刀が貫いていた。そして真っ黒な怪物は瞬く間に蒸発を始めて、夜の闇へと溶けて行く。

 それを確認した女は、ゆっくりと手に持っていた刀を腰の鞘に納刀すると、カチンという音がこっちまで響いて来た。


 こっちからだと後姿なので顔もよく見えないし、服装も明らかに違う。でもあの刀はワールドオブアドベンチャーで俺が贈ったコガラスマルに似ている。そして俺の直感が、彼女はサイカだと言っている。

 なので思わず叫んでしまった。


「サイカ!」


 夜の静かな射撃場跡に、自分でも驚くほどの大声が口から出た。唾の飛沫がふたつ、弧を描いて落ちてゆくのが見えた。きっと彼女の耳にも届いたはずだ。

 彼女の身体がピクリと反応した様にも見えたし、微動だにもしなかった様にも見えた。でも決して振り返ろうとして来ない。俺はもう一度叫ぶ。


「サイカなんだろ! 琢磨だ!」


 こちらに背中を向けたまま立ち尽くしている彼女は、そっと右手に狐のお面を召喚して、それを顔に被せてから振り返って来た。

 お面で顔を見えなくしたのは、それだけ正体を隠したいという意図があるのだと思う。それでいて、振り返ってくれたのは、彼女も彼女でこちらの顔を確認したかったからに違いない。


 以前の赤と黒の忍び装束ではない。頭の額当ても無い。ヘソも見える白い肌が眩く、彼女のボディラインを模った様な黒の鎧が大事な部分をしっかりと守っている。地面に着きそうな赤いマフラーは夜風で踊り、そんな中でお面の狐目がこちらをしっかりと見ている。

 ただ、彼女がどんな表情をしているのか、それだけは狐面のせいで解らない。


 俺は思わず足が前に進んでいた。

 彼女に触れて感触を確かめたい。幻なんかじゃなく、確かにここにいるのだという証拠を、彼女がサイカであるという証拠を……確かめたいんだ。


「たっくんダメ! 危険すぎる!」

 と、千枝が大声を出しているが、そんなの関係ない。


 彼女がもし敵で、その刀で刺され様が、俺には関係ない。

 サイカかどうかを確かめる事が出来るのなら、何だっていい。


 俺がサイカを失ってからこの再会を待ち望み、二年も待ったんだ。


「サイカ。今までいったい何処に行ってたんだよ。なあサイカ。みんな待ってる。一緒に帰ろう」


 彼女まであと少し。二車線道路の横断歩道を渡るぐらいの距離まで近づいた。

 それでも一切動こうとしない彼女は、今何を思い、俺の事を見ているのだろうか。あの狐面の裏には、どんな表情が隠れているのだろうか。




 だけど、そんな俺の歩みに邪魔が入った。




 邪魔をしてきたのは、男の声。射撃場に面した森林で、木陰に隠れていた男の声だ。


「嘆かわしい事だな。外界からの来訪者よ」


 六十代くらいのコートを羽織った白髪頭でしわの多い男。彼が現れた事で、俺と狐の彼女の目線はそちらに釘付けとなってしまった。

 そして男は続けて言う。


「明月琢磨。そしてブレイバーの女よ。私は海藤武則。お初にお目に掛かる」


 海藤武則……こいつが!?

 いつからそこに隠れていたのかは判断できないが、この男の今の台詞はブレイバーの存在を知っている事を物語っている。そんな彼は続けて言い放ってきた。


「天に仇なす不届き者。こんな所まで私を追いかけ、邪魔したところで、天の宿命からは逃れる事はできん」

「海藤! いったい何を企んでいる! バグの出現はお前の仕業なのか!」


 俺が問いを投げると、海藤は微笑した様に見えた。


「だから嘆かわしいと言っているのだよ。それ程の力を持っていて、お前たちはその使い方を誤っている。であれば、この私が引導を渡してやるしかあるまい」


 海藤は青い石を五つ取り出し、それを地面にばら撒いた。

 あれは……ホープストーン! いったい何を!


「来るぞ」

 と、狐面の女は刀を構えていた。


 海藤がばら撒いたホープストーンは輝きを放ち、そこからドロドロの液体があふれ出したと思えば、あっと言う間に黒い怪物バグへとなっていく。

 現れたバグは、額から伸びる二本の長い角が特徴的で、赤いオーラを纏い、さながら圧倒的な強者を思わせる騎士を彷彿とさせるその風貌は、ワールドオブアドベンチャーに登場するダークヴェインだ。それが五体。


 ダークヴェインバグは黒剣を片手に素早い動きで駆け出し、俺とサイカへ同時襲撃をしてきた。

 狐面の女が刀で対処している横で、俺も研ぎ澄まされた身体能力で襲い来る剣を回避しつつ、物言わぬダークヴェインバグに蹴りをお見舞いした。


 だが、多少怯ませる事はできても、全く有効打になっていない。

 やはりブレイバーの武器が必要だ。


 すると早速一体を斬り消滅させた狐面の女が、戦いながら俺の近くまで移動して来て、

「こいつらは私が相手をする。お前は逃げろ」

 と、ダークヴェインバグの残り四体を全て相手取る様な動きを見せてきた。


「一人じゃ無理だ!」

「私なら大丈夫。いいから行け!」


 この狐面の女は、俺の知っている以前のサイカと少し様子が違う。本当にサイカなのかと問われたら、即答はできそうにない。

 だけど現状、俺とサイカに襲い掛かってくるこのバグに刃が立っているのはこの女だけで、俺は避けるのに精一杯だ。


「……頼んだ」

 と、俺は言い残し走り出す。


 そんな俺の背中に斬り掛かってきたダークヴェインバグの剣を、狐面の女が割って入って刀で受け止めてくれた。

 そこから凄まじい狐面の猛攻が、ダークヴェインバグの残り四体の動きを封じてくれている。


 俺は走った。


 こんな時、以前の俺であれば何の手段もなく、ブレイバーに任せる事しか出来なかった。


 でも今は違う!


 驚きの展開に呆然と現実と夢の境にさまよう久々原さんや、警察官二人の前まで戻ってきた俺は、まずは千枝の顔を見る。

 千枝は首を横に振った。やはりまだ、俺が今から行おうとしている切り札に対して不安要素が強く、覚悟は出来ていないという事だ。


 なので俺にとっての頼みの綱は久々原さんになってくる。

 俺に見つめられた久々原さんは、我に返った後に少し戸惑いを見せた。


「えっ? 何ち?」

「久々原さん。俺はサイカを救いたい。その為にキミの力が必要だ」


 俺は何を言ってるんだ。もっと良い説明の仕方があるだろう。


「ええっと……うちに何かしきることあれば……頑張るけん!」


 久々原さんは何か只ならぬ空気を察し、何をされるのかと戸惑いながらも、そんな結論を口にしてくれた。この緊急時において、こんなに有り難い事は無い。


「じゃあ……行くよ」


 久々原さんはコクリと頷いた。

 同意を確認した俺は、彼女の腰に手を回す。まるでこれから口付けでもするかの様に感じたのか、彼女は「えっ、なに、えっ」と慌てた後、覚悟を決めたかの様に両目を瞑った。



 俺の目は青く光り、俺の右手が輝きを放つ。



 そしてゆっくりと久々原彩花の胸にその手を入れ、彼女の暖かな心に触れた。



 手を挿入された彼女は自身の体の高揚を感じ、甘い吐息を口から漏らす。



 俺はここから儀式めいた言葉を口にした。



「我は管理者……次元の果てで生まれし生命よ……封印の鎖を解き放つ……無限なる深淵より今ここに現れよ……ブレイバー接続……ログイン……」



 空から光の柱が降り注ぎ、まともに目を開けてられないほどの真っ白な光が周囲を明るく照らす。


「なんね!? 何が起こっとー!」

 と、警察官ももう何が何だか分からないといった様子で、光を直視しない様に腕で目を覆い隠していた。


 千枝はいつの間にかサングラスを身に付けていて、驚いた様子も無い。

 俺が久々原さんの胸の中から、魂の様な固まりを掴んで、彼女が痛く無い様にゆっくりと取り出した。久々原さんの胸に傷などは残っておらず、何事も無かったかの様に綺麗な状態である。


 そして無事に抜き出した事を目視で確認した千枝が、バッグからホープストーンの塊を取り出して、俺に向かって投げてきたので、それを左手で受け取る。


 その光は前方で戦っている狐面の女やダークヴェインバグ達、そして海藤も目撃する事となっていた。

 何か自分達に不利な事が起ころうとしていると悟ったダークヴェインバグの一体が、驚きでつい余所見をしてしまった狐面の女の横を潜り抜け、俺たちの方に向かって走り出した。


「しまった!」

 と、狐面の女が追いかけようとするが、他のダークヴェインバグがそれを邪魔する。


 一体のダークヴェインバグが、黒剣を片手に猛スピードでこちらに走ってきている。久々原さんも気を失ってしまった。

 でも俺は慌てず、抜き取った久々原さんの冥魂(めいこん)の一部と、受け取ったホープストーンを合わせて、そして手の平を突き出して前方に掲げた。


「我が命に応えよ! 来い! ブレイバーエオナ!」


 冥魂を吸収したホープストーンが輝きながら宙に浮き、真っ白な光の渦が俺の手から湧き出てホープストーンを包み込む。

 やがてそれは人の形へと変化していく……


 詰め寄って来ていたダークヴェインバグは、咄嗟に攻撃対象を俺からその光の塊へと移した様だ。

 だがもう遅い。


 ガキーンという鉄と鉄が衝突した音と火花が散って、バグの剣が刀に受け止められていた。

 俺の前に現れた侍。和装の鎧を身に纏った女性ブレイバーが、バグの攻撃を鎖が巻かれた刀の鞘で受け止めたのだ。




 そう、これは俺が持つ強力なカード。




 俺自身が人間では無くなってしまった事の代償として得た力。




 ブレイバーの召喚能力である。




 呼び出されたブレイバーのエオナは、いきなりバグに攻撃を仕掛けられている事に悪態を吐きながら、鞘でダークヴェインバグを弾き飛ばす事となる。


「まったく。いきなり何かと思えば、何だこの状況は」


 千枝に支えられた久々原さんが意識を取り戻し、

「うち……あれ……なにこれ……あれは……うちの……」

 と、エオナの姿に瞳を潤した。


「夢でも見よーんか俺たちは」

 と、警察官も唖然としている。


 今は説明する暇も無い。

 俺は周囲にいる人間達の反応に構わず、エオナに言った。


「エオナ。既に他のブレイバーから話は聞いてるな」

「……ああ。まさか私の番が来るとは思わなかったよ」

「頼む」

「しょうがなかね」


 エオナがそう言って、抜刀の構えを取るとダークヴェインバグは構わず斬り掛かってきた。


「抜刀」


 その言葉がエオナの口から放たれ、俺が瞬きをした瞬間、剣を大きく振り上げていたダークヴェインバグの背後にエオナは立っていて、抜いた刀を鞘に納めていた。

 神速の粋まで磨き上げた彼女の夢世界スキル《一閃》が、ダークヴェインバグを上下真っ二つに斬り裂き、中にあったコアを砕いていた。


 ポニーテールに結ばれたエオナの髪がゆらゆらと夜風に揺られる後ろで、バグは静かに消滅。


「まずは、この場にいるバグを殲滅する事が私のお役目か」

 と、前方で戦っている狐面の女と残ったバグ三体を捉えエオナは駆ける。


「何処の誰かは知らないが、助太刀しよう!」


 狐面のブレイバーと、侍のブレイバーがそれぞれの愛刀で踊り、共闘し、残りのダークヴェインバグが全て消滅するのはそれからすぐの事だった。

 まるでかつて一緒に戦った事があるかの様に、二人は見事な連携でバグを仕留めてしまった。


 全てのバグを処理した後、サイカは海藤のいた方向を見ると、そこには誰もいなかった。が、彼の声だけが周囲に響く。


「時は満ちた。次会う時は、革命の時になろう」


 そんな事を言い残し、海藤の気配は消え去ってしまった。


「サイカ!」


 俺はサイカの名を呼びながら駆け寄ったが、狐面の彼女は何も言わずにフッと姿を透明化させてしまい見えなくなってしまった。

 姿が見えなくたって構わない。彼女がまだ近くにいるのであれば、俺は何かここで言わなければならない。


「サイカ! 俺は待ってる! 待ってるからな!」


 もしかしたらサイカじゃなかったかもしれないし、もしかしたら聞こえていなかったかもしれない。

 それでもいい。待っていると言う言葉が届いたかもしれないという、そのちっぽけな希望があれば、それだけでいい。


「今のが……サイカ?」

 と、エオナもややこしい状況に考えさせられながら、その事について言及しようとはせず、俺に近付いて来た。


「さて、お前がタクマか。どういう状況か説明してくれん?」


 ブレイバー召喚すると、いつも最初はこうなる。初めてではないので、慣れてきたものだ。

 でも救いなのは、向こうの世界で存在するブレイバー同士の繋がりによって、俺が行うブレイバー召喚についてある程度情報は得てくれているという点だ。だから俺はエオナの夢主である久々原さんを選んだ。


 そしてもう一つ。

 俺が説明に入る前に、エオナにとっても先に話さなければならない相手がここにいる。


 久々原さんは、千枝と一緒に駆け寄ってきたはいいものの、何て声を掛ければいいのか言葉が見つからない状況だった。

 それに気付いたエオナが、ふっと久々原さんに顔を向け、そして言う。


「私の夢主(ゆめぬし)だね。初めまして。私はエオナ。キミに創造され、キミと共に生きてきた。エオナだ。よろしゅうね」

「あの、えっと……はじめまして……え? なにこれ、どないなっとーと?」


 月明かりに照らされる中、ブレイバーエオナとその夢主である久ヶ原彩花が邂逅した。それはまるで、生き別れの母と子が再会したかの様な、言葉を発する事も躊躇ってしまう、そんな空気感だった。





 そんなやり取りを遠くから見守っていた警察官の一人が言った。


「噂で聞いた事があるわ。怪物対策として防衛省が設立した特殊作戦部隊BCUには、不思議な力で凄か化け物ば呼べる奴がおるってな」





 二年前、俺は「貴方は人間ではなくなりました」と大学病院の副病院長に宣告された。


 俺は一度死んで、戦う術を得た代償として、人間と呼べる存在ではなくなった。

 姿形は以前のままだし、周りからは普通に見えるかもしれない。でも、そうじゃない。


 全て説明をしていると、朝まで語る事になってしまうと思うので、この場では割愛しようと思う。大丈夫、少しずつ説明していくし、これから起きる事を見ていれば何となく察しが付くはずだ。






◆防衛省大臣直属の対バグ攻性組織BCU

 日本政府が、未知なる脅威であるバグの対抗手段として設立した組織。位置付けとしては陸上自衛隊の特殊部隊に当たる。

 特殊な能力を持つ明月琢磨は、BCU戦術作戦部の部長を勤めている。


◆創作物に忍ぶ福の神

 二年前の事件以来、行方不明となっているサイカは、自らで創作物を改変させてしまうと言う怪奇現象を起こしている。どうしようも出来ないこの現象を前に、それを人類は受け入れた形となり、文化として浸透して行っている最中である。

 サイカがそんな状況になっている理由については、後々のお楽しみ。


◆琢磨の能力・その壱

 その右手は、夢主からブレイバーを強制的に召喚する力を持っている。


挿絵(By みてみん)

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